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迎え

 最近は『天変地異』と言う言葉をよく耳にする。北では夏の暑さが続き――南では水が枯渇。西では大きな地震。東では火山が噴火した……らしい。そう『らしい』のだ。だって私の周りはいたって平和で何事もなく世界は回っているから。少し言えば作物の値段が上がり始めたことと、救難に行っているためか兵士の数が街から減ったことぐらいだろうか。なので今日も私の世界は何事も無く回る。回らなければいけなかった。


「マリアちゃん!」


 声を掛けられて私は振り向いていた。市場が並ぶ大通り。人々は多く、立ち止まれば少しだけ嫌な顔をされたが気になどしない。


 向こうから走って向かってくる人を目に止めながら私はにこりと笑いかけていた。


「あ。店長――どうしたんですか? 慌てて」


 麻色の髪と灰色の目をした中年の女性だった。それでも美人で、どこか色気が漂う人。ちなみに私が雇われている食堂の店長だ。


 二年前、この街になぜか置き去りにされ、行くところが無い私を拾ってくれて働かせてくれているとてもいい人だった。


「いや、どうもこうも――」


 店長は息を切らせながら私の腕を掴んだ。まるで杖に寄りかかる様に。


「ちょっと、アンタ何したんだい? 神殿の奴らが訪ねてあんたを出せって」


「え?」


 神殿。その言葉に私は顔を顰めていた。あれからここに来て私は色々調べた。養父の事。あのローブの事。アザレアの居場所……。分かったことは養父とその一味は収監――これが無いと私は暮らせて行けない――でローブは限りなく『セタ』と呼ばれる宗教に使われるものによく似ていた。その『セタ』と呼ばれる宗教はこの世界を作った女神を崇めている。まぁ、この国のほとんどの民がこの宗教の信者で祈りを捧げる神殿はすぐ見つかるんだけれど。ついでに神殿の神官は上位になると魔法を使えこの国の中枢にめり込んでいるため強大な権力を持つ。


 それが何故アザレアを『迎えに』来たのか私には見当もつかなかったのだけど。ともかく神殿のどこかに、いや宗教を司る『大神殿』に居るはずだと思う。ただ――あそこへ行くには一般人には無理で。


「ともかく早く逃げた方がいいよ。何とか旦那が時間稼いでるからさ」


 言いながら小さなカバンを渡してくれる。おそらくこの中、私の身近なものを慌てて纏めてくれたのだろう。


 なんていい人なんだろう。ホロリ少し涙が出そうになったけれど。


「……あの、店長――」


「何言ってんだい。早く――」


 ぐいぐいと私の背中を押す。多分走り出すまでその行動を止めないであろう店長の行動を止めたのは私でもなく――見覚えのある『ローブ』を纏った男だった。


 ドクンと私の心臓が跳ねる。


 見つけた。と。嬉しいのか憎いのかよく分からないままに私は男を見つめていた。


「久しぶりだな。『お姫様』――ああ。今日は髪が黒いんだな。その目も何か入れているみたいだし」


 私を庇う様にして店長が真ん中に入るけれど私は『ありがとうございます』と丁寧にお礼を言って店長を退けた。


 その行動を見て少し目を丸くしたが諦めた様にため息一つ。ポンポンと私の肩に手が置かれる。その行動はまるで母親のようでとても温かい。私は柔らかく目を細めた。



「――ま……分かったよ。何かあるんだろうね。待ってるから無事で帰っておいでよ?」


「はい」


「じやあね? あ、アンタ。マリアに何かしたら許さないからね?」


 釘を刺して戻っていく背中。それを見送ってから私は男を睨むように見つめていた。


 黒い目。髪。私の物と一緒だ。尤も私は染めているし、眼が黒く見える様に特殊な目薬を使っているのだけれど。


 出ないと軽い見世物になってしまう。


「何か――用? アザレアを返してくれるの?」


「エリカレス様がご所望でね――その身体を」


「は?」


 と言うか誰だそれ。前にもその言葉は出てきたような。私が顔を顰めると、男はあざ笑うようにして軽く肩を竦めた。


「そもそも分かってないよな。主が何者で、エリカレス様が何なのか」

「説明をしてくれるのか?」


「いや。そんな面倒なことすると思うか? どうせ死にゆく娘に」


 だろうな――とは思ったが殺されるんだろうか。私は。『生きろ』と言ったやつはどこの誰だったか。と生温かい笑顔で返す。


 まぁ。でも。死ぬつもりなどさらさらない。私はアザレアを助け出して一緒に生きるんだから。もし、本人が嫌だと言うのら仕方ないけれど。


「あ、そう――じゃ行こうか。アザレアには会わせてくれるんだろ?」


 言うと男は予想外だったように目を見開いた。その後で軽く笑う。


「その『身体』は会えるんじゃないか?」


「そうか」


 ……沈黙。


 なんだろうと私は首を傾げていた。もしかしてこの男は私が怒るか泣くかを待っていたのだろうか。サディストと言う言葉が過ってげんなりする。なんども言うが私は死ぬつもりなんてないし、この身体も好きにさせるつもりもない。私はこの身体と心を持ってアザレアに会う。そう決めている。


 まぁ、話の流れから察するにその私を所望しているらしいエリカレスに会わなけばいけないようだけれど。


 何者何だろう。名前からして女性の様に思う。


「良いんだな?」


「かまわない」


 行こう。そう言う男に私は頷いて一歩踏み出していた。

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