記憶
――痛いよ。怖いよ。苦しいよ。助けて。ママ。……パパ。やだよ。
ひゅうひゅうと呼吸するたびにどこからか何か漏れていく。体は酷く重くて、指一本動かすことは出来なかった。一体どこを傷つけられたのかよく分からない。全身がもはや心臓の様にどくどくと鳴り酷く痛んだ。
怖いよ。怖いよ。助けてよ。ママ――怖いよ。
瞬きももうすることは出来ない。歪む視界。『その時』は近いと幼心にも感じていた。けれど同時『その時』は何か分からない。分からないそれにも恐怖していた。
「……死ぬの?」
誰? 怖い。怖いよ。――もう痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だよ。ママ。まま。
いくら呼んだところで目の前に倒れている躯が動くことは無い。私はその声にどうすることも出来ずただ横たわるしかなかった。
「そう。痛いのは――嫌なんだ。怖いのも。苦しいのも、悲しいのも……僕と同じだね?」
「……」
何を言っているのか理解できない。それは幼い子供のような口調。でも声は確かに大人のそれで。
「死にたい?」
何を聞くのか分からなかった。『死』と言うものを理解できない私は心の中で分らないと答えた。その声が聞こえているとは思わなかったけれど。
「そぅ。生きたいんだね。僕とは違うんだ」
「……」
悲し気に笑う声。声の主は『しにたい』のだろうと思った。それはとてもきっと悲しいことなのだと。この痛いのや苦しい事よりきっと哀しいことなんだろうと、停止しかけた頭で思った。
可哀想だなと。単純に。
もし私の手が動けば、パパがしてくれたように頭をなでなでしたらきっと幸せになるに違いない。ママの様に抱きしめてあげれば笑ってくれるに違いない――のに。
それはもう無理な話だった。
けれど。
「君は、僕を助けたいと思ってくれるの?」
「……」
よく分からない。もう――何考えられなかった。分からない。何もかもが闇に溶けて消えていく。それはとても心地よくて……なんだか幸せな気がしたのだけれど。
気付けば、目の前に光が広がっていた。温かい金の光。それは太陽のようでとても心地いい。手を延ばして触れようとして、それがやっと髪であることに気付いた。
柔らかな金の双眸が私を覗き込んでいる。男の人だ。しかも知らない。
知らない人に抱きかかえられていたのだけれどそれは不思議と怖いものでは無かった。彼はすこし困り果てた様に笑う。
「――おにーさん?」
声が出た事に驚いて私は自分の身体を確認した。いつの間に治ったのだろう。あれほど酷かった傷なのにもうその痕跡すら見当たらない。服に血がべとりとついているだけで。
ここが天国でもなく――現実だと言う事を知った。
「人の『それ』だけ命を流し込んでは見たんだけれどうまくいったか分からないや。――けどゴメンね。どうしても副作用は残ってしまって――僕が責任を負わないとだけど……ちょっと今は――無理かな――力を使ったせいで、リンクがうまくいかなくって……」
彼は私をストンと地面に下ろした。労わる様にとても優しい仕草で。ぐるりと見回せば惨劇の後。血だまりの中に父母の遺体が転がっていた。
もう動かないのはとても悲しい。悲しくて、悲しくて。
ぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。
「……パパ。ママぁ」
「大丈夫。誰もいなくなっても、僕がいる。ずっとずっといるから……」
ずっと――。




