世界
「いなかったな」
不服そうに私は思わず呟いていた。まぁ記憶を無くしてこの後の人生が始まるわけだけれど。いや――もうそんな事はどうでもいい。
ため息一つついて、女を見つめた。
「あたしは死んでるんだな。一度。にしても、助けてくれたのはアザレアだったのか――」
しかも『大人』だった……と考えて私はああと納得する。ガラス玉の中に居たのはアザレアだったのだ。何となくどこかでそれは感じていたため特に驚きはしないけれど。
それにしてもどの口が『大きくなりたい』と言っていたのだろうか。元々大人――と考えて私は思わず頭を抱えていた。『大人』と仲良く隣で眠ったり、水浴びしたり……。
よし。考えないでおこう。
で、取りあえず殴ろう。
「命を貰った証拠に髪は白く、眼は銀に――そしてあなたの魂は人のそれから外れました」
「――それ?」
「輪廻転生。生まれ変わることは出来ません。それはマキナ様とエリカレス様とて同じです」
「……はぁ」
気の無い返事に彼女は驚いた視線を返した。まるで何故嘆かないと言っているようにも見える。
「いや、別にあたしは『次』に興味ないし。次があっても『あたし』は『あたし』でないなら何の意味も無いような――あれ? 何言ってるんだろ? あたし」
言っていて訳がわからないのだけれど。小首をかしげていると女はクスクスと笑って見せた。
「良いですね。好きです――心を寄せる人があなたであってよかった」
褒められているのだろうか。なんだか照れる。それを隠すように次の質問へ移った。聞かないといけないことは沢山ある気がする。
「――そんな事より、あたしをどうするんだ?」
「エリカレス様はマキナ様が好きなんですよ。約束で拘束して、マキナ様が愛したかつての恋人の身体に乗り移るくらいに。そうすれば『見て』くれると信じているんですよ。ただそれだけ――意味は分かりますよね」
ははっと笑って話しているが、なんか怖い。意味が分かると押されたが分かりたくもない。でも分かってしまった自分が悲しかった。
つまりは私の身体を貰う。そう言う事だ。
というか『迎え』に来た時のセリフはそのままだったらしい。私は顔を引き攣らせていた。
「えげつないな。ある意味――まさかあの身体って」
顔を上げると『よくできました』と言っている様に見えるのは気のせいだろうか。いや――嬉しくないし。半分以上当たって欲しくないことだった。
思わずげんなりとする。
「はい。その通りですよ。マキナ様の恋人ですね。でももうそれは通じないことを知ったんでしょう。中身はただのエリカレス様ですからね」
「ええと……あたしは、恋人じゃないんですが」
「ここまで来ておいて、心を寄せられてそんな言い訳通じたら楽しいですね」
怖い。笑顔が怖い。何故か泣きそうになってしまった。でも多分私たちの関係は『恋人』のそれではないし。どちらかと言えば『家族』のそれに近いだろう。そう思っているんだけど違うのだろうか。よく分からない。
「え、あ。はい」
「ともかく――どうやって助けましょうか? 神官は殆どエリカレス様の下ですからね。見付からないようにするには少し厳しいかも。今はまだいいですけれど……」
彼女は立ち上がると近くの机に向かう。引き出しから取り出したのは備え付けのベンと紙だった。墨に浸すとサラサラ何かを書き始めている。
「えっと、どうして――あの女に従ってるの?」
どう見ても上に立つ人間にはふさわしくないだろう。あの女――リゼに。私が『あの女』と言った所で嫌な顔一つ浮かべることは無かった。
「まぁ、簡単に言うとマキナ様が世界を見捨てたから」
「……」
いや、アザレアはそんなことしないと信じてる。睨んで見せれば女は肩を竦めて微かに笑った。多分――多分だけれど遊ばれているような気がする。
「冗談です。エリカレス様の増幅する力をマキナ様が抑えられなくなっているからです。エリカレス様は『憎しみ』という負の感情で力を増幅させますから。その為各地で災害が起こっているでしょう? 感情を安定させれば世界はもとに戻りますから――安定。つまりはマキナ様の心を向けることです。なので協力的なわけですよ」
確かに災害が起こっていると言っていたけれど。それが全てリゼに繋がっているとはどうしても思えない。
でも。そうであったなら――と私は息を飲んでいた。
「……それってアザレアを助け出したら――」
「世界は終わりそうですよね」
ははっ。じゃない。いや、世界が終わるのとアザレアを助けるのと天秤にかけてしまえば絶対世界の方だろう。
信じている訳ではない。違うけれど、もしそれが本当であるとしたら――私はアザレアを選ぶことは出来ない。
でも。分かっていて悩むのは私が酷い人間だからだろう。嫌になるほど。
黙りこくっていると女はクスリと笑みをこぼして見せた。
ははっ。じゃない。いや、世界が終わるのとアザレアを助けるのと天秤にかけてしまえば絶対世界の方だろう。
信じている訳ではない。違うけれど、もしそれが本当であるとしたら――私はアザレアを選ぶことは出来ない。
でも。分かっていて悩むのは私が酷い人間だからだろう。嫌になるほど。
黙りこくっていると女はクスリと笑みをこぼして見せた。
「ま、でも。曲がりなりにも女神から力を与えられた『勇者』です。終わらせるのは『あの人』の役目だと思いますけどね。私は。何もかも。護るにせよ倒すにしろ――そして私は思うんです。『あの人』がこの世界を終わらせるわけはないでしょう、と。沢山の友、仲間。愛する人たちがこの世界の下を支えてくれていますからね――何よりあなたのいる世界を壊しはしないでしょう?」
そんな楽観的で――いいのか?
カタン。何かを書き終わったらしい。ペンを置く音が部屋に響いて彼女は紙をひらひらと揺らしていた。おそらくインクを乾かしているのだろう。
「そう、うまくいくものなの?」
「あなたがいれば」
「どうして分かるの?」
言うとフワリと笑う。
「――自己紹介が遅れました。私は『リゼ=スィエン』」
「リゼってあの女と同じなんだね?」
それはいいことなのか、悪いことなのか。少なくとも私には『悪いこと』だ。少し眉を潜めると彼女は困ったように笑う。
「エリカレス様が私の名と身体を奪ったんですよ――マキナも」
「……」
ん?
最近は――難聴が酷いのかもしれない。思わず耳をポンポンと叩いてみるが正常らしい。もう色々あり過ぎて脳が付いていかないのだが……。
「ん? ええと。――お付きの人だよね?」
「ええ。『クア』は。――私はクアの身体を一時的に借りているだけです。基本身体は存在しない……と言うよりエリカレス様になっちゃいましたので」
「ええと――? じゃああなたの身体があれだとしたら……前に言っていた事を総合すると」
「……元彼女ですよ。あ、心配しないでください。私はもうそんな感情無いですし――なにより死んでますから」
ところどころこの人、『軽い』気がするのは何故だろうか。『死んだ時に取られちゃったんですよね』などコロコロ笑いながら言っている。笑いごとなのだろうかそれ。
「と言う事で私には『分かる』んですよね。それでは。コレ、見てください。――ともかくもう一度アザレアに会ってみないと」
差し出したのは先ほどまで何かを書いていた紙。庶民の間ではまず見ない真っ白で上質なものだ。そこに神殿の見取り図らしきものが書き殴ってあった。




