第漆話 【1】 怨念達による負の信仰心
僕の炎の塊と、天津甕星の星が激突して、お互いに押し合っています。どちらの力も拮抗しているから、あとは精神力だけです。
どれだけ踏ん張って押し込めるかなんです!
「うぅぅぅ……!!」
「ぬぐぅぅ……!」
だけど、あれ……? 僕の方が押し込んでいる? 押せている? なんでか分からないけれど、相手の攻撃の方が軽い?
「ぐぅ……!! ば、馬鹿な……負の念が、余の力の源が、薄く……? いったい何故だ!!」
「えっ? あっ……!」
天津甕星がそう叫んだ瞬間、僕の脳裏にある光景が見えてきました。浮かぶんじゃなくて、ハッキリと見えました。
人間界にいる皆が、そう皆が……白狐さん黒狐さんだけじゃない、美亜ちゃんや里子ちゃん、龍花さん達だけじゃない。
自衛隊の皆も、逃げ惑っていた人間達も全員、真っ黒な雲が覆っている空を見上げていたのです。
その雲には、大きな穴みたいなものが空いていて、そこから僕と天津甕星が戦っている姿が、ハッキリと映し出されていたこです。
誰ですか? こんな事をしたの……ううん、分かっています。天照大神様であるレイちゃんだ。
天津甕星を押さえている間に、こんな事をしていたんですね。そして、人間界にいる皆に見せていたんですね。今起きている事を。
そうすれば、妖怪達が人間達を守ろうとしている事を伝えやすくなる。レイちゃん、こんな先の事まで考えて……。
「ぐぅぅ……バカな、バカな! 余は、余はぁぁああ!!」
「うるさいですね。あなたへの信仰なんて、もう人間達には無いですよ。邪な事、負の感情を持つことでこんな事になるのなら、せめてこの時だけでも、希望を持とうと、そう思ったのでしょうね。だから、清らかな信仰心を糧にする、僕の天照大神の力の方が、強くなるんですよ!」
そして僕は、自分の中で増えていく、この温かい力を。溢れ出してくる、皆の未来への希望と渇望を。この太陽に乗せて、相手の汚く汚れた星を、押し潰していきます。
「ぬぐぁぁぁあ……!!」
「さぁ、もう終わりにしましょう!!」
「ぐぅぁぁああ!!!!」
そして僕は、思い切り力を込めて、伸ばした腕を更に前に押し出します。
すると遂に、天津甕星は押され始め、僕の炎の塊が星を飲み込みました。相手はそのまま、両手で炎の塊を支え、押し返そうとしたけれど、その瞬間、一気に体が燃えていきます。
「ぐぅぁぁっ!! 余は、余はぁぁ……!!」
最後に何か呟いていたけれど、相手はもう、その炎の塊の中に飲み込まれていき、爆発して散っていきました。
「はぁ、はぁ……」
勝っ……た?
勝ちました。僕は……やっと。
「あっ、まだだ……選定陣」
だけど僕は、もうひと仕事ある事を思い出し、僕の中にある天照大神の力を更に解放し、それを膨れ上がらせていきます。
僕の最後の仕事は『神の選定陣』の起動。これで僕の体は、どうなるのかな?
すると、僕の足下に急に、何かの陣の様なものが浮かび上がり、それが広がろうとしていきます。
これが神の選定陣?
なんだか複雑な模様が隙間なく入っていて、これを手書きで書くとしたら、丸1日はかかるだろうなって、そう思っちゃいました。
「さてと……あれ?」
そして僕は、更に力を解放していき、自分の中の全ての力を出し切ろうとした所で、おかしな事に気付きました。
選定陣が、広がっていかない。
それどころか、僕の足下に戻っていって、小さくなっていっている。これはいったいどういう事?
「くくっ、ふふふふ……」
すると、天津甕星が燃え散った、一筋の煙が立ち上る場所から、歪んだ気持ち悪い笑い声が響いてきました。
しまった……相手の力は完全に消えていたはずなのに、それなのに今は、その力が完全に復活していて、更に膨れ上がっています。
生きていた……天津甕星はまだ、やられていない!
「危ない危ない。余をここまで追い込むとは……天照大神の力は侮れんな。だが!」
そして、地面から巻き上がってくる、赤黒い血のようなオーラを纏い、天津甕星がこっちに近付いて来ます。
容姿はさっきと何も変わっていないのに……どす黒くて赤黒いオーラを纏っているだけなのに……なんですか、この威圧感と吐き気がする程の負のエネルギーは……。
「亡霊達の負のエネルギーだけでも。その恨みや怒りの信仰心だけでも。余は、存在する事が出来る」
一歩一歩近付かれる度に、僕は一歩一歩後ずさってしまっている。
「さぁ、過去に起こった戦、戦争、数多の争いから生まれた、人々の負の信仰心。その力を、存分に思い知るがよい!」
「くっ……!! 過去の亡霊ですか……」
しかも、戦争から起こる恨みや怒りと言ったら、そのほとんどが敗者だと思います。
敵に負けて命を落とし、その命を落とす間際に、地面に倒れながら神に願ったはず。
自分を殺した相手に天罰を。無理なら、特大の呪いを。それが負の念として、地面に染みついていたんですね。
天津甕星は、それをここに集めて、自分の力に……。
「負邪怨刀」
「わっ……!!」
すると天津甕星は、右手を上に掲げ、赤黒いオーラをその手に集めると、それを大きな剣の形にして、僕に向かって振りかざしてきました。
「鬼怨斬」
「くっ……!! えっ、うそっ?! ぁぁああ!!!!」
それを僕は、御剱で受け止めようとしたけれど、全く受け止めきれなくて、呆気なくその刃の形をしたオーラに斬られてしまいました。
避けようとしても、気が付いたら足に赤黒いオーラが纏わり付いていて、その場から動けなかったんです。
しかも更に、この一ノ峰の地面全体に、このオーラが広がっていたのです。こんなの、僕に不利ですよ。
それでも僕は、御剱にありったけの、天照大神の力を込めていたのです。それなのに、こんなに簡単に……。
「うっ……くぅ」
だけど僕は、もう倒れませんよ。これを見ている皆を、不安になんかさせない。例え斬られたとしても、全身に天照大神の力を流せば、その力で真っ二つにされるのだけは防げますからね。ただ、腕とか顔とかには、沢山切り傷が付いちゃいました。
あぁ……これだけでも、白狐さん黒狐さんは心配しちゃいますね。戻ったら沢山舐められそう。
「ふふっ」
「ぬっ、何を笑う? 余の力の前に、遂に気でもおかしくなったか?」
「気がおかしく? 違いますよ。おかしいのはそっちでしょう」
そして僕は、しっかりと足を踏みしめて、御剱を構え直します。
だって、見つけたからね。こいつの力の源。この、過去の怨念の攻略法をね!
だから、僕は笑います。苦難に顔を歪ませるんじゃなく、笑うんです。そうして、教えて上げるんです。
幸せは、笑顔の元に集まるんだって事を。
苦しい表情をしていたり、険しい顔付きばかりしていたら、幸せになんかなれない。そんな顔をした幸せな人って、ほとんどいないでしょうからね。
「なにをバカな。余はおかしくなど……うん?」
「おいで」
そして僕は、笑顔のままで両手を広げ、天津甕星に纏うオーラに向かい、そう言います。決して、天津甕星に向かって言っている訳ではないですよ。
こいつは、人々の負の信仰心によって、なんとか存在を保っているだけの、紛い物の神様なんです。本当の神様なら、なんでも受け入れないとね。
だけど流石に、これには相手も抵抗してきます。
「なるほどな。だが、そう簡単に余の力は奪わせん」
やっぱり、ある程度は天津甕星にダメージを与えて、その纏っているオーラを留めておく力を、少しは緩めないと駄目ですか。
だけど、諦めないよ。だって、相手の負の信仰心には、その敗者が死んでいく時の恨みや憎しみの中で、ほんの一瞬だけ、最後のその瞬間にだけ、悔やんだのです。
幸せを手に入れられなかった事を。
もっと違う生き方があったんじゃないかっていう、その後悔がね。
そこを突けば、こいつの負の信仰心なんて、簡単に崩れるはずです。
「甘いですよ、天津甕星」
「余は、邪凶大ーー」
「それはダサいですよ。とにかく、人の負の信仰心なんて、そんなに強いものじゃないんですよ。負の感情なんて、誰もが持っている、幸せへの憧れから来るものです」
「…………」
「だから、こんなもので僕を怖がらせようたって、もう無駄なんですよ! だって僕は、稲荷神だからね!」
そして僕は、御剱を強く握り締めて、天津甕星に向かって突撃します。