第拾弐話 【1】 誇るべき僕の力
その後僕達は、ようやく大きなお稲荷さんの石像のある場所まで戻って来ました。そしてヤコちゃんとコンちゃんは、ここから入り口の方に向かって行きました。
「お姉様! 挙式は任せて下さい! 盛大なものにしますから!」
「新居はここ、伏見稲荷の近くに用意しますね~」
最後にそんな事を言って、走って行っちゃいました。とりあえず天狐様を睨むけれど、止める気は無いみたいです。それに、変な事を言ってるからね。
「ふ~む。略奪愛……は、無理だな。うん」
天狐様が、まだ僕を狙ってくるなんて……とりあえず、睨み続けていたらそう言ってくれたけれど、諦めたかどうかは分からないです。
「とにかく先に行きますよ、皆」
「ムキュッ!」
僕はそう言うと、しばらく休んで復活したレイちゃんを肩に乗せ、その先の千本鳥居を進んで行きます。
だけど、僕がちょっと歩いた瞬間、後ろから白狐さん黒狐さんが叫んできました。
「ちょっと待て、椿よ!」
「何故お前は進めるんだ!」
「えっ?!」
そんな声を聞いた僕は、驚いて後ろを確認します。すると皆、まるで見えない壁に遮られているかの様にして、その場で立ち止まっていました。
それに、両手を前に出して何かに触れていますね。まるでパントマイムみたい。
「そこに何かあるんですか?」
とりあえず、一旦戻って確認です。
もしかしたら、僕も見えない壁にぶつかーー
「むぶっ……」
ーーりませんでした。そのまままっすぐ、白狐さんの胸に当たっちゃいました。
「おぉ、心細いのか? 椿よ」
「いや、違っ……離して下さい。僕も何かにぶつかると思っただけで。うぶぶ!」
しかも、またしっかりと白狐さんに抱き締められちゃっています。そんなに何回も抱き締めなくてもいいのに。
「もう! 馬鹿な事をしていないで、何が起こっているのか確認しますよ!」
とにかく、僕は慌てて白狐さんから離れて、再度先へと進みます。でも今回は、白狐さん達を確認する為に、後ろ向きで歩いて行きます。つまり、白狐さん達の方を見ながらなんだけど……。
「うぉっ?!」
やっぱり……数歩歩いたらぶつかってしまっています。そこにいったい何があるんですか?
「本当に、見えない壁にぶつかっているみたいですね」
「うむ……これはもしや、結界か?」
白狐さんの手を引っ張ってみても、その手も壁にぶつかってるみたいになって、こっちに引っ張れません。
僕だけが通れる結界って……いや、レイちゃんも通れています。これってつまり……。
「ふん。どうやらそこから先は、天照大神の力……いや、分魂の者しか通れんようだな」
やっぱりそうでしたか……。
と言う事は、レイちゃんも天照大神の分魂……という事になりますよね。
「ムキュッ」
そしてレイちゃんは、僕の視線を無視して、裏稲荷山の頂上を見ていました。
確かにこの先からは、淀んだ気が沢山満ちていて、とてもじゃないけれど普通の妖怪が進める場所じゃなくなっています。種類によっては、下手したら神様でも……。
「くそ……! このような事が……」
「このままでは、椿に任せるしか……ええい!」
いや、白狐さん黒狐さん。結界をひたすら叩いてもダメだと思います。その結界、多分八坂さんが張ったのだと思いますよ。だからきっと、普通では破れません。
それにレイちゃんでも、その結界は壊せないと思います。触ろうとしても触れないし、結界に物理的に触れないと、レイちゃんはその結界を壊すことが出来ないみたいなんです。
「ちっ……! 八坂め! あいつ、俺達がいない間に何を!」
「椿! 私達もなんとかそっちに行くから、早まったら……」
そして僕のお父さんお母さんも、必死に結界を破ろうとしていて、力一杯叩いたり、妖術で攻撃したりしているけれど、そもそも妖気が結構減っている状態だから、金色の炎や銀色の雷が出て来ても、小さかったりします。それじゃあ破れませんよ。
それにこの光景も、なんだかデジャヴです。
あぁ……幼い僕が、天狐様の儀式を受けてしまって、必死に結界の外から、幼い僕を助けようとしてくれた時と同じでした。しかも、あの時と同じ顔をしています。
僕はもう幼くはないのに。扱いが同じじゃないですか。
「お父さん、お母さん。僕は大丈夫です。僕とレイちゃんだけで行かないと行けないなら、その通りにしないと、八坂さんが何をしてくるか分からないですよ」
「だけど、椿。お前はまだ……!」
「まだ? もしかして、僕自身の神妖の妖気の事?」
お父さんとお母さんが心配してくる理由がそれなんだとしたら、それは杞憂ですよ。だって、僕はもう……。
「僕はもう、自分の力を怖がったりはしません。これは誇るべき、僕の力なんです」
そう言うと僕は、自分の中にある全ての妖気を解放して、毛色を白金色に、そして尾を九本に増やします。過去にこの裏稲荷山で、更に滅幻宗の本拠地でも暴走した、あの状態です。
「椿……? お前、あの時のように暴走を?」
「いえ、これは……もう完全に、扱いこなしている……? そう。あなたは、私達が石像になっている間に、強くなったのですね」
すると、僕のこの姿を見たお母さんが、僕に向かって手招きをしてきました。
何でしょうか? とにかく一旦、お母さんの元に歩いて行きます。
「どうしたの? お母さーーわっ?!」
僕が結界から出た瞬間、お母さんに思い切り抱き寄せられてしまいました。
「寂しいけれど、子供は成長するものよね。その過程を見守りたかったけれど、仕方ないわ。良い、椿。あまり1人で何でも解決しようとしない事。あなたはもう、1人じゃないのよ」
「お母さん……」
何だろう……これが、お母さんの匂い? とても安心する匂い。でも、凄く元気になれる。
「そうか……椿。お前はもう、そんなにまで……それなら、俺達から言う言葉は1つだけだな。ちゃんと帰って来い。あんまり家族らしい事をしてやれていないし、させてやれていないからな」
そう言いながらお父さんも近付いて来て、僕の頭を撫でてくるけれど……もう十分に、家族らしい事をしていますよ。
幼い時の記憶が戻ってるからさ、その時の記憶も戻っているんです。
一緒にお風呂は当然だけど、幼い僕を色んな所に連れて行ったり、いっぱい玩具で遊んでくれたりしてくれましたよね。これでも十分だと思うけれど、もしかして、僕が大きくなってからの家族サービスが、まだ出来ていないって事なのかな?
「そうね。椿と恋話、したいわねぇ……」
出来ていないというか、お母さんの願望でしたね……。
そう言えば僕のお父さんお母さんって、自然に発生した金狐銀狐だから、家族というのを経験した事がないのかも。
だから羨ましくって、僕が産まれてからというもの、ひたすらに、そのやりたかった事を僕に対してやっているんですね。
あの……僕もそろそろ、親離れをしないとなんだけど、お父さんお母さんも子離れして下さい……というのは難しいのかな?
僕は何も言えずに、ただ黙ってお母さんとお父さんの言葉を聞いています。
「仕方ないわね~玉藻、あんた暇なら手伝いなさい。人間界に現れた選定者達を、片っ端から潰すわよ」
「それは良いのう。ならば丁度良い。どちらがより多くの選定者を倒せるか、競争でもするか?」
「面白いわね。受けてたってやるわ」
すると、しばらくしてから、妲己さんが玉藻さんに向かってそう言いました。
そうだ。選定者達は、人間界で人間達を滅ぼそうとしています。それを、おじいちゃん達が必死に止めようとしていたんです。
今どうなっているのか気になるけれど、白狐さん黒狐さん達がそっちの手助けをしてくれたら、少しだけ安心出来ます。
「白狐さん黒狐さん。それと、お父さんとお母さんも。人間界の方の選定者達による選定を、少しだけ止めていて下さい。その間に、僕が……」
僕の言葉の後、お父さんは分かっていたかの様にして、僕の頭を再度撫でると、白狐さん黒狐さんの方に向かって行きます。
そしてお母さんも、とても名残惜しそうにしながら、僕から離れます。
「椿、人間界は私達がなんとかしておくわ。だからあなたも、あなたのやるべき事を、その使命をきっちりと終わらせてきなさい。そしてまた……」
「分かっています、お母さん。ちゃんと帰りますから。皆の元に」
だって、そう決心したんだもん。絶対に、あの家に帰るんだって。