第拾壱話 【2】 玉藻の前
白邪から3体に分かれた九尾の内の1体、玉藻の前。この人もやっぱり、僕達の敵に?
妲己さんや華陽と同じように、金色の長髪の髪をなびかせて、少し垂れ目がちな目で、僕を見てきます。
その雰囲気は、妲己さんや華陽よりも年上っぽく感じます。人間の歳で言ったら、だいたい20代後半くらいかな?
「あの……」
「ん? なんじゃ? 敵を倒しに行かんのか? 私も手伝うぞ」
「えっ? 手伝う?」
「そうじゃ。安心しろ、私はそなたの敵ではない。忌々しい華陽と1つになっている間、ちゃんと見ておったわ。そなたの事を」
華陽の事を、忌々しいとか言っちゃってます。と言う事はこの妖狐も、華陽と敵対していたの?
だからといって、僕の味方だって、そうハッキリ言うのも怪しいです。警戒はしておかないと……。
「ふふ、そうすごむな。食べてしまいたくなるじゃろう?」
「なっ……!? やっぱり、僕の事を殺すつもりですか!」
僕の様子を見ながら、玉藻さんはそんな事を言ってきます。食べるって……なんて恐ろしい事を!
この妖狐は、他の妖怪達を食べるんですね。それは危険過ぎます。
すると、玉藻さんは目をぱちくりさせた後、口角を上げ、何故か嬉しそうな表情をしてきました。逆に怖いです、それ……。
「おやおや……? そなたまさか、こっち方面には疎いのか? 可愛いのう~」
すると、玉藻さんがそう言った瞬間、目の前から突然居なくなり、僕の後ろにいきなり現れました。
やっぱり、この妖狐も強い!
「ふふ。良いか? 『食べる』とは、こういう事じゃ」
「ふひゃっ?!」
僕の後ろに回った玉藻さんは、僕の肩に手を置き、そして顔を耳に近付けて来て、そのまま耳を舐めてきました。くすぐったくて、思わず変な声が出ちゃった。
「ほぉ、感度が良い……ますます気に入ったわ」
「ひゃっ?! ちょっと……玉藻さん?!」
「ふふ……ふふふふ。甘美な世界に誘ってやるぞ」
「あっ……ダメ、そこ……は!」
この妖狐、カナちゃんと同じタイプでした。
つまり、女の子の方が好きという、百合っ気のある妖怪でした! 食べるってそういうこと?!
しかも、今僕は玉藻さんに捕まってしまっていて、身体中をまさぐられーーって、僕の貞操のピンチです!
「はひゃっ……! やっ、ダメ!」
しかも、舌で首元まで舐めてきています。ゾクゾクしてくるし、ドキドキまでしてきます。って、何でドキドキしているの? 僕は。
まさか、男の子の精神がまだ残っていて、美人な玉藻さんに迫られて、興奮しちゃっているの?! 違う違う!
相手は悪名高い妖狐です。何かの術で僕を誘惑して、興奮させるくらいわけないはずです。そうです、そういう卑怯な事を……。
「ふふ。私は何もしていないのに、勝手に興奮するとは……もしや、そなたもこっちの気が?」
「……うっ……! ち、がう。違いま~す!!」
危ない危ない……玉藻さんがとんでもない事を言うから、思わずそうなのかもって、そう思っちゃいました。だけど違う、僕は違います! 僕はちゃんと、ノーマルなんです!
ほら。白狐さんを見たら、ちゃんと胸が高鳴ーー
「白狐さん……?」
鼻血出して倒れていました。
いつもの事なんだけどさぁ……僕の痴態を見て倒れるのは、止めてくれないでしょうか? こっちも恥ずかしくなるんです。というか、そんな調子で夫婦生活出来るんですか?
「全く、黒狐まで倒れちゃって……」
そして当然、黒狐さんまで鼻血出して倒れちゃっています。しかも妲己さんの目の前で。
だけど、妲己さんは呆れながらも、あんまり怒っていないようで、そのまま玉藻さんに話しかけます。
「まぁ、しょうがないわね。それと、玉藻。からかうのはそろそろ止めてくれるかしら? 私のお気に入りなんだからさ」
「ふむ……残念じゃのう」
そう言いながら玉藻さんは、やっと僕から離れくれました。
その前に……妲己さん、今何て言いました? お気に入りって、僕の事? 妲己さん、いつの間に僕の事をそんなに……。
「あっ……! ちょっと、違うわよ椿。おもちゃとしてね。お気に入りの、お・も・ちゃ! としてよ!」
そんなに強調しなくても、余計に怪しくなっちゃいましたよ、妲己さん。
「ふぅ……とにかく。玉藻さんは、僕達の邪魔をしないんですよね?」
「その通りじゃ。なんなら、そなた達を手伝っても良いぞ。復活させてくれた礼じゃ」
怪しい……けれど、嘘をついていそうな目じゃないです。まぁ、何かあれば妲己さ……んも、この妖狐の仲間でしたね。
今は白狐さん黒狐さん、それに天狐様もいるし、お父さんお母さんもいます。玉藻さんが何かしてきても、何とかなるでしょう。
「分かりました。お願いします、玉藻さん」
「ふふ。玉藻で良いぞ、椿」
「……おっと!」
「ふむ、惜しい」
また後ろから、僕を捕まえようとしてきましたね。カナちゃんで慣れていますよ。それと、呼び捨てでも良いなんて、そんな親密にしようとして来ても無駄です。まだ会ったばかりなんですからね。
「さて。それじゃあ、今度こーー」
「うん。我が娘は、百合の世界でも十分通用する」
「ふふ。私も若い頃はねぇ……大丈夫よ、椿。お母さん理解あるから」
今度こそ出発しようと思ったら、僕の後ろでお父さんお母さんは何を言っているんですか?
「……行きますよ!」
これ以上絡むとややこしくなるし、話が全く進まないので、僕は1人で先へと歩き出します。と言っても今居る場所は、天狐様の社に向かう途中の道で、裏稲荷山の頂上は、稲荷山の頂上と同じなんです。つまり、こっちからでは行けません。天狐様の社があるだけなんです。
それにしても、道幅はあると言っても、こんな一本道みたいな所で戦っていたんだ。僕はよく立ち回れていましたね。
「椿。進むのは良いけれど、夫の2人はどうするの?」
「あのね。僕の夫はひとーーじゃなくて、大丈夫です。ちゃんと自分で歩かせます」
夫がいる事が決定しちゃいました……慌てて切り替えても遅かったですよ。お母さんのバカ!
それよりも、そろそろ白狐さん黒狐さんを起こさないと、先に行けないですね。仕方ないです、いつもので起こしましょう。
「白狐さん黒狐さん。早く起きないと、僕ーー玉藻さんに、食べられちゃうよ?」
「よし。行くぞ、椿よ」
「イチャイチャするのは俺とだけだ」
ちょっと色気を出して言ったら、直ぐに復活しました。しかもその後に、僕の横までやって来ましたよ。だけどその前に……っと。
「てぃっ」
「うぉ!? 椿?!」
僕は横に来た黒狐さんを突き飛ばして、妲己さんに寄りかからせます。
「あら? 黒狐。そんなに私の方が良いのね……ふふ」
「椿……」
僕の決意を無駄にしないで欲しいです。たとえ無理をしても、僕は黒狐さんと妲己さんを引っ付けます。そうしないと、僕が納得しないんです。
「椿よ。とにかく今は、八坂じゃろ?」
「そうです。あの人を止めないと。だから皆、今度こそ行きますよ!」
僕がそう言った後に、今度は天狐様がヤコちゃんとコンちゃんに何か言っています。
そう言えば……この2人には、この先はキツいかも知れません。だから天狐様が、何か別の事を指示しているのかな?
「良いか、2人とも。選定者に邪魔されず、婚礼の準備をしておけ。事が終わり次第、盛大に執り行ーーがっ?!」
いったい何の指示をしているんですか……。
天狐様まで、他の皆と同じノリで行動しないで下さい。だから黒槌土塊で、天狐様の頭を殴っておきました。
最後の最後まで、全く締まりません……妖怪って、皆こうなのかな? 僕がおかしいのかな?
そんな事を考えながら、僕達は一旦元来た道を戻ります。あの大きなお稲荷さんの像がある所です。
その先を上って行った所の一ノ峰に、八坂さんとあの脱神がいるはずです。天津甕星の、脱神がね。
今度は勝てるかな……ううん、勝たないといけません。そうじゃないと、人間が滅んじゃいます。そうなると、世界も大変な事になりますからね。
そう言えば、ここまでたった1年足らずでしたね……僕がこの姿に戻ってから、ほんの1年の間に、僕は世界の命運を握る程にまで……。
こんなの、想像出来なかったです。
男の子だった頃。いじめられていた頃の僕は、1年後にこんな事になるなんて、想像どころか考えもしなかったですよ。
あの頃は辛かったけれど、今はちょっとだけ、楽しいです。