第玖話 【2】 椿が与える最大の罰
上空から落下していく中で、僕はひたすら白邪に攻撃をしかけるけれど、やっぱり全部防がれちゃいますね。尻尾は下からの風に煽られて、上手く使えないはずなのに……。
でもそれは、こっちも一緒で、僕の尻尾も風に煽られて上手く使えないのです。
「やっ! たぁ!」
条件は同じだから大丈夫と思っていたけれど、御剱で斬りつけても、手に妖気を纏わせ、素手で受け止められるし、妖術を使って攻撃しても、謎の結界に阻まれる様にして、弾かれてしまっています。そんなの聞いてませんよ。
「ふん!」
「げふっ?!」
しまった……尾は使えないと思って油断した。硬質化してしまえば使えるんだ。槍の様に変えた尻尾で、思い切り突き刺されたよ。
白狐さんの能力で防御力を上げていたから、貫通はしなかったけれど、それでも凄く痛かったし、吐きそうになったよ。
だけど……ようやくーー
「捕まえた!」
「ぬっ……?! 子狐が。妾の尻尾を掴むでない!」
「そっちが突き出してーーたわぁ!!」
「離さぬか!」
「離しません!」
すると白邪は、今度は硬質化を解いて普通の尻尾に戻すと、思い切り上下に振ってきました。
僕を振り払う気なんでしょうけど、そうはさせません。必死に白邪の尻尾にしがみつきます。
「えぇい! なんじゃそのしつこさは! くそ! このままでは、此奴を地面に叩きつけられん!」
「うぐぐ……! 叩きつけられるのは、あなたの方です! 術式解放!」
「なっ……?!」
白邪が尻尾を振り続け、丁度上になる位置に来ると、僕はずっと溜めていた妖術を解放します。
「黒槌岩壊≪極≫!!」
「ちっ……! ぬぁっ?!」
流石に、これを受ける訳にはいかないと感じたのか、白邪は咄嗟に爪を鋭く伸ばし、僕に攻撃をしようとしたけれど、その瞬間首元に、細くて黒い雷が飛んできました。黒狐さんですね。
「椿! 無事か!?」
ということは……もう地面は間近じゃないですか?!
これだと、あんまりダメージは期待出来ないけれど、上空一千メートルから付いた加速で攻撃をすれば、もしかしたら……。
「よ~し。せ~のっ……!!」
「お、のれぇ!!」
そして僕は、尻尾の毛を変化させ、巨大になったハンマーを白邪の頭に向けて、渾身の力で打ち込みます。
「たぁぁああ!!!!」
「ぐがっ……!?」
それでも、僕達が居るのは上空百メートルほどの高さです。高層ビルの屋上から、地面に叩きつけたようなもの。だから、それなりのダメージを……。
「ぐっ……!! くそっ! おのれ、子狐め!」
いや、一回転して制止しないで下さい! せめて地面に落ちておいて下さい!
「あわわわわ!!」
「丁度良いわ。ここから、落ちてくる貴様を串刺しーーにぃっ?! ぎゃふっ!!」
あっ……上空の僕に気を取られていたのか、横から来た白狐さんの渾身の攻撃が、白邪に直撃しました。
大剣みたいな大きな刀剣の腹で、思い切り殴りつけただけですけどね。妲己さんの事を考えて、殴るだけにしてくれたのかな?
それでも白邪は、そのまま盛大に吹き飛び、地面を何回か跳ね、そのまま地面に倒れました。これは、効いたのかな?
「椿よ!」
「白狐さん?! ちょっと待って、まだ高すぎます! 危ないですよ! 浄化の風で速度を落とすから、ちょっとだけーー」
「このままで良い。良いから、我を信じろ」
「白狐……さん?」
えっ? そんな事を言われたら、ドキッとしちゃうんだけど。復活した白狐さんが頼もしい。いえ、これが本来の白狐さんなんですけどね。
分かりました。白狐さんがそう言うなら、僕は信じます。
そして、残り数十メートルを僕は落ちて行き、もう少しで白狐さんと激突するという所で、僕の体は急に風に包まれ、その速度を一気に落とし、そのまま白狐さんに受け止められました。お姫様抱っこで。
「…………ふぇ?」
「無事で何よりじゃ」
頭撫でないで、尻尾で包まないで。さっきから僕の心臓が高鳴ってしまって、全く落ち着きません。
それに、白狐さんの良い匂いが、僕の頭を更にボーッとさせていきます。もっと嗅ぎたいーーって、クンクンしちゃダメ!
「あ、ありがとう。白狐さん」
何度も言うけれど、とにかく今は、白邪に集中しないといけないので、僕は慌てて白狐さんから飛び降ります。
流石に白狐さんも分かっているのか、すんなりと降ろしてくれました。止められるかと思ったけどね……。
「なるほどの。ふっふ、そうかそうか……」
「なに?」
すると、その様子を見ていた白邪が、不敵な笑みを浮かべながらそう言ってきました。
今の僕達を見てそういう反応をするということは、もしかして……。
「いや、なに。子狐の大切な者を殺せば、いったいどうなるのかと……ぬっ?」
「やってみなよ? そんな事をしたら、流石の僕だって、あなたを殺しちゃうよ。僕はね、しばらく男子だったんだよ。そこらの女子の妖狐とは違うよ?」
「ほぉ。子狐がっ、ぐぅっ……?!」
あっ、もしかして……やっとですか?
「おっ……あっ、ぐぅ! な、なんじゃぁ?! か、体が……妾の妖気が! はぁ、はぁ……やはり、妲己だった部分が……!」
「違いますよ。あなたは何も、元の1つの九尾になんか戻れていない。その状態は多分、殺生石に封じられていた九尾、玉藻の前と合体した状態の、不完全なものなんじゃないのですか?」
そうなんです。妲己さんの魂は、紅葫蘆から出た瞬間から、その能力を発動していたのです。分離の能力をね。それで完全に取り込まれないようにと、魂を体から分離した状態で、妲己という九尾の存在を保っていたんです。
そして、華陽に取り込まれたと見せかけて、白邪の中に入り、再び分離の能力を使い、白邪を分離させようとしているんです。
「くっ……!! はぁ、はぁ……そ、そんなもの……しっかりと、監視をしていた……わよ。妖気なんて、一切感じ……」
「華陽ですか? 残念だけど妲己さんだって、騙しが得意な九尾の狐です。妖気を隠すなんて、造作でもない事なんでしょう?」
「なっ……?! く、そ……違っ……私は、妾は……は、白邪。白面金毛九尾の狐、の……は、白邪……よ!」
頭を抱えて、髪の毛がボサボサになっていっているのに、それでもまだ必死に、自分が完全な九尾の狐だと言い張りますか。
それならもう、トドメをさして上げないといけませんね。
「僕の大切な者を次々と奪って、そして傷つけて、それなのに、最後はこんなに呆気なくですか? ふざけないで下さいよ。せめてもう少し、まともな野望を持っておくべきでしたね」
僕は、自分の肩でぐったりとしているレイちゃんの頭を撫でながら言うと、静かに火車輪を展開します。
「狐狼拳……」
「くっ……この!! 尾妖化身!」
すると、白邪なのか華陽なのか分からなくなった九尾が、その9本の尻尾に妖気を流し、変貌させていきます。まるで、狐の顔みたいにです。これは……威嚇している狐の顔、かな?
でも、妖気がばらけているから、白狐さん黒狐さんでも十分対処出来ます。
「はぁっ!! ふっ。往生際が悪いぞ、白邪よ! いや、華陽か?」
「白狐よ、俺の方が一本多く斬ったぞ」
「えぇい、こんな時に競うな」
本当ですね。黒狐さんは別の事を心配して下さいよ。そうしないと、僕……。
だから、僕が黒狐さんを完璧に諦める為にも、妲己さんは助けます。
そして、狐の顔にした尻尾で、僕を噛みつこうとした九尾は、目の前でそれがバラバラに斬られた事で、更に動揺しています。
「バ、バカな……!? ダイヤ並みの強度を持っているはずが……!」
「そうか? 錆びた鉄くずのようじゃったぞ?」
「俺はバターのようだったな」
「じゃから、張り合うな……」
黒狐さんが、子供みたいに見えてきた……いちいち白狐さんに張り合ってきていますよ。まだ僕を諦めていないの?
「え、ええぃ! 私が、妾が……こんな格下の妖狐なんかに……!」
「格下? だからなに? 自分が格上だからって、その人の人生をめちゃくちゃにする権利なんて、どんな人にも妖怪にも、ないんですよ!!」
「しまっーー!!」
「だから、そうやって人の人生をめちゃくちゃにした報いで、あなたもこれからの人生、めちゃくちゃになっておいて下さい! 煉獄環百式!!」
「あぁぁぁぁ!!!!」
そして、白邪の懐に潜り込んだ僕は、炎と化した火車輪を何個も出現させ、それを腕に集めると、逆噴射させて一気にブーストし、今までで1番強力な拳を、相手のお腹に打ち込みます。
それと同時に僕は、わら子ちゃんからお守りと一緒に貰っていた、ある強力なお札を、白邪に押し付けました。これは幸運を弾き飛ばす、呪いのお札らしいです。
美亜ちゃんと共同作業したって言っていたから、このお札を押し付けた相手は、恐らくもう2度と、幸運な事が起きない事になるんでしょう。
これが、僕があなたに与える罰ですよ。
沢山の人や妖怪の人生をめちゃくちゃにした分、自分の人生めちゃくちゃになっておいて下さい。