第漆話 【2】 家族の僅かな時間
僕の後ろで、激しい戦闘音が聞こえてくる。
白狐と黒狐の白銀さんと黒銀さんが、白面金毛九尾の狐、白邪と相対しているからです。
なんだか……いつも白狐さん黒狐さんだったから、本当の名前で呼ぶのが新鮮と言うか、別の妖狐の名前の様な気がしてしょうがないです。
とにかく、顔を赤くしている場合じゃない。僕は僕で、自分の力を使えるようにならないと。
「ムキュゥゥ……」
「レイちゃん。無茶はしないで、少しでも妖気を与えられたら、それで復活すると思うから」
「ムキュ!」
やっぱり天狐様より、こっちの方が復活させるのに時間がかかっているみたいです。
レイちゃんが2人の石像に巻き付き、必死に妖気を与えています。その前に、レイちゃんの妖気が切れないでしょうか? それも不安です。
「白狐さーーじゃないや、白銀さんと黒銀さんだけでは、白邪を止めるのは難しいし……天狐様は手伝ってくれない。やっぱり、お父さんとお母さんが復活するまででも、僕も加勢に……」
大剣みたいな刀剣を、軽々と振り回している白銀さんと黒銀さんだけど、白邪はそれを簡単にいなし、2人のバランスを崩し、九本の尾で攻撃しています。
やっぱり本来の力が戻っても、白邪相手では厳しそうです。
「白銀さん黒銀さんーーう~ん、やっぱり違和感が……あぁ、もう! それどころじゃないです! 今行きーーきゃぅん?!」
「まぁ待て、椿」
「本当に、あわてんぼうなのは変わらないわね」
「へっ……? あっ……」
いきなり誰かが僕の尻尾を掴んだと思ったら、そんな声が聞こえてきます。
この声は、記憶の中にある、とっても大切で大事な声です。
「大きくなったな。椿」
「ふふ。本当は、蘇らせて欲しくはなかったけれど、でもやっぱり、2度と会えないと思っていたあなたに会えると、嬉しさが込み上げてくるわね。こんなに、綺麗になって……」
「お……父さん、お、母さん……あっ、あぁぁ……」
目の前に、石像から復活した金狐のお母さんと、銀狐のお父さんが立っていました。
そしてやっと、やっとこうやって再会出来て……向こうは戦闘中だというのに、僕はお父さんとお母さんに抱きつきたくなっています。
でも、ダメ。まだ、ダメ……そんな事をしている間にも、白銀さんと黒銀さんが。
「…………」
「椿、どうした? 感動の再会は?」
「あなた……今の状況を見て言いましょうか」
流石は、僕のお母さんです。お父さんの尻尾を掴んで、引っ張っていますよ。
「あだだ!? ぬっ? この妖気は?!」
「九尾の狐が、完全に復活したようね。それで椿、あなたはどうしたいの?」
そしてお母さんは、僕に向かって真剣な表情でそう言ってきます。
分かっています、お母さんの言いたい事は。ずっと会えていなくても、やっぱりこれくらいは分かります。親子だもん。
すると、仕事を終えたレイちゃんが僕の元にやって来て、肩に乗ってきました。
ついでに僕にも妖気を与えてくるけれど、それ以上はレイちゃんが消えちゃうでしょ? 妖気の減りが凄いもん。
「その子、霊狐じゃないわね」
「うん、そうです」
僕はただ、お母さんの言葉に素直に答えます。
誤魔化そうとしても無駄だと思う。お母さんの目は、どんな嘘も見逃すまいとして、しっかりと僕の目を見ていますから。
「椿、あなたもしかして……」
「……選定が、始まったの。あの人も待ってる。僕、行かなきゃ。だけどその前に、僕の大切な人達を奪っていった、あの九尾の狐にお仕置きしないと。だから、お父さんお母さん。僕の力を……」
そう言うとお母さんは、一瞬悲しそうな表情を向けてくるけれど、直ぐにまた真剣な顔付きに戻ります。
やっぱりこの展開は、お母さんにとっては、起こって欲しくない展開だったのかも知れません。
だけど、そんなお母さんの肩に、お父さんが手を置きます。
「来たるべき時が来たんだ。親というのは、子の旅立ちを笑って見送るものだろう? 違うか?」
「……えぇ、そう。そうよ……だけど、椿には」
あれ? お母さんが泣いてる。止めて……僕まで泣きそうになるよ。
せっかくお父さんとお母さんに心配かけさせないようにと、頑張って気丈に振る舞っていたのに、そっちが先に泣かれたら、僕も我慢が出来なくなるよ。
「椿、分かっているよな? 選定をしたら、お前は……」
「……分かってる。分かってるよ、お父さん。だからお母さん、泣かないで。僕まで……ぐすっ……我慢出来なくなるよ。本当は抱きつきたいのに!」
「馬鹿ね、来なさい。椿」
するとお母さんは、両腕を広げてにっこりと笑ってきました。そんなの、そんなのもう……飛び込むしかないじゃないですか。
白銀さん黒銀さん、ごめんなさい。もうちょっとだけ、耐えていて下さい。ほんの僅かな家族の時間を、いっぱい味わわせて下さい。
「あぁぁぁ!! お母さん!!!!」
僕はそう泣き叫びながら、お母さんの胸に飛び付きます。
それと同時に、お母さんは金色の尾で僕を包み込んできて、お父さんは横から僕の頭を撫でてきます。
「うぅ、ううぅぅ……会いたかったよ……寂しくなかったって言ったら嘘になるけれど、辛い時に、やっぱり親がいてくれないのはしんどいです」
「ごめんなさい……あなたの事も考えずに」
「お前には、幸せな未来を歩んで欲しかった……しかし、結局こうなるのなら、あの時無理してでも、お前を元に戻せば良かったな……」
「ぐすっ……ううん。あの時はしょうがなかったです、お父さん。あれしか手はなかったんですから」
「しかし、今は違うだろう? あの時も、もしかしたら違う方法があったかも知れない」
僕の言葉に、お父さんがそう返してきた瞬間、僕の中に暖かな力が流れてきます。更にお母さんからも。これは? まさか……。
「椿。あなたが持っていた、あなた自身の神妖の妖気、その半分を返すわ」
「今のお前なら扱える。そうだろう?」
「あっ、わぁぁ……」
これで、半分……ということはやっぱり、僕の中にあった神妖の妖気は、本来の半分程度だったんですね。それなのに、天津甕星の力もあったから、バランスが取れずにいたんです。
でも、今なら……いつも通りに戦える。
「さぁ。行きなさい、椿。私達の自慢の娘」
「あの時俺達が成せなかった、この戦いの決着を着けてくるんだ!」
「うん!」
それから僕は、涙を拭い、しっかりと顔を上げると、お父さんとお母さんの顔を見ます。2人とも、我が子を送り出す親の顔をしていますよ。
だけど今は、それがなんだか嬉しく感じるし、勇気が湧いてきます。
それと、お父さんとお母さんはなんとか復活しただけで、妖気が完全に回復している訳ではないみたいです。そしてそれは、天狐様も一緒みたいでした。
格好つけて、僕にやって見ろなんて言って、本当はまだ本調子じゃなかったんですね。
そんな中で、白銀さん黒銀さんの体を作ったんだから、妖気はほとんど無いみたいです。
お父さんとお母さんの妖気を確認した後、もしかしてと思って天狐様も確認してみたら、3人とも妖気が同じくらい少なかったです。
だから本当に、僕がやるしかないんです。
「びゃーー白銀さん、黒銀さん。ごめんなさい、今行きます」
まだちょっと、2人の名前が呼びづらいです。
呼ぶのに詰まっちゃった……と思っていたら、後ろからお母さんが声をかけてきます。
「椿。無理にその真名を呼ぶ必要はないわよ。その名は本来、あんまり呼ばないようにしないといけないものだからね。愛称や呼称として、白狐黒狐で良いと思うわよ」
「……行って来る」
何だか無性に恥ずかしいんですけど……。
今お母さんは、絶対僕の後ろで、ほほえましいものを見る目で見ているに決まっています。
余計な事をしちゃいました。白狐さん黒狐さんの顔、あんまり見ないでおこう……また顔が赤くなりそうです。それだと戦闘に集中出来なくなるからね。
そして僕は、自分にそう言い聞かせると、白狐さん黒狐さんの元へと急ぎます。