第弐話 【1】 椿の女難
2人に付いていた寄生妖魔を浄化してから、しばらくたって目を覚ましたヤコちゃんとコンちゃんは、いきなり僕の方にしがみついてきました。
いきなりでびっくりしましたよ。白狐さん黒狐じゃないんですか?
「お姉様!!」
「助かりました、お姉様!!」
「えっ?! ちょっと、お姉様って……」
別に、姉呼ばわりされるのは楓ちゃんで慣れているけれど、お姉様はちょっとニュアンスが違う気がします。
「寄生妖魔に操られていた時も、意識はありました。私達の本音を、ひたすら話されてしまって……」
「それなのにお姉様は、嫌な顔せず助けてくれました」
「いや、その……寄生されていたら、嫌味な事を言われても普通に助けるってば」
そう言いながら僕は、2人を自分から引き離そうとするけれど、力は年相応じゃないのか、強くしがみつかれていて離してくれません。
『なる程な……つまり今のように、稲荷の石像に籠もっていた奴等全員に、寄生妖魔を寄生させ、追ってくる俺達の足止めをしているわけか』
白狐さんは、その先の千本鳥居の道を眺めながらそう言っているけれど、ヤコちゃんとコンちゃんの事は無視ですか。助けて下さいよ。
『まぁ、仲直りしてくれて良かったぞ』
そして黒狐さんまで、そんな事を言ってきます。
確かに白狐さん黒狐さんからしたら、さっきまでの言い合いが無くなるし、この方がありがたいんだろうけれど、僕の方はべったりと引っ付かれて、歩きにくいですよ。
「お姉様……! 強くて可愛くて、私達の理想です」
「ヤコお姉ちゃんズルい! 私だって、お姉様みたいに……」
えっと……ヤコちゃんのつり目が細くなって、何だかトロンとしていっているような……。
どっちにしても、このままだと戦い辛いです。こんな時に、寄生された妖狐が出て来たら……。
『いかん! 椿!!』
「あ~もう! そう思ったそばから出て来ちゃいました! 2人とも、僕に捕まってて!」
変な事は考えるべきじゃないですね。社の陰から、狩衣を身に纏った男性の妖狐が現れて、僕に襲いかかって来ました。
多分華陽の命令で、僕を狙えと言われているんでしょうね。近くにいる白狐さん黒狐さんは無視して、迷わずに僕ですから。
とにかく僕は、ヤコちゃんとコンちゃんを脇に抱えると、そのまま上に飛び上がります。
「黒狐さん、ちょっと動きを封じて下さい!」
『全く……まぁ、ここは他の場所よりも妖気が濃い、これを利用すれば……! 妖異権限 黒雷針!』
そして僕の指示通り、黒狐さんは小さな黒い雷の針を飛ばして、襲って来た妖狐の動きを感電させ、その場で止めてくれました。
感電と言っても、黒狐さんのこの妖術なら、神経伝達を乱されて、腕や脚が上手く動かせないといったところです。
だけど、僕にはそれで十分です。
「金華浄槍!」
そのまま、ヤコちゃんとコンちゃんにもしたように、槍にした尻尾で相手の尾を突き刺します。同じ場所に寄生していたんです……芸が無いなぁ。
そして今回は、寄生妖魔を飛び出させる事をさせず、そのまま浄化しました。
逃がしたり暴れさせたりさせず、寄生した妖魔だけをキッチリと浄化しました。それから妖狐の男性は、そのまま意識を失ったのか、その場で倒れました。
「ふぅ……とにかく、こんな事が起こるから、2人とも僕から離ーー」
「あぁ……この金色の妖艶な尻尾……惑わせれます」
「ヤコお姉ちゃん~私も触る!」
2人とも必死になって、僕の尻尾を触っていました。完全に忘れていたけれど、僕の尻尾って魅了する効果が……。
『椿よ……』
「言わないで下さい白狐さん……」
何故か白狐さん黒狐さんから、呆れた様な目を向けられていました。
いや、でも……最近は強い敵ばっかりで、僕のこの尻尾の効果が、全く効かない妖怪さん達だらけだったからさ、役に立っていなかったんです……忘れるのもしょうがないでしょう?
「あ~もう! 2人とも、とにかく離れて~! それと、僕の尻尾触らないで!」
「そんな事言わないで下さい、お姉様!」
「もっと触らせて!」
それから10分程、その場で2人を振りほどくのに苦戦していました。まだ千本鳥居を潜ってないですよ。
ーー ーー ーー
「申し訳ありませんでした……」
「ごめんなさい。私としたことが……」
「いや、僕だって、自分の尻尾の事忘れていたから……だから、おあいこです」
その後、ようやく我に返った2人が、僕の前で正座をして、必死に謝ってきました。
だけど、これは僕も悪かったから、そこまで必死に謝る必要はないです。だから僕は、そんな2人を制止します。土下座までしそうだっからね……。
「いえ……お姉様はあれから、自分の弱さを責めて、そこまで強くなられたのです。それなら、私達がお姉様に当たるのは筋違いでした。ただの八つ当たりです。申し訳ありません」
「あわわ……! だから、そこまでしなくても!」
だけど結局、思い切り土下座されちゃいました……妹のコンちゃんも一緒に。なんだか、あの4人と同じ雰囲気を感じますよ。
それでも外見は子供だし、他の妖狐に比べると、そこまで長い時を生きていた訳ではない……って、僕より生きた年月は長いはずだけどね。
「あの、僕も悪い所はあったから、一方的に謝らなくて良いです。だから、その……泣きそうにならないで下さい。僕よりも年上なのに……」
もう、反応が子供なんです。あとほんの少し、僕の反応が遅かったら、絶対に泣いていましたね。
だけど、こんな所で泣かすわけにもいかないので、僕はひたすら2人の頭を撫でています。
「んぅ……わかり、ました」
「きゅぅ……お姉様……」
あれ? また2人が目を細めてトロンとしだして、僕の手に頬ずりをしてきているけど……また魅了しちゃった?
「お姉様……せめて道案内いたします」
「ズルい! ヤコお姉ちゃん。私がやる!」
「コンは少しガサツよ」
「お姉ちゃんだって、服をそこら辺に脱ぎっぱなしでしょ!」
「今は修行中でしょ! なんでそんな昔の事を引っ張り出してるの!」
そして、なんでここで喧嘩が起こるのでしょうか? 僕のせい?
「2人とも落ち着いてよ。案内なら、なんとかここの地形を思い出したし、僕でも行けるから。だから、2人はここーー」
すると突然、周りから妖狐の妖気が沢山現れて、こっちにやって来ました。しまった……まだ居るんですか。
こんな所に2人を置いていたら、何をされるか分からない。下手したらまた、寄生されるかも……。
『椿よ、急ぐぞ!』
『その2人も、俺達が守れば良いだろう! ここに居ても埒が明かないぞ!』
「う~分かりました。2人とも、一緒に来て下さい」
それならば、せめて天狐様を復活させてから、この2人を任せた方が……。
「…………ぅっ!?」
ただ何故か、天狐様を復活させようと考えただけで、鳥肌が立ってきました。いや、原因は分かっているけどね……。
だけど、これは僕個人の問題なので、そんな事を言っている場合じゃないんです。
「お姉様。どうしました?」
「んっ……何でもないよ、ヤコちゃん」
「あっ……えと。ヤコって呼んで下さい、お姉様」
「あっ! ズルい! コンもお願いします!」
「えっ、いや……でも」
やっぱりこの2人、まだ魅了されています?
僕の尻尾の魅了は、ある程度の理性を残したまま魅了するから、凄く厄介なんです。
だけど、1度僕の尻尾から視線を外せば、魅了は解除されるはずだけれど……2人とも僕の尻尾を見た後に、僕の顔を見ています。うん、魅了されています。
だけど、注意したのに自分から見たよね? どういう事?
「お姉様になら……魅了されても」
「私も……」
そして、歩き出そうとする僕の腕に、また2人が引っ付いてきました。その後に、上気した顔のまま上目遣いでそう言ってきます。僕が男の子だったら、それで落ちていますね。
というか、魅了されても良いって、それは駄目ですよ。この後にも戦闘があるのに、このまま2人を守りながら戦うのは難しいです。早く何とかしないと。
『そう言えば白狐。修行中の稲荷の中に、女が好きという、変わった妖狐の少女達がいたな』
『あ~そうだな……その2人と出会ってしまったら、椿が揉みくちゃにされてしまうな。気をつけんとな』
そんな時、先を歩き出した白狐さん黒狐さんが、そんな事を話してきました。
ちょっと待って……それって確実に、この2人じゃないのですか? ねぇ……。
『ただそいつら、美形なら男でもいけるようだし、俺達も気をつけないとな』
『そうそう。確か、狐の鳴き声に似たような名前じゃったな。まぁ、真っ先に椿に引っ付くだろうし、そこで浄化させてやればよい』
引っ付いているから、今正に。現在進行形で引っ付いていますから!
完全にこの子達の事でしょ、白狐さん黒狐さん!
鳴き声って、妹のコンちゃんの「コン」はそのままだし、ヤコちゃんの方は「コヤァ」を反対から呼んでるよね。
しかも2人とも、喋り方がどこか固いよ。わざとでしょう! 白々しいですよ!




