第壱話 【2】 2体の寄生妖魔
その後数十分程、2人は白狐さん黒狐さんから離れなかったけれど、事情を説明して欲しいと言われて、ようやく2人から離れてくれました。
その瞬間に今度は、僕が白狐さん黒狐さんの間に入って、2人の腕にしがみつきます。
『これ椿……』
『可愛いが、今はそれどころでは……』
2人は困った顔をしているけれど、そんなの関係ないです。
また2人にしがみつかれたら、僕の嫉妬心が溢れかえってしまって、神妖の妖気が暴走しちゃうかも知れないです。
現に、白狐さん黒狐さんが2人を離したのも、嫉妬してしまった僕が、その尾の色だけを白金色に変えていたからです。
「ヤコお姉ちゃん。やっぱりあの妖狐、恐い」
「そうね……あんなに妖気を溢れさせてくるなんて……恐い」
なんとでも言っておいて下さい。とにかく、この2人は僕のですから。
だから僕は、2人の前で怯えている妖狐の女の子2人に向かって、威嚇をしています。
「そんなに好きなの? あなたが白狐様黒狐様を殺したくせに。それだけじゃない。あなたが暴走したから、何もかもがめちゃくちゃになったのよ。天狐様だって、あなたのせいで……」
「それがなに?」
「なっ!? あなた……お姉ちゃんが言った事、理解出来ないの?!」
「理解していますよ。だから? もう終わった事なんだよ。かも知れないとか、そんな事で僕を恨んでいる暇があったら、1日でも早く立派な稲荷になって、天狐様を助ける。何で、そう考えないんですか?」
2人の言葉に対して、僕はそう返したけれど、ちょっとキツく言い過ぎたかな? また2人とも泣き出しそうです。
「でも……天狐様は妖気切れを起こしているし、そもそもここは、隔離されていたから……」
「それを何とかしようとは思わなかったんだ」
「何とかって……出来るわけ」
「そうだね。僕だって、妖気を渡す事が出来るレイちゃんを、たまたま連れて来る事が出来ただけ。だけど、ここまで来られたのは、それだけ僕が動いたからだよ。僕が動かず、ただ誰かが何とかしてくれると、そう思っていたら、僕はここにはいなくて、レイちゃんもここにはいません」
基本的に、お姉ちゃんのであるヤコちゃんの方が、僕に対抗して話しているけれど、僕はそれを全部言い返しています。
その度にヤコちゃんは、徐々に泣きそうになっていますね。お願いだから泣かないでね。
『とにかくじゃ、椿。嫉妬も程々にな』
「うっ……」
でもやっぱり、いじわるしすぎたようです。
分かっています。分かっているけれど……ヤコちゃんとコンちゃんが2人に引っ付いていると、心がざわついて落ち着かないんですよ。
それが嫌だから、2人に引っ付かれないようにと、嫌味な事を言っちゃいました。
うぅ~ん……何でこうなるんだろう。誰かを好きになるって事は良い事なんだけど、悪い事でもあるのかな……。
『ヤコとコンだったか? ここで何が起きているのか、説明してくれないか?』
「あっ、はい!」
ようやく本題に入れるとなったからなのか、2人とも黒狐さんの言葉に対して、満面の笑みを浮かべて返しています。
だから、そういうのが……う~もう良いです。我慢します。
『椿よ、我を信じろ。我は、椿だけだぞ』
『待て、俺もだぞ!』
「早く本題に入りましょう……」
このままじゃあ、またいたちごっこです。
それから、ようやくヤコちゃんとコンちゃんは、ここで起きている事態を話し始めました。
「ここは、60年前のあの事件からずっと、妖界で修行中の稲荷達が、静かに修行を続けているだけでした」
「いつ終わるかも分からない、もしかしたら永遠にこのままかも知れない。そんな不安があっても、私達はいつか天狐様が復活すると信じて、お姉ちゃんと一緒に修行をしていました」
お姉ちゃんから順番に話していく2人だけど、これは嫉妬している場合じゃなかったです。
この妖界の伏見稲荷に、何か居る。
お話は気になるけれど、しょうが無いですね。このままだと危険ですからね。
とにかく僕は、一旦白狐さん黒狐さんから離れ、近くから放たれている、その気になる気配のする所に行きます。
「だけど、つい先程。何者かが、この場所の結界を破り、神社に入って来たのです」
「その邪な妖気で、私達は意識を半分落としている状態から、一気に覚醒してしまったのです。そしてお姉ちゃんと一緒に、その者の正体を確かめたけれど……そいつはーー」
「華陽だったんですよね? 僕達は、その華陽を倒す為に、ここに来たんです」
話してくる内容は、だいたい予測出来ていました。華陽が欲しがっているものは、全部ここにあるからね。
それと、僕達が来るのも見越していたと思います。そうじゃないと、こんな“モノ”を用意するわけないです。
『椿よ、どこに行っておったのだ?』
「ちょっと、妖魔を倒しに」
『なっ?!』
そんなに驚かなくても良いと思うんだけど……。
だけど、華陽が生み出したという、寄生する妖魔に寄生された妖怪さんだったから、少し厄介だったかも。
だけど、今の僕の前では、相手にはならなかったです。
2・3体程倒して浄化し、その寄生された妖怪さんを助けたけれど……その妖怪さんは、妖狐だったのです。
これ……ここのお稲荷さんの石像に入っていた、修行中の妖狐さんですよね?
さっきの話からして、修行中の妖狐さん達は、華陽の邪悪な妖気で全員目覚めた。それなのに、今妖気を感じ取れるのは、目の前の2人の妖狐だけ。ということは、他は全員妖気を消して隠れていますね。
恐くて隠れているわけじゃない。辺りに殺気が満ちています。
恐らく華陽は、寄生する妖魔しか持って来なかったと思う。という事は……。
「ヤコちゃん、コンちゃん。ちょっとだけ、体調べさせて」
「…………」
「…………」
僕のその言葉に、2人とも黙ってしまったけれど、代わりに邪悪な妖気が徐々に高まっていきます。
それと同時に、僕は2人の中に、2人とは別の妖気を感知しました。
これは、寄生する妖魔の妖気です。
この様子からして、寄生されてからまだ間もないです。今なら助けられる。
現にさっき倒した妖狐さん達も、僕は寄生妖魔だけを浄化して、何とか助け出したんです。だから、ヤコちゃんとコンちゃんも助けられる!
「全く……なんで上手くいかないの」
「泥棒猫……じゃないや、泥棒狐さんだね。お姉ちゃん」
「そうね。しかも、悪い妖狐の椿。白狐様と黒狐様の傍に居て良いのはーー」
「「私達の方よ!!」」
僕の様子を見て、誤魔化しきれないと思ったのか、寄生妖魔はその姿を現し、2人を僕に襲いかからせます。
その2人のフサフサの尻尾が、一気に刺々しくなってしまって、まるで昆虫の下腹みたいな、そんな尻尾になっちゃいましたよ。
でも、そこに寄生妖魔がいるんですね。妖気で分かりますよ。
「妖具生成。たぁっ!!」
とにかく僕は、妖術で特製のメンコを作り出すと、それを思い切り地面に叩きつけました。その瞬間メンコから、爆発したかのような激しい風が発生して、2人に襲いかかります。
「くぅ……!! この程度で~! 食らいなさい!」
「ちょっとお姉ちゃん! あの妖狐がいない!?」
「えっ?! いったいどこに?!」
凄いですね。この風でも吹き飛ばされずに踏ん張って、正面にいる僕に攻撃しようとするなんて。
ヤコちゃんは、地面から出て来た大量の水を凝縮して、それを狐の顔に整えると、そのまま僕に放とうとしていました。
コンちゃんの方は、地面から木の根を生やし、それが次々と集まって絡み合い、やっぱり狐の顔になると、それを僕に向かって放とうとしていました。どっちも似たような術でした。だから避けやすいんですよ。
「な~んてーーね!」
「妖狐は嘘を付くのが得意なのよ! 後ろにいるのは分かっーー」
「同感です。金華浄槍!!」
ヤコちゃんがおどけてそう言った後に、2人はくるっと後ろを振り向き、後ろに回り込んでいた僕に向かって、さっき出した妖術を放とうとしてきました。
だけど、そうするのは分かっていたから、分け身を2体生み出していて、本体の僕だけが後ろに回っていました。
つまり、2人が後ろにいた本体の僕に攻撃をしようとした瞬間、風で舞い散った土埃に紛れていた、正面にいる分け身の僕が、2人を攻撃したのです。
「あっ……!? 嘘……最上位の妖狐しか使えない、真の分け身を……実体と変わらない分け身術を……」
「しかも、2体も。お、姉ちゃん……」
「大……丈夫よ。コン」
そうだね。だって2人とも、さっきからずっと小さな声で「助けて」って、そう言っていたからね。
そして、僕が槍にした尻尾で攻撃したのは、寄生妖魔のいる君達の尻尾です。
更にこの槍には、浄化の力が付いている。つまり、もうこれで決着なのです。
「ぎぃぇぇぇぇ!!」
すると、2人に寄生していた2体の寄生妖魔が、最後の抵抗を試みて来ました。
その2人の尻尾から飛び出し、僕に襲いかかって来たのです。
だけど、そっちは分け身だから無意味だし、そもそも分け身とは言え、僕の槍の尻尾が刺さった状態です。
だから分け身の僕は、同時に指を鳴らし、ある妖術を発動します。
「金華浄焔」
「ぎぃぃぃい!!」
それから2体の寄生妖魔は、僕の尻尾の槍に突き刺されたまま、金色の激しい炎に包まれ、完全に燃え尽きました。
それと同時に、2人の妖狐もその場に倒れ、気絶しました。
大丈夫、妖気はある。死んでいません。良かった……ちゃんと助けられました。