第弐拾参話 【2】 自分自身を信じて
僕の言葉で完全にキレてしまった鉢頭摩は、気の様なもので、自分の足下から地面を割っていきます。
「裂いて、砕いて、ぜぇんぶ壊してあげる。罪人に痛みと苦しみを与えるのが、僕の役目なんだよ。そうしないと、罪人は自分の罪が分からない。そんな僕を倒そうとするんだ、狐のお姉ちゃんは」
「そうですね。そうしないと、あなたは私を捕まえるのでしょう? そうはいかないので、あなたを倒すのです」
ただ僕は、それに恐れたりはしないよ。静かに御剱を構え、鉢頭摩に向かって突きつけるだけです。
この鬼の能力は、単純に破壊系ですね。
相手に痛みを与えたりして、精神的に追い詰め、罪の意識を自覚させる。その為の、圧倒的な破壊力を持った能力ーーという事なんですね。
でも、それだけじゃなさそうです。相手が勝ち誇った様な顔をしていますからね。
「さぁ、心も砕いてあげる」
鉢頭摩はそう言うと、僕に向かって拳を突き出してきます。
僕との距離は少し離れているけれど、嫌な予感がしたから、咄嗟にその場から離れます。
「無理だよ。これは、そんな事では避けられない。拳はフェイクさ。僕と目があっただけで、既に君の心は砕けているのさ」
「……えっ?」
目があっただけで? だけど僕には、何の異常もないんだけど。
「……あれ? もしかして君、大切な人がいるの?」
「えぇ、そうですけど」
「あっ、そう……それじゃあ効かないや。残念」
もしかして、その人に大切な人とかがいると、心が砕けなかったりするのですか? 甘いですね、その能力。
「やっぱり罪人とは違うし、勝手が違うなぁ……ここに来る罪人は、その殆どが大切な人なんて居ない人達だからね」
「金華神威斬」
「うわっ!! 危ないなぁ、もう!」
残念です。項垂れている鉢頭摩に向かって、浄化の炎を乗せた斬撃を飛ばしたけれど、避けられちゃいました。
やっぱり、身体能力は高いですね。これは簡単にはいかなさそうです。
「ちょっと、狐のお姉ちゃん。流石にもう、これ以上は駄目だよ。おいたは、めっ!」
「へっ? なっ……!! 体が?!」
すると鉢頭摩が、目玉のないその黒い目をつり上がらせ、僕を睨みつけます。するとその瞬間、僕は体が動かなくなっちゃいました。
「僕にこの能力を使わせるなんて、相当だよ。本当はもうちょっと、遊びたかったんだけどね」
遊び……? 今まで怒ったりとかして、本気を出していたとしても、それは全部遊びの範疇だったのですか?
そうだとしたらマズいかも知れません。この状態でも、勝てないかも……。
「さぁ、大人しく来てーーとその前に、死んでいなければどうなっていてもいいって、呼び出された妖怪に言われたから、僕を舐めた罰として、その綺麗な顔を潰してあげるね!」
動けなくなった僕を見ながら、鉢頭摩はそう言って、腕を振り上げて来ました。
駄目です……このままだと僕は、ボコボコにされちゃう。何とかして、この状態から抜け出さないと。
だけど、いくら動かそうとしても、僕の体はうんともすんとも動きません。そうしている内に、もう相手の鬼は直ぐそこまで来ています。
「くっ……この! 金華浄焔!!」
「おっと……! どうせそうくると思ったよ。でも、そこからだと真っ直ぐしか打てないよね? それなら、避けるのは簡単だよ」
やっぱり、真正面からじゃ駄目ですか。
『椿!!』
『駄目だ、白狐。レベルが違っーー』
「それなら私が……!」
そんな時、慌てる白狐さん黒狐さんの声の後に、玄葉さんがそう言ってきました。そして一瞬で、僕の前に来ていました。
でもそれと同時に、鉢頭摩がその拳を振り下ろしてきます。強烈な一撃を与える拳を。
「あはっ、なに? お姉ちゃん。邪・魔・だ・よ!!」
「百葉樹!! 玄甲!」
すると玄葉さんは、ほぼ全ての玄武の盾を展開し、それを一枚に重ね合わせ、自分の前に持ってきました。
それで防げるのですか? ダメ……嫌な予感がする。
「無駄だよ~」
「ぐっ……!! ぁがっ!!」
「玄葉さん!!」
やっぱり駄目でした。
重ねた玄武の盾が全て砕かれてしまい、玄葉さんのみぞおちに相手の拳がーーこのままじゃあ、玄葉さんが死んじゃう!
「止めろぉ!!」
そう叫んだ瞬間に僕はもう、金狐の姿ではなくなっていて、代わりにあの白金の毛色に変わり、尾が2本増え、3本になっていました。
しまった……! 感情の高ぶりで、自らの神妖の妖気が出てしまいました。
「へっ……? うわっ!!」
だけど、僕のその神妖の妖気の波動で、相手が吹き飛んでいました。どんな威力ですか……。
「つ、椿様……? そのお姿は……」
そして、鉢頭摩の攻撃を受け、膝を突いていた玄葉さんがそう言ってきます。
良かった……生きていました。
大量の血を吐いていたから、もう駄目かと思ったけれど、慌てて白狐さんが駆け寄っているから、多分もう大丈夫ですよね。
『椿。お前……大丈夫なのか? それ』
「うっ……く、大丈夫じゃないかも、知れません。ちょっと離れていて下さい。レイちゃんも……」
そして、心配してくる黒狐さんにそう言って、肩に乗っているレイちゃんも、僕から離します。何かあったら駄目だからね。それに、皆心配そうな表情を僕に向けていますよ。
それもそうだよね。だって、尾が3本になっちゃっているんだもん。それはつまり、神妖の妖気が高まっているって事なんです。
「むぅ……いかん、椿。気をしっかり持て」
「うぅ……そう言われても……頭がスッキリと冴え渡っていて、敵の動きが手に取るように分かって、力も落ち着いてーーって、あれ?」
おじいちゃんもその場に座り込んでいて、壁にもたれかかりながら、僕の心配をしてきたけれど、そこまで暴走しそうじゃなかったです。
むしろこれは……かなり安定しています。もしかして、先に金狐の状態になっていたから? でも、何だかおかしいです。
確かに少しばかり、力は上がっている感じはするけれど、驚くほどではないです。まだ、僕自身の力を使いきれていない証拠なのかな?
『椿よ。自分の力と言うのは、心構え1つでいくらでも変わる。お主は自身の力が怖くて、今無意識に、力を抑え込んでいるんじゃ』
そんな風に不思議がっている僕を見て、白狐さんがそう言ってきました。
心構え1つ。つまり僕は、自身の神妖の力が怖くて、暴走しないようにと、無意識に力を抑えているんですか。そんな事が、気持ち1つで出来るんですね。
『全ては気の持ちようだ。我々の妖気は、精神が安定している時ほど、その力は強くなり、より安定する。気持ちがブレていると、妖気は安定せずに、力を出し過ぎてしまう。椿よ。お主はもっと、自分を信じるべきだな』
自分を信じる……ですか。
だけど白狐さんの言葉が、僕を更に悩ましてきます。
だって僕は、自分が怖い。だから、自分を信じる所じゃないんです。
そのせいで、僕の力がブレてしまっているのなら、未だに金狐になったり、白狐さんの毛色になったり、黒狐さんの毛色になったりも、分かる気がします。
僕はまだ、自分に自信が持てないから、自分の力を使いこなせないんです。だからどうしても、安全に使える力に頼っちゃう。
誰かにーー頼っちゃう。
それじゃあ駄目なんだって、僕はずっとずっと自分に言い聞かせてきた。それでもまだ、頼ってしまいます。
それは、僕が一番分かっている。自分自身が怖いからなんです。
進まないと。
「話は終わった? どんなに姿が変わっても、僕の能力の前では……ぐっ!?」
「白金の神槌」
先ずはこいつを倒さないと。戦いながらでも、僕は少しずつ、自分の力を使っていきます。
考えていてもしょうが無い。動いてやってみない事には、自分への自信には繋がらないです。
「神華浄焔、白銀の矢!」
「そんなの、簡単に砕ーーうっ!!」
砕けるわけないですよ。2つの神の力が混ざった、僕オリジナルの神妖の妖気なんです。君みたいな単純な能力では、白金色のこの炎の矢は、一切砕けない。
だから、僕の放った矢は、そのまま鉢頭摩の肩を射貫きました。
もうこれ以上、誰も傷つけたくない。
だから、僕がやるんです。例え怒られても、例え止められても、どんなに自信が無くても、僕は最後まで戦い抜きますから!