第弐拾壱話 【1】 巨大竜巻で吹き飛ばせ!
相手の怨念の糸をくぐり抜けながら、僕と龍花さんは、分陀利へと攻撃を仕掛けます。
「青竜刀、荒風纏い。一心、不動の太刀!」
龍花さんが途中で立ち止まり、しっかりと足を踏みしめたと思ったら、青竜刀を思い切り突き出しました。その瞬間に、もの凄い勢いの風が発生して、それが空間を貫いていきます。もう槍です、これ。風の槍ですよ。
だけど、その強力な龍花さんの攻撃ですらも、相手は軽く腕を払っただけで弾き飛ばしました。
どんな腕の力をしているんですか。これじゃあ、自分の妖術を吸収して攻撃する、僕の得意技でも弾かれそうですね。それならーー
と、その前に。僕はまた縫い付けられちゃいました……。
死角から怨念の糸が飛んで来ましたよ。流石にこれは避けられないです。
「黒羽の矢!」
そして今回は、この妖術を吸収していないです。実は吸収して溜めているのは、別の妖術なのです。
だからこの妖術は、使っても問題はない。
自分の妖術を吸収して溜めている間は、他の妖術を使っても平気だけど、その間は別で溜める事が出来ないので、あんまり連発していられません。
「さてと~そろそろ飽きてきてしまったので、これで終わりにしましょうか」
すると分陀利は、両手を胸元まで上げ、まるでその先に人形を吊しているかのようにして、全ての指を下に向けました。その瞬間……。
「椿ちゃん、後ろ!」
「大丈夫です、わら子ちゃん。気配で気付いています!」
突然一斉に、横の個室の扉が開く音がしたからね。何か出て来たのは分かっていました。
多分、ここの地獄で罰を受けている、沢山の亡霊達さんですね。しかも凄くやつれていて、物凄く嫉妬した様な目を向けています。
だけど、所詮は亡霊です。僕にはもう1人、強い味方がいますから。
「ムギュゥゥッ!」
そして、僕が肩にいたレイちゃんに目を向けると、レイちゃんはそれに応える様にして、うなり声を上げました。すると、僕に向かっていた亡霊達が、激しく吹き飛びました。
だけど、恐らくこの亡霊達は、ただの目くらましですよね。これで決着を付けようなんて、この鬼は考えていませんでした。
僕の目の前に突然、分陀利が現れ、僕を殴ろうとしてきます。しかも、渾身の力を込めて殴ろうとしていますね。
「くっ……!! うぅぅっ!!」
「あら。私の渾身のパンチを受け止めるなんて」
確かに、これは相当な力だと思います。思い切り後ろに下げられましたからね。
だけど、足は地面にしっかりと付いていたので、吹き飛びはしていないです。腕が痛いですけどね。白狐さんの力が無ければ、完全に折れていました。
「椿様に攻撃するとは……私は眼中に無しですか?」
「あら、あなたもいましたね。でも、そうですねぇ~確かにあなたはーー雑魚ですね」
「この……!!」
「挑発に乗ったら駄目です、龍花さん!」
相手の言葉に対して、龍花さんが怒りのオーラを出していそうだったので、僕は慌てて止めました。
だって分陀利は、常に糸を張っていて、僕達を待ち構えているのです。
これを何とかしないと、僕達に勝ちはないですよ。
「椿様……すいません」
僕がそう言った後、龍花さんが申し訳なさそうにしてきます。
そんなに落ち込まなくても良いのに、って毎回思うけれど、龍花さん達4人は、自分達の力に絶対の自信を持っています。それを雑魚と言われて蔑まれたら、流石の龍花さんも怒っちゃうよね。
「冷静になれば、挑発だと分かることを……」
「その前に、龍花さん後ろ!」
「くっ?!」
危ないですね。龍花さんの後ろから、怨念の糸が絡み付こうとしていました。
龍花さんと一緒になって、僕も上に跳び上がるけれど、足に絡み付かれましたよ。意外とこの怨念の糸、回避が難しいです。
至る所に怨念が渦巻くこの中で、四方八方から飛んで来るんだけれど、他の怨念で糸の方の怨念が埋もれてしまっていて、捉えられないのです。
しかも、見えているものを避けたとしても、見えない死角からも飛んで来るので、結局捕まっちゃうんです。
「椿様。またですか。はぁっ!!」
その度に僕は、龍花さんに助けられています。何とかして、この糸の攻略法を見つけないといけませんね。
「うぅ……ごめんなさい、龍花さん。この糸、気配を掴みにくいので、避けにくいんです」
「椿様。怨念の気配を辿っていても、それを対策されては意味がないでしょう? 常に動いておくのです」
「へっ……?」
常にって……そんなの、直ぐにスタミナが切れて、バテちゃうんじゃないですか?
「良いですか、椿様。細かく動いておくのです、そうすればーーはっ?! しまった!!」
あっさりと捕まっているじゃないですか!!
さっきまではそれで何とかなっていたのでしょうけど、相手がやり方を変えて来て、怨念の糸を更に細くされていました。
これ、肉眼でも殆ど見えない程になっちゃっていますよ!
「龍花さん!」
「くっ……!! この!」
宙吊りにされた龍花さんは、青竜刀で自分の周りを斬りつけているけれど、全く切れていないのか、降りる事が出来ないみたいです。
「残念だけど、細くしたこの怨念の糸は、更に強度を増しているわ。簡単には切れないわよ」
「くそ……!」
龍花さんの刀で無理なら、僕の妖術ならどうでしょう?
ちょっと試してみましょう。そうしないと、龍花さんが危ないです。
「黒羽の矢!」
「あら……?」
あっ、切れたのかな? 吊されていた龍花さんが落ちましたよ。
「おっと……! 助かりました、椿様。あなたの妖術なら切れるのですか……」
「そうみたいですね。自分でもビックリしました」
「…………」
でもそれは、相手にも予想外だったらしく、分陀利は凄い形相で僕を睨んできます。
そして、操り人形を動かす様にしながら、手を前に突き出してきて、その指を動かしてきます。
これは……また亡霊ですか。と思っていたらーー
「きゃぁっ!! 体が勝手に?!」
「座敷様!?」
玄葉さんが悲鳴を上げた瞬間、わら子ちゃんが僕の前に出て来ました。
まさか、僕の仲間を盾にする気ですか?
「これならいくらあなたでも、そう簡単には……」
「黒羽の矢!!」
「えっ……?!」
そんなの、いくらやっても意味がないですよ。
わら子ちゃんの周りに、10本の矢を飛ばせばいいだけです。それだけで、わら子ちゃんはその糸から解放されますからね。
さてと……僕の仲間に手を出した事、存分に後悔して下さい。
「妖具生成!」
そして僕は、妖術で竹とんぼを出すと、それを回して竜巻を発生させます。だけど、ちょっと怒りで力み過ぎたみたいです。
竹とんぼから、この地獄全てを包み込む程の、巨大な竜巻が生まれました。
「あっ……ちょっと……?! 流石にこれは……!!」
その巨大さに、分陀利も戸惑っています。だけど、同時に僕も戸惑っています。
大きすぎました……。
「つ、椿様。これは私達も……!」
「だ、大丈夫です! ギリギリで術式吸収すれば、何とかなります!」
でも、今はまだ分陀利が吹き飛んでいないから、分陀利が吹き飛んでからにした方がーー
「椿ちゃ~ん!!」
『椿ちゃん!! まさかの幽霊の私まで~!!』
「わぁ!? カナちゃん!!」
なんで君まで吹き飛ばされそうになっているんですか?! 君は今幽霊でしょう?! さっきは大丈夫だったでしょう?! わら子ちゃんと一緒になって、飛ばされそうになってるじゃないですか!
まさか……幽霊でも何でも、攻撃が出来るようになっちゃっているんですか? 怒りで力んだだけで、そんな事になるなんて……。
「あ~もう! 術式吸収!」
とにかく僕は、自分で出したこの巨大な竜巻を、黒狐さんから貰った能力で吸収していきます。
ただその時、吸収されていくその風に乗って、分陀利が僕に向かって突進して来ました。
それがあまりにも突然過ぎて、僕はまだ構えが取れていません。
このままだと、相手の攻撃をまともに受けてしまいます。だって分陀利が、左手の鋭い爪を向けていて、それが目の前に迫って来ていますから。
「させません!!」
「龍花さん?!」
だけど次の瞬間、僕と分陀利の間に龍花さんが割って入り、僕を庇ってきました。
駄目……駄目です。このパターンは……!
また僕は、大切な人を失ってしまう。
その後、玄葉さんが展開した、玄武の盾の割れる音がする。
やっぱりこの鬼の前では、玄葉さんの盾は意味を成していません。
「ぐっ……!!」
そして苦痛の声と共に、龍花さんの体から血が噴き出してきます。
だけど、その量が少ない……あっ、龍花さんは上手い具合に、青竜刀で相手の腕を切りつけて、攻撃の軌道を変えたのですね。自分の体に、貫通はさせなかったみたいです。
「椿様、今です! 先程吸収したものを!」
「えっ! あっ、はい!! 強化解放!」
龍花さんが叫んできて、ようやくこれがチャンスだと気付きました。
龍花さんが左手で、相手の右腕を掴んでいて、その場から逃げられないようにしていました。
そして僕は、急いで龍花さんの肩口から、さっき吸収した自分の竜巻を放ちます。もちろん、強化されています。
あの巨大な竜巻がね。
「あら? あらあらあらあら……!? ちょっと、これ……は、糸がぁぁ!!」
流石にこの風の中では、糸を真っ直ぐには張れないし、更に風にあおられてしまって、自分自身の体に巻き付いちゃっています。
「あ……あぁぁ……!! ちょっと、これは……強力す、ぎ……きゃぁぁぁぁっ!!!!」
そして分陀利は、絡まった糸で身動きが取れなくなり、悲鳴を上げながら、僕の巨大な竜巻に巻き込まれて吹き飛びました。
今度は至近距離で、相手に向けて放ったから、皆を巻き込みません。でもあまりの勢いに、僕も後ろに吹き飛んじゃいました。
「わぁぁっ!!」
「ちょっ……!? 椿様!!」
龍花さん、大丈夫です。竜巻は手から離しているので、着いては来ていません。
ちょっと、その……放った直後の勢いで、吹き飛んだだけです。
「きゃぅっ!」
『大丈夫か?! 椿よ!』
それに、僕にはちゃんと、助けてくれる人がいますから。
「ありがとう、白狐さん」
そして、その尻尾で受け止めてくれた白狐さんに、僕はお礼を言います。やっと起きてくれましたね。