第弐拾話 【1】 第九地獄 『分陀利』
今回の地獄は、恐らく嫉妬とかそういう類のものだと思います。
僕が白狐さん黒狐さんを相手の鬼にぶつけると、縫い付けられていた足が自由になったので、慌てて鬼から距離を取ります。
2人はきっと大丈夫です。今ので正気に戻ってくれたら良いんだけど……。
それにしても、僕の足を縫い付けていた黒い糸は、いったい何なのでしょう? 痛みも無ければ血も出ていないです。
すると突然、足下に落ちたその黒い糸が、一気に霧散して消えてしまいました。
普通の糸じゃない、あの鬼の能力で作られたものかな?
「困ったわね……まさか、この私にこんな攻撃をしてくるなんて……だけどこの2人は、完全に嫉妬の怨念にあてられ、あなたを求めているわよ~」
やっぱり、あれくらいでは終わらないですよね。
吹き飛んでいた鬼は、仰向けになったまま僕に話しかけてきます。
そしてその後に、白狐さんと黒狐さんも起き上がり、また僕に向かって、その両手を広げて突進してきました。
『椿よ~抱き締めさせろ!』
『地獄攻略なんて後回しだ! 愛でさせろ!』
やっぱり、この2人の今の状態は、地獄の怨念によるものでした……。
仮にも守り神なら、これくらいは防げるんじゃないの? と思っていたけれど、仮の体だからそうはいかなかったみたいです。
ただ、この2人を止める方法はもっと簡単でした。さっきは慌てていて、頭から抜けていましたね。
そして僕は、恥ずかしいのを我慢して、唇に人差し指を当て、上目遣いになると、白狐さん黒狐さんに甘い声をかけます。
「白狐さん、黒狐さん……痛いのは、止・め・て」
『かっ……?!』
『うぐっ……!!』
はい、鼻血を出して倒れちゃいました。
この2人は、僕の可愛い仕草で直ぐにこうなるんです。でも、これはいつも以上に恥ずかしかったですね。
多分記憶が戻って、もうほとんど女の子になっちゃったからかな?
だからこの行動、同じ女性からしてみると、凄く恥ずかしいし、ぶりっ子みたいで嫌になっちゃいますね。
だけど、しょうが無いです。この2人を止めるには、これしか方法が無かったんです。
「あらあら……可愛いわね~」
「あの……鼻血出てますよ」
まさか、相手の鬼まで鼻血を出すとは思わなかったですよ。
ここの管理者かな?
ゆっくりと立ち上がったその鬼は、長い真っ白の髪をしていて、スタイルの良い体型をしていました。顔も整っていて、まるでモデルさんみたい。
だけど、目はつり上がっていて、額からは立派な角が伸びています。それと、肌は褐色ですね。
他の鬼は、殆ど赤茶色の体だったけれど、この鬼だけはちょっと違いました。
「ふふ、良いわ~だけど、ここ第九地獄の分陀利の本領は、ここからなのよ」
やっぱり、ここの地獄の管理者でしたね。
そしてここの地獄は、良く見たら通路みたいになっています。
更に、その両サイドの壁には、等間隔で扉が付いています。
いったい何だろう? 部屋があるのかな? しかも、個室?
「ここは生前、人の出会いを、その縁を大切にせず、むしろその出会いを利用し、私腹を肥やしていた者達が落ちる地獄よ」
あぁ……要するに、悪徳な出会い系サービスとか、なりすましでサイト誘導していた人達が落ちる地獄でしょうか?
そうだとしたら、この地獄は存在していても良いですね。
ただ、それが広く知られていないと効果がないですよね。そういう事をしている人達は、殆どが悪気というものがないですから。
すると、更にその鬼は続けてきます。
「この地獄は、その罪の重さの分だけ、個室に閉じ込められ、そこで何年も何十年も、下手したら何百年もの間、孤独に過ごさなければならないの。因みに、私のこの怨念の糸で固定されているから、逃げられもしないわよ」
なる程。それじゃあこの扉の先には、閉じ込められた亡霊達がいるんですね。
そして孤独な時を過ごすに連れ、仲良くしている人々を感知すると、それに嫉妬して怨念のオーラを撒き散らすんですね。
更に、それに当てられた人は、孤独な亡霊達の鬱憤を晴らす為、必要以上に絡むようになる……という事ですか。
それなら、今すぐにこの地獄を突破しましょう。
「黒焔狐火!」
そして僕は、黒狐さんの力を解放し、黒い炎を分陀利に向けて放ちます。
十極地獄の鬼の名前は、その管理している地獄の名前と同じだから、この鬼も分陀利で良いはずです。
そもそも名前なんて無いから、地獄の名前で区別しているだけかも知れません。
「ちょっとぉ、無粋な娘ね。焼こうとするなんて。そんな炎は、地面で大人しく燃えていなさい」
「えっ?!」
すると分陀利は、指の先から黒い糸を飛ばすと、そのまま僕の黒焔に纏わり付き、奇妙な動きをしたと思った瞬間、そのまま僕の黒焔を地面に縫い付けちゃいました。
この鬼って……確か、雷獣さんの口を縫い付けた鬼です。妖術まで縫い付けるとは思わなかったです。
だけど次の瞬間、僕の黒焔を縫い付けていた糸が、突然切れて解けました。
その前に、風を切る音がしたから、誰かがあの糸を切ったのですか?!
「どうやら、あなたは私とは相性が悪いみたいですね。この私の青竜刀を使えば、あなたの糸なんか簡単に切れます」
「あらあら……」
すると、龍花さんが僕の前に立ち、右手に持った青竜刀を分陀利に突きつけました。糸を切ったのは龍花さんでしたか。
「椿様。構わずに妖術を放って下さい! 私が相手の糸を切ります」
「分かりました!」
龍花さんにそう言われ、僕は再度妖術を発動します。さっきの黒焔は、地面に張り付けられて霧散しましたからね。
それと、僕はあることを思い出しました。
最近使っていなかったし、使いどころが難しいんだけれど、相手のあの糸は、僕のあの妖術で何とかなるかも知れません。
「黒羽の矢!」
そう、実体の無いものを貫く矢。これなら、あの怨念の糸に当てる事が出来そうです。ただ、相手の糸はかなり細いので、精密に打つ必要があります。
だから、1本だと不安なので、とりあえず何本か……と思っていたら、1回発動しただけで10本出て来ました。これも、強化されていましたね。これなら、どれか1本は当たるでしょう。
「いっけぇぇ!!」
そして僕は、分陀利に向けて10本の矢を打ちます。その瞬間、黒い羽を付けた沢山の矢は、物凄いスピードで相手に向かっていきました。
スピードもだいぶ強化されていますね……今までとは比べ物にならないくらいに速いです。だから……。
「へっ……?」
分陀利が糸を出す前に、あっという間に通り過ぎちゃいました。
「あら、今のは何かしら?」
「えっと……ね」
実体のあるものに対しては、すり抜けていっちゃうんですよね……つまり、この矢自体に実体が無かったりします。だから、放ったら回収不可能です。しばらくしたら消えるけどね。
「椿様ぁ……?」
「えっと、あの……ちょっと、予想外な事が起きたのです」
「相手に手の内を見せてどうするんですか?!」
「あっ、大丈夫です。まだバレていないので……」
すると分陀利は、僕が放った矢を見て呟いてきます。
「もしかしてあの矢……私のこの糸を、どうにか出来ちゃうのかしら? 実体の無いものを射貫いたり?」
鋭い……! 僕の動作で分かっちゃったんでしょうか? でも、まだ確認しているだけ。それなら、多分誤魔化せます。
「えっと……ど~うかな~? 分かりませんよ~?」
「椿様。目が泳いでいますよ!」
「僕の目は水の中でスイスイ泳げませんから!」
「そういう意味じゃありません!」
「いひゃいいひゃい!」
駄目でした。今ので完全に、相手にバレちゃいました。だって、スピードまで強化されているなんて、そんなの思わなかったんです。
それと龍花さん、もうほっぺはつねる必要ないでしょう?! いつまでもつねられたら、ほっぺが取れちゃうよ!
「仕方ないですねぇ。相手の怨念の糸は、私が何とかしますから、椿様はその隙を見て、相手に攻撃をして下さい」
「その前に、ほっぺから手を離して下さい!!」
引っ張られなくはなったけれど、まだ僕のほっぺを持ったまま、その感触を楽しまれちゃってます。いい加減に離して欲しいです。