第拾玖話 【2】 嫉妬の激走
その後僕達は、朱雀さんを第八地獄に残し、次の地獄へと向かいます。
後からやって来ている鞍馬天狗の翁達は、地獄を進む度に、仲間の救護をしなくちゃならないので、僕達に追い着いて来る事はないと思います。
ごめんなさい……僕がもっとちゃんと、力を扱えていれば、こんな事にはならなかったのに。
『椿よ、また余計な事を考えて落ち込んでいるな?』
「わっ! 白狐さん?!」
いきなり後ろから抱き寄せないで下さい。びっくりして、階段から足を踏み外しそうになりましたよ。白狐さんが抱き締めたから落ちないけどさ……。
『白狐。半分過ぎたぞ、代われ!』
『まだ半分じゃなかろう』
『今までの長さからして、もう半分は過ぎているぞ!』
『今までとは違うかも知れないだろう?』
2人とも、低レベルな喧嘩をしないで下さい。
そんなに僕を抱き締めたいのかな? それとも、ずっと酒呑童子さんを引きずっているから、流石に疲れたのかな?
どっちにしても、ここから先はあんまりイチャイチャ出来ないからね。イチャイチャ何かしてしまうと……。
『ぬっ? また出たか、嫉妬の怨念が!』
こうやって、黒いもやのような怨念が現れ、僕達を包み込もうとしてきますからね。
白狐さん、構えないで下さい。これも幽霊と同じで、物理的な攻撃は一切効かないと思います。
『白狐、止めろ。物理攻撃なんて意味が無いだろう。椿、霊狐で何とかならないか?』
「幽霊ならまだしも、これはただの念なので、レイちゃんでは難しいですね」
怨念は幽霊とは違って、何かに対しての執着心ですからね。魂なんか無いです。
つまりレイちゃんでも、怨念に対しての攻撃や防御は出来ないみたいなんです。
『むぅ……それならどうすれば。このままでは、この階段から先に行けーー』
「椿様から離れたら宜しいのでは?」
確かにその通りなんですよ。だから僕はさっきから、必死になって白狐さんから離れようとしているんです。それなのに白狐さんは、更に強く抱き締めてくるから、全く離れられないのです。
『いや、確かにその通りなのだが。離れたくても離れられん。椿が可愛すぎてな』
「僕のせいにしないで下さい!」
そんな事をしている間にも、怨念が僕達に纏わり付いてきそうなんですよ! これでなにか起きたら、白狐さんのせいですからね!
『早く離せ、白狐!!』
『おぅっ?!』
すると、いきなり白狐さんが、何かダメージを受けたような声を上げます。あれ? 顔を下に向けて、いったいどうしたのですか?
僕と白狐さんの身長差で、見上げた僕の顔を、覗き込んでいるみたいになっています。
ちょっと恥ずかしいんだけど、白狐さんの方は少し怒っていそうです。
また喧嘩ですか?
『全く……嫉妬も程々にしろよ、黒狐よ』
『言っただろう。俺はまだ、諦めていないってな!』
そう言えば、黒狐さんは白狐さんに何をしたんだろう? そう思って周りを良く見てみると、白狐さんの横に酒呑童子さんが倒れていました。
確か酒呑童子さんは、黒狐さんが引きずっていましたよね?
それが今は、白狐さんの横に……って事は、投げましたね? 黒狐さん。白狐さんの頭めがけて、酒呑童子さんを投げましたね。
そして白狐さんは、ようやく僕から離れ、黒狐さんの元に向かって行きます。
何にしても助かりました。怨念が途中で止まって、そのまま戻っていきます。
「龍花さん。このまま行きましょう」
『んっ? しまった! 椿を離してしまった!』
『よし、代われ白狐。次は俺が……』
だから、イチャイチャしたらまた怨念が出て来るってば!
とにかく、今度は黒狐さんが僕を抱き絞めようとして来たので、それを全力で回避します。
真っ直ぐに突っ込んで来ただけだったから、上に跳び上がれば避けられます。
『何故だ?! 椿!!』
「イチャイチャしたら怨念が出て来るって言っているでしょう! それなのになんで、必死に抱き付こうとしてくるんですか?! いつもは抱き付いていなくても平気でしょう?」
『『禁断症状が出る!』』
2人揃って言わないで下さい! そして2人一緒になって、僕の方へにじり寄らないで下さい!
『分かるか? 椿よ。禁止されるとな、余計にそれをしたくなると言うものなのだ』
「2人とも守り神でしょう?! ちょっとは自制して下さいよ!」
『妻に限りーー』
『ーーそれは適応されない!』
「適応して下さい!」
もう2人の目が危ないです! このままだと、次に捕まったら、僕はもう逃げられないかも知れません!
「お、怨念に何されるか分からないんですよ?」
『それでもだ。次の地獄をクリアするまで、気軽に椿とイチャイチャ出来ないと思うと、我慢が出来なくなるのだ!』
『だから、抱き絞めさせろ!』
「わぁぁぁあ!!」
何だか2人がおかしいです。もしかして、もう次の地獄の能力にやられたんですか?!
とにかく僕は、猛ダッシュで階段を降りて行きます。今の2人に捕まったらマズいです。
「あっ!? ちょっと、椿様! またはぐれますよ!」
「そんな事よりも追うぞ! 龍花!」
「2人とも! 酒呑童子さんを放ったらかしだよ~!」
「くっ、やむを得ん。私の玄武の盾で運ぶ。急げ!」
何だか龍花さん達も慌てているけれど、僕はそれよりも、この2人から逃げないと!
だけど、そうこうしている内に、次の地獄が見えてきました。
今回は、扉が無いですね。本来ならここで待って、ちょっと様子を伺いたかったんだけれど、そんな事をしている場合じゃないので、もう突入です!
すると、丁度その地獄の真ん中辺りに、誰かが立っているのが見えました。
でもそこは、僕の進行方向です。邪魔です!
「やれやれ。こんな所まで来るなんてね。それで、ここの地獄の能力はいかがかしら? この第九ーー」
「どいてぇ!!」
「ーーって、きゃぁぁぁあっ?!」
なんだか鬼っぽかったけれど、関係ないです。
僕は尻尾をハンマーにした後、それを振り払って相手を吹き飛ばしました。
「椿様!? 今、なにを吹き飛ばしたんですか?!」
「知りません!! そんな事より龍花さん、白狐さん黒狐さんを止めてぇ! これ絶対に、この地獄のせいだって!」
目が正気じゃないんですよ!
絶対に、あの嫉妬の怨念にあてられたんですよ。今の2人に捕まったら、どれだけ愛でられるか分からないのです。僕の心臓の方が持たないよ。
「ふふ……ふふふふ。あ~ら、大変そうね。そう、ここ第九地獄は、正にーー」
「だから邪魔です!」
「きゃわぁぁぁあっ!?」
また僕の目の前に誰か立っていましたよ。しつこいので、再度ハンマーで吹き飛ばしました。
「椿様! そろそろ気にされた方が良いのでは?!」
「それどころじゃ無いってば!!」
すると今度は、逃げまくる僕の足が、まるで地面に引っ付けられたかのようになってしまい、一切動けなくなりました。
というか、何これ? 良く見たら、足が地面に縫い付けられている?!
「もう……ポンポンポンポンと、出会い頭に人を吹き飛ばさないでくれるかしら? あぁ、私鬼だったわね」
これ……黒い糸で足を縫い付けられているけれど、全く痛くないです。
何でなんだろう……? なんて事を考えている場合じゃないんです。白狐さん黒狐さんが、僕の後ろにいます!
『ようやく止まってくれたか。椿よ』
『よし、ではまず俺から……』
『黒狐よ、我からだ!』
どうしよう……このままだと、2人同時に抱きしめられそうです。そんな事されたら、戦闘どころじゃなくなっちゃいますよ。
『黒狐よ、こうなれば……』
『そうだな。いち早く抱きしめた者が、椿を独り占め出来るといこうか!』
そして遂に、2人は僕を抱き締めようと、同時に腕を広げ、こちらに凄い勢いで突撃してきます。
この状態で何とか……と思っていたら、上半身は動かせる事に気付きました。それなら……!
「よっ……と! たぁっ!!」
『うぉっ!』
『なにっ?!』
そして僕は、後ろから迫って来ていた2人の腕を咄嗟に掴み、思い切り背負い投げのようにして、前方に投げ飛ばしました。
「えっ? ちょっ?! またぁぁっ?! きゃあぁぁぁっ!!」
それよりも、なんでこの鬼は避けないのでしょう? 僕が投げ飛ばした白狐さん黒狐さんにぶつかり、そのまま後ろに吹き飛んで、仰向けになって倒れてしまいました。