第拾陸話 【2】 たんと召し上がれ
その後に雪ちゃんを下ろした僕は、ぐにゃぐにゃした歪な形の金棒を持った、この地獄の管理者憂鉢羅を、しっかりと睨みつけます。
「やれやれ。貴様等には何故、俺の能力が効かないのだ」
レイちゃんのお陰。なんて言ったら、今度はレイちゃんが狙われますね。だから僕は、黙って憂鉢羅を睨みつけます。
「根性……!」
違いますよ、雪ちゃん。でも、雪ちゃんの方の満腹感は、雪ちゃんの発したこの寒さで何とかなっているし、雪女の半妖なら、この寒さは平気なんですね。
だからって、戦って勝てるとは限らないので、僕がメインで戦うしか……。
「くらえ……!」
すると雪ちゃんが、いきなり妖具で氷を作り、それをつららのようにしていき、何と憂鉢羅目掛けて投げつけました。って、雪ちゃん何しているんですか!?
「ふん……なんだこれは?」
ほら! 金棒であっさりと防がれちゃった。と言うか、食べられちゃったですね。だけど、あんまり金棒が膨れていないです。
「ちっ……カスみたいな妖気だ。俺を凍らせる事すら出来んとはな。こんなもので、俺と戦おうと言うのか? 舐めやがって!」
そう言いながら憂鉢羅は、ゆっくりとこっちに向かって歩いてきます。物凄い形相をしながら。雪ちゃん、君のせいですよ。
そして憂鉢羅は、その歪な形の金棒を、僕達に向かって振りかざしてきます。
あれ? その状態だと、あんまり威力が無いように思えーーって、憂鉢羅の顔が自信満々な表情をしている。これってまさか……!
「雪ちゃん!!」
嫌な予感がした僕は、咄嗟に雪ちゃんを抱きかかえ、また横に向かって跳び上がります。
それと同時に、憂鉢羅が歪な金棒を地面に叩きつけてきました。その瞬間、物凄い衝撃音が響き渡り、地面に大きなヒビが入ると、その場所が思い切り凹みました。
「うそ……」
あんなぐにゃぐにゃな状態でも、なんて威力をしているんですか。まるで鋼鉄の重たい鞭を、思い切り地面に叩きつけたような、そんな感じですよ。
「あぁ、椿からの2度目の抱っこ……幸せ」
「だから雪ちゃん、はっ……! もうっ……! 少しっ! 真面目にっ、ひゃあっ!?」
その後はもう、憂鉢羅が次から次へと打ち込んでくる金棒を、避けまくるだけでした。
半妖の雪ちゃんがいる以上、彼女を放って敵に攻撃なんかしていたら、雪ちゃんか狙われた時に対処が出来ません。
他の皆は、寒さで動きが鈍くなっているし、玄葉さんの玄武の盾があるとは言え、それが一枚だけだと、この威力を完全に防ぎきる事は出来なさそうです。
「くっ……! つっ!」
「椿。下ろして、私なら大丈夫」
「こんな状況で、うわっ! 無事でいられる訳が……!!」
すると雪ちゃんが、僕の口元に自分の指を当ててきました。でもそれ、基本的に男性に向けてやるやつですよ。そう、男性が萌える行動です。
「椿。半妖だからって、ずっと守られなきゃならないの? 私は、そんな存在じゃない」
そう言ってくる雪ちゃんの目は、真剣そのものです。
「椿なら、分かるよね。大切な人と、一緒に戦って、乗り越えたい。そんな気持ち」
「雪……ちゃん」
ズルいです。僕と同じ事を言ってくるなんて……それにそんな事を言われたら、断りきれないですよ。
だから僕は、敵の攻撃のタイミングを見計らって、雪ちゃんを下ろします。
だけど、雪ちゃんが危険になったら、例え敵の金棒に力を与える事になっても、絶対に助けるからね。それに、僕だってもう……。
「分かりました、雪ちゃん。でも……」
「僕から絶対に、離れないでね」
「椿が、2人!? 分身の術?!」
「分け身です。まぁ、分身の術ですけどね。とにかく、僕からは離れなーー」
「ちょっ……! 雪ちゃん!? 尻尾握らないで、ほっぺをつつかないで!」
ちょっとややこしいです……。
分け身で出したもう1人の僕に、雪ちゃんが好き勝手してるんですけど……。
分け身って言っても、僕のは実体があるから、そりゃ触れますよ。だから、止めてくれませんか?
「凄い……こっちの椿も、さわり心地や反応が、全部一緒」
「当たり前です。僕の分け身は、お母さん譲りの強力なものですからね。妖術なんかも弱体化せず、身体能力も……っ!」
すると、分け身の僕の方に憂鉢羅が向かい、雪ちゃんもろとも、その金棒で潰してきました。
だけど、大丈夫。分け身をしたからといって、何もかもが弱体化したりはしません。
「この通り。本体と変わらないですよ」
「3回目……!」
「だから真面目にーーあ~もう!」
さっきの憂鉢羅の攻撃は、分け身の僕が、雪ちゃんを抱きかかえて回避したけれど、雪ちゃんは相変わらずな事を言ってきます。
「ふむ、なる程。厄介だが、その分け身とやらは……妖術だな」
「えっ? あっ、嘘でしょ!? 分け身の僕、避けて!」
「違う! 狙いはそっちです!」
パンパンに膨れ上がっている暴食棍を見て、僕は焦りました。
良く見たら、分け身の僕の足が、少し欠けていたのです。当たっていたんだ……そしてそれを、妖術と認識し、金棒が食べた。
「砕け、裂け、轟け。極・限! 暴食棍!!」
そして相手の狙いは、本体の僕でした。
回避した分け身の僕の方を向いていたから、そっちを攻撃すると思っていたら、そのまま思い切りこっちに振り抜いてきました。しかも位置からして、ほぼ至近距離です。
分け身を出した後、憂鉢羅はそっちに攻撃をしたけれど、本体の僕も近くに居て、さっきのは後退って金棒の衝撃を回避していたのです。
だから今は丁度、憂鉢羅の斜め後ろに居たのだけれど、見事にこっちに向かって振り抜いてきました。
「くくくく……!! 本体がやられたら、分け身も消えるだろう? あの半妖のガキはどうにでもなるからな。お前が先だぁ!!」
「くっ! 黒槌岩壊!!」
何とか間に合いました。だけど、完全にこっちが不利な状況です。
金棒を押し込まれた状態で、ギリギリ受け止めただけですから、踏ん張らないとあっという間に吹き飛ばれます。
しかも、相手の金棒は物凄く重い力で、ちょっとでも気が抜けたら、耐えられずにやられてしまいます。
「つっ……くぅ! うぅぅぅ!!」
「中々に良い妖術を使ってくれたな。お陰で貴様等に、地獄の裁きを与えられそうだよ!」
『椿!!』
『くそ! 何とかならないのか?!』
「朱雀! 満腹感があっても構わないから、放熱するんだ! 体にむち打って、何としても椿様を!」
白狐さん黒狐さんの焦る声が聞こえる中、龍花さんがそう言っています。
皆、駄目ですよ。例えそうしても、この金棒を弾いたり防いだりするのは、皆には出来ないのです。だから、僕じゃないと!
「ぅわぁぁああ!!」
「ぬっ? ここから押し返すか!? だが……うん?」
すると、更に力を込めようとしていた憂鉢羅の足下に、白い霜が付いていき、そして徐々に体が凍っていきます。
「な……に? なんだ、これは!?」
「雪ちゃん? 何をしているんですか?!」
分け身の僕が何か叫んでいる。だから少しだけ、そっちの方を見ると、雪ちゃんが掌を広げ、その手を鬼に向けていました。
何とそこから、とんでもない冷気が放たれているのです。まさか、雪ちゃんが憂鉢羅を凍らせているの?
「くっ……!! やっぱり、全部は無理ね」
「雪ちゃん!! 半妖の君がそんな無茶をしたら、妖気が無くなっちゃうってば!」
「妖気が無くなってでも、椿を……」
分け身の僕の言葉に、雪ちゃんは全く聞く耳を持たず、冷気を放ち続けています。
また……失うの? 僕はまた、大切な親友を……。
『雪……馬鹿。あなたは……あんたはまだ、こっちに来ないで!』
「大丈、夫……です、カナちゃん。もう2度と、僕は親友を失いたくないですから! 分け身の僕!」
カナちゃんが戸惑う中、僕はしっかりと足を踏みしめ、相手の攻撃を押し返しながら、分け身の僕に向かって叫びます。
この位置なら……相手の動きが鈍っている今なら!
「はっ……! そうか! 分かりました! 黒槌岩壊!」
流石は、僕自身の分け身です。目で訴えただけで、本体の僕が何をしたいのか分かったみたいです。
そして分け身の僕も、尻尾をハンマーに変え、真っ直ぐ憂鉢羅に向かって走り出します。雪ちゃんを抱きかかえたままね。それは一旦、置いて欲しかったかな?
だけど、それどころじゃないですね。こんなチャンス、1回しかありません!
「やぁぁぁあ!!」
「くっ……くそ! 腕が凍って……おのれ!」
「「黒槌岩壊、圧搾機!!」」
「ぐぉぁぁあっ?!」
僕達は同時に叫び、そして同時に尻尾のハンマーで、相手の顔を挟むようにして潰しました。
それでも、原型を留めない程にやったつもりなんですが、相手の顔は形が崩れていませんでした。やっぱり十極地獄の鬼達は、全員丈夫で硬いようです。
「ぐっ……ぬぅ。今のは……中々に効いたぞ」
そして憂鉢羅は、膝を突きそうになりながらも、しっかりと立ってそう言ってきました。
この鬼、かなり強い……どうしよう。このまま追撃をーーと思っていたら、雪ちゃんが分け身の僕から飛び降りて、その手に真っ赤な激辛かき氷を持ち、憂鉢羅に向かって行きます。
「えっ? ちょっと、雪ちゃん?!」
次の攻撃に移ろうとしていたから、雪ちゃんの突然のその行動に、反応が遅れてしまいました。
駄目だ、止めないと。相手の鬼はまだ……!
「ぐっ……待て! くそ……あ、足が!」
あっ、僕達の攻撃、しっかりと効いていました。そりゃそうですよね。頭を挟んで潰そうとしたのです。せめてフラフラになってくれていないと、僕が攻撃した意味がないです。
そして、それをチャンスと見た雪ちゃんは、かき氷を持った手を後ろに引き、そのまま大きく振りかぶっています。
「さぁ……! たんと召し上がれ」
目が怖いよ、雪ちゃん。
「あっ、待て! それだけはぁ!! がぼっ!!」
そして遂に、鬼の口に激辛かき氷が放り込まれました。
「今度は、吐き出させない……!」
「んごごご!!」
雪ちゃん。それを押し込むのは、流石にやり過ぎじゃ……あっ、飲み込んだ。
「ぐぎゃぁぁぁあ!!!!」
憂鉢羅は正に、地獄の鬼の雄叫びと言っても過言ではない程に、物凄い雄叫びを上げ、天を仰ぎ、口から火を吹き、そのまま倒れちゃいました。
あの……体が痙攣しているけど。これ、死んだよね?
「おかわりは?」
「雪ちゃん……要らないと思います」
もう一個、同じかき氷を手に持っていますよ……雪ちゃん、君は本当に恐ろしいです。