第拾伍話 【1】 乙女の唇と心
何とか第六の地獄も突破した僕達だけど、虎羽さんのダメージが思っていた以上で、これ以上進むのは危険と判断され、例によって後からやって来る他の皆に、救出して貰う事にしました。
「し、しかし……座敷様の守りが薄く……私なら、この命を投げ捨ててでも……」
「虎羽さん。私の言う事を聞いてくれないの? 虎羽さんが死んだら、私、私……」
「わわっ! ざ、座敷様! 不機嫌にならないで下さい。いっつつ……わ、分かりました……玄葉がいれば、座敷様の守護は出来ましたね」
わら子ちゃんの不機嫌そうな顔に、虎羽さんが慌てています。確かに、今ここで不幸の暴走が起こるのはマズいですね。
そして、わら子ちゃんは虎羽さんに向かって、にっこりと微笑むと、そのまま僕の後ろにいる、龍花さん達の元に向かいます。だけどその時……。
「そっか。龍花さん達には、こういう手を使えば、言う事を聞いてくれるんだ」
わら子ちゃんが悪い事を覚えちゃいました。いったい、守られているのはどっちなのでしょう?
『それよりも椿よ、黒狐に何を言った?』
「ん~? ナニモイッテマセンヨ」
『誤魔化すな、目が泳いでおる!』
あの後黒狐さんは目を覚ましたけれど、フラフラとしていて、何処かうわの空なんです。お願い、戻って来て黒狐さん!
『言え、椿! 黒狐に何を言った?! まさか、安産型かどうか気になるから、確かめてくれとか言ったんじゃなかろうな!』
「何で知っているんですか?!」
『やっぱりか……虎羽から聞いたぞ』
虎羽さんが言っちゃっていました!! 何で言ってるんですか?!
「ふふ、報告は正確に……私は真面目ですから」
あっ、まさか。あの事を根に持って? 嘘でしょう……。
『全く。触って確認をしなくても、椿は安産型に決まっている! このお尻の形は間違いなーーへぶっ!』
「何で見て分かるんですか! 白狐さんの変態!」
思わず自分の影の腕で、白狐さんの頬を引っ張ったいてしまいました。でも、今のは白狐さんが悪いです。
『す、すまぬ椿よ!』
全く……でも、2人の変態度は前から分かっているし、今更なんですよね。
それになんだかんだ言って、必ず僕の左右に2人が立っていて、前後左右のチェックを怠らないんですよ。
僕はもう、そこまで守って貰う必要は無いですよ。それなのにこうやって、まだしっかりと僕を守ってきます。だから選びにくくなっちゃったんですよ。
駄目ですよ、僕。黒狐さんには妲己さんがいるんですから。早く助けて上げないとね。
「……?」
だけどそう思う度に、自分の胸が痛いです。
何でなの? 白狐さんの方が優しいし、たまに抜けている所なんかも、良いと思っているのに……。
「椿、黒狐が気になる?」
「いや、いつまでぼうっとしてるのかなって思って」
危なかったです。雪ちゃんが突然、僕にそんな事を言ってきました。
多分、僕がじっと黒狐さんを見ていたのに、気付いていましたね。
うぅ……無意識でも、黒狐さんに視線がいっちゃっています……。
『ぬぅ……またこの迷路か』
そして、次の地獄に続く階段を降りた後、その前方にまた、あの迷路が現れました。
ここの地獄は、どれだけ僕に試練を与えてくるんですか。
『椿ちゃ~ん?』
「カナちゃん、分かってる。分かっていますよ。それでも、今のままじゃこの迷路を消せないんです」
すると、僕の言葉に白狐さんが反応し、僕の肩を掴んできます。
『椿、ここを突破する方法が分かっているのか? それならば……』
ドキドキしないで、僕の心臓。白狐さんに対しても、こんな反応をしてしまって、僕ってば気が多いのでしょうか? それとも、ただ優柔不断なだけ? う~ん……。
それよりも、カナちゃんは言ってないのですか? この迷路の突破方法を。
そんな目でカナちゃんを見ると、明らかに目を逸らされました。これは、説明していないですね……しょうが無いなぁ。
「あの、その……これは、迷い路って言うもので、何かに迷っている人は、ここでその迷いを捨てないと、先に進めないのです」
『迷い? 我等が迷っているのか?』
「いや、あの……多分僕です」
『むっ? なる程。我と黒狐の事か……まだ悩んでいるのか?』
うっ……ちょっと白狐さんの口調がキツいかも……だけど、当然ですよね。せっかく白狐さんを選んだのに、こんなの失礼ですから……。
「その……白狐さんを選んだのだって、黒狐さんには妲己さんがいるからで……あの、もちろん。白狐さんも好きなんだけれど、黒狐さんはどうしても、妲己さんの事があって、せっかく2人は両想いっぽいのに、僕が居たら邪魔だろうなって、そう思っちゃって……」
『なる程。完全に心を決めたという感じでは無いのか。それでは決心した所で、また直ぐ揺らいでしまうのは当然だ』
そうですよね。今まさに実感しています。どうしよう……どうしたら決められるのでしょう?
『仕方ない。椿よ……』
「えっ? ふむぐっ?!」
すると、隣にいた白狐さんが僕の顎に手を当て、自分の方に顔を向けると、そのまま口づけをされてしまいました。
ちょっと、皆が見てるってば! しかも、舌……舌まで!
「ん~! ん~!!」
とにかく僕は、必死で白狐さんの胸を叩くけれど、白狐さんは止めません。
そしてたっぷりと、1分間は口づけをされた後に、ようやく口を離してくれました。
「ぷはっ、はぁ、はぁ……な、なんで急に……」
『ん? これで決められるかと思ってな。たっぷりと愛情を込めてやった』
確かに、いつも以上に長いし濃厚でしたよ。お陰で頭がクラクラする。酸欠かな?
『待て、白狐。こんな事で決められては困る』
すると、急に我に帰った黒狐さんが、僕の肩に手を置きます。待って、嫌な予感が……。
急いで逃げようかな~と、そう思った次の瞬間、黒狐さんが僕の向きを変え、自分の方に向けると、白狐さんと同じようにして、僕に口づけをしてきました。
「んぐぅっ!!」
逃げようとする間もなく、あっという間でした。
因みに黒狐さんは、白狐さんよりも更に激しいキスをしてきています。
僕には早い。僕にはまだ早いです、それ!
「ぷぁ……はぁ、はぁ。けほっ」
『ふふ。さぁ、どうだ! 気持ちが変わったか? 椿!』
「ふへぁ……」
黒狐さんの馬鹿……これはやり過ぎです。ろれつが回らないですよ。
だけど、それを見た白狐さんは、また僕に顔を近付けてきます。
『ぬぅ……決まらないようだな。それならばもう一度!』
「へっ、いや、違ーーんむっ!!」
また白狐さんが僕に口づけを……しかも、黒狐さんに負ける訳にはいかないと、さっきりよりも更に濃厚で……僕の視界がぼやけていくよ。
「ぷはっ! はぁ……はぁ……」
『ちっ、負けるか!』
「へぁ? ちょっ……! んんっ!!」
そして、今度はまた黒狐さん。さっきよりも激しくて、何だか変な気分になってきます。これ以上は危ないです!
「ぷはっ、はぁはぁ……」
『くっ、黒狐! お主の好きにはさせんぞ!』
「だから……待っーーんむっ?!」
いつまで続くんですか、これは! 僕の身がもたないですよ!
それなのに皆は、持参した水筒のお茶で休憩しないで下さい! こっちを助けて下さい!
あっ、ちょっと、ねぇ……お菓子まで出て来ました。あの、ここは地獄ですよね? 敵の本拠地ですよね?! 僕達少し、ふざけすぎていませんか?!
「ぷあっ……はぁ、はぁ」
『やるな白狐……しかし負けーー』
「お、乙女の唇と心を、弄ばないでぇ!!」
『ゲフッ?!』
『ぐぉあ!!』
もう何回目かも分からないキスをされ、僕は体の力が抜けてしまい、地面に崩れ落ちそうになったけれど、何とかそこは踏ん張って、影の妖術を発動し、白狐さんと黒狐さんのお腹を思い切り殴りました。
僕の力は強くなっているので、結構痛いですよ。
『おぉ……椿よ、こんなに強く……』
『わ、分かった。俺達が悪かった』
本当ですよ。悪ふざけが過ぎましたね。
だけど今ので、やっぱり白狐さんが良いかな。と思っちゃいました。
黒狐さんはやっぱり、乱暴過ぎますよ。もう少しこっちの気持ちを考えて欲しいですね。
「あっ、消えた」
すると、僕達の前にあった迷路が、突然姿を消しました。
それを見て、白狐さん黒狐さんは目を見開き、そしてお互いを見た後に、僕の方に向き直りました。
『椿よ。あれが消えたという事は、選んだのか?!』
『どっちだ!』
「内緒で~す!」
乙女の唇を弄んだ罰です。そうやってモヤモヤしながら、どっちを選んだのか気になっていて下さい!