第拾肆話 【2】 全てを叩き込め
レイちゃんから妖気を受け取り、それを自分の体に満たしていく。それだけで、体に羽が生えたかの様にして軽くなり、凄いスピードで動けるようになった。
白狐さんの力がここまで強化されるなんて。レイちゃんの霊気変換からの、妖気渡しは凄いですね。
だから仮の体でも、白狐さん黒狐さんがあそこまで戦えたのですね。
「ふん!」
「おっと……!!」
そして僕は、須乾提の目に見えない程の速さのパンチを、ギリギリで避けます。
見えないから、空気の流れで読み取るしかない……本当に、一瞬の判断と言うやつです。
その後に相手は、その伸ばした腕を曲げ、肘打ちと膝蹴りを同時に放ってきました。
そのまま、僕の頭を挟む気? 飛び退いて回避だけれど、曲げた足をそのまま伸ばして、続けて蹴ってきますよね。
「つっ……!」
その攻撃は、咄嗟に横に身を捻って回避ーーしてから、ついでに僕も手刀で攻撃です!
「はぁっ!!」
「ぬっ……?!」
あっ、簡単にしゃがんで避けられた。
それならそれで、次の攻撃に移るまでです。だけどその前に、相手の攻撃を防がないと!
「くっ……!! つぅ……」
軸足を変え、立ち上がりながら逆の足で、僕のお腹に蹴りを入れようとしてきました。
立ち上がるのが早いですね。何とか防げたけれど、攻撃に集中していると、相手の攻撃を受けてしまいます。それなら攻撃と防御、その両方に集中すれば良いんです!
「レイちゃん。僕から離れてて!」
「ムキュッ!」
今までは僕に引っ付いていても、レイちゃん自身がその毛の性質を変え、ダメージを吸収していたけれど、流石に今回はそれでは防げなさそうです。だからレイちゃんには、少し離れて貰います。それはレイちゃんも分かったみたいで、急いで離れてくれました。
ついでに、皆を探してくれたらありがたいですけどね。
それと虎羽さんが、さっきからピクリとも動いていないのです。大丈夫なのでしょうか?
「ふっ! はっ! ふん!」
「うっ……?! くっ!? はぁっ!!」
そして須乾提は、ひたすら僕に向かって攻撃を仕掛けて来ます。それを僕は、防ぎ、交わし、同時に攻撃もしていきます。
だけど僕の攻撃も、相手に防がれ、楽々と交わされ、お互いダメージ無しです。いや、その前に……僕の方は結構ダメージを受けていましたね。
「良いぞ良いぞ! 踏み込みも良い! 良い師に鍛えられているな!」
師、ですか……まぁ、力や戦闘だけで言ったら、確かに師と言えると思います。ただ生き方に関しては、師とは言えないですけどね……。
「ふっ、気に入ったぞ。お前、俺達のーー」
「言うまでもなく却下です」
「だよな。ちょっと言ってみたかっただけ……だ!」
「あがっ?! あっ……」
しまった。この会話、僕の注意を逸らすために? と言うか、戦闘中に話しかけるなんて、それだけまだ余裕があるって事ですか?
須乾提が、僕の放ったパンチに合わせ、僕の腕に這わせる様にしながらパンチを打ってきました。
それが見事に僕の顎にヒットしてしまって、視界が、身体のバランスが……!
そのまま僕は、ガクッと膝を突いてしまい、それを見た須乾提が、勝利の笑みを浮かべました。
そして、握った拳を高く上げて、僕目がけて打ち込もうとしています。
「じゃあな!! 亡者達と遊んできな!」
「くっ……!」
「させません! 白虎爪、輪牙!!」
「なにっ?! ぐぁぁあ!」
えっ? 虎羽さん?! あっ、もしかして。やられたふりをして、チャンスを伺っていたのですか?
虎羽さんがいつの間にか、須乾提の横に居て、手の甲に付けた鉤爪を使い、体を駒の様にしながら回転させ、相手に攻撃をしていました。
その形はまるで輪っかです。実際に回転をして、輪にならなくても……。
でも、威力はありそうですね。あの須乾提が、苦痛の表情を浮かべています。
「ぐぉお!!」
「はぁぁっ!!」
とにかく動け、動くんです。今、チャンスなんですよ! だけど、脳が揺れちゃっていて、膝に……。
「あっ……くっ」
駄目です、須乾提は膝を突いていない。つまり、ダメージはあっても、それを耐えているのです。耐えられているのです。
だけど、虎羽さんの方はダメージがあります。無理をしているのが見て分かります。
僕に攻撃のチャンスを与える為にと、無理をしているんです。だから、今動かないと!
「……ぅぁぁああ!!」
だけど、そう考えただけで、僕の体は動いていました。根性だろうと何だろうと、どんな理由でも動いてくれたのです。
それなら、やることは1つだけです!
「狐狼拳、煉獄環!」
「なっ?! ちぃ!!」
そして僕は、火車輪を展開し、4つの炎の輪を後ろに重ねます。でも今度は、それを1回では使い切らないよ。相手はとんでもない身体能力を持った、強力な鬼なんです。
だからここから、何回でも打ち込みます!
先ずは顎!
「壱撃!」
「がっ!?」
お腹!
「弐撃!」
「ぐぉっ?!」
そして胸、腕、脚、全身にと、次々に相手の身体に打ち込んでいきます。
「参撃! 肆撃! 伍撃! 陸撃! 漆撃! 捌撃! 玖撃! 拾……!」
「ぐっ、うげっ、このっ、うぉ、がぁっーーぁぁぁあ!!」
僕は火車輪を付けた右手で、一気呵成に攻撃していきます。
「10連狐狼撃!!」
「ーーぐげぇぇ!!」
そして、10撃目と同時にそう叫び、渾身の力を込め、相手の胸元に最後の拳を打ち込みます。
その衝撃で須乾提は吹き飛び、地面に何回もバウンドして行きます。
そして、戦い続ける亡者達の前で、大の字になって倒れ込みました。
「はぁ、はぁ……!!」
レイちゃんから貰った妖気、その全部を使っちゃいました。でも、それだけしないと、ここまで吹き飛ばせなかったです。
「ムキュゥゥ!!」
「わぷっ! レイちゃんちょっと……まだ相手を倒していないかも知れないんです。危ないですよ……!」
だけど、僕の横で座り込んだ虎羽さんが、倒れた須乾提を見ながら言ってきます。
「いえ、動きが無いですね。あれは完全に、意識が無いみたいです。私達の勝ちですよ」
「えっ? あっ……」
確かに、虎羽さんがそう言った後、戦闘を続ける亡者達が、地面に吸い込まれていきました。
どうやら須乾提が、別の地獄から呼び出した者達みたいでした。
すると、その亡者達が消えた後に、この地獄の中央で、白狐さん黒狐さん達の姿を見つけました。
いや、なんでそんな所に居るのですか? 僕達からだいぶ離れていますよ……。
そして皆は、僕と虎羽さんの姿を見つけ、こっちに向かって走って来ています。
その前に、僕は腹ごしらえをしておかないと……流石に今回のは、かなりキツかったです。
「んっと……? 巾着袋に入れておいたはず……あった! いなり寿司!」
「全く。椿様にはそれがあるから、本当に羨ましいです」
「んぐっ?! ほうひえば、ほほはさん。へがはらいじょうぶ?!」
「椿様……食べるか私を心配するか、どちらかにして下さい」
ごめんなさい……いなり寿司を出したら、我慢が出来なくて……。
とにかく僕は、急いで巾着袋から水筒を取り出し、中のお茶でいなり寿司を胃に流し込みます。
「ふぅ……」
そしてこれは、食べても復活するいなり寿司です。つまり、何度でも妖気を回復出来る優れ物……という程でもなくて、いなり寿司を復活させたら、補充出来る妖気の量が減ってしまいます。つまり、考えて食べないと駄目なんです。
「虎羽さん。怪我は大丈夫ですか?」
その後に再度、僕は虎羽さんにそう聞きます。
「まぁ、肋が数本いってますが、とりあえず命に別状は無いですよ……」
そう言いながらも、凄く痛そうじゃないですか。
すると突然、僕の背中から白狐さんが抱き付いてきました。
『椿よ、無事か!!』
「ふぎゃう!!」
『大丈夫か?! 何もされていないか?!』
「僕より虎羽さんです! 白狐さん!」
心配する人が違いますよ!
白狐さんは体術が得意だし、誰よりも早く走って来たんですね。それは嬉しいんだけれど、いきなり僕に抱き付かれても困ります。
『なっ? 虎羽!? お主がそこまで……』
「申し訳ありません。白狐様」
そして白狐さんは、虎羽さんの所に近付き、治癒の妖術をかけていきます。
ついでにレイちゃんも、白狐さんに妖気を渡しています。レイちゃん……君はどれだけ、その体に霊気を取り込んだのかな? まだ余っていたなんて……。
『それ程の強敵だったのだろう? 助かったぞ、椿を守ってくれて……』
「いえ……むしろ、一撃でやられてしまい、椿様に守られていました」
『ぬっ? 確かに。椿の方は、すり傷や打ち身ぐらいじゃな……全く、いつの間にこんなにも差が?』
「私の方が驚きですよ」
2人とも、僕を見ながらにこにこしないで下さい。しかも何だか、ヒソヒソと小声で話しをしていますよ。聞こうと思えば聞けるけれど、僕の耳の良さを考慮して、かなりの小声だよ。
はっ!? まさか虎羽さん、僕のお尻が安産型だって言っているんじゃ? お尻と言うか、骨盤の形でしょうけど……。
「ぬ~……」
『やれやれ。ようやく追い着いた……全く、白狐のあの体術は羨ましいものだ。とにかく椿、無事で良かっ……て、何をしている?』
僕が自分のお尻に手を当てて、その事を気にしていると、黒狐さんと他の皆が、ようやく僕達の所に辿り着きました。
僕はそれよりも、気になっているのです。本当に僕のお尻って、安産型なのでしょうか?
「黒狐さん。僕のお尻って、安産型なの? 確かめてくれませんか?」
『なぬっ?! いや、しかし。待て。それは……触ってか?』
「はい。だって、そうじゃないと分からないでしょう?」
『…………』
あっ! 黒狐さん、無言で倒れないで下さい! 何でですか?! また何で倒れるんですか!?
「椿。またしてもナイスストレート」
「椿様……それ、本気で言っているのですか?」
「椿ちゃん……それはちょっと流石に、殿方に言う事じゃ……」
雪ちゃんはまたホクホク顔をして、龍花さんは呆れていて、わら子ちゃんは顔を赤らめて、ちょっと戸惑っちゃっています。
それとね、わら子ちゃんの反応で気が付きました。僕ってば、いったい何を言っているんですか?!
黒狐さんに向かって、お尻触ってって……馬鹿ですか僕は! どんな痴女ですか!!
「うっ……わぁぁぁあ!! あぅっ?!」
「椿様。またはぐれられたら困ります」
いや、大丈夫です。遠くには行かないから。そこの砕かれた岩の陰に隠れさせて!
このままだと恥ずかしくて、黒狐さんの顔が見られません。