第拾話 【2】 第五地獄『羊鳴』
遂に僕達は、5つ目の地獄へと辿り着きました。
だけどここは、何だかとても臭いですね。
ヘドロみたいな物もあちこちに溜まっているし、こんな所にずっといたら病気になっちゃいそうです。全体的に薄暗いし、気分まで滅入ってしまいそうですね。
『何やら辛気くさい所だな。ここは……』
すると僕の後ろから、白狐さんがそう言ってきます。
さっき白狐さんは、ギリギリで気を失わず、その後もいつも通りに接してきてくれています。
ただ、あれからずっと僕の肩に腕を回していて、しっかりと掴んでいます。まるで恋人っぽくて、こっちが恥ずかしいんですけど……そして黒狐さんが、僕達を凄く睨んでいますよ。
『くっ……! おのれ……まだだ、まだ軍配は……』
だからさ……今はそれどころじゃないってば。
この地獄を突破しないといけないんだから、先ずは階段を探しましょう。
そう思って歩こうとした瞬間、急に白狐さんが僕にもたれかかってきました。
「わ~!! ちょっと! 重い重い! 重いですよ、白狐さん!」
あんな事を言った後だから、こんなに引っ付かれるとドキドキしてしまいます。
もしかして白狐さん、ここで僕と子作りをしようとしていますか?!
「ちょっと白狐さん、まだ待って! 我慢してよ! あんな事言っちゃったけれど、覚えていますよね? 全部終わってからって! 全部終わってからですよ! 白狐さん! 皆も見てるし、僕も初めてだし!」
僕はなにを言っているんでしょうか……。
ただそれだけ、白狐さんの行動に僕が戸惑っちゃっているんです。
それに、白狐さんの体も熱くなっていて、熱くなって……って、熱すぎませんか? これ。えっ? あれ? 白狐さん?!
「ちょっと白狐さん!? いったいどうしたんですか!!」
『ぬぅ……す、すまん椿。可愛い事を口走ってくれていて、反応はしたいものの、体が思うように動かん。体から火が出るかと思うほどに熱くて、怠くてしんどいのだ』
「えっ? それって……」
とりあえず僕は、白狐さんのおでこに手を当てて、熱を測ります。そして、手を当てた瞬間に分かりました。風邪ですね、これ。めちゃくちゃに熱いです。
いや、待って下さい。仮の身体で風邪なんて引くの? だけど、実際なっているし……。
『待て、椿。守り神である我が、病になどかかるわけはない』
「いや、風邪ですよ」
『それに風邪というのは、ウィルスや細菌感染であり、普通の肉体では無い我々には……』
「だから、風邪ですってば」
『そもそも、そんな強力なウィルスがどこに……? ましてや我は、仮の……』
「風邪です」
多分それが、ここの地獄の特徴という事なんでしょうね。そんなに否定をしなくても良いじゃないですか。
そして、もしかしてと思って他の皆も見てみると、案の定全員が倒れていました。
「姉さん、大変っす! 皆が次々と倒れて……!」
楓ちゃん以外はね。何で楓ちゃんはピンピンしているのでしょうか?
「はぁ、はぁ……すみません、椿様。まさか私達まで……」
「あっ、大丈夫ですから。じっとしていて下さい、朱雀さん」
龍花さん達4人は分かるとして、まさかわら子ちゃんまでダウンしているなんて。君の能力でも防げなかったのですね。なんて地獄ですか……。
あっ、いっけない……これ何だか、僕までフラフラしてきたかも……レイちゃんもぐったりしちゃっているし、これは本格的にマズイ事になるかも知れません。
「姉さん? えっ? 大丈夫っすか! 姉さん!」
「うっ……なん、とか……でも、こんな状態じゃ、戦闘は出来ないですね。困りました……どうやって突破しよう……」
「姉さん! 戦闘なら自分が!」
ちょっと待って下さい。楓ちゃんは一向に倒れる気配が無いですね。元気一杯じゃないですか。
「楓ちゃん。何で君は、平気なの? はっ!? ま、まさか……」
あの伝説は、本当だったんですか? 馬鹿は風邪を引かないって、本当だったんですか?!
「平気? どういうことっすか? ちょっと体が動かしにくいですし、頭痛もするっすけど、これくらいは大丈夫っす!」
違いました。馬鹿は風邪を引かないじゃなくて、馬鹿は風邪に気付かないのですか?!
「姉さん、姉さん。さっきから自分の事、馬鹿にしていないっすか?」
「んにっ?! そ、そんな事は無いよ!」
楓ちゃん、心読みました? 覚さんの体毛持っています?
ピンポイントにそんな事を言われて、ちょっと焦ってしまいました。多分、表情で読まれたんでしょうけどね。
「この様子だと、自分が何とかするしか無いっすね!」
「うん、凄く不安……」
だけど、相手は待った無しのようです。
薄暗い空間の向こう側から、誰かがやって来ています。ゆっくり、ゆっくりと……何かを引きずりながら……。
「姉さん。ここの鬼、ちょっと怖そうっすね」
確かに、この音だけで聞いていると、病で苦しむ亡者を引きずっていたりしていそうです。でも、そこから現れたのは、予想外の鬼の姿でした。
「げほっげほっ、げほぉ! はぁ、はぁ……あぁ、やっとか……君達、もうちょっとこっちに進んでからにしてくれないかな? 案内する身にもなってよ……って、君達は……あぁ、これは無駄足か」
不健康そうな鬼さんでした。大丈夫ですか? ガリガリに痩せているどころか、もう骨と皮だけで、余命あと何日なんでしょうか? ってレベルなんですよ。
そして、それを見た楓ちゃんの目は、自信に満ちあふれていました。
「姉さん。これなら自分、勝てるっす」
「いや、楓ちゃん。油断したら駄目です」
「ふっふっ……戦闘に関しては皆に遅れを取って、全然活躍出来ていないっすけど。これなら、自分の有能さを見せられるっす!」
そんな弱々しいので良いのですか?
ただそれでも、十極地獄の鬼なんですよ。そう簡単にはいかないと思います。何とかして、楓ちゃんのフォローをしないと。
白狐さんをギリギリで支えている僕は、一旦白狐さんを、ヘドロの無い床に寝かせ、そして立ち上がろうとするけれど……すいません、そのままダウンです。目眩と頭痛と吐き気で、限界がきてしまいました。
なんですか、これは……ただの風邪じゃない。色んな病の症状を、ランダムで与えているのですか?
「はぁ、はぁ……しまった」
『つ、椿……添い寝を……』
「こんな時に冗談は駄目です」
白狐さんのほっぺをつまんでおきます。
『ぬぉぉ……! す、すまん。意識が朦朧としてしまって……』
甘く見てはいなかったけれど、やっぱり地獄に相応しい事が、次々と起こりますね。
「げほっ、げほっ。ふふ、キツそうだね。ここは第五地獄、羊鳴。生前、病を持った者に施しをせず、病は気からと軽く考え、自らは健康で生き続け、病に対して一切の興味を持たなかった者が落ちる地獄。その病の辛さを、ここで存分に味わって貰うよ。と言う事で、私は寝る。あぁ、しんどい……なにか別の事も言われたけれど、私はそれどころじゃないんだ」
そう言って、その地獄の管理者羊鳴は、手に持っていた布団を床に敷き、潜り込んでしまいました。あぁ、引きずっていたのはお布団でしたか……。
そういえば、この地獄が出来た時、他の鬼達は色々と暴れていたけれど、たった1体だけ、壁にもたれかかって寝ていた鬼がいました。それって、こいつだったんだ。
だけど次の瞬間、その鬼の上に楓ちゃんがダイブしていきます。って、危ないですって、楓ちゃん!
「起きろ~っす!!」
「えっ?! なにっ!?」
すると、まるで病気で弱っているとは思えない程の俊敏な動きで、鬼が楓ちゃんの攻撃を避けました。でもその後に……。
「うげ~ほっ!! げほっ! げほ、げほ……! かはっ! はぁ、はぁ、はぁ」
めちゃくちゃ咳き込んでいます。
本当に大丈夫でしょうか? 何だか逆に、こんな鬼に攻撃なんかしていたら、こっちがリンチしている様に見えちゃうんですけど……ねぇ、楓ちゃん。今君、凄い悪者に見えますよ。
「ふっふっ……覚悟するっすよ~病人のふりして油断させようたって、そうはいかないっすよ! 騙しは忍びの基本ですからね!」
いや、多分だけど騙してはいないと思う。それと、忍びの基本は騙しでもないと思います。
いけない……半年ほど離れていて、帰ってきたら結構しっかりしていたものだから、楓ちゃんの修行とかは見ていなかったんだけれど、僕がちゃんと修行を付けてあげた方が良かったかも……楓ちゃんは、何も変わっていないかも知れません。
「さぁ! 自分の忍法をとくと味わうが良いっす!」
うん、ちゃんと修行をさせるべきでした。楓ちゃん、その手に何を持っているの? 竹筒持って何するの?!