第玖話 【2】 第四地獄『奈呵』
それから、次の地獄に辿り着いた僕達は、早速辺りを見渡します。
ここも想像通りの、禍々しいよく分からない突起物や造形物がある、正に地獄の風景といったような感じになっていますね。何も無かったのは、無雲の所だけですか。
それよりも、全員この地獄に着いた瞬間、耳を塞いでしまっています。だけど、当然なんですよね。その前の2つの地獄が、どちらも大音量の声が響いていたのですから。僕も無意識に耳を伏せています。
「ん~声は大丈夫そうですね」
その後僕は、暫く様子を見て、何も起きない事を確認すると、伏せていた耳を上げます。とりあえず、次の地獄は何だっけ?
そう思いながら辺りを見渡し、管理者の鬼を警戒していると、簡単に見つけてしまいました。
なんと、僕達の正面から少し進んだ先に、丸々と太った鬼が、金色の金棒を肩に担いで仁王立ちしていました。そしてその後ろには、下に降りる階段もあります。
どっちにしても、あの管理者の鬼を倒さないといけないんだけど、あんなにも堂々と階段の前に立っているとは思いませんでした。どうしよう……。
「鬼さんが、階段の前に……」
『いったいどんな能力なんじゃ?』
『分からない以上、先ずは接触か?』
いきなりあの金棒で殴ってくるような、とても危ない鬼さんだったらどうするんですか、黒狐さん。
でも、その鬼が僕達に気付いても、襲ってくる気配はないです。とりあえずは良かったかな。
するとその鬼が、僕達に向かって話しかけてきます。
「ほぅ……ここまで来たか。ここは、第四地獄奈呵」
そう言うとその鬼は、肩に担いでいた金棒を降ろし、僕達の前に突き出しました。
「やる気……ですか?」
その鬼の行動を見た僕は、咄嗟に構えます。だけど、相手は一切慌てずに、僕達に話しかけてきます。
「出せ」
「はい?」
「俺は、お前を捕まえる事に興味は無い。だが、ここを通りたければ1兆円出せ」
地獄の沙汰も金次第。そんな言葉が頭に浮かびました。
お金があれば、戦闘をしなくても良いなんて……でも、1兆円ってどれくらいなの? あんまり聞かないお金の単位が出て来て、感覚が麻痺しています。皆に聞いてみましょう。
「は~い、皆集合」
すると皆は、ちゃんと僕の言葉に反応して、僕の近くに集まって来てくれました。とりあえず緊急会議です。
「えっと……1兆円出せって事は、1兆円払えば通れるって事?」
『そうだろうが、そもそも1兆円なんて無かろうが……』
「一応だけど……皆、いくら持っています?」
『椿、そんなもの確認しなくても、全員のを合わせても億もいかないぞ』
「全然駄目じゃないですか!」
僕は結構色々と、難易度の高い任務をやっていたので、割と貰っているはずなんです。
鞍馬天狗の翁に預けてばかりだったから、相当貯金出来ていると思ったんだけれど、それでも駄目ですか。
「椿のファンクラブ。その会員の今まで払った会費、それを全部集めて足しても、多分無理」
「嘘でしょう……」
雪ちゃんがそう言ってきて、ようやく僕は、その1兆円という途方も無い金額に、呆然としてしまいました。だけどそこで、1人手を上げた子がいました。
「姉さん。自分に任せるっすよ! 1兆円なんて、この通りっす!」
なんと、それは楓ちゃんでした。本当に大丈夫でしょうか?
すると、楓ちゃんが後ろに手をやった瞬間、そこに大量の金塊が山になって現れました。
「うわぁぁ?! 楓ちゃん、どうしたんですか?! これ!」
「ふふん、自分の才能っすよ!」
いったい楓ちゃんに、どんな才能が?
僕がそう不思議に思っていたら、階段の前にいる鬼が、その金塊を見て近付いていきます。しかも、さっきのムスッとした表情が、少し緩んでいますよ。
「ほぉ……なる程。これは、あるな。うむ、良いだろう。この地獄で苦しみ、稼いできたようだな」
あれ? もしかしてここの地獄って、何か別の要素があったのでしょうか? だけど、僕達は急いでるし、これで通してくれるなら幸いです。
「ふふふふ、上手くいったっすね。ただの石ころとも知らずに」
「楓ちゃん。それ、言っちゃ駄目じゃないの?」
「あっ……」
すると突然、目の前の金塊がただの石ころに変わり、山が一気に崩れていきました。
まぁ……楓ちゃんがあんな金塊を持ってるいわけがなかったですね。化け狸の定番妖術『騙し変化』ですか。因みに、相手にバレた瞬間解けちゃいます。楓ちゃんの場合、自分で言っちゃってバレたけどね……。
それを見た鬼は体を震わせ、明らかに怒り心頭していそうです。
「楓ちゃんの馬鹿!」
「ひょめんなはい、ひょめんなはい!!」
とりあえず、楓ちゃんのほっぺを思い切り引っ張っておきます!
『いや、まぁ……鬼も鬼だな。いきなり金塊が現れるなんて、変だと思わぬか……』
白狐さん。トドメを刺したら駄目ですって。
『本当だな。金に目が眩むとは良く言ったものだ』
黒狐さんまで!? いったい何を考えているんですか? 2人とも!
あ~ほら、奈呵がめちゃくちゃ怒っていそうですよ。顔が真っ赤になっていっているよ。
「ちょっと2人とも。何で怒らせる様な事を?!」
『椿よ。敵の冷静さを欠かせば、こちらが有利になる。それは、戦術の基本ではないか?』
いや、そうなんですけどね……でも、何だか嫌な予感がするんですよ。
この奈呵の能力。それが分からない以上、いきなり怒らせるのは良くない気がするんですけど……。
「俺を騙すか……なる程な。ならば倍の、2兆円を稼ぐまでここからは出さん!!」
すると、奈呵はそう叫びながら、金色の棍棒を振り回してきます。でも、こっちには近付かずに、その場で振り回しているだけですね。いったい、何がしたいのかな?
「さぁ、働いて稼げ! だがその金は、一定額が俺に徴収される。まさに地獄の労働! ここは第四地獄、奈呵! 金のありがたみを忘れた者達が落ちる地獄だ! 金のありがたみを思い知れ!」
そして奈呵は、そのまま振り回していた金棒を、思い切り地面に叩きつけてきました。その瞬間、僕達の足下が光り輝いています。
「しまった! 皆、逃げーー」
それを見た僕は、慌てて皆にそう言うけれど、遅かったみたいです。なんと僕達の衣装が、いきなり変わってしまったのです。
慌てて損したようにも思えるけれど、皆に大事がなくて良かったです。だけど……。
「ね、姉さん。いったいなんですか、これは?!」
『ぬ? まるでヘビスチャンみたいな……』
『これは……執事か?!』
楓ちゃんは、警察官の格好。白狐さん黒狐さんは、執事の格好。
「えっと……つまり、この職業で働けって事? う~ん、私接客なんてした事ないのに……」
「私は、椿を撮りまくれば良いのね」
わら子ちゃんは、ハンバーガーショップの店員さんの格好。雪ちゃんは、カメラマンの格好ですね。
「くっ……! この野郎……」
「龍花、落ち着いて……大丈夫。私達が似合うはずないですから」
「しかし、虎羽……」
『ま、まぁまぁ。皆似合っているよ』
龍花さん達は、ウェイトレスの格好。カナちゃんは、学校の先生?!
因みに、寝ている酒呑童子さんはホストみたいな格好です。そっちの方が似合わない……。
でもね、皆はまだマシなんですよ。僕なんて、僕なんてぇ!!
「な~んで僕はメイドさんなんですか?!」
「「「1番似合ってる」」」
『椿ちゃんのメイド姿~!!』
『うむ。完璧じゃな』
『確かにな』
その場に居る全員から同意を得られても、嬉しくないです!
この格好、何だか凄く恥ずかしいんですよ。例え女性でも、これは厳しいです。よっぽど好きな人じゃなければ、着られないですね。
「さぁ、働け! 働いて稼ぐのだ!」
すると今度は、僕達の目の前にそれぞれ個別で、大きな扉が現れました。
そこに入って、その先で働けという事なんでしょうか? そんなの却下です。時間が無いんですよ。
「悪いけれど、僕達にはそんな時間は無いんです! 狐火!!」
だから僕は、奈呵に向かって妖術を放とうとしました。だけど、妖術が出ません。いったいなんで?!
「ここでは、妖術1回に付き10万。大技なら100万。妖気が強ければ強いほど、その値は上がるぞ。2兆円払いたくなければ、俺を攻撃しても構わないが、そこでも金は発生する。さぁ、徹底的に金のありがたさを思い知れ」
この空間一帯に、変な術がかかっていました。
ここで妖術を使うには、鬼にまたお金を払わないと駄目なんですか?!
かなり強力な封印術に近いものが、この辺りにかかっているんですね。信じられない……なんて力なんですか。
「おい、そこのガキ妖狐。お前は異質過ぎるな。妖術1回に付き、1億だ」
「そして僕だけ桁が違~う!!」
ちょっと、それは冗談じゃないですよ!
それと、また僕の事をガキ妖狐って……なんで敵対する人達は皆、僕の事をガキって言うんでしょうか。見た目ですか? そうだとしたら偏見ですよ。
「俺を倒したいのか? だったら働け! 金を稼げば、その分だけ攻撃が出来るぞ!」
「だけど稼いでも、一定額があなたに徴収されるのでしょう! 一向に貯まらないですよ!」
「おぉ、そうだったな」
これは……かなり理不尽ですよ。
奈呵の言葉に、僕はそう言い返したんだけれど、奈呵はあっけらかんとしています。
これはピンチです。ここの地獄は、いったいどうやって突破したら良いんでしょうか?!