第玖話 【1】 椿の膝枕は格別
第三地獄の管理者、呵呵を何とか倒した僕達だけど、里子ちゃんが怪我をしてしまいました。しかも、耳からも血が……。
「里子ちゃん、大丈夫?!」
僕は慌てて里子ちゃんの元に駆け寄り、怪我の具合を見ます。
「わぅ……駄目、もう死んじゃいそう。椿ちゃん……膝枕~」
「本当に死にそうな人は、もっと表情が険しいですよ? 少なくとも、そんなに顔がにやけていたりはしません」
だけど、実際は肩を貫かれているし、心配なのは心配です。耳の方も、今は何とか聞こえているみたいだけれど、後遺症が残ったりしないかな?
「全く。里子ちゃんまで無茶しちゃって……」
そして僕は、わざと倒れている里子ちゃんの所に行って、頭の近くで正座すると、そのまま里子ちゃんの頭を、僕の膝の上に乗せました。
「つ、椿ちゃ……」
「急いでいるから、ちょっとだけですよ……」
白狐さんが治癒の妖術で、里子ちゃんの肩の血を止めてくれたし、耳もある程度は治してくれました。だから、本当にちょっとだけですよ。
それと、白狐さんの妖気も気になるけれど、あの減らないいなり寿司を食べているので、多分大丈夫なんでしょう。
「椿ちゃん、あのね……椿ちゃんがいなくなって、皆どれだけ心配したか分かってる?」
「分かっています」
「それだけじゃないよ。私、ちゃんと椿ちゃんのご飯も用意しようとしていたんだよ。それなのに椿ちゃんは、私達と会わないつもりでいたなんて、私ショックだったんだよ」
「うん、ごめんなさい」
「謝っても許さない。ちゃんと翁の家に帰って、私のご飯を、お腹が破裂するまで食べてくれないと許さない」
「それ、僕死んじゃいますよ」
それでも、それだけ心配をかけてしまったんだし、怒っているのも当然です。
謝っても許してくれないのなら、皆の望む事、全部やって上げないと。だからこうやって、里子ちゃんを膝枕しているんです。
「だからね、あのね……膝枕くらいで、少しは許したなんて思わないでね」
「鼻血出しながら言われてもな~」
「わぅ……! と、とにかく! ちゃんと無事に帰ってきて、いつもの様に笑顔で私のご飯を食べて!」
「分かりました」
里子ちゃんに許して貰うためにも、僕は死ねませんね。そして僕は、里子ちゃんの耳を弄りながら、ある事を聞きます。
「それで、えっと……里子ちゃん、耳は大丈夫ですか?」
「ん~痛みは無くなったけれど、何だかバランスが取れずにフラフラする。あっ、これは本当だからね」
そんなのは目を見れば分かります。
う~ん、耳の奥の方をやられたのでしょうか? 玄葉さんと違って、里子ちゃんは長い時間、あの大音量を無理して耐えていたのです。だから、それだけ耳にダメージを残してしまったんですね。
「しょうが無いです。里子ちゃんも、ここでリタイアですね。これで無理したら、本当に命に関わるから」
「わぅ……分かった。力になれなくてごめんね」
「ううん。里子ちゃんは十分に、僕の力になってくれたよ。だから、ちゃんと里子ちゃんのご飯を食べる為にも、生きて戻ってくるからね」
「うん、約束だよ」
そう言うと僕は、里子ちゃんの頭を優しく撫でます。なんで皆は、僕に頭を撫でられたら嬉しそうにするのでしょう?
だけど、それを見ていると、僕も何だか嬉しくなってきます。
「椿ちゃんの手って、何だか不思議な感じがするの。お母さんに撫でられているような、そんな優しい感じがするの……だから皆、椿ちゃんに頭を撫でられるのが、好きだと……思う……よ」
「あれ? 里子ちゃん? 寝ちゃった?」
まさか寝ちゃうとは思いませんでした。里子ちゃんにとっては、それだけ体力を使ったって事なんです。
そして僕は、里子ちゃんをゆっくりと動かし、丁度良いサイズの岩にもたれかからせます。
地面に仰向けにして寝かせていたら、増援の皆が来た時に、それを見てビックリしちゃいますよね。まるで死んでいるみたいだから。でもこれだって、良く見ると死んでいる様にも見えるけれど、まだマシだよね?
「ありがとう、里子ちゃん。さぁ皆、次の地獄にーーって、何をやってるんですか?」
里子ちゃんが寝ているのを再度確認して、僕は皆の方を振り向きます。すると、雪ちゃんを先頭にして、皆が僕の後ろに並んでいました。
「いや、里子が羨ましいと思って……」
「それに、椿ちゃんの頭ナデナデがそんなに良いなら、ちょっと試したいかなって」
「姉さん、自分もっす!」
『私は幽霊だし無理だよ~! わ~ん!』
雪ちゃんとわら子ちゃん、それに楓ちゃんは別に良いけれど、白狐さん黒狐さん、更には龍花さん達まで並ばないでくれませんか?! それはちょっと……他の人が見たら変に思われますよ。
「あの、龍花さん達はプライドが無いんですか?」
「はっ……!? いや、そういう訳では……ただ、里子さんが幸せそうな顔をしていたので、私達が座敷様にやって差し上げたいなと思いまして。それには、実際にされてみないと分からないと言うか……」
あぁ、わら子ちゃんの為でしたか。それなら、やって上げても良いけれど……わら子ちゃんがさっきの龍花さんの言葉を聞いて、赤面していますよ。
「る、龍花さん、ありがとう。でも、椿ちゃんにされるから、それが特別になるんじゃないかな?」
「むっ……そうなのですか? ふむ……難しいですね」
「でも、そうだね。龍花さん達にされても、私幸せになれそうかな」
「「「「座敷様?!」」」」
あの……解決しましたか? 4人揃って同じ声で言われると、綺麗にハモっちゃいますね。凄いや。
とにかく、皆への頭ナデナデは、この戦いが終わってからして上げます。
でも、皆は僕を怒りに来て、そして助けに来たはずが、何で僕が頭を撫でないといけないのでしょうか? ご褒美というか、それが僕への罰ということなのかな? 皆、自由過ぎますよ……。
人間の概念とは全く違う。人間の常識では計れない。それが、妖怪なんでしょうね。
そしてこの階の上から、他の皆の妖気を感知した僕は、直ぐにでも里子ちゃんを保護してくれると思い、白狐さん達と共に、次の地獄に行く階段へと向かいます。
今回は、そんなに広い空間では無かったので、割と直ぐに見つかりましたね。
それと今気付いたけれど、相手の鬼が金棒を使っていなかったです。
地獄の能力によっては、金棒を持っていない事もあるのですね。お陰で僕の方は、力を温存出来ました。
「それで、酒呑童子さんは?」
『まだ寝入っておる』
酒呑童子さんの方は、二日酔いの頭痛も合わさり、あの大音量の中で気絶してしまいました。
それでも、もうとっくに起きても良いというのに、全く起きてこないので、そっと様子を見てみると、寝息を立てていたのです。
こうなってはしょうが無いので、白狐さんが酒呑童子さんの襟首を掴み、そのまま引っ張っているのです。
階段を降りるのも、そのままで良いですよね。お尻を連続で打ち付ければ、目も覚めるでしょう。
『しかし椿よ。当然のように強くなっとるな』
「え? 今更ですか?」
そして、下への階段を降り始めた所で、白狐さんがそう言ってきました。因みに、酒呑童子さんは起きません。
『もう我々では、足下にも及ばんな』
「そんな事は無いですよ。ちゃんとした体に戻れば、白狐さん黒狐さんも強いですよ」
昔の記憶を思い出しているからね。あの強くて格好いい、白狐さんと黒狐さんの姿をね。
だけどその後に、華陽と妲己さんにやられていたのは、まだ黙っておきましょう。
2人の記憶が戻らないのなら、それはもう消えた過去としておきます。
『そうか……それなら尚更、早く本来の体に戻らないとな』
すると、黒狐さんが僕の言葉にそう返してきます。その時、僕は思い出しました。天狐様が言っていた「2人の体を作ってやれなくなった」って言葉を。
もしかして……天狐様じゃないと、白狐さん黒狐さんの体を作れないのかも知れない。
そして天狐様は、僕のお父さんお母さんと一緒に、狭間にされた裏稲荷に……。
つまりこのままだと、白狐さん黒狐さんはずっと、その仮の体で生きていかないといけないって事になります。
仮の体で、子供って作れるのでしょうか?
そう思った僕はふと、後ろで浮いているカナちゃんに目をやります。カナちゃんはそんな僕に気付き、にこやかな笑顔を向けるけれど、このままだと、僕の子供として、君を生まれ変わらせる事が出来ないかも知れないです。これ、何とか出来ないかな……。