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僕、妖狐になっちゃいました  作者: yukke
第拾肆章 虎擲竜挐 ~強者と強者の激突~
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第捌話 【1】 第三地獄『呵呵』

 次の地獄、禍々しい様相をした呵呵(かか)に辿り着いた僕達は、全員耳を塞いでいます。

 これ、戦闘どころじゃないよ。ちょっとでも塞ぐ手を離すと、頭が痛くなるくらいの笑い声が聞こえてくるのです。今でもうるさいくらいですからね。


「くっ……耳が良い僕にはちょっとキツいです」


 こんな時に十極地獄の鬼が現れたら、抵抗出来ずにあっという間にやられちゃいますよ。


『ちょっと雪。あんた、何で平気なの?!』


「氷の耳栓」


 雪ちゃんが意外と平気そうな顔をしていたので、カナちゃんがそう聞いたけれど、雪ちゃんは耳元の髪を上げて、その耳に付けている耳栓を見せてきました。


 あれ、だけど……。


『いや、水って音を伝えるよね? 凍っていても一緒じゃない?』


「…………」


 雪ちゃんが倒れちゃいました。

 今まで良く我慢していましたね。ついでに耳がしもやけになっていそうです。全くもう……!


「あっ! あれは!?」


 だけど、そんな僕達の目の前に、筋肉ムキムキじゃない、普通の体型をした鬼が現れました。

 それでも、額の角が凄く長くて、突き刺されたらひとたまりもなさそうです。


 それから、僕達を見たその鬼が口を開き、何かを言ってきています。だけど、ここからでも何も聞こえません。

 口が動いているから喋っているんでしょうけど、この響き渡る笑い声と、僕達が耳を塞いでいるせいで、全く聞こえてきません。


「あの!! この笑い声がうるさくて、そっちの声が聞こえないです!!」


 あっ、これ……僕の声も届いていない感じですね。まだ相手の口が動いていますから。皆は臨戦態勢だけど、相手は向かってくる気配がない。

 もしかして……何かの呪文を唱えているの? それで、この笑い声を生み出しているのなら、何とかして止めないと。


 だから僕は、一生懸命に叫びます。

 そうじゃないと、このまま戦闘に入ったら、訳も分からないまま負けてしまいそうなんです。どんな手段を使ってでも、この笑い声を止めさせないといけません。


「ちょっと! そっちと会話が出来ないから、一旦この笑い声を止めて下さい!!」


 止めてくれるかなんて分からないけれど、それでもそう叫んでみます。やっぱり、それでも届いていません。


 だけど次の瞬間、急に辺りに響いていた笑い声が止まりました。


「あっ、すいません。この笑い声を止めないと、僕の言葉が聞こえないですよね……」


「ーーって、止められるなら止めて下さい! しかも呪文でも無かったのですか!?」


「わぁっ……!! ご、ごめんなさい!」


 えっ? ちょっとツッコんだだけで、怖がってへたり込んじゃいました。しかもその後に、三角座りをして縮こまってしまいました。


 なんですか? この鬼は……。


 しかも、さっきまで目がつり上がっていたのに、一気に目尻が垂れ下がり、情けない感じになっちゃっています。


「え、えっと……あなたが、ここの地獄の管理者ですよね?」


「えっ? あっ、は、はい……第三地獄、その管理者の呵呵です。へ、変ですよね。そうですよね。地獄の名前が、そのまま僕の名前だなんて。へ、変ですよね……」


「いや、まだ何も言っていないですけど」


「あぁ……! そうですよね、そうですよね。ごめんなさい、ごめんなさい!」


 何だか、調子がおかしくなるよ。これはいったい、どうしたら良いのでしょう? これ、倒さないと駄目なのかな? そのまま通してはくれないのでしょうか?


『これ何だか、出会った当初の椿ちゃんみたい』


「え~? 昔の僕って、こんなんでしたっけ? もうちょっとだけマシだったような……」


 カナちゃんが僕をどんな風に見ていたかは分からないけれど、多分これと似た雰囲気だったのでしょうね。それはそれで、なんだか恥ずかしいです。いや、それよりも……。


「あの、一応聞くけれど、ここを通してくれたりは……」


「……む、無理です。ぼ、僕がここの管理をしているから、ちゃんとしないと、皆に怒られる」


「ですよね」


 僕はその鬼にゆっくりと近付いて、そう聞いてみました。

 人称まで「僕」なんて、益々昔の僕みたいですね。だからカナちゃん、にこにこしながら見ないで下さいね。


 するとその鬼は、僕の顔をじっと見てきます。なんだろう? もしかして、何か仕掛けてくる?


「君、僕に似ていますね……」


「うっ……あなたまでそんな事を言いますか」


「うん。だって、同じだから。君も、人にからかわれて生きていたんでしょ?」


 それはまるで、心の奥深くを覗き込んでいるような、そんな瞳でした。それで僕を見てきています。

 そして、的確にそう言ってきました。まさか、心を読んだとか、そんなのじゃ……。


「心は読めないよ。表情、仕草、口調、そう言ったもので、人の内情を読み取れる。そして、君も同じだよね?」


「うっ……」


「同じ、同じなんだよ。僕も同じ。これでも鬼なのに……ろくな力を持っていないから。だから、笑われるんだ」


 何だかこの鬼の体から、黒いオーラが湧き出ている様な気がします。嫌な予感がするんですけど……とりあえず、僕は咄嗟に身構えます。


「そんなに怖がらないでよ……僕と君は、仲間だ」


「仲間?」


「そう、仲間……後ろの妖怪達だって、陰で君の事を笑っているかも知れないよ」


 そう言うとその鬼は、今度は歪な笑みを浮かべてきました。なる程、そういうやり方ですか……。


「僕なら、君の事を分かって上げられるよ。同じ境遇で生きてきたんだもん。理解してあげーー」


「残念だけど、君では僕の事を理解出来ませんよ」


「なっ……!?」


「だって、これまで1度たりとも、皆は僕を蔑んだりはしてこなかった。僕の事を笑ったりしても、それはちゃんと僕の事を見てくれているって証拠なんだもん。だから僕は、皆を信じています。皆は、陰で僕の事を笑ったりなんかしていません!」


 あのね……僕のその言葉で、酒呑童子さん以外号泣しないで下さい。しかも、皆で一斉に僕に抱き付かないで! それと、カナちゃんはすり抜けているからね。何回やっても同じだよ。


 とにかく、このままじゃ戦えないから、僕は皆から一旦離れます。すると、僕の様子を見たその鬼が、体を震わせながら僕に話しかけてきます。


「何で……? なんでなんで? 君は蔑まれた経験があるんでしょう? それなら……」


「確かに、僕はいじめられていたよ。でもそれは、原因があってーー」


「違う違う! 何が原因であっても、蔑まれた経験があれば、同じ事を考えるでしょう! そう簡単に、人なんて信じられないでしょう! 自分も信じられなくなるでしょう?!」


 すると、座り込んでいたその鬼が立ち上がり、そして右手を前に出してきます。


「思い出しなよ。その時の事、どれだけ辛かったか……どんな思いをしたのか……それなのに何で、そんな考えになれるんだよ!」


 そして、その鬼が叫んだ瞬間、再び笑い声が聞こえてきました。


 でも、これは……この声は。


【男なのに女みてぇだな、おい!】

【トイレ間違えてんじゃねぇよ! お前は女子トイレだろ!】

【きゃぁ~!! 男なのに女子トイレに! 変態~!】

【お前どっちなんだよ!! 何か言えよ、こら!!】

【せっかく構ってやってんのによぉ!!】


 僕が通っていた中学校の、クラスの皆の笑い声。僕を馬鹿にしていた時の言葉が、頭に響いてくる。これ、皆にも聞こえているの?

 そう思って僕が振り返ると、皆はその僕の行動に首を傾げました。もしかして、聞こえていない?


「何? 安心でもしたの? 君がいじめられていた時の事、そんなに知られたくないの? だけど、そこにも1人いるよね? 君へのいじめを見ていただけの子が。天罰が下って、その命を失ってしまった子がね……」


 それって、カナちゃんの事ですか? 違う。カナちゃんはあの時、自分の力では僕を助けられなくて、何も出来なくて、でも助けたくて、それで苦しんでいたんですよ。


 とにかく僕は耳を塞ぎ、何とかそいつの声が聞こえないようにします。だけど、何故か声が聞こえてくる。この鬼の、囁き声が。


「彼女だって本当は、君を笑っていたかも知れないよ。心の中では、君の事を……」


「うるさい!! うるさいうるさい、うるさ~い!」


【な~にが、うるさいだ! 弱々しいふりして、ムカつくんだよ、お前!】

【そうよそうよ! そうやって弱者っぽくしていれば、誰か助けてくれると思っているの?!】

【誰もお前なんか助けやしねぇ~よ!!】

【女みたいに女々しくしやがって! 男して恥ずかしくねぇのかよ!! 鬱陶しい野郎だな!】


 あっ……あぁ、そうだ。僕はまだ……いじめられていた時の傷が、消えていないのです。こんなの、一生消えないですけどね。

 だから、僕の頬につうっと涙が伝うけれど、それを白狐さん黒狐さんが拭ってくれました。


 そう……そう、なんです。僕は忘れていただけ。いじめられていた時の事を、心の隅に追いやっていただけ。


 でもね、助けてくれたんだよ。こんな僕を、助けてくれたんですよ。この2人が……。


『椿よ。大丈夫か?』


『いったい何をされたんだ?』


「んっ、ごめんなさい。ちょっと、いじめられていた時の事をね……」


 そして僕は、そっと白狐さん黒狐さんの手を取り、強く握り締めます。


『椿ちゃん……大丈夫? あの時の事なんて、あなたまだ……』


「うん、そうだね。でも、大丈夫。この傷は癒えなくても、忘れる事が出来なくても、ちゃんと僕を支えてくれる妖怪さん達が、半妖の人達がいるんです。人じゃないのは、ちょっと残念ですけどね。でもいつかきっと、人の友達も作ります。だから、僕は大丈夫です」


 そう言うと僕は、しっかりと呵呵を睨みます。


「そんな訳だから、僕にはこの方法は通じないよ! 過去の傷を抉ってくるなんて、嫌な手を使ってきますね!」


 するとその鬼は、両手で顔を覆い、何か呟き出しました。

 いや、怖いですよ。この手のタイプは、一度プッツンしたら誰よりも恐ろしいんですよ。


「嘘だ嘘だ……支えられている? それでも……それでもさぁ、蔑まれた経験があれば、そんな簡単には……!!」


「そうですね。それでもこの妖怪さん達は、勝手に僕を支えて来たのです。気が付いたら、僕の方が折れていましたよ。でも、それで良かったんだと思います。そうじゃないと僕も、君のようになっていたと思うよ」


「あっ、はは……そう、そうだよねぇ……だから駄目なんだよ。人を蔑む奴はね。奴等は結局罰せられないんだ。ここは、呵呵。人を蔑んだ者が落ちる地獄だよ! そして人を蔑んだ分、ここで蔑まれ続けるんだよ! 例えそれが、現代のインターネットとかいう所でもだ!」


 それは、とても恐ろしい地獄ですね。全世界のほぼ全ての人達が、この地獄に落ちちゃうんじゃないのですか?


 すると、さっきまで情けない雰囲気だった呵呵が、急に怒りに満ち始め、体から異常なまでの負のオーラを溢れ出してきました。


「皆、来ます!」


「そうだ。そうだよねぇ……どうせ君も、お前達も、皆誰もが僕を笑っているんだ! 皆、皆……逆に僕が蔑んで、思い切り笑ってやるよ! ヒアハハハハ!!!!」


 そう叫びながら、呵呵は歪に笑い始めます。

 実はもしかしたら、この地獄が1番厄介なのかも知れません。相手の負のオーラが、尋常じゃないです。

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