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 目が覚めたら朝だった。

 窓の外が白んで、テチテチと何かが鳴いている。

 久しぶりの平穏な目覚め……と判断していいんだろうか、これ。

 テラス戸の外の景色の大部分をへちまの棚が奪っちゃってんだが。

 ──それ以外の害はないはずだし、今しばらくは気にしないでいっか。


 とりあえず俺は背伸びをする。

 うん、気持ちいい。

 内臓さんが徐々に覚醒していくのが分かるよ。

 ついでにラジオ体操でもやってしまい勢いだけど、ここでやったら不味いということくらいは俺にも分かる。

 だって俺の隣にはまだ眠っている幼女がいるのだ。


 うん、アリーヤちゃんだ。

 ここは桃色と桜色と白色とレースとフリルがいっぱいのアリーヤちゃんの部屋だ。

 だけど、俺にはやましい点なぞ一つもないぞ。

 パジャマ姿の幼女が、ネグリジェ姿の幼女に誘われて一緒に眠っただけだ。

 そこに問題などあるはずがない。

 あるとしたら俺の空腹くらいだな、うん。


 しかし、

「まだ5時か」

 朝食まではあと2時間か。

 こっちの1日も24の時間で区切られているから、太陽の角度で言うと2時間は30°か?

 そっか、まだ地平線の下にあるアレが上に30°動けば朝食の時間か。

 1年が何日あるか知らないから公転は計算に入れられないが、きっと誤差の範囲だよな。


 ……。


 いやいや、なにを計算してんだ、俺。

 余計なことは考えるな、俺。

 もしそれが現実になってしまったら、シャレにならないことになるから!


 頭の中で形になりかけていたイメージを慌てて追い払う。

 太陽または足元の星を動かすなんて大それたこと、やって良い訳がない。

 もしも万が一、足元の星が太陽との適切な距離──生命居住可能領域ハビタブルゾーン──から外れたら、マジで取り返しがつかないから。

 少なくとも人類は絶滅するはずだから!


「はあ、寝起きはやっぱダメだな。気分転換に散歩でもするか」

 ついでにトイレも行っときたいし。


 隣に眠るアリーヤちゃんを起こさないように、俺はそっとベッドを抜け出した。



「ふむ、暗くなければどうということはないな」

 暗くないトイレは俺の敵ではなかった。

 ただのトイレである。


 水路で手を洗いながら、俺は呟く。

「タニシっぽいやつがいるけど、あれって食えるのかなあ?」

 分からん。

「まだ雑草の方が食える確率は高いのか?」

 分からん。

 試す勇気はないと言うべきか、俺に自殺願望はないと言うべきか。


 そんなことを考えながら立ち上がろうとしたら、

「お?」

 見るからに食えなさそうな植物しか植わっていない畑にいる、これから作業を始めるぞといった格好の婆さんと目が合った。


「おはようございます」

 と言ってみたら、

「はい、おはようさん」

 と返された。


 よし、挨拶は完璧だ。

 だがそこから話が続けられない。

 だからおっさんになっても売れない営業マンのままだったんだろうな、と自嘲する。


 だが今の俺は営業マンのおっさんではなく無職(?)の幼女だ。

「学園の生徒さんだろう? こんな朝早くから、どうしたんだい?」

 と向こうから話を続けてくれた。

 幼女になって良かったと、俺は今初めて思ったかもしれない。


「んー、ちょっと散歩です」

「ほう、そうかい」

 婆さんは目を細めて笑うと、また農作業──というか草抜き──に戻るようだった。

 随分と几帳面な人のようで、指では抜けないような細かい草をピンセットで1本1本抜いていっている。

 脇に置かれたざるにゆっくりと草が積もっていく。


「その引っこ抜いている草って食べられるんですか?」

 と俺は気が付いたらいていた。

「そうだねえ。食べられる草もあるんだろうけど、普通は食べないねえ」

 まあ、そうだよな。

 普通は野菜と呼ばれる草を食って、雑草と呼ばれる草は食わないよな。


「お腹が空いているのかい?」

「ええ、まあ」

 昨日丸1日食ってないからなあ、そりゃあ空いているさ。

「そうかい。まあそういう年頃さね」

 いや、今回の場合、年齢はあんまり関係ない気が……。

 婆さんは分かっとる分かっとるという感じで頷いたきり、黙々と作業を続ける。



 あー、長閑のどかだなあ。


 青い空の下をたまに鳥が飛んで、まれに虫が飛ぶ。

 それ以外には婆さんしか動くものがない空間──。


 あー、ヤバいな、視界がぶれるんだが。

 しかも体が猛烈にだるいんだが。

 これはもしやアレか?

 マナポイントまたはマジックポイントが0になったとかそういうアレか?

 ……飯を丸1日以上食ってないし、貧血の可能性もあるか。


 何にしろ、俺はどうやらここで気絶をするようだ。

 水路には落ちたくないなと思いながら、俺は気を失った。

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