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教育係とお嬢  作者: 酒匂
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何でドMやねん

権力者は融通が効いていまう。庶民には受け付けてもらえない、多少の無理だって押し通してしまう。それは有力者である本人だけじゃなく、その娘や親族さえ有効だった。

そう、本来ならばありえないはずなのに。ありえちゃいけないのに。

ヘタに権力を持っているから実現してしまう。だから困りものだった。


そう。今みたいに起きた時に、目の前に居るからだ。

雇い主のお嬢が。

朝陽に照らされてキラキラ輝いている。白い服を着ていて、それはまるで天使が降臨したように見えてしまう。繊細なバランスで成り立っている綺麗な顔に、満面の笑みを浮かべて私を見下ろしている。



「おはよう」

マウントポジションで。

腹の上に跨って。

馬乗りになって。

騎乗位で。

腕を組んで私を見下ろしている。


「………………………」

流石にふとんの上からだし、パジャマは着ているし、やましいことは何もしていないのに。

年頃の女の子がM字開脚しているのを見ると、何とも言えない気分になるのはなぜなのか。

とりあえず、上からお嬢をのけて身体を起こした。


寝起きで、目がしょぼしょぼして半目になって恐ろしく目つきの悪い状態になっていることは間違いない。だが今は朝だ仕方ない。


眉間を軽く押したり、こめかみを押さえたりして意識をはっきりさせる。

うん痛い、夢じゃない。

夢ならいいのになぁ、って軽く現実逃避するけど、残念ながら現実だ。触角、嗅覚、視覚……と感覚があることを確かめて、より確信を深めて行く。

お嬢が乗っかっていたのは現実だった。


だから。

「何でここにいるんです?」

「それはここに来たかったからよ?」

なんで聞くの? と言わんばかりに首を傾げてみせた。

あざとい。

そう思ったが、一応目上の人にあたるので、言わないでおく。

仮に言ってもそう? とか言って受け流すだろう。言ったら負けだと思った。



「私の寝床に、面白いものなんてありましたか」

一応見渡すけれど、ベッドにテーブル、クローゼット、必要最低限しかない粗末な使用人部屋だ。お嬢の興味を引くものなんて無い。

「あるわ。あなたがいるもの」

にこにこ。

自分の魅力をわかっていて、どの角度で笑顔をキメればかわいく映るか、どう言う風に行動すれば相手の好感度を上げられるか知ってる奴の笑みだった。

経験ない奴が見れば即座に落ちていたんだろうが、私には通用しない。

無視だ、無視。


「呼んで下されば、お伺いしましたのに」

「呼べばわたしの寝室まで来てくれるのかしら?」

「時と場合によりけりですね」

「まぁ! どんな場合なら良くて、どんな場合ならダメなのかしら?」

おおげさにオーバーリアクションで驚いて見せる。

こんな演技でもサマになるから美人は得だよなぁなんて思う。


「それはご自分で考えて下さい。私を困らせたいと思うのがその最たるものでしょうが」

特に今な。

さわやかな目覚めを邪魔しやがった罪は重いんだ。

寝起きから何でこんな顔を拝まなきゃいけないんだよ。いくら見た目が綺麗に見えようが、お断りだ。

「困らせたいなんて思ってないわ。あなたを愛でたいと思っている時よ」

「私ごときが、あなたに愛でられるなんて恐れ多い」

それを困らせるっつうんだよ。

勘弁してくれ。あったとしても徹底的に避けて、丁重にお断り申し上げるぞ。

「わたしのどこが不満なの?」

「そうですね、強いて言うなら何もかもですね」


ぶふ。

部屋の外にいる警備員が噴き出したのが聞こえた。

お嬢付きのガードマンなSPだ。お嬢のワガママに振りまわされて、こんな早朝も勤務とかご苦労なことである。


私のあまりにもストレートな物言いに吹いたのだろう。仮にも雇い主の娘だし、ストレート過ぎるから、不敬と取られてもおかしくない。

だが、この人はこの人で、私のこの言い方を気に入ってるようだし、わけがわからない。

結果多少同僚の固い奴には言動を注意されたりするけど、フランクな連中からは勇者、なんて讃えられている。両極端な反応をされている。


しかし、いい機会だ。

この手のかかるお嬢様に、懇切丁寧に解説してやろうか。


「そうですね。

私より、はるかに家柄が良いこと。おうちの格がどうのこうのとおっしゃる方には辟易させられますね。たかが、数代運良く続いただけの家庭をどうしてそんなに、有難がるのか。理解に苦しみますね。そんな面倒な考え方をなさる人の周囲は居心地悪いので、お断りです。

それお顔のつくりが丁寧で綺麗なことですね。私は平々凡々な人間ですので、どうしても並び立つと引き立て役にしかならないんですよ。

隣に並んでいると、お近づきになりたい方から、たったそれだけで妬ましく思われてしまうんです。自分から近付けばいいじゃないですか、なんて思いますけど、尻込みしてしまうそうです。それで何故か私の方に被害が来るんです。とんだ迷惑です。

あと微妙に賢しくていらっしゃるので、私は苦手なんですよ。性格的に合わないと言いますか」


ずけずけずけずけ。


警備員の片方は、言ったれ言ったれ、なんてガッツポーズ取ってるけど。少し年の言ってる方は、あちゃーなんてリアクションである。

これでも多少はオブラートに包んでいるのだけども。


「あぁん。そんなに本当のことばっかり言われるとゾクゾクしちゃうっ」

恍惚の表情を浮かべて、ぶるぶる震えている。

はぁ……あんだけ言ったのに、全く堪えてないしな。

「何よりそのドMな所が一番嫌ですね。

どうしてそんな風になるんですか。私、単に嫌だって、心底嫌だって言ってるんですよ。

何で喜ぶんですか。変態ですか、変態ですよね。変態でしかありえませんよね。そんなに喜んでるんですし。気持ち悪いですね、ドン引いてるんで、近付かないでください」


「はぁぁっ」

上気して熱っぽい顔して、潤んだ目で私を見つめている。

息まで荒いし、実際ハァハァしている。気持ち悪い。

なんで朝っぱらからこんなことしなくちゃならないんだ。二回も嫌だっつってんのに、なんで喜んでんだろこの人。

「これで眼鏡かけてくれてたらパーフェクトね!!」

もし私が眼鏡をかけていたら叩き割っていただろう。

あ、そこの警備員、眼鏡貸してくれなくて良いよ。

アンタの身体の一部だろ、叩き割られたくなかったら大事にしろよ。


「いやアンタドSで名高いだろ。コンテストで踏まれたい女王系で1位取ったろ?

アンタが本当はこんなに感じやすい上に、どうしようもない腐れドMだってわかったらたいていの人はがっかりするか、ドン引きだろうよ、ちょっとは隠せよ」

おっといけない敬語が崩れてる、敬語敬語。

部屋の外の警備員は、同じことを思っていたようで、だわなーとかうんうん頷いているのが見えた。


踏まれたいと思った人が、簡単に籠絡してる所を見て幻滅してないのか? なんて聞いてもみたが。

ソレはソレで。コレはコレで!!

とか親指を立てられた。このお嬢のまわりにまともな人間はいないらしかった。

そもそも、なんでこいつらは年下の女の子に踏まれたがるのか理解できなかった。

足ふみマッサージでもされたいのか? 何で罵られて喜べるのか。


「それはあなただけなの」

はぁ……なんて満足そうに色っぽいため息をつかれた。

確かにお嬢は見た目『だけ』はかわいいし、将来美人になるんだろうと予感させる容姿ではある。すれ違った全員が全員、振り返るような美人なんだろう。

だがしかし。

私には通用しない。悪いけど年下は守備範囲外なので、ドキっとか絶対にしない。むしろできないのだ、年上専だから。

他の奴にこういう魅力を使えばいいのになぁ、なんて残念に思った。魅力の無駄遣いだ。


「そうですか」

相手をしてるのが、色々面倒になって来た。

ちろ、と横目でお手伝いさんを見る。軽く会釈し合った。

さっきから見事に空気と化していた。

実際はお嬢が部屋にいるのを確認した時からずっといた。最初からいるのに、気配を感じさせなかった。視認しなければそこにいると、感じられないのだ。

この人忍者じゃないかな。

メイド服を着ているけれど、技量的にそこの警備員たちより明らかに格が違う。

寝首をかかれたくないなぁなんて思う、そもそも敵対しない限りはありえないだろうが。


慣れたもので、目線を向けただけで頷き返してくれた。

ベッドから立ち上がってお嬢に背中を向ける。パジャマ代わりのシャツのボタンに手を添えて。こうでもしたらいい加減気付くしかないという形を取った。

いくら鈍くてもわかるだろう。

「じゃ私はそろそろ着替えますので、そろそろご退室願えませんでしょうか」

「別にいいじゃない。邪魔しないわよ?」

どこか期待するような輝くまなざしだった。

お前、人の生着替えを堂々覗く気か。


「そこにいること自体が邪魔なんですよ、さっさと外行って下さい。私、着替えを見られるのって趣味じゃないんですよ」

「わたしは趣味にしたいんだけど、あなた限定で」

イラっ。

再び目配せして、お手伝いさんと私で両脇を抱えて、お嬢の身体を持ちあげた。

時間取らせんじゃねぇよ。

お互いの心中が重なりあって、ちゃっちゃとお嬢を部屋の外に運び出した。


「あ、ちょっと荷物扱いじゃなくて、お姫様だっこの方が」

「贅沢言わないでください」

迷惑をかけるな……という気持ちを込めてお手伝いさんに目線を送った。

慣れてますから、と言う感じの苦笑が帰ってきて。なんだかなぁ、な気分になった。お嬢のワガママに普段から振りまわされてる人は包容力が違った。


ひとまず、お手伝いさん含めて2人を部屋の外に出したので。ドアを閉めた、そんで鍵を閉めた。

外でがちゃがちゃしてる気配がしていた。お手伝いさんが止める声が聞こえるけれど、どこ吹く風でがちゃがちゃ弄っている。

あーよかった。鍵新しいのに代えといて。前のだったらマスターキーを使われていた。


危険も去ったし。さくさくと着替えることにした。

パジャマのボタンを外して、さっさとシャツを脱ぐ。

お手伝いさんが足止めしてくれてるけど、しびれを切らしたらすぐ戸をあけてくるだろう。もう何個か鍵かければいい話なのだけど。

入口のドアに視線を向ける。そこには複数の鍵が取りつけてあった。

たかが使用人風情には不釣り合いな仰々しい鍵だ。


あのお嬢は何故かピッキング技術を持っているので、鍵をかけてもすぐに開けてしまう。長期間同じものを使っていても意味がないのだ。今日使ったこの鍵も近いうち替えた方がよさそうだ。今日の勤務終了に街に行って新しい物を買ってこないと。

誰にこんな技術を教わったんだか。なんで要職にある人がこんなこと出来るんだ。あのお嬢今まで何してたんだ本当に。

しかも私なんかに構ってくるし。


本当、何が何だかだ。

鳥がチチチチと鳴くのが聞こえる。外にはまだ柔らかめの日射し。午後には突き刺すようなものになるだろう。

建物の外は腹立たしいくらいのどかだった。

今日も騒がしい一日が始まる。


「とりあえずあのお嬢吊るす」

惰眠を貪る権利を堂々と奪ったんだ、これくらいしないと治まらない。

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