62.辺境の忠誠
早朝、砦の会議室にて。
ステラとセリウスの眼前には、ずらりと辺境騎士達が集められていた。
彼らの後席には軍医ゼーマンと、隣に並ぶ小さな軍医見習いのイリーゼ。
壁際には家令騎士長であり側近を務めるジェンキンスとその補佐ラウール、そして新たな侍女のダリアが静かに控えている。
機密保持の為、この部屋には通気口以外の窓が設けられていない。朝だと言うのに暗がりの灯が、彼らの影を石造りの壁に映す。重々しい雰囲気に肩を強張らせたイリーゼへ、前席のイズラールがちらりと視線を送った。
「先日、アストラル魔法公がここへ訪れたのは知っているな」
静寂を切り裂く様に、セリウスがおもむろに薄い唇を開く。
「彼は王家の従兄弟筋にあたり、その内部情報をこちらに明かした。秘匿されてきた辺境と平原の戦の事実について、貴殿らにも知らしめておく必要がある」
彼が語ったのは、王国によって送り込まれた魔術師による平原の民と辺境の陰謀。
恩義を売られて追い詰められた平原の民、攻め入られ護りの為に剣を振るった辺境騎士達。その全てが土地と民心を得るための王家の自作自演というおぞましい事実。
騎士達は思わず言葉を失い、怒りに肩を震わせた。
我々の命を賭した戦は、散った騎士達は王家に操られていたのだ。
「我らは初めから騙されていたのか」
「くそ...っ、辺境伯殿が浮かばれん...」
彼らが口々に抑えきれぬ呻めきや罵倒をこぼす傍ら。壁際でひっそりと悟られぬ様に唇を噛むダリアを、既に事実を飲み込んだステラが見やった。
セリウスは全員の様子を受け止め、その上で彼らに告げる。
「だがかつて聖騎士であった俺とこの妻は、聖女の力を消滅させ王家の威信を地に落とした。先日、魔法公が単身訪問された理由はそこにある」
騎士達がはっと顔を上げた。
そうだ。既にこの夫婦は王家を敵に回し、一度敗北させているのだ。だが、それと魔法宮を治める魔法公に何の関わりがあるというのだろう。
「彼が望むのは王座。現国王の廃位だ」
セリウスは静かに本題へと切り込む。
彼は昨夜のステラの宣言を受け、朝には覚悟を決めていた。暴発しかねない魔力にすら彼女は臆さず、踏み込み己を受け入れたのだ。
ここで男を見せずに引く事など出来るものか。
毒を食らわば皿までだ。
「我々夫婦はアストラル魔法公の取引に応じ、王家奪取の為に革命の旗となる事が決定した。そして彼が王座を得た暁には、この辺境を“不可侵の聖地”とする」
告げられたのは明らかな謀反の宣言。
途端に室内は騎士達の大きなどよめきで満たされた。
「つまりはクーデターに加担するのですか!?」
「卿と奥方様がその旗ですと!?」
「というか、不可侵の聖域とはいったい...!?」
あまりに突飛な内容に、騎士達が口々に声を上げる。今しがた受け入れ難い事実を告げられたばかりだと言うのに、革命だなどと言う話を聞かされれば戸惑うのも当然である。
だが、だからこそ今は彼らの感情に訴えかけ、計画へ奮い立たせねばならない。
話の折りを見ていたステラは、困惑しきった彼らの前に立ち上がる。堂々と腰に手を当て、揺らめく灯火を背負って彼らを見下ろした。
「あたし達はこれから革命の象徴として、魔法公に利用される事となる。だがただの駒になる気はない。せっかくなら立場を逆手に取って、奴を利用し返してやろうじゃないか」
影となった彼女は手のひらを天井の灯へ翳し、奪う様に強く握り込む。すると、隣のセリウスも頷きゆっくりと立ち上がった。より長身の彼が灯を背負うと、騎士達へ被さるように濃い影が伸びていく。
「もはや王家への忠誠は消え去り、我らを謀った彼奴らへ思い知らせる時が来た。革命の英雄など易いものだ。我らは王家の腐敗を暴き、民心を煽り立て、必要とあらば正義の名の下に剣をも抜こう」
セリウスの金の瞳が復讐の焔を宿し、応えるようにステラの瞳が強い光を放つ。
「英雄信仰は民を熱狂させ、さらには辺境を英雄の故郷として神聖視させる。大いなる信仰という権威を得た我々は、中立領として事実上の独立を果たす」
畳み掛けたステラは、にまりと赤い唇を上げて見せた。
「辺境伯は英雄王として君臨する。辺境は英雄の聖地に、お前達は聖地を守る聖騎士となろう」
かつて聖騎士として召し抱えられた男が“英雄王”として王家と相対し、遠い辺境の騎士達があるべき姿の“聖騎士”を体現する。
「新王ですら手出し出来ない、不可侵の聖域。晴れてこの辺境は、誰にも利用されぬ土地となるのだ」
あまりにも王家への皮肉めいた計画に、騎士達はごくりと唾を飲んだ。
「な、なんと大胆な...」
「そのような事が可能なのですか」
彼らが冷や汗と共に訪ねれば、ステラはぎらりと睨み返した。
「国中の民心を操ろうとしてるんだ。まずは臣下のお前達が信じなければ始まらない。だからこそこの案を共有した」
「な、なるほど...」
身内で揉めれば簡単に崩壊しかねない計画だ。
だが裏を返せば、それを明かした二人が彼らの信頼を強く見込む証とも言える。
セリウスは騎士達を一人ずつ確かめるように視線を合わせ、ゆっくりと告げた。
「王家を敵に回すのだ。囲う上級貴族達との衝突は避けられん。貴殿らの剣と忠誠は不可欠となるだろう」
彼の覚悟を問うような言葉に、騎士達は思わず背を正す。
王家に取り入る上級貴族達が反発すれば、王国軍と戦となる可能性は高い。そうでなくとも王家の転覆を目論むのだ。もし囚われれば死罪は免れないだろう。
騎士達にも守るべき妻や子が居る。
王家に一度刃向かえば、彼らの安全が侵されぬという保証は無い。
国を護る筈の騎士が、クーデターへと加担するのだ。
誇り高い騎士達は黙り込む。
「そりゃあいい!」
すると彼らの背後で、大熊のようなゼーマンがのそりと立ち上がった。
「“英雄王”たあ、旦那様にぴったりじゃねえですか。俺ぁどうあろうと最後まで着いて行きますぜ。忠誠なんて今更ってもんです」
ゼーマンは無精髭を撫でて笑う。
目の前で敵兵に家族を殺され、その仇を屠ったセリウスは既に唯一無二の英雄なのだ。あの日、彼を支えると誓った心に迷いなど無い。
「じゃ、俺も異論ナシかな」
イズラールも片手をひらりと上げて立ち上がる。
「王家と対等になって辺境が豊かになれば、より俺とイリーゼは幸福に生きられる。今度こそ“まともな聖騎士”って響きも悪くないし」
そう言った薄紫の瞳はイリーゼを視界に収めて、「ついでに俺らは恩もあるしね」と頷き合う。
真っ先に忠誠を示したのが軍医であり、続いたのがまだ雇われて日の浅い元傭兵。すると黙り込んでいた騎士達も、彼らに続かんとばかりに次々に立ち上がった。
「王家とて恐るるに足らず」
「わたくしは卿の剣であり盾」
「不屈の騎士道精神が何たるか、腐った王家に見せてやりましょう」
「我らの卿を英雄王に」
彼らはそれぞれ胸に手を当て、敬礼の姿勢を取る。
辺境騎士として磨いた剣は、辺境伯と愛しい故郷の為に振るうもの。泥を被せられた屈辱を晴らさず、恐れ風情に竦むのであれば騎士では無い。
今こそ我らが力を示す時。
その場の全員が主人への忠誠を誓った会議室内は、静かな熱気に満ちていた。




