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【コミカライズ進行中】聖女様、夫は返していただきます  作者: 蟹子@【聖女様、夫は〜】コミカライズ進行中
過去と隠謀

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52/86

52.蛮族の長を奪った男




「...で、つまりはあたしの元で雇われたいと」



 屋敷に戻った客間にて、ステラが足を組んでダリアへ確かめる。ダリアはそれを受けるとしっかりと頷いて「左様にございます」と答えた。


「こうして女と生まれ変わりしは、今世でも“我が君のお側でお仕えせよ”というヴァラールの思し召しと心得ました。ぜひメイドとして、貴方様のお役に立ちたく存じます」


 短く切り揃えられた赤茶の髪をさらりと下げて、彼女は胸に手を当てる。

その姿は全く前世の彼とは似ても似つかない。


 前世のダレイオスは筋骨隆々で、うねった長い赤髪と深い緑の瞳を持つ逞しい戦士だった。

比べて目の前の彼女は細身で少し骨張っていて、顔つきは涼やかな目元の女だ。だが所作は全く変わらず、口調もあの時のまま。


 こいつはいつだってあたしの側で“我が君”と呼び、甲斐甲斐しく世話を焼き、戦においては弓の腕で背を支えた。

 あたしより二つばかり歳上だったが、こちらへの忠誠心は誰を於いても及ばぬほどに確かだった。


 そして谷の戦にて、あたしの死と同時に散った。

死ぬ間際に彼の声が聞こえていた。

“我が君”と。今際の際までこいつの言葉はそれだった。


 ステラは彼女を見ると、複雑そうな顔をした。


「そりゃあたしとしては、お前を雇ってやりたいが...」


 ちら、と隣りのセリウスを見やれば、彼は険しい顔で「ならん」と答える。


「このステラに仕えるということは、辺境伯家に雇われると言うことだ。俺に矢を向けた相手を置くわけにいかん」


「くっ...」


 ダリアが歯噛みすると、セリウスの後ろに立つジェンキンスも彼女を鋭く見据えた。


「貴女の殺意はあまりにも強い。そもそも我が主人に敬意を払えぬ使用人など、こちらから願い下げにございます」


 彼はいつになく殺気を纏い、普段の穏やかさが消え去っている。鳶色の目は冷たさを帯びて彼女を見下ろした。


 彼らの言うことは正論だ。

ここは辺境伯邸であって、主人はセリウス。

砦であり主人の寝所に敵を置くなどもってのほかだ。そして側近のジェンキンスが何よりも護るべきは、あたしではなく当主の彼なのだから。


「言わせておけば...!」


 ダリアはぎらりと彼らに睨み返すと、忌々しげに手の中に爪を握り込む。


「小童が我が君の主を気取りおって...!何人たりとも我が君は縛れぬ!我が君、何故このような男の元に甘んじているのです!貴女様ならば討ち取ることもできたはず!」


 ステラはダリアから縋るような目を向けられ、気まずそうに視線を逸らした。


 それはまさに逃げ続けてきた言葉だった。

直接の仇ではないから、彼そのものはまだ幼かったからともっともらしい理由を付けて。

だが、いつだって頭の片隅で“仇の子である”ということを考えない日はなかった。


 ダリア、いや、副官であったダレイオスの言うことはもっともだ。あたしは自らの一族を滅ぼした宿敵の子の妻となり、寝所を共にしながら寝首も掻かない。そうするべきかと悩んだ夜もあったが、だが...今は。

 

「...悪いが、お前の期待には応えられん。仇も死に、“長”も死んだ。あたしは今や辺境伯夫人なんだ」


 目を逸らしたまま告げると、ダリアは「我が君は我が君です!」と声を上げた。

ステラはますます居心地が悪そうに唇を噛む。


 違う。自分はもう同じではない。


 自分はただ今世に生まれ変わっただけではない。

己にはもうセリウスを手にかけられない理由があるのだ。

 

 理屈ではどうにもならない、説明のつかない理由が芽生えてしまった。


「何故です、我が君!何が貴女をそうまで言わせるのですか!地位や裕福さにしがみつくお方では無いはずでしょう!何か弱みを握られているのですね!?」


「う、いや、それはその...」


 ステラはますます目を泳がす。

...こんなことはダリアに言えない。

共にあの谷で殺された“ダレイオス”に、こんな感情は口が裂けたって言えるわけがないのだ。


 普段ならば、都合の悪い事には簡単に誤魔化す理由を思い付く。だというのに、今はおかしなほどに何も出てこない。


 自らの死の為に故郷と一族を失った家臣を、裏切ることなどできなかった。


「だから、つまり...」


 ステラは苦い顔でセリウスを見上げる。

こいつのことをなんと言おうか。

すると彼は目が合うなり、彼女の顎を取って唇を重ねた。


「!!」


 大きく目を見開いたステラに、びしっと音を立てて固まるダリア。

セリウスは唇を離すと、余裕の面持ちでダリアを振り向いた。


「...つまりは、こういう事だ。彼女の心は俺にある」


 にまり、と勝ち誇った笑みを浮かべて、ステラの腰を抱き寄せる彼。


「ッなああああ!?!?」


 こめかみで青筋を弾けさせたダリアが絶叫し、ステラが遅れて「なななにすんだこの馬鹿!!!!」と彼の頭を全力で引っ叩く。


「久しぶりに叩かれたな。図星だったか」

「ちが、違う違う違う!!!ああああのなダレイオス、これには理由が」

「この妻は俺を好いていると言った。毎夜俺と閨を共にし朝を迎えて「わあああああ違う違う違う違う!!!」

「違わない。先ほどくだらん嘘は付かんと言った口はどれだ」

「ううううあああ...!!!」


 両手で燃え上がる顔を押さえて声にならない声を上げるステラに、ダリアはわなわなと唇を震わせる。


「なっ、は、...わが、我が君...我が君が...そんな...」


 すっかり蒼白になったダリアの頭の中で、ガラガラと何かが崩れ落ちていく。


 我が君は誰が相手だろうと頬を染めるようなことはしなかった。日々のお務めにも眉一つ動かさず、ましてや唇くらいで恥じ入るお方などでは無い。

誰にも媚びないお方だった。

誰の手にも入らない女王だったのだ。


 それが、それが————この男の接吻一つで...!!


「うううう.....」


 耳から指先まで染め上がり、湯気まで出して涙目で恥じらっているなんて。


「見ての通りだ。貴様の“我が君”は俺が堕とした。今やこの女は俺の手の中で赤くなり、夜毎俺に愛を囁く」


 ステラが目を抑えて「やめろやめろやめろ...」と小さく呟くのを腕に収め、セリウスはダリアを金の瞳で見下ろした。


「だがそんなもので主君から離れるのならば、貴様の忠心はこの髪の一本よりも軽いものだな」


 セリウスはわざとらしくステラの髪を掬って口付ける。

放心していたダリアはそれを聞くなり、ギッと牙を剥き出してセリウスを睨め付けた。


「穢らわしい下劣め、我が忠誠を愚弄するか...!わたくしはいついかなる時も我が君の牙、支える腕よ!!」


 腕の中で縮こまるステラを見てもなお怒鳴ったダリアに、セリウスは悪い微笑みを浮かべて見せる。


「ならば彼女の側に居られる条件は一つだ。“鷹目のダレイオス”とやらよ。俺に妻の前世の記憶を余すことなく全て差し出せ」


「な...っ!?」


 目を見開いたダリアに、セリウスは悠然と顎を上げて言い放つ。


「出来ないのならば生まれた南部へ帰るがいい。この領に貴様を置く許可は与えん」


 かつての宿敵とよく似た息子は、支配者たる威厳で空気を重く押し潰す。


「さあ、どうする“鷹の目”」


 蛮族の長を奪った男は、主を奪われた側近を試すかのように鋭く見据えた。


 





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― 新着の感想 ―
筋肉隆々…すぐに出てきた(笑)。相変わらず振り回される当方です(大笑)。 この二人?三人の心境と関係は、奥が深い…。 当方の考えとしては「自分が仕える相手の意思を優先せず、自分の感情や考えを優先する…
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