51.鷹の目
「見とけよセリウス、あたしの弓の腕を!なんたって一族で二番目だったんだからな!」
アリーシカを纏って弓と矢筒を背負ったステラが、並んだ馬上でセリウスを振り向く。
白い装束は花嫁衣装としてあつらえたものだが、それを知らない彼女は「狩りの日の気分が上がる!」と気に入って身につけるようになっていた。
だが正直セリウスとしては嬉しい光景でしかないので、あえて口にすることもない。
「二番目?君にしては控えめな表現だな」
ステラはいつも自分のことを“一番だ”などと自慢げに評するというのに珍しい。
セリウスが目を丸くすると、ステラはふん、と鼻を鳴らして唇を尖らした。
「あたしはくだらん見栄の嘘は付かん。一番はとんでも無かったんだよ。まさに百発百中、一度に三羽の鳥を落とした。腕に秀でたものには“獣の称号”の栄誉が与えられるが、あいつは最年少で“鷹目”の名を受けた程だからな」
誇らしげに語る様は生き生きとして、セリウスは思わず瞳を細める。
屋敷の書物には見られなかった文化の記憶。
願わくば彼女の過去を、その全てを知りたい。
こうしてステラが前世の事を話すのは、彼にとって特別な時間となっていた。
「君にはその称号とやらは無かったのか」
興味のままに尋ねれば、ステラは「聞きたいか」と嬉しそうに笑う。
「あたしは剣速から“山猫”の名を受けたが、称号付きで呼ばれることはほぼ無かった!長だったから“長”としか呼ばれない、名の持ち腐れさ」
あはは、と軽く笑った彼女にセリウスは「なるほどな」と釣られて微笑む。
だが山猫とはよく言ったものだ。
戦闘時のすり抜けるような動きはさながら、日常でこちらのからかいに恥じらって怒る姿も、毛を逆立てて牙を剥く山猫によく似ている。
そんな事を思って笑みを噛み殺しながら、セリウスは珍しく語られるステラの過去に耳を傾ける。
「まったくどこへ行っても“長様”、“族長”だ。戦で名乗り口上をしてようやく自分の名前を思い出すくらいだったよ」
彼女は陽光の中で眩しそうに前を向く。
セリウスは日を受ける横顔をじっと見つめた。
ステラは彼と並んでしばらく馬を走らせると、何かを思い出したようにくすりと笑う。
「ああ、でも一人だけ。それこそ“鷹目”のあいつだけは変な呼び方をしていたな。たしか...「我が君!!我が君ではありませんか!?」
突然遮るように呼び止められて馬を止める。
硬い響きだが、上擦って震えたような女の声。
何事かとそちらを見れば、大きな旅行鞄を抱えた女が猛烈な勢いでこちらに駆け寄ってくるではないか。
「ああ我が君!やはりそのお姿は我が君に違いない!!お会いしとうございました、わたくしです、貴女の右の牙!“鷹目”の...」
きっちりとボタンを締め切った旅行着に、鼻にかけた小さな金の丸眼鏡。そこから覗くオリーブ色の瞳と、肩でぱつんと切り揃えられた赤茶色の髪の女。
ステラにとって見覚えはない。たがその言葉には、はっきりとした覚えがあった。
「ダレイオス!お前、鷹目のダレイオスなのか!?」
見た目も声も、あの大がらな男とは似ても似つかない。
だが、口をついて懐かしい名が飛び出していた。
「ああ、左様にございます我が君!このダレイオス・サリコフスキ、悠久の時を経て貴女様を御支えすべく舞い戻りました!」
女はそう言うなり、ステラの目の前に跪く。
セリウスは目を見開いたまま二人を見比べたが、妻は頬をぱあっと綻ばせる。
「信じられん、お前まさか女になっちまったのか!?」
ばっと馬から飛び降りたステラは、女の肩を引き寄せる。引き寄せられた女は瞳を潤ませて顔を上げると、唇を震わせながら頷いた。
「ええ、今はダリアと。南部にて使用人の子に産まれ落ち、しがないメイドをしておりました。ですが王都の噂を聞きつけ、新聞の姿絵を拝見してまさに我が君であると確信いたしました」
「すぐさま辞職し私財を投げ打って、ようやくここまで辿り着いたのです。ですが、ああ、やはり貴女は全く変わらず、堂々として美しい...!どうか今一度、貴女様のお側にお仕えする許可を賜りたく...っ」
ダリアと名乗った女は、両手でステラの手を取って声を詰まらせる。ステラはそんな彼女の言葉を聞くと「そうか、そうか...!」と何度も頷き、握られた手をがしりと上から握り返した。
「まさかお前にまた会えるなどと、思いもしなかった...!だが遠い南部からよくぞここまで辿り着いた。姿形が違えどもお前はあたしの右腕、共に死を分かった戦友だ!」
「我が君...!!」
「待て、待て待て。待たないか」
すっかり盛り上がる二人に、馬から降りたセリウスが口を挟む。ステラは彼女の手を取ったまま、嬉しそうに彼を振り向いた。
「ああセリウス!こいつはちょうど今しがた話していた“鷹目のダレイオス”だ!まさか女になった右腕とここで会えるとはなあ!」
跳ねた声で返す彼女の側で、ダリアはセリウスをじっと見上げる。そしてその黒髪と金の瞳を鋭い暗緑の瞳で捉えるなり、奥歯をぎり、と噛み締めた。
「セリウス・ヴェルドマン...貴様が我が君を討ちし仇の子か。剣を抜け、今ここで成敗してくれる」
「なんだと貴様」
低く告げられた声にセリウスはぴくりと眉を顰める。
だがダリアは、いやダレイオスは怯む様子一つ見せずに旅行鞄から弓を引き抜き、驚くべき速さで矢をつがえた。同時にセリウスが剣を抜き、二人は殺気を纏って睨み合う。
「いきなり現れ何者かと思えば、妻を唆し矢を向けるとは」
「唆したのは貴様であろう。我が君を甘言で縛ろうとは下劣な男め」
「わあっ、待て待て!やめろお前ら!!」
慌てて間に飛び込んだステラだが、二人は武器を構えて睨み合ったまま。
「止めてくださいますな我が君、今こそこの男の手からお助け致します」
「助けるとは笑わせる。我が妻を奪うつもりなら女相手でも手加減はせん」
「妻などと呼ぶな下郎がァ!!」
「無礼者め、殺してくれる!」
「やめろっつってんだろうがこの阿保共がッ!!!」
二人の胸ぐらを掴んで思い切り引き寄せたステラはガンッ!!!と自らの頭を彼らにぶつける。
「「ッ!?」」
額に強かに彼女の頭突きを喰らった二人は、あまりの激痛に地面へと体制を崩した。
「ッ...なにをする...」
「わ、我が君...!?」
赤くなった額を抑えて見上げる彼らへ、ステラは腰に手を当てて立つ。
「いいか、どちらかを殺そうものならあたしがそいつの首を斬る。そしたら領地は大混乱の末に隣国に攻め落とされ、平原はあっという間に焼け野原だ。どうだ、実に楽しそうな未来じゃないか」
あまりの内容にセリウスとダリアは口をつぐんで息を飲む。だがステラはそんな二人へ畳み掛けるように声に圧を込めて続けた。
「終わりを望むならやるがいい。どちらも故郷を失い、めでたしめでたしで景気がいいなあ!」
殺気を纏って笑った彼女に、二人は顔を青ざめさせた。
というわけで新章の導入でございます。
予告:現れた鷹目のダリア、セリウスはステラの過去に近づけるのか?そしてすっかり忘れそうになっている王都の色々も...。




