27.思わぬ土産
「結局のところ、王権争いの情報以外は手に入らなかったな」
ステラがはあ、とため息をつく。
路地裏から大通りへ姿を現せば、行き交う人々の視線が集まった。
注目の先は午後の陽を受けた鮮やかな赤髪と、艶を纏ってなびく長い黒髪。
ステラはわざとらしく腕を絡めると、淑女の所作でセリウスに微笑みかけた。
セリウスも妻へと柔らかく微笑み返す。
「傘はいいのか」
閉じたままの傘をちらりと見て、セリウスが囁く。
ステラはくすぐったそうに笑うふりをした。
「いい。帰りついでに“めでたし”の後の“変わらぬ愛”の宣伝だ。魔力澱みの解決策を失った鬱憤が、いずれこちらに向かんとも限らないからな」
「なるほど、国民人気の補填というわけか」
人形劇の終わりにも、民衆から魔力澱みへの言及はあった。それが王国の責任として向けられているこの状況をまだ固く維持しておくべきだろう。
あくまで上品さを纏った夫婦の睦まじさは、ロマンスを持て囃す彼らの“理想像”を補強する。
「ねえ、見て...」
「まさかあの二人は...」
「噂通り美しいご夫婦ね...」
人々のざわめきと熱のこもったため息の中、ステラは懐に収めた封筒を恋文のように丁寧に開いた。
中から現れたのは、やはり一枚のカード。
“愛には魔法が必要だ”
美しい字で記された文字はたったのそれだけ。
ステラはすうっと大きく息をすう。
そして愛の言葉でも受け取ったように胸元に抑えつけると、「意味深ね」と笑みを浮かべた。
————
馬車を待たせていた広場へと戻って見ると、なにやら向かいの馬車商が騒ぎ立てている。
「だから辺境には行かねえんだってお嬢ちゃん!そもそもそんなはした金じゃ遠くへは乗せられねえ」
乗り合いの幌馬車の主人がうんざりしたように言い聞かせる。
おそらくもう何度目かの攻防なのだろう。
彼の目の前に立つ少女は、「それでも」と食い下がった。
「お願い、近くまででいいんです!辺境に兄がいるの!せめて隣領まで...そこからは歩きますから!」
薄紫のさらりとした肩までの髪、片側のこめかみから下がる細い三つ編み、整ってはいるが不機嫌な猫のような瞳。年頃はおそらく12、3といったところか。
“この俺にそっくりのツヤツヤの髪、俺とお揃いの大きくてちょっとジト目の瞳”
その姿はまさに、あの日ソファの上で雄叫びを上げたイズラールの言葉通り。
嬉しげに見せつけられた、銀のロケットの少女ではないか。
「だめだだめだ!お嬢ちゃん、他を当たんな!」
幌馬車の主人はぱしん!と手綱を引くと、ガラガラと走り出してしまう。
「あっ...、待って、そんな!」
少女は慌てて追いかけるも、馬車は石畳を遠ざかっていく。立ち尽くした彼女は、手の中の小銭を握りしめて俯いた。
「もしかして、貴女...イリーゼさん?」
歩み寄ったステラが声をかけると、呼びかけられた少女ははっと視線を上げる。
そしてステラとセリウスの姿を確認した途端、「ああっ!?」と大きな声を上げた。
「貴女達が辺境伯夫妻ですね!?うちの兄を大金で釣って辺境へ誘い込むなんていったいどういうつも...!!」
「ラウール!」
セリウスが御者へと指示を飛ばす。
その瞬間にステラがばっと傘を開いて少女を隠し、片手で口をガッと塞いだ。
目配せ合う間もなくセリウスと速やかに彼女を抱えて、キッと寄せられた馬車へと乗り込み、バタンと扉を閉める。そして両側の厚いカーテンをシャッと閉めた。
「あらあらまあまあお嬢ちゃんったらお転婆ね、往来で謂れもない事を叫んではいけないわ」
「衆目の前でこちらを地に落とす気か!?」
二人は上がった息を整えながら、冷や汗と共に揃って人差し指をビッと突きつける。
いきなり馬車に連れ込まれ、みるからに焦り切った大人から詰め寄られた少女は目を丸くした。
「だ、だって兄が、“厳しい辺境にいけば金を稼げると誘われた。お前のためにどんな苦痛も耐えて見せる”って手紙を...」
「誰が誘うものか!あやつは勝手に転がり込んで来ただけだ!」
「そうよ、お兄さんは自分の意思で訪ねてきたの。私達は受け入れただけよ」
セリウスが憤慨し、ステラが焦って少女を宥める。
すると少女はますます目を見開いて「へ...?」と間抜けな声を上げた。
・・・
「つまり兄は、安定した収入を求めて、あなた方ご夫婦の元へ自分で押し売りに行ったんですか...!?」
イリーゼ・エランベルクと名乗った少女は、口元に手を当てて顔を青くする。
セリウスとステラはようやく解けた誤解に、二人して目元に手を当て、同時に長いため息をついた。
「だから言っただろう...」
「本当に危ない事をしたのよ、お嬢ちゃん...」
「す、すみません...」
イリーゼは小さく肩をすぼめて頭を下げる。
ステラは申し訳なさそうな彼女を見つめると、一つ息を吐いて肩をさすった。
「...いいえ、誤解が解けたなら何よりよ。お兄さんをよほど心配していたのね」
彼は元気よ、と笑いかければ、セリウスが「他人の皿から肉を奪う程にはな」と頷いた。
イリーゼはほっとしたように頬を緩める。
ステラも安心した目の前の少女に、柔らかく微笑んだ。
「それじゃ、家まで送りましょう。小さい子が一人旅なんて真似、もう二度としてはダメよ」
ステラがぽんぽん、と肩を優しく叩く。
ようやくこれで一件落着か...とセリウスがカーテンを開こうとすれば、イリーゼはいきなりステラの手を取った。
「いいえ、家はもうありません。辺境伯様、奥方様!どうかわたしを辺境まで連れて行ってください!」
「家がないだと?」
セリウスとステラが視線を交わせば、イリーゼはぎゅっと手を握ったまま強く頷く。
「学園には休学届けを出して寮は引き払いました。もともとわたしは兄に言いたいことがあって辺境へ行こうとしていたんです。どうかこの通り、お願いします!」
ばっと頭を下げる少女は小さな手でステラの手を握り込み、さらりと薄紫の髪を肩から落とした。
「休学ならば戻れるだろう。馬鹿な事を言わずに...」
呆れたセリウスが眉を顰めて腕を組む。
しかしステラは言い切る前にセリウスの脇腹を強かに肘で小突いた。
「ぐっ」と呻いた夫を無視して彼女は微笑む。
「思いつきの話かと思えば、きちんと準備をしてそれだけの覚悟があるのね。いいわよ、一緒に辺境へ帰りましょう」
「待て、何を勝手に...「いいんですか!?」
いつかのようにまた言葉を遮られ、セリウスは不機嫌な顔をした。
良くない流れだ。
この展開は知っている。
このままでは強引に押し切られてしまう!
慌てて「駄目だ」と言いかければ、即座にステラにきゅっと耳を引っぱられる。
「いいじゃない、ね?セリウス」
紅い唇から発される、吐息混じりの甘い声。
「責任ならあとで取るわ」
妖艶な囁きにぞくりと耳を赤らめたが最後、「いや、うむ...」なんて勝手に口が動いてしまった。
くそ、演技だとわかっているのになぜ俺は...!
ステラはそんな彼からパッと指を離すと、にっこりとイリーゼに微笑む。
「半日は掛かる道のりよ。道中の飲み物も欲しいわね」
「でしたらこの先の商店のレモネードがお勧めです!」
気づけばすっかりイリーゼとステラは意気投合し、楽しげに並んで窓の外を眺めているではないか。
せっかく行きの続きを愉しむつもりだったというのに、これでは妻を抱き寄せることすら出来ない。
セリウスはますます面白くないとばかりに眉を寄せると、二人の会話にむう...と口を結ぶのだった。
まさかの妹お持ち帰り。セリウスの頭痛がまた増えました。次回はまた辺境へ!




