25.人形劇
「さあ記憶に新しい悪の聖女による断罪の逆転事件!力を失った姫君はどんな末路を辿るのか!転落劇のはじまりはじまり〜!」
語り始めた男の声はわざとらしく抑揚をつける。
鳴らした弦楽器と共に人形劇の幕が開かれ、器用に操り人形を動かした。
『今世で結ばれることが叶わないなら!きっと来世で君を探そう...!』
『ええ、セリウス!きっと、きっとよ...!』
そっくりの人形で再演される台詞に観客達がうっとりと感嘆の声を上げ、当事者の二人は同時に「ぐっ」と唸る。
「......」
「〜〜〜っ!!」
セリウスは口元を抑えて赤くなり、肉を喉に詰まらせたステラはドンドンと胸を叩いてごくんと飲み込む。
芝居師は高らかに続けた。
「なんとその瞬間、聖女の力は消え失せたのです!」
『嘘、嘘よ!!私は女神に愛されてるの!』
聖女の人形が這いつくばり、大袈裟に泣く動作をした。
観客が「ざまあみろ!」「性悪聖女め!」と声を上げる。
「愛を引き裂く断罪劇で民心を失い、女神様に見放された愚かなお姫様!強欲な姫は信奉厚い聖騎士を一人を残してみな失い、王家は女神の力を取り戻すため聖女を神殿に閉じ込めました!」
姫君の人形は檻に囚われ、民衆達が「いい気味だ!」と喝采した。
「再び女神に愛されるまで、元聖女の修行は続く!祈りは天に届くのか、それとも届かず悲しき人生を終えるのか?その答えは女神のみぞ知る———」
拍手と共に芝居師が幕を下ろす。
ジャン、と弦楽器が終わりを告げて、民衆達はそれぞれに笑い声を上げた。
「きっと女神様も見放したろうね」
「清らかなフリして、俺たちを騙した罰が下ったんだ!」
「あの女、もともと気に入らなかったのよ」
「王家はもう終わりさね。もったいないことして、魔力澱みはどうするってんだい」
セリウスとステラは彼らの会話を聞きながら、互いに視線を合わせた。
「聞いたか?姫君を神殿に幽閉だとよ」
「王家も酷い事をする。そんなもので力が戻るとは思えんが」
「ああ。こちらの起こした騒動とはいえ、あまり気持ちのいい話じゃないな...」
がぶ、と腸詰めをかじってステラが渋い顔をする。
もぐもぐと咀嚼すると「聖女も民衆の娯楽に堕ちたか...」とエールを煽った。
セリウスは人形を片付ける芝居師をじっと見つめると、何かに気づいたように眉を顰めた。
「おかしい。知りすぎている」
呟いた言葉に、ステラがごくんと飲み込む。
セリウスは芝居師から視線を外さずに続けた。
「国が聖女を神殿に幽閉したなどと公にするはずがない。聖女の功績を偽造までしていた王家だ。騒ぎを収めたいなら触れられたくもない話題だろう」
彼は口元に指を当てて真剣な顔をする。
「その上、聖騎士が一人残ったとなぜ知っている。信奉厚い聖騎士とはレオニダスの事だが、聖騎士は解体されたと公表され、奴が残ったと知るのは内部の者だけだ」
ステラはそれらを聞くなり、「へえ」と口の端を上げた。
「つまりあいつは内部に繋がってるってことか。よし!セリウス、接触しよう!」
ぐっとエールを飲み干して、タン!と置いた彼女が立ち上がる。
セリウスは慌てて目を見開いた。
「いや、何を言い出す」
「そこにいるんだから聞いた方が早い。喋らなくても最悪、実力行使という手もある。そうだろ?」
にやりと笑ってぱっぱっとドレスを払ったステラは傘を優雅に開いて振り向く。
セリウスは“実力行使”に渋々立ち上がると、「そういう事なら」と彼女の傘を手に取った。
————
「ご機嫌よう芝居師さん。とても楽しい劇だったわ」
賑やかだった観客が散った広場。
人形を箱に収めてしゃがみ込み、小銭を数えていた男は覆うような影にはっと視線を上げた。
そこに立つのは傘を差した長身の貴婦人と、その腰を支えるさらに見上げるほどの背丈の紳士。
高い日差しを背負った二人の姿は暗く陰って、表情が全く見えない。
「そ、それはどうも...」
な、なんだこの二人は。
ただの貴族とは思えぬ、暴力的なほどの威圧感。
芝居師は小銭を取り落として身をすくめた。
「なかなか良い見せ物だった。妻がいたく気に入ってな。詳しく話を聞かせてやってはくれないか」
頭上から低く響く声は、獲物を追い詰めるように圧を纏う。
「場所を変えよう」
妖しく微笑む二人の貴人は、震える彼を頷かせた。
・・・
薄暗い路地裏の袋小路に腕を引かれた芝居師は、いきなり突き飛ばすように壁を背にして立たされた。
「な、なんです...?わたくし、何かお二方のご機嫌でも損ねましたか」
よろめいた身体を壁で支える。
声を上擦らせて両手を握り合わせる彼は、淡い栗毛に鳶色の目を泳がせた。
肩にかけた楽器の弦が袖に擦れて間の抜けた音を立てる。
なんなんだこいつらは。
まさか王家の手の者、いや貴族を装った賊か!?
芝居師はこめかみにじっとりと汗をかく。
しかし目の前の二人はくすりと笑った。
「いいや、むしろ我々は機嫌がいい」
紳士が小さく纏めていた髪をするりと解く。
「お前のおかげで、王都の内情を手っ取り早く知ることができるんだからな」
貴婦人が静かに傘を閉じる。
現れたのは、腰まで流れる黒髪の騎士と燃えるような赤髪の淑女。
ぎらりと光る金の瞳と余裕を纏ったエメラルドの瞳が、捕食者のように彼を見下ろした。
「ま、まさかあなた方は...」
慌てて後ずさった芝居師に二人は微笑む。
「お察しの通り。人形劇の当事者だ」




