父
「……私は……北神には、極悪人であってほしかった。人の命をなんとも思わない、外道であってほしかった。そんな人間ならば、私の復讐は間違いなく正しいはずだし、極悪人に殺されてしまった息子は、ただの可哀想な被害者だったと心から信じることができた……」
伊東さんは項垂れたまま、正座した足の上で手のひらを固く握りしめている。
「私は分からないんです。私が悲しんでいるのが、本物の息子の死だったのかどうか。もしかしたら私は、実験によって良い子になった優の死だったから悲しんだのではないか。実験を受ける前の、私のことを嫌い荒んだ危険な暮らしを送っていた優が、危ないことに巻き込まれて死んだのだとしたら、仕方がないことだと諦めていたのではないか。もしそうなら、私に実験を非難する資格はない……復讐する資格は、ないんです」
僕は何も言えず、ただ黙って伊東さんを見つめていた。
「だから、北神には極悪人であってほしかった。極悪人によって行われた極悪非道な実験で、息子は命を落とした。そんな極悪人には、父である私が復讐しなければならない。それだけを考えたかった。余計なことは考えたくなかった……」
伊東さんの声は震えていた。泣いているのだと、僕は少し時間が経ってから気づいた。
ぼんやりしていたわけではない。伊東さんの姿が、父と重なって感じられたせいだ。そのため、どこか夢見心地な、現実感のない気持ちになっていた。
父も僕たちのことをそういうふうに思っていたのではないだろうか。父は、僕が持つ遺伝子を恐れていた。その遺伝子を取り除いた良い子であったノリのほうを、ノリのほうだけを、愛していたのは仕方がないことなのではないか。
違う。伊東さんは父ではない。人の父親ではあるが、僕の父親ではないのだ。まったく同じとは限らない。混同するな。自ら悪いほうに考えてどうする。
言い聞かせても、どうにも動悸が収まらなかった。呼吸が浅くなる。胸を押さえて、どうにか息を整えようとする。
伊東さんがそんな僕の様子に気づき、慌てたように自分の目元の涙を袖で拭ってから立ち上がり、僕の背中をさすってくれた。
「すみません。……城戸さんも、被験者なのに。無責任なことを言ってしまいました」
「いえ。僕が勝手に、伊東さんと父を重ねただけですから……」
「お父さんと……ですか」
伊東さんが、呟くように言う。
「……あなたのお父さんが考えていたこと、私には、なんとなく分かるような気がします。私はただの一般人で、なんの技術も知識もなく、ただ闇雲に働くことしかできませんでしたが……もしあなたのお父さんのような技術があったとしたら、私も」
僕のすぐ後ろにいる伊東さんの、緊張したような息遣いが聞こえる。
「同じことをしたかもしれません」




