像
頭を抱えていると、インターホンが鳴った。一瞬どきりとしたが、インターホンのカメラを見て安心する。伊東さんだ。手に菓子折りらしき紙袋を提げている。
ドアを開けると、「どうも」と伊東さんが軽く会釈した。それから、手に持った紙袋を僕に渡そうとする。
「いえ、そんな、悪いですよ。来ていただいているのはこちらなのに」
「なに、大した道程じゃありません。それにこれは、この間のお茶のお礼です」
「あんなに冷めたお茶だったのに……不味かったでしょう」
「味はともかくとして、意味のあるお茶だったと思いますから」
伊東さんはそう言って微笑んだ。確かにあのお茶は、僕たちが『同盟』になるために酌み交わしたものだといえるかもしれない。
「分かりました。それなら、いただきます。あとで二人で食べましょう。今度はぬるくないお茶を飲みながら」
僕は伊東さんから菓子折りを受け取ると、彼を家の中に招じ入れた。菓子折りでやや和やかな雰囲気になったとはいえ、僕たちの足取りは重かった。当然だ。僕たちは『仲間』ではない、密約を交わした『同盟』なのだ。同じ志があるうちしか、ともにはいられない。仄暗い秘密を共有しているうちしか。
ドアを閉め、念の為チェーンを掛けると、僕たちは一昨日と同じ位置に、同じように座った。
「それで、北神とは話をしたのですか?」
伊東さんは早速、本題に切り込んでくる。
僕は頷いた。
「はい。……キタガミさんは、息子さんのことを覚えていましたよ」
伊東さんの喉が上下した。じっと僕の顔を見ている。
「……北神は、なんと?」
「……忘れるわけがない、と。マサルは、自分が殺してしまった人間だから……と」
伊東さんがぎりりと歯軋りをした。それから瞑目し、何やら考え込んでいる様子になる。やがてゆっくりと目を開け、呻くように「綺麗事だ」と言った。
「……綺麗事だ。何を今更。本当は優のことなんて、今の今まで忘れていたくせに。ねえ、そうでしょう。北神はあなたから話を聞いて、やっと優のことを思い出したんでしょう?」
怒りというより、動揺だと思った。そうであってほしいと、息子のことなど忘れていてほしいと、伊東さんは思っている。なぜなら、自分が犠牲にした人間をも忘れているような極悪人である北神悠次こそが、伊東さんが見ているキタガミさんの像なのだから。
それでも僕は、聞いたとおりのことを伝えなければならない。
「……いえ。キタガミさんは確かに、優さんのことを覚えていたし、罪の意識もあったように思います。確かに僕はキタガミさんに恩がありますが、わざと良いように話しているということはありません。それに僕はもう、キタガミさんと縁を切ってしまいました。証拠はありませんから、信じてもらうほかありませんが……」
「………そう……ですか」
沈黙のあと、伊東さんは消え入りそうな声でそう言った。それからしばらく、僕たちはそのまま黙っていた。俯いている伊東さんと、目は合わない。




