第7話 温かくて、美味しい食事(2)
食堂は、大食堂の奥にもうひとつ、小ぶりな食堂があってそこに通された。
大食堂もシンプルながら機能美的な優雅さがあったけれど、奥の食堂は荘厳な装飾が施されていた。
迎賓用か、もしくは魔王専用なのかもしれない。
なぜなら、長テーブルの上座で魔王がひとり、すでに食事を終わらせた所だったから。
「おう、少しは血色が良くなったな。パピーナは役に立つだろう?」
そこに座れと、彼の斜め隣に席を指定された。
「あ、は、はい。お陰でこうして、一人で歩けるまで回復しました」
彼の威圧感はそのままだけど、その声はどこか、気さくな感じのように聞こえた。
言われた席に座ると、魔王は同じくお風呂にでも入ったのか、ほのかに石鹸の香りがする。
「パピーナもそこに座れ。今日はもう、仕事を忘れて一緒に食べるといい」
二人分のカトラリーが並んでいるのにパピーナが座らなかったのは、侍女として控えるつもりだったからか。
「よろしいのですか? わぁい、嬉しいです!」
素直に喜んで、素直な感情を出せる姿を見て、微笑ましく思った。
どう見ても私よりも年下だし、そんな風に無邪気であってほしいなという、理想の子みたいに感じていたから。
「しばらくは、夕食は一緒に食事しろ。そうだな……サーリャがもう少し健康的になるまでだ」
「えっ? 私、別に普通で――」
と、言いかけて止めた。
普通だったのは、二年前までだ。
王宮に連れ去られてからは、ほぼ毎食どれかが腐りかけていて、いつもお腹を下していたから。
絶妙に分からない程度に傷んでいるものが混じっていて、臭いでも判別出来ない事がある。
味の濃いものに混ぜてあったり、逆に、あえて据えた匂いの水であったり、それはもう色々と、あの手この手で。
「ずっと……毒か、そのようなものを混ぜられていたのだろう。臓腑が傷んでいる。ここでは何も気にせず、欲しいものを欲しいだけ食べるといい。お前を傷付ける者は、この城にはおらん」
魔王の顔は、相変わらず真顔のような変化のない表情だったけれど、とても優しい声をしていた。
私に興味なんて無さそうな顔なのに、連れ去ってきて、そしてこうして、なぜか私の心に突き刺さる事を言ってくれた。
「ありがとう……ございます。ほんとに……食べても大丈夫、なんですよね?」
たった二年……味方の居ない所に居ただけなのに。
だけど私はもう、本当に限界だったのかもしれない。
あの時殺されそうになった時、国王を憎んだだけだっただろうか?
――違う。
やっと死ねるんだと、この無限に続く苦しみから、解放されるんだと思ってしまった。
真綿で絞め殺されるというのは、体も心もボロボロにされていく事なんだと、妙な実感と悟ったような事を、ずっとぐるぐると考えていた絶望を、終わりに出来るんだと。
「うっ……。うぅぅ……」
嗚咽――?
突然のこと過ぎて、不意に溢れそうになった涙をこらえようとしたら、みっともなく泣き声が漏れてしまった。
そしたらもう、止まらなくなってしまった。
「う……うあぁぁぁ。わぁぁぁぁぁ!」
子供みたいに、わんわんと大泣きをしてしまった。
パピーナが慌ててハンカチを当ててくれたり、さすがの魔王も気まずそうにそわそわとしたり、給仕の人も何事かと様子を見に来たり……。
そのくらい、泣きわめいてしまった。
しばらくしていい加減、自分でも訳が分からず泣いているような気がして、ふと声は止まったけれど。
余韻は残っていて、ひっくひっくと、喉と胸が引き攣っている。
「……辛かったろう。お前がどういう立場なのかは知らんが、あの場でおおよそは察したぞ。実の娘であろうに、なんと手酷い事を平然とするか……後日、あの国を滅ぼしておいてやろう。なに、総攻撃をかければ数日で落とせる」
「えっ? …………ふっ、ふふふ。アハハハハ」
突拍子の無い事を言うものだから、笑ってしまった。
そんな事はきっと冗談だろうし、私を慰めようとして言ってくれただけだろう。
でも、その子供をあやすみたいな例え話がおかしくって、今度は笑ってしまった。
「お、おい。気が触れたわけじゃないだろうな」
魔王の真顔が初めてくずれて、慌てたそのままの表情をしている。
それがまたツボってしまって、笑いが止まらない。
「ふふふふふふ、アハハ、も、もう、しんぱい、しないでぇ、アハハハハハ」
「サーリャ様、お、落ち着いてください。し、深呼吸を。深呼吸をしてください」
「む、むりよぅ、っふふふふふ」
自分でも、もう何がこんなに可笑しいのか、とにかくまだしばらくは、絶対に止められない。
「サーリャ様……!」
そう思っていたけれど――パピーナに横から抱きしめられて、それでも笑っていたのだけど――本当に気持ちが、静かになっていった。
心よりも体がゆっくりと落ち着いてくれて、それに心が追い付いていって……。
「あ、あれ。とまったわ。ふぅ…………ありがとう、パピーナ」
でも……。
涙ですっかり、真っ白になってしまった。
頭の中も真っ白。
心も真っ白。
「ほんとに、大丈夫ですか? 先にお休みになられますか?」
もう、どうなってもいいやと、自暴自棄を通り過ぎて、本当にどうでもいい。
冷静ではあるけれど、もう、この身に何が起きても……という気持ちだ。
――なんだか、清々《せいせい》した。
「ううん。ずっと、お腹は減ってたの。ねぇ魔王……様。お食事、ほんとに大丈夫なんですよね?」
大泣きして大笑いして、もう恥も外聞もない。
聞きたい事を聞いて、言いたい事を言って、それで気に入らないと言われて殺されるなら、それでいい。
おかあさんみたいに、飄々《ひょうひょう》と生きてやるんだ。
「同じものを出すから、不安ならパピーナが口にしたものと交換しながら食べてもかまわん。俺が安全を保障する。良いなパピーナ、お前は今から毒見役だ」
「えっ? あっ、はい! お任せください!」




