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河童様  作者: なぁ恋
産み女神
63/70

 

桃の花の甘い香りが鼻をつく。

岩戸の外は、辺り一面桃の樹に囲まれた桃源郷。


黄泉の国では憎らしいだけだった桃も、こちら側では徒人への加護が強い守護樹。


それらは産まれ来るこの子を歓迎して居る様に花を咲かせ、その香りを持って何をも寄せ付けない様にして居た。


桃は花弁を散らし、それは実を成す。


桃が実を成したと同時に産気が強くなり、


「ホギャアァ―――……」


産声を上げて新たなヒルコが誕生した。


汗ばむ体を起こし、産まれ来た愛し子を抱き上げる。


緑の肌は自然の色と同じ。

頭に掲げた命の水。


開いた瞳は黒く、中に星々の光りが煌めいていた。


真水の匂いは他者に元気を与え、その身を巡る血潮は誰をも癒す万能薬と成ろう。


水底に眠って居たヒルコが水に近い存在の菊理媛の体から産まれた。


この子には水が必要。

水に生きる運命(さだめ)


水は生きとし生けるもの全てのものに必要なもの。


ヒルコを抱き締め桃の樹の林を進む。

ここは比良坂(ひらさか)黄泉と現世を繋ぐ道。


そこを抜けると、イザナギと共に作った大地が広がっていた。

 

 

大地は果てしなく広大で、久しく肌に触れた風の心地好さと、その風に乗ってそこここに感じられるのはイザナギの気配。


これは、徒人に転じたイザナギの子々孫々の者達の気配。


こんなにも沢山のイザナギの、愛しい人の……。


涙が零れた。

会いたかったアナタ。


こんなにも、空気にも溶け込む程に愛しいアナタはこの私達で造った世界を愛してたのね。


坂下に見える三途の川。

そこに足を進める。

ヒルコには水が必要。

そして、菊理媛の限界を超えた力で出産をした事で、この躰はもう保たない。


しっかりとヒルコを抱き締める。


先に進むのは、生きる為。

先に進むのは、愛する人を護る為。



ヒルコの頬を撫でる。

三途の川に着くと、足を水に浸し入水。


柔らかい水が歓迎して居る様に躰にまとわり付く。

躰が喜ぶ。腕の中のヒルコが微笑んだ。


そして、揺らぐ水面に溶け逝く躰。

水の流れの先に、またイザナギの気配を感じた。

あの人の血潮で出来た命の泉。

その場所に辿り着ける。

そう解ったら安心し、深い眠りに堕ちて行く。


しっかりと菊理媛の魂を抱いたまま。


耳に残るはヒルコの笑い声。


ヒルコに徒人の運命を託し、私は輪廻の道を辿る。


菊理媛との約束も胸に抱いて……。



何かが起こる、そんな予感が確かにあったから。

 

 

*********



神隠れした神達は、すべてをそこに住む者達に押しつけて、ただの傍観者に成り果てた。


だが、それが神と言うものなのだろう。


残された徒人(人間)と妖人(妖怪)のこれからの行方を気にしながらも、“神憑り(かみがかり)” ―――神霊が人の体にのりうつること―――を受けた菊理媛とその神イザナミは共に輪廻の輪に飛び込んで行った。



限りなく巡る永い道のりの旅。



二人の消えた三途の川はいつもと変わりなく穏やかに、流れ行く。


そこへ男が現れた。


桃源郷に居ない菊理媛を心配し、急いで菊理媛の気配を辿って駆け付けて来たのだ。


「菊理媛!」


悲痛な叫び声。

黒い長髪が風になびいて、その顔を隠す。


その男の名は泉守道者(よもつちもりびと)。菊理媛と共に岩戸を黄泉比良坂を護って居た男である。


彼は菊理媛を置いて、いつもの様に徒人の冥土への道逝きを助けに行っていた。

桃の香りが染み付いた躰はそれだけでも妖人除けになった。


危険を伴う事故(ことゆえ)に、“護り人”の仕事は菊理媛に任せて居た。


護りたい人であった。

これからも共に居たい相手であった。


心の中に住まう女性であった。

 

 

 

それに気付いた時には、近くに居すぎて告白すら出来なくなっていた。


“護り人”で在る自分の立場を優先し、隠し通して来た。


それが突然居なくなる。

存在が無くなった。


砂地に膝を付き、頭を抱え涙を零す。

三途の川に微かに残る菊理媛の匂いは、自分と同じ桃の香り。


「アァアアア―――……」

雄叫びを上げる。

二人の時間を、幸せに満ちたあの時は、もう二度と帰っては来ない。


「―――優月!」


月を見ては優しい声で歌を歌う。そんな彼女の愛称を“優月”

菊理媛もまた、彼を愛称で呼んで居た。

穏やかで快活な彼を“朗”と。


二人だけの、秘め事。



「何故?!」


菊理媛の気配と共に感じたのは、イザナミ。

そして、川面に浮かぶ“緑の者”がイザナミと菊理媛の強い匂いをまとって居た。


「お前は何だ!?」


気付けば腹まで水に浸かり、緑の者の近くまで来ていた。

 


 

緑の者は、煌めく黒い瞳を細めてそこに居た。


「お前は何だ! 何故、何故、ゆ……菊理媛の匂いとイザナミ様の気配をまとって居るのだ??」


『私は“ヒルコ”』


突如頭の中に聞こえた声に泉守道者は目を見開く。


ヒルコと言えば、三途の川に沈められたイザナギとイザナミの最初の子ども。


「どう言う……事だ?」


『母様が、生み直してくれた。菊理媛の躰を使って』

衝撃を受けて、体が固まる。


「……菊理媛は?」

訊くのが精一杯で、

『力果て、消えた』


ヒルコの答えに怒りが沸き起こる。


「神の勝手で彼女は死んだと言うのか?」


『理由ならば、ある。

私は死を留める事が出来る存在』


泉守道者の怒りが留まる事はなかったが、理由を聞いて少し解った気がした。


それは徒人達の為。

菊理媛はイザナミに、多くの徒人がイザナギで在る事実を告げたのだろう。


そして現在の状況を残らず話したに違いない。



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