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*優月side*
おばあちゃんが好き。
母さん父さんが好き。
姉ちゃんが好き。
クロスが好き。
河童様が好き。
朗が?
夢見が悪くて、起きた後の体のダルさに溜め息を吐く。
「大丈夫ニャのか?」
クロスが心配げに身体をすり寄せて来た。
「あぁ、うん。大丈夫さ」
“好き
愛してる”
いきなり朗の声が聞こえた気がした。
ひょんな時に思い出しそうだと困った。
「河童。うるさいニャ。まあだ言ってるニャあ!」
クロスの言った事にぎょっとする。
「空耳じゃないの?!」
はい。
僕の背中に張り付いてる冷たい身体が、朗だと気付くのにそう時間はかからなかった。
「はあぁ~……」溜め息が出た。
「溜め息の数程幸せが逃げると言うぞ。その溜め息を塞いで留めてやろう」
朗の冷たい指先が、僕の喉を下から上へツツツーと撫で上げる。
「うわっ」て、反射的に声が出て、顔が自然と上向く形になった。
で、目に飛び込んで来たのは、朗のどあっぷ。
「ニャあっ!」
目の前を飛んで朗の顔に張り付いたクロスの二股尻尾が見えた。
頼もしい。
頼もしいったら(泣)
脱力しながら母屋に入ると、良い匂いがした。
「あら、おはよう。優月」
珈琲片手に微笑んだ母さんは、いつもと変わらない母さんだった。
「おはよ。珈琲僕のもある?」
「もちろん。朝食も食べる?」
頷くと、
「朗くんも……離れに持って行く?」
慌てて首を横に振ると、
「何かされたの?」
「何って。何さ?!」
「あんたはすぐに顔に出るからね」
「何の事だか。
それより、父さんは?」
話をはぐらかして話題を変える。と言うか変えて?
必死に目で訴えると、鼻息を吐いた母さんが、父さんは仕事に行ったと言う。
「運転して?」
「そうよ。いつもと一緒よ」
台所の椅子に腰掛けると同時に目の前に珈琲が出された。
「大丈夫よ」
にっこりと満面の笑みの母さん。
その顔を見ると安心出来た。
「そうだね。姉ちゃん達は?」
「さあ、まだ起きて来ないわよ」
ふ~ん。と、珈琲に砂糖とミルクを入れる。
「どうするのかな?」
「本人次第ね」
口に含んだ珈琲が喉を通る。
母さんは包容力ありすぎ。放任主義と言うか。何と言うか……。
「成る様にしかならないのよ」
コンロに火を点けながら母さんが呟いた。
その背中に見えるのは、いつもの穏やかさ。
「違うわね。成る様に成る。だわ」
「そう?」
「そうよ。優月も“河童”に成る運命だった」
ふふふ。と振り向いた母さんが、
「河童の池の前で歌う優良の傍に、あんたは必ず居たのよ。
“河童の能力を学習させる隠し言葉”の詰まった唄を、あんたは聞いて育ったの」
カップを落としそうになる。
「優星も同じ。龍羽神社のお祭りが大好きで、そして、優良の命が消えそうになった時、二人共“その場所”に居た」
それはまるで“運命”の様に。
*優星side*
私は響夜くんが好き。
だから貴方の好きにしてって言っただけなのに。
何でこんな事になっちゃったのかしら?
冷たい水で顔を洗い、鏡に映る自分を見つめる。
「うん。今日も可愛い」
暗示をかける。
自分自身に。
“言葉”にしたら“本当”になる。
そう教えてくれたのはおばあちゃん。
『固く固く信じれば、本当になるんだよ』
長い髪を二つに分けて、いつもの様にツインテール。
上手く結べたか鏡で確認する。
ふと、前髪の間から光る額の鱗が目についた。
龍の印。
龍の宝珠に成る乙女の印。
「“りゅうのほうじゅ”は、言いにくいわよね。龍の珠、龍珠……そうだ! “ルージュ”って呼びましょうよ」
昨晩、そう提案してから数分後、響夜くんは―――……
泣いてしまった。
「私は“絶対”大丈夫!」
ちゃんとそう説得しなきゃね!
響夜くんは何の前触れもなく泣き始めた。
それに一番驚いたのは、彼自身で、顔を隠す様にして部屋を飛び出した。
一人残された部屋で考える。
私はただ、ルージュに成っても良い。
そうしたらお母さんを助けられるでしょう?
そう言って笑っただけ。
話らしい話をしないまま響夜くんは居なくなった。
優月の部屋の扉を見つめる。
響夜くんはまだそこに居るとすぐに判った。
取り敢えずは本人が出て来るまではそっとしておこう。
私はいつもの様に階段を下りる。
そして、美味しそうな匂いに喉を鳴らす。
「おっはよー母さん。ゆぅづ!」
「おはよ」
ゆづが食パンを噛りつつ挨拶を返す。
「おはよう、優星。あんたも食べる?」
「食べるよ! 目玉焼きは二個にしてね」
いつもと変わらない風景。でも、やっぱり違うかな?
「響夜くんは?」
「まだ部屋に居るよ。寝てるのかな?」
母さんが知った顔して私に言った。
「また、ワガママを通そうとしたのね」
「え? 違うよ。響夜くんが必要なら私は構わないって言っただけ」
「あんたは……響夜くんの話を聞いてあげた?」
「……いいえ。だって好きな人の役に立てるんだから私に文句はないのよ」
母さんが真面目な顔をして私を見る。
「あんたを失うかもしれない。それは恐怖よ?
彼の母親の事を忘れた訳じゃないでしょう?」
あ。
考えてなかった。
それじゃ、やっぱり泣かせたのは私?




