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*優月side*
「ゲホッ……ケホッ!」
喉の奥から出た水を吐き出す。喉が痛い。
息苦しさに涙が零れる。
一瞬何が起こったのか判らず、呼吸が整って、落ち着いた所で周りを見渡した。
何故か、左目の視界がぼやけて見えにくい。
一度瞬きし、目を擦って暗闇を見る。
月の光だけが周りを照らしていた。
僕は、何してたんだっけ?
ゆっくりと思い出す。
風が体を撫でて、寒さに震える。
濡れた服が気持ち悪い。濡れてる?
あ! 僕、池に落ちて……苦しくて。
怖かった。
怖かった!
寒さと恐怖とで体が小刻みに震え出す。
「落ち着け」
声がした。
低くて柔らかい男の人の声。
たった一言言われただけなのに、その言葉通り僕は落ち着いて。
誰?
声のした方を見ると、背の高い人影が見えた。
月光がその人を照らし出す。
長い髪が緑色に縁取られ輝いて、細められたつり目は深い闇の色。その中に藍色の星屑が煌めいていた。
何て綺麗な人だろう。
見惚れていた。
「……河童……様?」
不意に思い出し、そう呼び掛けた。
「お前の名は?」
河童様が訊いて来たから素直に答える。
「優しい月って書いて 優月」
河童様が優しく笑った。
「私の名は 朗 覚えていなさい」
「河童様?」
彼は頷いた。
河童様。
あ!
おばあちゃん!!
「河童様! お願いします! おばあちゃんを助けて下さい!」
僕は体を正して土下座した。
額にひんやりとした岩の感触を感じて、自分が居る場所が判った。
祠の横にある河童様の“お供え岩”
何のお供え物も用意してなかった事に気付いて焦った。
「今! 今はお供え物用意してなかったけど……欲しい物は何でも差し上げますから!
ばあちゃんが倒れて。だから。薬を下さい!」
何故か怖くて、寒さも手伝って体がまた震え出した。
河童様。
おばあちゃんから聞いてたお話では、優しくて気さくな陽気な妖怪。
でも、“妖怪”
幽霊だって見た事ないけど怖いのに。
目の前に居るのは“妖怪”
「何もしない。何も要らぬ。だが、優月の祖母は助けられない」
河童様の言葉に驚いて頭を上げる。
「何でっ?!」
河童様をしっかりと見た。
困った様な顔をして、
「万能薬は、死者には効かぬのだ」
そう言った河童様の言葉に驚いた。
「おばあちゃんは……死んでなんか。ないよ!」
叫んでいた。
同時に背中から暖かい風が吹いて来て……まるで、おばあちゃんが抱き締めてくれたみたいな、そんな温かさが僕を包んだ。
「おばあちゃん……!」
涙が零れた。
止まらない涙。
泣き叫ぶ。
だって、河童様の言う通り、おばあちゃんが死んだって解ったから。
悔しくて。
やるせなくて、声が嗄れるまで泣いた。
胸が潰れるんじゃないかって思うくらい痛くなって、そしたら、冷たい何かが僕の頬に触れた。
「もう泣くな」
柔らかくて、でも男らしい低い声が耳元で聞こえて来て、何故か安心した。
「だ……って。お……ばぁちゃ……ひっく」
冷たい河童様の体に包まれて、冷たいのに、温かくて。
「優月は、生きて居る。それが私には大事だ」
河童様の言っている意味が判らなくて、でも、悲しみや、他の色んな感情がぐちゃぐちゃと心を一杯にして、疲れ果て、いつの間にか眠ってしまった。
『眠れ……愛し子よ』
低く優しい声が僕の心まで包み込んで、温かくて優しい眠りに誘う。
河童様。
優しく気さくで陽気な妖怪。
想像では、緑色の肌に頭にはお皿。背中には甲羅。
細長い手足に水掻き。
口は嘴だと思っていた。
こんなに綺麗な生き物だとは知らなかった。
“朗”と名乗った河童。
それは夢だったかもしれない。
けれども、
夢じゃなかったのはおばあちゃんの死。
お供え岩の上で眠って居た僕を、姉ちゃんが見つけたのは朝方。
そして少しして家に帰って来た両親に、おばあちゃんが死んだと聞かされた。
嘘だと思いたかった。
でも、お姉ちゃんが泣き始めて、
僕も涙が零れて、止まらなくて。
二人して泣いた。
泣いたからと言ってどうにもならないのは判ってたし、目の前に遺体があった訳じゃないからどこか現実味はなかった。
けど、死んだ事実は嘘じゃない。
僕はそれを誰よりも知っている。そう解っていたから。




