14.地味令嬢、気が付く
夏休みが終わってしまった。
「あぁ、行きたくない」
私の頭には、夏休み前のパーティでの出来事が浮かんでいる。
婚約破棄騒ぎに首を突っ込み、前王に声をかけられ、目立ってしまった。
クラスでどんなことを言われるか‥‥‥。
私は憂鬱な気持ちで、教室へと入った。
クラスに入ると、案の定、私の顔を見てひそひそ話が始まった。
私は前方の席に座るエドワード王子のほうを見た。
手紙と花をいただいたお礼状は送った。だけど、実際に会ってはおらず話もしてもいない。
ディライト家の魅了魔法のことを調べて弁護してくれたお礼を言いたい。
『ラクザの守護神』のことを話したい。
私の気持ちと視線には気が付かず、王子は取り巻き達と話をしている。
‥‥‥そもそも、私は王子に教室で話しかけられたことは無かったわねと思い、私は王子から目を逸らした。
取り巻きの中で最も王子に近い場所に座り、微笑みながら王子に話しかけているのは、エリザ・デューサ公爵令嬢だ。
彼女は、王子の婚約者候補の1人だそうだ。華奢で美しい令嬢のほうが、私なんかより話していても楽しいのだろう、そう思い、私はうつむいた。
「あの‥‥‥、ルーラ様、この本に登場するルイーザ・ディライト様は、ルーラ様のご先祖ですわよね?」
うつむいたままの私は、同じクラスの令嬢に話しかけられ、驚いた。
「ええ、ルイーザ・ディライトは、私の先祖ですけど‥‥‥。なにか?」
この令嬢は確か、アンナ・トーラス男爵令嬢といったはずだ。
アンナ嬢は、手に1冊の本を持っている。
「ランドール王国におります親族が、あちらで最近出版された本を送ってくれたのです。『戦争を止めた愛』という本なのですが、ご存じですか?」
「えぇ‥‥‥。もうすぐ、この国でも発売されると聞きました」
「やはりご存じでしたか。歴史的に有名な話ですが、本にはユーヤ王子の日記も載っていて‥‥‥、まさに愛が止めた戦争。本当に素敵なお話でした。」
アンナ嬢は、うっとりとした顔で話す。
今まで話をしたことも無いアンナ嬢が、何故、私に話しかけてそんな顔をするのか‥‥‥。
「そうですね‥‥‥」
「それで‥‥‥ルーラ様、お願いです。この本にサインをしてください」
アンナ嬢は、手に持っていた『戦争を止めた愛』を私に差し出した。
「えっ‥‥‥? あの、どうして‥‥‥?」
アンナ嬢は、うっとりとしたまま言った。
「夏休み前のパーティで、エヴァン様とアンジェラ様の痴話げんかを知性でお収めになり、前王からお言葉をいただいたとか‥‥‥。しかも、エキゾチックで美しいお姿で。まるで東方の女神のようだったと聞きました。私、憧れのルーラ様のサインをご先祖であるルイーザ様とユーヤ王子の愛の物語にいただきたいのです」
「えっ‥‥‥?」
話が思っていた方向とは、随分と違う方向へ行っている。
私はどうしたら良いか分からず、アンナ嬢に差し出された本を手に取った。
そうこうしている内に、私とアンナ嬢を遠巻きに見ていた令嬢達が集まってきた。
「ずるいですわ。私もルーラ様のサインが欲しいですわ」
「ルーラ様、素敵でしたわ」
「前から、とても知性的な方だと思っていましたわ」
次々に声を掛けられ、私は目を白黒とさせた。
朝の朝礼中、延々と話す教師の声を聞きながら、私はアンナ嬢に渡された『愛が止めた戦争』を眺めながら考えていた。
昨日のお父様の話を聞いて、私はルイーザが魅了魔法を使っていなかったということにほっとしていた。
魔法で作られた愛。
私もお父様に命じられ、王子に同じことをしようとした。
ほっとした理由はなんなのだろう…‥‥。
私は、エドワード王子の後姿を見つめながら考えていた。
振り返って私のほうを見てくれないか、そんなことを考えている自分に気が付き、わかった。
私は、魅了魔法を使うことができなくても、王子ともっと話したい、自分を見て微笑んで欲しいと願っていたのだ。
だから、ルイーザが魅了魔法を使わなかったことにほっとしたのだ。
魅了魔法が無くとも、エドワード王子は私にずっと微笑んでくれるのかもしれない‥‥‥。そう思い、ほっとしたのだ。
でも、どうして魔法を使わなくても、お父様の命令でなくても、王子にそうして欲しいと自分が願うのか。私にはその感情の正体が、わからなかった。
「ルーラ様、私の悩みを聞いてください」
「私のも聞いてください」
学校が始まって2日目。
昨日は、午前の朝礼だけで学校が終わった。
今日から通常の授業なのだが‥‥‥。
休み時間に、クラスの令嬢達が私の机にやって来ては、口々に言う。
「あの‥‥‥。皆さん、一体?」
私がそう言うと、令嬢達が口々に答えた。
「パーティの際、ルーラ様がソーサ公爵令息とロドリス侯爵令嬢の喧嘩をすばらしい言葉で収めたことが評判になっています」
「はい、それで、ルーラ様はその聡明さでどんな問題も悩みも解決する方だと皆、言っておりますわ」
「はあ‥‥‥」
少し前まで、痩せすぎだの地味だの言ってけなしていたのに、噂でこうも変わるものだとは‥‥‥。やはり、言葉というものは恐ろしい。
私は、呆れながらも、横に立っていた1人の令嬢に言葉を返した。
「‥‥‥で、お悩みというのは何でしょう?」
「はい。もうすぐ、お茶会があるでしょう。お茶会に参加できるかできないか‥‥‥。ドキドキして眠れないのです。眠れないので、時間を潰すために紅茶を飲んでいるのですが‥‥‥」
‥‥‥すっかり忘れていた。もうすぐ王妃主催のお茶会が開かれる。
王妃主催のお茶会は、毎年10月に開かれる。
有力貴族はじめ国に功績のある者、その年に話題となった役者や作家なども招待される盛大なお茶会だ。
今年は、そろそろ婚約者を決める年頃となった王子の為に婚約者候補の令嬢達も招待されるともっぱらの噂だ。
確かお母様は、王室の慣例として王妃や国の重鎮達が、婚約者候補のお茶会での礼儀作法や、立ちまわり方を見て、将来の王妃、つまり王子の婚約者に相応しいかを審査するのだと言っていた。
恋愛結婚が許されるお国柄とはいえ、王子の婚約者は、王子1人だけの気持ちで決められるわけではない。
王と王妃、国の重鎮達そして王子自身の推薦する令嬢が婚約者候補となるらしい。
エリザ嬢はすでにその推薦を受けており、かなり前から候補となっていたそうだ。
そんなわけで、有力貴族の令嬢や成績優秀な令嬢は、自分達もその推薦を受け、今年のお茶会に招待されるのではと期待しているようだ。
私はそんな華やかな催しに参加して、煌びやかな令嬢達と並んで比べられるのは嫌だ。
そもそも、没落も近いことだし、私がお茶会に呼ばれることは無いだろう。
私には関係ないことだと思っていたから、そんなお茶会のことはすっかりと忘れていた。
「あら皆さん、眠れないのなら、よいお薬がございますわ」
先ほどまで、王子の傍に座っていたエリザ・デューサ公爵令嬢が、立ち上がってこちらに歩いてくる。そして、突然、話に割り込んできた。
「エリザ様‥‥‥」
エリザ嬢の声を聞いた令嬢達は、どこか緊張しているように見えた。
エリザ嬢は、女王様のように振舞うことがある。
彼女のかばんを持って歩く取り巻きの令嬢も見たことがある。
やや我儘な点も目につくが、家柄も良く美しい彼女に従う令嬢も多いクラスの中心的な存在だ。
「そのお薬を飲めば、寝つきがよくなりますわ。ルーラ様などに相談せずとも、私に言ってくだされば良いのに‥‥‥」
エリザ嬢は、そう言って、私のほうを見て微笑んだ。
美しい微笑みだったが、どこか私を威圧するような微笑みだった。
数人の令嬢がご機嫌をとるようにエリザ嬢の近くへと行く。
とりあえず、私の横に立つ令嬢の悩みとやらを解決して、もう目立つのをやめよう。
私はそう思い、1冊の本の表紙を頭に浮かべた。
「そのお薬は‥‥‥」
エリザ嬢が話しだしたのは、私が『睡眠の仕組み』という本の表紙を思い浮かべ、文の暗唱を始めたのと同時だった。
『紅茶は、夜に飲むと眠れなくなる人もいる。紅茶の成分の問題だ。貴族達は、夜でも紅茶を飲む。そして、眠れないときはミルクティを飲むと良いという人も多い。
だが、これは、間違っている。眠れない夜には、紅茶の成分が入っていないハーブティ、例えばカモミールティなどの飲み物をお勧めする』
「まぁ、ルーラ様、そうなのですか。私、暇だと紅茶を飲んでしまって‥‥‥」
「さすがルーラ様ですわ。評判通りですわ」
「噂通り、博学なお方‥‥‥。素敵です」
私の周りにいた令嬢達が、口々に言う。
エリザ嬢の近くへ行った令嬢達も、私の暗唱を聞く為に私の席の近くに戻ってきていた。
ふと見ると、エリザ嬢は1人で立ちすくんでいた。
私の視線に気が付いたエリザ嬢は、一瞬、私を睨むと王子の席へと駆け寄った。そして、また談笑を始めた。
私は、その様子を見て胸の奥がズキンと痛んだ。
そして、王子にエリザ嬢ではなくて自分を見て笑って欲しいと思った。
私はふと、夏休みにミリア嬢がユース様について話していたことを思い出した。
ミリア嬢は、ユース様に自分がして欲しいプロポーズを求めて期待していた。
私もミリア嬢と同じように王子に求めている、期待している‥‥‥。
私は、自分の中にある感情が何かを理解した。
お読みいただき、ありがとうございました。




