13.王子、ディライト家の危機を救う
「いやぁ、エドワード王子が助け舟を出してくれなければ、歴史的美談「愛で戦争を止めたディライト家」は、醜聞にまみれるところだったよ」
食卓に座り、整った顔に笑顔を浮かべたお父様はそう言った。
お母様は、ほっとした様子でお父様に微笑み返している。
「では、魅了魔法の件は大事にはならなかったのですね」
「あぁ、初代と魔女の件は伝説と言っていい時代のことだから問題にはならなかった。ルイーザの件も、実際には魅了魔法を使っていないということを王子が証明してくれた」
「えっ‥‥‥? ルイーザは、魅了魔法を使っていないのですか?」
500年ほど前にエスプランドル王国とランドール王国の戦争を終わらせたのは、我がディライト家のルイーザという女性だった。
ルイーザは、ディライト家当主であった父親の「ディライト家の為に容姿と魅了魔法を使ってランドール王国のユーヤ王子を射止めよ」という命を受けて、踊り子を装ってユーヤ王子に接触し、魅了魔法を使った。
魔法は成功し、ランドール王国からルイーザとユーヤ王子の婚姻をもって和平を結びたいとの申し出が届いた。
エスプランドル王国の王は、この件を「ディライト家は愛で戦争を止めた」と褒め称え、ディライト家は男爵より侯爵へ陞爵した。
これが、『ディライト家系史』に記載された内容だ。
歴史書に書かれているような「愛で戦争を止めた」というのは嘘で、実際は、「ディライト家の地位の為に魅了魔法を使って戦争と止めた」はずだが‥‥‥。
「エドワード王子がいろいろと調べてくれていてね。私も王子の話を聞いて、驚いたよ」
お父様は、ワインを一口飲むと、今日の報告会での出来事を話してくれた。
「ディライト家は、魅了魔法のことをずっと隠しておった訳ですな。魅了魔法は、ほとんど文献に残されていない貴重な魔法。さっさと報告していればよかったものを」
「しかし、多くの国民が知っている「愛で戦争を止めた」という話が魔法によるものとは‥‥‥。これは、大事ですぞ。訂正が必要です。それに、そんな姑息な手段で手に入れた爵位など、国民に非難される前に、返したほうが良いのでは?」
宰相をはじめ国の役職者達が座るテーブルで、お父様は冷汗をかいていた。
「い、いえ、私どもも、まさか魅了魔法が本当のことだとは思っておらず‥‥‥。しかも、まさかラクザ王国の残党が、魅了魔法の使い手を探していたとは知らずですね‥‥‥」
しどろもどろで説明をするが、非難は止まなかった。
「愛で戦争を止めた」という話を根本から覆す事実は、衝撃的なものとして受け止められたようだった。
「皆、いい加減にしないか。今日集まったのは、「ラクザの守護神」の計画について話し合うのが1番の目的だ。魅了魔法の使い手を攫おうとしたのではないかという推測もある為、ディライト侯爵に魅了魔法について説明と報告に来てもらったのだろう」
止まない非難の中、そう言ったのはエドワード王子だった。
王子は、王より北の城門の幽霊事件を解決したことを評価されており、今回も王の代理で出席をしていたそうだ。
「しかし王子、こういったことは、報告してもらう義務がありますぞ。魔法研究の参考になりますし」
参加していた城の魔法使いが言った。
「そうですぞ。歴史的事実を隠していたとは。しかも、爵位を得る為に魔法を娘に使わせたなんて‥‥‥。良い機会ですし、ディライト家の爵位について、検討したほうが良いのでは?」
テーブルから聞こえたその声に、王子はピクリと眉を動かし、威厳ある口調でこう言った。
「ディライト家の爵位は、魔法によるものではない。本当に「愛で戦争を止めた」のだ。本来ならば、先ほど言った内容を議論したいところだが、今日は、私が調べた真実を話そう」
王子は、目を閉じると、本の文章の暗唱を始めた。
『ユーヤ王子は、戦争が始まる2年前、エスプランドル王国へ遊学していた。
その際に、エスプランドル王国の王都のとある店で美しい女性に出会った。それが、ルイーザ・ディライトだった。
彼女に好意を持った王子は、彼女の屋敷を突き止め、密かに手紙を届けさせた。
王子が帰国した後も2人は密かに連絡をとっていた。しかし、戦争が始まってしまった』
「王子‥‥‥? なんですそれは?」
「今、話題の『愛が止めた戦争』というユーヤ王子の物語だ。知らぬか?」
そう言うと、王子は、また目を閉じた。
『ユーヤ王子の日記。ランドール歴150年7月8日。
国境を父親の協力で越えたルイーザが、踊り子に扮して私に会いにきてくれた。
命の危険を犯してまで私を訪ねてくれた彼女の愛に応えたい。戦争で功績を立て、王に認められようと考えていたが、戦争は命を奪うものだ。私も彼女も、生きては結ばれないかもしれない。それでは無意味だ。何を言われても、戦争をやめることを提言しようと思う』
「王子が暗唱されたのは、その物語なのですね? つまり‥‥‥、2人は、戦争前から、愛しあっていたということになると?」
「あぁ。『ディライト家系史』にあるように、ルイーザが踊り子に扮してユーヤ王子に会いに行ったことは事実のようだ。だが、純粋な感情がそこにはあった。そして、その行為が、戦争を止めるきっかけになったのだ」
そこで、ふぅっと息を吐くと、エドワード王子はテーブルを見渡し、また口を開いた。
「『愛が止めた戦争』という本は、隣国、ランドール王国で出版されたユーヤ王子の物語だ。女王の指示によるもので、王室が出版元になっている」
「あぁ、ランドール王国は、昨年、年若い女王が即位されましたな。確か、前王が妻と王位を捨てて、若い愛人との結婚を選んで、かなりの騒ぎになったはずです。国民からは、愛人の為に王位を投げ出すような汚れた王室は支持できないと言う声も多く出たとか‥‥‥」
そう言った外交担当の長官を睨むと王子は言った。
「この本は、有名な愛の物語を使ってランドール王国の王室のイメージを上げるためのものだそうだ」
「しかし、そんな本なぞ、いかにでも嘘が書けますぞ」
「そうですぞ。小説は美しく書くものです。しかも、女王の人気を上げるための本なら、脚色されているはずです」
テーブルに座る者達が口々に言う。
しかし、王子はその声にはひるまず、きっぱりと言ったそうだ。
「ランドール王国の女王と連絡をとり、本の内容について確認した。日記は本当に残っているものだそうだ。それに、日記の日付から考えて、ルイーザが踊り子としてユーヤ王子に会いに行ってから、和平の親書が届くまで、1年の時間が経っている。‥‥‥魔法の効果とは、それほどまでに長く続くものか?」
「いいえ……。魅了魔法の効果はせいぜい2日か3日、魔力が強くても5日間が限度かと。傍でずっと魔法をかけ続ければ別ですが」
城の魔法使いが小さな声で答えた。
「つまり、ルイーザは、魅了魔法は使っていないと推測される」
王子は、わかっただろうと言うようにテーブルを見渡し、言葉を続けた。
「この本は、ランドール王国との友好のためにも、すでに我が国で出版することが決まっている。この意味はわかるか?」
「本は、ランドール王国の女王の命で作られたもの。本の内容を我が国が否定することは、ランドール王国の歴史を否定し、王室のイメージ回復に水を差すことになりますね。せっかく、長年、友好な関係を築いてきた隣国だ。もちろん、王子が確認されたように、本の内容は正しいでしょうし、無駄な抗議を受けることは避けたいですね」
そう言ったのは、文官長であるミリア嬢のお父様だった。
「そうですね。この話はもうやめましょう。王子の調査や本の内容によれば、「愛で戦争を止めた」というディライト家の功績は本物です。それに500年も前のこと。今更、爵位をどうこうという話をしても仕方がないのでは?」
エヴァン様の父親である宰相が言い、ディライト家の魅了魔法についての話は終わった。
「というわけで、我が家は醜聞からは、逃れられそうだ。むしろ、そんな本が出版されたら、我が家の評判は上がるかもしれないね。しかし、『ディライト家系史』を信じ込んでいたから、魔法の効果が続く時間までは、考えたことがなかったな」
お父様は、安堵の表情を浮かべている。
私は、薬屋で店長が話していた魔力が続く時間の話を思い出し、エドワード王子の話に納得した。
「そうですね。疑問に思ったこともありませんでした。そうすると、『ディライト家系史』は誤りですね。記載からして、ルイーザが魅了魔法を使うよう命じられたことは、本当だと思います。でも、ルイーザはその命令を利用して、父親に隠していた恋人、ユーヤ王子に会いに行った‥‥‥。そんなところでしょうか?」
「よし、『愛が止めた戦争』を買って、騎士団で配ろう。私の株が上がって、没落が回避できるかもしれない」
お父様は、緑色の目を輝かせた。
今日、町の貸本屋で見た『愛が止めた戦争』の張り紙には、『エドワード王子ご推薦』という文字があった。
本は、王子の指示で出版されるものなのかもしれない。もしかすると、王子は我が家の危機を知って、真実を探ってくれたのかもしれない。そう思うと、私は胸が熱くなった。
「そうだ、帰り際に宰相様に呼び止められたよ。「息子から、取り巻きにも強く言えない様子だと聞いていた弱気なエドワード王子が、まるで別人のようですな。この変化は、ルーラ嬢のおかげでしょうね。お2人が並んで立つ日が待ち遠しい」とおっしゃっていたけど‥‥‥。どういうことだろうね?」
「さぁ‥‥‥?」
その言葉の意味は分からないけれど、とにかく醜聞は避けられた。
後は没落を待つだけか‥‥‥。
明日からは学校が始まる。
安堵すると共に、私は憂鬱な気分になった。
お読みいただき、ありがとうございました。




