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極悪令嬢は極楽を目指す  作者: 三下S
2/24

まずは知りたい!

 

 今まで意識がなくなったことは多々あって、その度に知らない天井が視線の先にあった。大体の場合が真っ白な病室の天井だったはずだが、今回は木目のある茶色の天井だ。おばあちゃんちの天井に似ている。


 どこか落ち着かないのは、いつも部屋に充満していた消毒の匂いが全くないからだろうか。


 顔を動かさずに視線だけを動かすと、辺りには医療器具も何もなかった。十を超えるチューブが私の体に繋がれていたはずだが、周辺にはナースコールさえ存在しない。


 死ぬじゃん。

 もう治る見込みがないから違う病棟に移されたのだろうか。先ほどから枕の位置が気持ち悪かったので少しだけ体を動かした。

 その時に視界の端に何か糸くずのようなものがちらりと入る。


「⋯⋯っ!」


 髪だ。抗がん剤治療をした副作用でつるっぱげになったはずの頭に髪がある。

 淡い栗色の髪。確か『やりたいことノート』に髪を生やしたいと書いたことがあった。その時はカツラをつけて写真を撮った。

 しかし、地毛のような感覚があるので恐る恐る手で髪を引っ張ってみる。


「イッタ!」


 思わず声が出た。

 おかしい。声が出るはずないのに。それに私はこんな声じゃなかったはずだ。常に鼻から酸素を注入していたから、カスカスの声しか出せなかったはずだ。

 こんな可愛い声じゃなかった。


 手を開くと一本の髪の毛が中から現れる。

 手もひどい状態だったのに今ではプニプニと柔らかい手をしている。それに小さい。


 というか、今朝はまだ吐血すらしてない。

 そのせいだろうか、めちゃくちゃ気分がいい。今にも走り出したい衝動に駆られる。実際、いけるような気がした。まるで病気なんてないような、そんな感覚なのだ。

 チューブで動きが束縛されていた私には、もう足枷なんて存在していない。自由なのだ。


 勇気を出して、ベッドから降りてみることにした。

 奇跡の完全復活、その第一歩目だ。まずはベッドの淵に座り、そして立つ。何ヶ月ぶりに立ったので少し感覚がおかしい。しかし、さらに一歩を踏み出した。歩き方も完全に忘れている。


 もう一歩踏み出し、そしてもはや完全に回復したと私は悟った。


「⋯⋯やった」


 アルプスに住んでいる少女の友達も立った時はこんな気持ちだったのだろうか。

 いや、長く車椅子生活をしていた彼女の方が喜びが大きかったに違いない。


 自然と涙が溢れてくる。

 もしかしたら夢かもしれないのに、頰を水滴が濡らす。

 夢なら夢でいい。それならそれで儲け物だ。おそらく子どもの頃の夢を見ているのだろう。だからこんなにも視点が低いのだ。


 ふと、鏡が目についた。

 自分の姿は今どうなっているのだろうか。そんな純粋な疑問に、なんとなく私は鏡を覗き込んだ。


 そこには、私とは思えないほどの美少女が立っていた。キリッとした目は先ほど泣いたせいか赤く腫れていて、ふっくらとした頰は白く、儚げな雰囲気がある。そして日本人離れした鼻の高さ、海のような青色の眼、栗色の長い髪。本当に可愛らしい。


 そこまで観察しきったあと、私はぶっ倒れた。



■     □     ■     □     ■ 


 

 ヴィオラ=レ=フェクタヴィア。これが今世での私の名前だ。目つきが悪く、周囲の子どもたちに威圧感を与え、なおかつワガママで性悪なお嬢様。嫌われていることは自覚しているものの、それを改善しようとすらしていない。それが私らしい。先ほど、鏡をみて自分の姿を見たときに思い出した。

 そして、この世界は中世ヨーロッパのような世界であるらしく、うちの家は男爵家で小さな領地をもっている。だが、まだ4歳の私の記憶は非常に曖昧で、情報が上手く整理できていない。

 

 ともかく、このように私はこの世界の記憶も持っているが、同時に日本で生活していた記憶も持っている。


 闘病生活の記憶の方が濃厚だったせいか、私は前世の記憶を引き継いで今世へとやってきてしまったらしい。転生という概念を知ってはいたものの、まさか自分の身に降りかかるとは思っても見なかった。

 しかし、何はともあれ一番大事なのは、今の私が健康体そのものであるということなのだ。これは神に感謝せざるを得ない。


 目を覚ましてから、しばらく両手を合わせて拝んでいると、不意に部屋にノックの音が響いた。この自室の机の上には水が置いていたので、どうやら誰かが私を世話していたらしい。誰が世話をしたのかわからないが、顔を見ればわかるかと思い、入室を許可することにした。


「どうぞ」


 扉を開けてやってきたのは、絶世の美男子だった。金髪に碧眼の典型的イケメンである。どうやら私の様子を見にきたらしい。

 気味が悪いくらいのイケメンなので、正直落ち着かない。


「ヴィオラお嬢様、お目覚めでしたか。奥様が非常に心配なさっておいででしたよ」

「⋯⋯そうですか、ご迷惑おかけしました」


 このイケメン、私の記憶によると名前をカミルと言ったはずだ。私が住んでいる屋敷の住人の一人で、父親の護衛を勤めている。私が前世の記憶を取り戻す前は彼に淡い恋心のようなものを抱いていたようだ。我ながら4歳のくせにませていると思う。

 イケメンの8割は性格が悪いとは前世の友人の至言だ。


「お身体の方は大丈夫ですか?私も心配しておりました」


 全く心配していなさそうな表情と言葉で、彼はそう言った。


「はい、大丈夫です」

「あの、先ほどからどうして敬語なのですか?」

「え?それは⋯⋯、えっと、どうしてでしょうね。アハハ」


 どうやら言葉遣いに違和感があったようだ。そういえば記憶の中のヴィオラは基本タメ口のツンデレガールだった。しかし、彼女のふりをするのはかなり面倒なので、このまま敬語で進めていくことにする。せっかくお嬢様になったのだし、心までお嬢様になりきらなくては損というものだろう。


「何かご用ですか?」

「食事の準備ができております。お嬢様、食卓の方へと参りましょう」


 そう言って彼は私を手で招き、エスコートしてくれた。その間もずっと無表情だ。優秀な護衛らしいが、冷酷なイケメンという雰囲気がある。少し怖い。

 食卓へと連れて行かれると、そこには家族が勢揃いしていた。時間はもうお昼というところだろうか。午前中は丸々寝てしまっていたらしい。


 どうやら私が倒れたことにより、家族は相当心配してくれていたようだ。両親が私の方をみてホッとしたような顔をしていた。


 正面にはこの家の大黒柱、ボードガルド=レ=フェクタヴィア、今世の父親がいた。アメジスト色の目をしており、大きな体には手元にあるフォークもスプーンも小さく見える。

 そんな大男は、私に優しく微笑みかけて体調を気遣ってくれた。


「ヴィオラ、大丈夫かい?何も体調の変化はないかい?」

「ええ、もちろんです。お父様」

「⋯⋯お父様?ヴィオラ、昨日まではパパと呼んでくれていたじゃないか。どうして急にそんな⋯⋯」

「いえ、フェクタヴィア家の一員としての自覚が芽生えただけです」


 本当は語尾に『ですわ』とかも使ってみたいけど、それはまだ日本人だった頃の私の記憶が羞恥心を感じさせるので、あえなく却下した。

 私も席について食事を始める。

 どうやら先ほどの私の言葉遣いがみんなの注意を引いたらしく、私がみんなの視線を独り占めしている。そんなにおかしかっただろうかと首を傾げつつ、スープを口にした。

 

 美味い。病院食ばかりを食べていた私にとって、何ヶ月ぶりの美味しい食事だろう。いずれ慣れてきたら日本食との違いにあまり美味しく感じなくなるのかもしれないが、料理も少しは得意なのでその時は作ってみてもいいだろう。


 上品に、かつ迅速にスプーンを口とスープの間で往復させていると、今度は母であるヴァイオラが話しかけてきた。


「そこまで美味しそうに食べているのを見ると、私まで幸せな気分になるわ」

「そ、そうですか?」


 にっこりと、彼女もまた私に優しく微笑みかけた。前世の母の姿が今世の母の姿と重なる。

 それからも楽しく家族で会話をして、なんとかボロを出さずに食事は終わった。久しぶりにお腹も膨れたのでとても満足だ。本当に、昨日とは雲泥の差があると感じるほどに楽しい。


 今世ではソフィアという妹がいるので、少しだけ抱かせてもらったり頰をプニプニと触ったりとスキンシップを存分に楽しんだ。前世でも子どもの頃は何も考えずに幸福を享受していたのだろうか。それとも今世が初めてだろうか。これもまたどうでもいい話ではあるけれど、とにかく私は生まれ変わったのだ。この世界でやりたいことを存分にするとしよう。


 そう心の中で決心していると、お父様が私を高く持ち上げ肩に乗せて尋ねた。


「ヴィオラ、今日は何をするつもりだい?」


 ふむとしばしの時間、顎に手をあてて考える。

 とりあえず、今の手持ちの情報が少なすぎる。知らないことが多いのだ。まずはやりたいことを決めなくてはいけないが、例えば寿司が食べたいと言ったとしても、この世界にジャポニカ米やマグロのような赤身魚や醤油やわさびがあるかどうかは疑わしいところだし、ざっと文明レベルを見た感じはまだ戦争をやってそうな雰囲気もあるので、たとえ赤身魚が存在するとしても相手とは戦争中で漁ができないかもしれないわけだ。


 だから、まずはこの世界のことを知るところから始めなくてはいけないだろう。やりたい職業を探すにしても世界を知っていなくてはできないだろうし。


「本、読みたいです」

「絵本か!そうかそうか!ならばカレンに読んでもらいなさい」

「あなた様、それではカレンの荷が重すぎます。彼女には乳母もやってもらっているのに」

「大丈夫です、ヴァイオラ様。ソフィア様もヴィオラ様も私がしっかりお世話しますので」


 口角をあげた微笑んだのは、我が家のメイド長でもあるカレンという女性だ。母のヴァイオラと同じ年齢で赤い瞳が特徴の母親の側付きである。華奢な体のどこにそんな力があるのかというほどの力持ちで働き者なのでこの屋敷の全員から信頼されている人物だ。

 

「それでは、二階に上がりましょうか。ヴィオラお嬢様、どんな本が読みたいのかご用意しておいてください」

「わかりました!」


 そう言って、私は父親の書斎へと向かった。

 私が読んで欲しいのは絵本なんてものではない。伝説や物語も興味がないわけではないが、もっと効率的に知識を得なくてはいけないのだ。それならば領主である父親が所属している国の現状や、特産物、農業、工業、商業、教育、インフラ設備などなど、この世界の常識を学ぶ必要があるだろう。


 極論だが、もしもこの国に長女を生贄に捧げるなんて法律があれば、すぐにでも逃げなくてはいけない。

 事前に知って、活用するためのものが情報だ。


 本来ならば自分で読みたいのだが、まだまだわからない文字が多いので断念するしかない。なんとなく文字が読めるのは、このヴィオラという人間本体のスペックがもともと高いからだろうが、まだ4歳なのでそこまで異世界の文字を読むことができるわけではない。


 とりあえず、父親の書斎から地図らしきものを引っ張り出した。地図ならば子どもが持ってきてもおかしくないだろうという打算付きである。


 こうして、私のやりたいことを成し遂げるための行動は開始された。




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