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サンクチュアリ・ファンタジア3―光の祈りと闇の呪いと機械仕掛けの災厄と神に選ばれた傭兵―  作者: みなかけん
第四章 『もう貴方の戦乙女にはならない』
69/135

たとえ、その時に自分がいなくても

 曇天の中、静かに雨が降り出す。

 雨音に包まれたとある館に続く道を、一組の旅人が歩いていた。

「待て。何者だ?」

 館の門を守る衛兵二人が手にする槍で行く手を遮り、誰何する。

 旅人の一人が連れを下がらせて前に出ると、顔を隠す外套を払った。

「この館に居る令嬢に会いに来た。取り次いでもらいたい」

「誰かは知らないが、ここにはそっちのいうような令嬢などおらんぞ」

 衛兵たちは相手が若者であることに訝しみながら答える。

「ああ、なるほど……ここに居ること自体、下の方には秘密って訳か。用意周到だが、まいったな。予約なしで来ちまったしな」

 少年は困ったように首を動かす。

「俺の名はマークルフ=ユールヴィングだ。誰でもいい。上の者を呼んでくれ」

 衛兵たちが互いに顔を見合わせ、二人して胡散臭そうに旅人を見る。

「身分の証明をお願いしたい」

「ええ。たまに居るらしいんですよ。ユールヴィング男爵は傭兵としても活動されてて年齢も若いだけに、その名を騙る若造がですね」

 衛兵たちが慇懃無礼な口ぶりで答える。本物前提に話しているようだが、どう見ても偽者と怪しんでいるようだ。

 マークルフは軽く肩をすくめる。

 無理もない。何も知らないのなら、今まで関わりのない屋敷にそんな人物が訪れるとは思わないだろう。

「仕方ねえ。目立つことはしたくねえが――グーの字!」

 マークルフの声と共に館の壁の向こうから何かが放り投げされた。

 それは黄金の槍だった。壁を越えたそれは狙いすましたように彼の前に落下し、その手に収まる。

 いつの間にか侵入されていた衛兵たちが慌てて門を開けた。

 中庭に一体の鉄巨人が立っていた。

 驚く衛兵たちの前に立つ巨人が両手で彼らを捕まえると、そのまま門から退いて道を空ける。

「手荒な真似をして悪いな。出直してる時間が惜しいんだ。一応、これが俺の身分証明だ。俺の名を知ってるならこの槍も聞いたことあるだろ? “狼犬”の持つ“戦乙女の槍”をよ」

 槍を肩に担いだマークルフと同じく外套をずらしたリーナが門をくぐって中庭に入る。

 異変に気づいたのか館の玄関が開き、騎士たちが出て来た。

 彼らはすぐにマークルフのことに気づいたようだ。

「よう。あんたら見覚えがあるぜ。あのご令嬢の護衛騎士たちだな。それに――」

 マークルフは彼らの後ろにいる小太りの騎士を睨め付ける。

「また、てめえか。何でここにいやがる?」

「失敬なことを言うな! バルネス大公閣下から仰せつかり、この館の手配と護衛の任務に務めていたのだぞ!」

 デバスが語気を強めて答える。

「まあ、いい。あんたらが居るなら話は早え――会わせてもらうぜ、エレナ=フィルディング殿にな」



 館の一室――

 そこに一人の令嬢が匿われており、彼女は鏡台で自らの姿を見つめていた。

「よう、何を深刻な面しているんだ?」

 娘が振り向く。

 部屋の扉が開いており、そこにマークルフは立っていた。

 娘はひどく驚いたが、それも一瞬だった。すぐに表情を引き締めると立ち上がる。

 意志の強さを湛える美しい顔立ちに苦笑が浮かんだ。

「この雨の日に土足でやって来るとはな。人さらいかと思ったぞ」

「何だ? あんたも白馬の王子様が迎えに来てくれるのを夢見る口かい?」

「すぐにここが分かったのか?」

「大公の爺さんからつなぎがあって教えてもらっていた」

 マークルフは外の方を見て、肩をすくめる。

「しかし、あの小太り野郎を使うとは最長老といい爺さんといい、ほんと物好きだぜ。あの腰巾着野郎、年寄りに好かれるような顔でもしてんのか?」

「報償さえ約束させれば腰巾着の方が使い勝手があるものらしい。仮にもクレドガル王国の親衛騎士だしな。いろいろと便宜をはかってくれる。お祖父様も大公様もその辺は貴様と違ってよくご存じなのだ」

 エレナの表情に一瞬、かげりが見える。

「大公様には感謝している。お祖父様と長く敵対していた関係だというのに――」

 フィルディング一族は有力者、それにエレナの祖父である最長老を失い、瓦解の危機にあるという。大きくなり過ぎた権力はそれをまとめる者がいなければ組織そのものに牙を剥くことになる。そしてこの異変でそれがさらに加速していた。

 そのため一族の鍵を握るエレナを手中に収めようという暗躍もあるらしく、それから彼女を守って密かに動いてきたのがバルネス大公だという。

「爺さんのことなら気にするな。俺のような可愛げのない野郎よりも、あんたみたいな娘の方が良かったって前に愚痴ってたからな」

「あの方の力添えがなければ、私だけでは身を隠し切れなかっただろう。お祖父様から後を託されたというのに、まったく不甲斐ない小娘だ」

 悔しがるようにエレナは表情を歪ませる。

 長く対立してきたフィルディング一族の凋落。

 それはマークルフにとっては朗報のはずだが、不思議と何の感慨もなかった。

 誇りを守ろうとした一族の娘への同情と、それに今は何よりもやるべき事があるのだ。

「……その不甲斐ないご令嬢を、鉄人形に乗ったロクでなしの傭兵隊長が迎えに来たぜ。あんたの命を先払いとして貰い受ける」

 静かに告げるマークルフの瞳をエレナが見つめるが、やがて不敵に微笑んだ。

「承知した。約束は違わぬ」

 エレナが自分の胸に手を当てた。

「私の命と力、好きに使うがいい――“機神”を滅ぼすと約束してくれるのだろう?」

 フィルディング一族は長く“機神”の力を利用しようとして来た。そもそも一族が輩出したフィルガス王が“機神”を発掘し、それを復活させようとした歴史から“狼犬”とフィルディング一族の長き戦いは始まったのだ。

 その一族の娘と“狼犬”の名を継ぐ者が共に“機神”を滅ぼすために手を結ぼうとしている。フィルディングの娘も“機神”に翻弄された一族の運命を自分ひとりの命で贖い、終わらせたいのだ。

「……一応、礼は言っておくぜ」

 マークルフの言葉にエレナが意外そうな顔を見せる。

「どういう風の吹き回しだ? “狼犬”がフィルディング一族の女に礼を述べるとはな」

「エルマからあんたが礼を言っていたのは聞いた。フィルディングの連中から礼を受け取っても虫酸が走るんでな。のしを付けて返したいだけだ……準備ができたら教えてくれ」

 マークルフは背を向けた。

「……貴様も素直ではないな」

「もっと素直に礼を言えってか?」

「いいや、そんな事ではない。この戦い、本当に貴様が望んでいる戦いなのか?」

「当たり前だ。“機神”を滅ぼすことが先代から続く“狼犬”の悲願だ。それはあんたも分かっているだろう?」

 マークルフは背中を向けたまま答えるとその場を後にした。



 館の地下――

 地中で一体の鉄機兵が待機していた。

「じいじも戻ってこないね」

 潜行する《グノムス》の内部格納室にプリムがいた。ダロムも用事があるとかで姿を消し、妖精娘が一人で留守番をしていた。

 大人しくしているように言いつけられていたが、座っていたプリムは手持ちぶさたで足をバタバタさせる。

 不意に周囲が淡い輝きに包まれた。

「なに……わぁ」

 プリムが感激して口を開く。

 頭上に小さな光点が浮かんでいた。

 朧げでありながら見ているだけでどこまでも引き込まれそうな綺麗な輝きであった。

 これが回収して後に《グノムス》が隠し持っている“聖域”の“要”であった。

「やっぱり、何度みてもきれいだねぇ」

 妖精族にだけ見える神秘の輝きにプリムは見とれる。

 その光点がまるで戯けるように動いた。《グノムス》が霊力操作で干渉して“要”を動かしているのだ。

「わぁ、グーちゃん! うまい、うまい!」

 “要”が自由自在に動くのを見てプリムは拍手する。

「グーちゃん、動かすのうまいね。エルマのあねさんが見たらきっとおどろくよ」

 大はしゃぎするプリムだったが、やがて頭上から何かが背後に落ちてきた。

「こりゃあッ!! 何を遊んでおるかッ!!」

「じいじ!?」

 開口一番、戻って来たダロムの怒鳴り声が格納室に響き渡る。

「二人とも大事な“要”で遊ぶんじゃない! それは玩具ではないんじゃぞい!!」

 周囲の輝きが消え、“要”もその姿を消した。

「特におぬしじゃ、グーの字! それがとても大事な物と分かっておるじゃろうが! プリムが真似したらどうするんじゃ!? いつものお主らしくないぞい!?」

「ごめんなさい、じいじ! グーちゃんはプリムがたいくつしてると思って、それで――」

「言い訳は無用! グーの字、おぬしはこれから戦乙女を黒幕たちの許に連れて行くという大役があるんじゃ! ふざけている場合ではないんじゃぞい!」

 ダロムが腕を組んだ。

「二人とも、しばらく外で反省しておれ!」



 プリムと《グノムス》が地上に出ると、外はまだ雨が降っていた。

 目の前には館の中庭に植えられた木々の姿が見える。

 機体から外に出たプリムは《グノムス》の左手に乗った。彼女を雨から守るように鋼の右手がその上を覆う。

「ありがとう、グーちゃん。さっきはじいじには怒られちゃったけど、プリムに見せようと思ってやってくれたんでしょう?」

 プリムは少しむくれた顔をする。

「じいじってさ、たまにすごく怒るんだよね。プリムたちがいっしょに遊んでいるだけなのにさ。ねえ?」

 プリムはそう言って《グノムス》に笑みを向ける。

 鉄機兵は何も答えないが、妖精娘には気持ちがちゃんと伝わっているのは分かっていた。

「ねえ、グーちゃん。この前も言ったけどさ。いっしょに地下世界においでよ?」

 プリムは言った。

「この戦いが終わったらプリムたち、地下世界に帰るんだ。だからさ、グーちゃんもおいでよ。あっちにはすごくいい石があるんだよ。今度はグーちゃんでも割れないぐらいかたーい容れ物作ってあげるよ。あっ、もしかしたら神さまが『がんばったね』ってお声をかけてくれるかもしれないよ?」

 プリムははしゃぐが《グノムス》は動かない。

「リーナ姫さまが気になるの? だいじょうぶだよ。姫さまには男しゃくさんがいるし、たまには地上に行けばいいんだよ」

 それでも《グノムス》は動かない。

 雨に濡れた無機質な顔が静かに妖精娘の姿を見つめていた。

「……どうかしたの?」

 プリムは首を傾げるが、やがてポンと手を合わせる。

「じいじのこと? だいじょうぶだよ。じいじは怒るとこわいけどさ、ほんとうは優しいんだよ。グーちゃんのこと、『てつのぼうふぜい』とか『どーせいはゆるさん』とかいってるけどさ、グーちゃんのいないところではいつもほめてるんだよ。だから、気にしないで――」

 鉄の両手が妖精娘の姿を覆って隠した。そのまま両手を頭の上に運ぶと両手を離す。

 鉄機兵の頭の上にプリムは立っていた。

「もう、グーちゃんたら。びっくりするじゃん」

 鉄の両手が傘代わりになる中、プリムはそう言うと頭の上に座った。

 目の前で雨に打たれた木の葉が微かに揺れている。

「地下世界のみんなもグーちゃんを見たらきっとビックリするだろうな。でも、グーちゃん、優しいからきっとみんなとすぐに仲よくなれるよ。でもね、ここだけはプリムの『とくとーせき』だからね。やくそくだよ、グーちゃん?」

 一体の鉄巨人とその頭に乗る小さな妖精娘は、雨の庭園を静かに眺めるのだった。



 エレナは鏡台の前に立ち、鏡に映る自分の姿を見つめていた。

(お祖父様、見ていてください。フィルディング一族は“機神”の力を持て余し、先達たちに顔向けできない凋落を招いてしまいましたが、せめて、その責はお祖父様と共にこの一命を以て――)

 扉が控えめに鳴った。

「……どうぞ」

 エレナは鏡を見たまま答える。

「――失礼します」

 扉が開き、入って来たのはリーナだった。

「何の用だ?」

 エレナは鏡越しにリーナを見ながら尋ねる。

「いえ、特に用という訳では……ただ、私もマークルフ様の戦いに協力してもらえるお礼をしたいと思いまして――」

「礼は不要だ。これは私自身の戦いでもある。それに何よりもそなたの戦いのはずだ」

 エレナは振り向く。

「魔女たちの後ろで暗躍する者の話は聞いた。どこまで事実か分からぬが、これからの戦いはそなたにとって最も辛いものになるはずだ」

「……大丈夫です。これからの戦い。それがきっと、私がやるべき本当の使命なのです」

 リーナが顔を伏せ気味に答える。

「全てがエンシアの最期から始まったのなら……その災厄である《アルターロフ》をはじめ、エンシアの亡霊は消えるべきなのです」

「その“エンシアの亡霊”の意味――それを分かっていて言っているのか?」

「はい」

 リーナが躊躇いもなく答える。そしておもむろに頭を下げた。

「……どうか、マークルフ様のことをお願いします」

 深く垂れる黄金の髪。その奥で少女の切実な願いが聞こえた。

「そのお願いはどういう意味だ?」

 エレナは表情を動かすことなく尋ねる。

「それは――」

「“狼犬”を勝たせて欲しい。そして、自分がいなくなったらあの男の面倒を私に見て欲しいとか、そんな図々しい願いではあるまいな?」

 エレナの冷ややかな言葉にリーナが顔を上げる。その表情は図星を指されたのか動揺していた。

「……無理だな」

 エレナは苦笑する。

「それにずるいな」

「ずるい……?」

「ああ、ずるいとも。そなたのそんな殊勝な姿を見せつけられては到底、私にはそなたの代わりなど務まらない」

 エレナは窓の方を向いた。

「“狼犬”の人となりは多少は見てきたつもりだ。あの男は不敵で破天荒な傭兵隊長を演じてはいるが、その本質は見かけによらない誠実な男だ。自分が背負った使命、自分を信じる仲間――」

 エレナはリーナを盗み見る。

「――何より一緒に戦い抜いてくれた娘をとても大事にしている。その娘が命を捧げて使命を果たしたとしたら、きっとその男の中で娘は生き続ける……それが心配だからそんな頼みをするのだろう?」

 リーナは答えなかった。

「だから『ずるい』と言ったのだ。わたしが成り代われるわけないだろう? 気づいていないと思っているのか? あの男は平気な顔をしているが今も独り、そなたと世界を天秤にかけて懊悩としている様を――」

 リーナは拳を握り締め、再び頭を下げた。

「……すみません。でも、その姿を分かってくださるエレナさんにしか頼めない事なのです。勝手なことを言って本当に申し訳ないと思っていますが――」

「“戦乙女の狼犬”の悲願のためか?」

 エレナは頭を下げるリーナの姿を見下ろす。

「あの男もそなたも“狼犬”の悲願のために戦おうとしているのは分かっている。しかし、その悲願を叶えた先にマークルフ=ユールヴィング、リーナ=エンシヤリスの願いが叶う未来はあるのか?」

「その二人の願いは――“戦乙女の狼犬”の物語を終わらせる事、それだけです」

 頭を下げ続ける娘――

 その双肩に途方もない運命を背負いながら、ただひたすらに一人の少年のためを願っている姿だ。

 エレナは目を閉じるが、やがて根負けしたようにリーナの肩を叩いた。

「仕方ない。その頼み、分かったとだけ言っておく」

 リーナが顔を上げた。

「これからの戦いで私たちがどうなるか分からないのだ。先の分からない事で喧嘩をしても始まらないからな」

「……ありがとうございます」

 また頭を下げようとするリーナを、エレナはその肩を掴んで止めた。

「私からもお願いする。これからの戦いだけでいい。戦乙女の加護、“狼犬”の宿敵であるはずの一族の娘に貸してくれるか?」

「……はい」

 雨の降る中、光と闇の娘は一つの悲願のために手を取り合った。

 “機神”を破壊し、その存在がもたらしてきた悲劇の運命全てを終わらせるために――

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