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呪いと願い

 ユールヴィング領東部――

 森の中を傭兵部隊が進んでいた。

 その中心にあるのは巨大な荷車だ。布で覆われた巨大な何かが載せられており、それを多数のロバと人足役の男たちが汗を流しながら動かしている。

 その周囲を護衛の傭兵たちが囲んでいた。

「……はあ、隊長、ユールヴィング領は本当にもうじきなんですか?」

 荷車を押す部下の一人が先頭を歩くサルディンに声をかける。

「俺の古巣だ、信じろ。向こうに着いたらとびきりの美人科学者が出迎えてくれるぜ」

 サルディンは答えた。

 彼らはユールヴィング男爵とブランダルク国王の連名という形でこの巨大な荷物の護送依頼を受けていた。

 ブランダルクからユールヴィング領までの道のりは決して短くはなく、なおかつ秘密裏に進める条件もあり、彼らも相当に疲労が重なっていた。

「その話も本当なんでしょうね?」

「信じろと言ってるだろ。睨むだけで男どもが震え上がるほどの美人先生だぜ」

 嘘ではない話で部下たちを奮い立たせると、サルディンの部隊は先を進む。

「――止まれ」

 進行方向から馬の駆ける音が聞こえ、サルディンは部隊を制止させる。

 蹄の音は複数。急ぐようにこっちに向かって来ていた。

 護衛の傭兵たちが武器に手を伸ばす中、相手がその姿を視認できる距離まで近づいて来る。

「……お前たち、武器を下ろせ。どうやら向こうからの使者のようだ」

 馬は三頭。乗っているのは傭兵二人とマリエルであった。

 サルディンが前に出ると馬もその前で止まり、マリエルが降りて前に出る。

「いやあ、奇遇ですね。たったいま所長の話をしていた所……どうやら、出迎えって訳でもなさそうですね」

 サルディンもマリエルの雰囲気にすぐに何かあったのだと察する。

「ええ。あれが必要になりそうなの」

 マリエルが布で覆われた荷台を見ながら答えた。

「あれを? しかし、あれは完全に内部機構をバラしてしまってますぜ。天使どもに見つからないように待機魔力も流れないようにするって――」

「分かってます。だから、うちが来ました。今からここで必要な部分だけでも組み直します」

 マリエルが答えるとお供の傭兵に指示をする。

 傭兵が何かの入った袋をサルディンに渡した。

「これはログ副長からの預かり物です。今回の報酬が入っています。確かめてください」

 袋の口を開けたサルディンは金貨の山とユールヴィング領主の名で記された小切手が入っているのを確かめる。

「若が先払いとは……何があったんです?」

 報酬の先払いや小切手を交ぜる支払いをするのは、“狼犬”の流儀としては異例であった。

「サルディンさんの部隊には引き続き荷物の護送をお願いします。ただし、うちがあれの修復を開始したら天使たちに狙われる可能性が出てきます。その対処までは追加依頼するつもりはありませんから、その時は撤退してもらって構いません。そのための報酬の先払いです。当座の資金は用意しましたが、急いでいたので残りは小切手になる事は許してください」

 サルディンは手にした報酬とマリエルの姿を交互に見る。

「そちらの事情は分かりましたぜ。ただ、こっちも部下に無駄に危険な橋を渡らせることはできません……一切の追加依頼はないって事でいいんですね?」

「ええ。正直、危険は天使だけではないと予想しているところです。依頼の範囲で出来る所まで護送は継続してください」

 マリエルが毅然として答えるのを見て、サルディンは肩をすくめた。

「承知しましたぜ。所長さんがそこまで仰るなら、こっちもそれぐらいは付き合わせてもらいますぜ」

「ありがとうございます」

 そう言うとマリエルは馬に背負わせていた工具類の箱を両手を持つと荷車に上がり、布を捲る。

 その下から現れたのは一体の鋼の巨人――古代エンシア時代に“門番”と呼ばれていた鉄機兵だった。

 サルディン一行は再び護送任務を再開する。

 マリエルは運ばれる荷車の上で一人、巨人の修復作業を開始していた。

「隊長、あれが例の美人先生で……確かにそうですけど、随分と気が強そうな方ですね」

 部下がサルディンに話しかける。

「ああ。お前らよりは肝っ玉が据わってるぜ。話は聞いていたろ? 荷物の護送以外の一切の追加依頼はしないって。つまり所長さんの護衛も含まない……何かあったら自分は置いて逃げても構わないって事さ」

 サルディンは答える。

「つまり、それだけの危険が迫ってるのかも知れないな」

「隊長、それ分かってて付き合うって言ったんで? あ、まさか、あの人を狙ってるんじゃ?」

「バカいうな。あの人は俺が一番怒らせたら恐いと思ってる前所長の妹さんだからな。その姐さんが一番恐れていて、なおかつ一番頼りにしているのがあの所長さんだ。口説くつもりならそっちも腹を括れよ」

「ちなみに前所長さんってそんなに恐ろしいんで?」

「ああ、本当に本気で怒らせたら世界も敵に回せるかもな……まあ、冗談だがな」

 部下が恐る恐るマリエルの姿を盗み見た。

「さあ、行くぜ。美人先生の働く姿を眺めながら仕事ができるんだ。ありがたい限りだろう?」

「……隊長の話が冗談に聞こえなくて、素直に喜べませんよ」



 リファの前を《グノムス》が歩く。

 鉄機兵の肩には足を負傷したエルマが乗っていた。頭の上にはプリムが乗り、二人で楽しそうに話していた。

「良い景色ねえ。これは楽でいいわ」

「でしょ? グーちゃん、人が来るみたいだから一緒に探してね」

 リファは後ろをついて歩きながら、そのやり取りを眺めていた。特にエルマの背中を見上げながら――

「どうした? 浮かない顔をしておるぞい?」

 リファの肩に座っていたダロムが声をかけた。プリムたちと一緒にいるとやかましいのでここに避難してきたのだ。

「え……ううん、何でもないよ」

 リファは答えるが、ダロムがその横顔を見る。

「そうか、やはり姐さんと魔女の話を気にして――のぉ!?」

 図星を突かれて振り向いたリファのお下げ髪がダロムを払い落とすが、リファは慌てて空中で掴まえる。

「じいじ、どうしたの?」

 鉄機兵の頭上からプリムが声をかける。

「あ、いやあ、すまん。ちょっと肩から落ちそうになっての」

「もう、じいじったら歳なんだから気をつけないとダメだよ」

「何を言ってるぞい! ワシはまだ若いもんには負けんぞい!」

 リファの手の中でダロムが言い返すと再び彼女の肩の上に乗っかる。

「ごめんね、ダロムさん」

「ああ、いや、かまわんぞい。それより図星のようじゃな。何を気にしておる? 相談話ぐらいなら聞いてやるぞい」

 リファは表情を陰らせるが、やがて口を開く。

「……エルマさんはあたしの事をどう思っているのかな」

 エルマは魔女たちを“道具”と言い切った。確かに人間ではないだろう。

 だが、一見した限りでは人と変わりない彼女らを感情が存在しない作り物と看破するエルマを見て、横から見ていたリファは怖いと思ってしまった。

 リファもまた古代エンシア文明の遺産である人造生命体だ。

 エルマは自分の事を人間の模造品としてしか見ていないのではないか――そんな疑問がずっと燻っていたのだ。

「あたしは“リファ”だと思ってる。でも、エルマさんにとって“リファ”は“人”なのか……あくまで“人”を演じている“道具”と思っているのか、気になってる」

 ダロムが腕を組む。

「どうじゃろうな。姐さんは変わり者だが極めて現実的な思考の持ち主でもある。お前さんがここにこうして問題なく居るのだから、どっちでも構わないぐらいにしか考えてないのかもしれん」

 リファはプリムと話すエルマの背中を見る。

 飄々としながら気さくに接してくれる優しい人の印象であったが、その裏では冷徹に作り物として見ているのではないかと疑問が晴れないでいた。

「難しいのう……ならば、今度はワシにも質問させておくれ。お前さんは姐さんをどんな人物だと思っている?」

「エルマさん? うん、とても偉い科学者さんだと思ってる。男爵さんたちがすごく頼りにしてるしさ」

「うむ、あの姐さんは確かにたいした科学者じゃ。ワシの持つエンシア文明の技術も貪欲に吸収しておる。姐さんなら数年あればワシ以上にそれらを自分の物にしてしまえるじゃろう」

「やっぱり、すごい人なんだね」

「ただ、それだけにひとつ危惧していたことがあった。もし、勇士が“機神”を倒すことができたら世界は新たな道を進むことができる。その時、その行く末を最も左右するのはあの姐さんじゃないかと思っておった。その時代にそぐわない才能と知識が一人に集まれば、それは争いの元になるのではないか、とな」

 確かにエルマがダロムの持つ古代知識を得れば、きっと飛躍的に科学の進歩に貢献できるだろう。自分には考えもつかない研究が生まれるに違いない。

 同時にリファはそれを過去形で話すダロムを不思議にも思った。

「実はワシは一度、姐さんに聞いてみたんじゃ。“機神”破壊の念願が果たせたら、どうするのかってな。そしたら姐さんは笑ってこう答えたよ――『その時は科学者の看板を外す』とな」

「えッ!? なんで?」

 リファは驚く。あれほどの科学者があっさりそれを辞めるなんて、とても信じ難い話だ。

「姐さんの言葉を借りれば『ユールヴィングの旗に集まる者は変わり者ばかり』らしい」

「うん、知ってるけど何でエルマさんが?」

「……まあ、話を最後まで聞いておくれ。勇士を先頭に『念願を果たすために意地でも戦い続けるが、同時に念願を果たせたらあっさりと表舞台から去るつもりのバカな人間ばかり』だってな。勇士と戦乙女は“狼犬”の念願が果たせたら表舞台から去るつもりでいる。副長も“狼犬の懐刀”の役割を終えたら人知れず消えるつもりでいるらしい。だから姐さんも彼らに倣って、戦いが終わったら科学者としては引退するつもりらしい」

「それって、自分が原因で争いになりそうだから?」

「それもある。だが、降って湧いたような棚ぼた知識では使いこなす自信がないらしい。そんな自信もない人間にあれこれ言われても周りも困るだろう、とな」

 リファには分からなかった。

 エルマはいい加減な素振りを見せるものの、誰よりも聡明な人物だと思っている。ダロムから教えられた技術や知識だって間違った使い方をするとは思えなかった。

「姐さんの考えはこうらしい……『成り行きに任せる』そうじゃ」

「どういうことなの?」

「教えられた知識で他人を導くより、どこかで誰かが自力で発見したものを、そこにいる人々でどう使うか決める方に従うらしい。それがたとえ間違っていると思う道であってもな」

「……よく分かんない。間違った使い方するより、エルマさんがいろいろ教えた方が良いじゃん」

「そうかもしれん。ワシはもしかしたら姐さんに“呪い”をかけてしまったのかもしれんな」

 小さな老妖精の小さな目がとても遠くを見ているように思えた。

「少し話すが聞いておくれ……エンシア文明が滅びてから五百年は過ぎている。混乱も長く続いたが、それでも人々は復興した。しかし、その割には地上の文明の発展は遅い。それは“聖域”という特殊な地の成り立ちに起因しておる」

 ダロムがエルマの姿を見上げた。

「エンシア文明崩壊後、世界中の生き残りは残った文明の残滓を集め、魔導技術を復興しようとした。しかし、それは“天使”を始めとする神族たちが許さなかった。文明の残滓も破壊され、研究を求めた者も危険分子として狙われた。そんな彼らにとって最後の新天地となったのは神族たちも介入できない“聖域”じゃった」

 ダロムの説明によれば魔力の希薄な“聖域”では当初、魔導科学に頼らない新たな技術が萌芽しつつあったらしい。

「――じゃが、神族に追われたエンシア研究の科学者らがそこに流れ込んだ。古代文明の幻影を追い求める者と、新たに別の技術を研究しようとする者たちの間で争いになったらしい。互いに相手の障害となり、文明自体の進歩の遅れに繋がったそうじゃ。それがなければ現在はもう少しエンシアに近づいていたか、剣ではなく銃が主役の別の技術を中心とした時代になっていたかも知れない……姐さんはそう言っておった」

「知らなかった。そんな話があったなんて――」

「古代技術を知る自分の存在が文明発展の障害になる――姐さんはそう判断したのじゃろう。だからエンシア文明の罪の象徴である“機神”を破壊する事ができたら、そこから先は後の時代を生きる者が決めればいいと思ったらしいぞい」

「それが間違っていたとしても?」

「『間違った道を行ったとしてもそこから自分の理解できない新しい、正しい道が出てくるかも知れない。それを待つ』らしいぞい」

「でもさ、エルマさんは自分が正しいと思う道を行こうと思わないの?」

「姐さん個人の研究は全て妹さんに委ねるそうじゃ。古代の知識を知り過ぎた自分はきっと世界をエンシアと同じ道に進ませ、別の可能性の芽を摘んでしまう――姐さんはその“呪縛”を自分一人で止めようと考えたのじゃろう。ワシは“機神”との戦いのために持てる古代知識を提供したが、その代償にこの世界から一人の天才の道を奪ってしまったのかもしれん」

 リファにもダロムが言っていた“呪い”の意味がようやく分かった気がした。

 もう一度、エルマの背中をじっと見つめる。

「長々と言ってしまったの。つまりは姐さんもこの戦いに全てを懸けているというわけじゃ。冷酷に見える時もあるかも知れんが、それも熱意の裏返しと思ってやってくれ。決して心の底から怖い人ではない。むしろ、科学は人々の発展に寄与すべきという理念を誰よりも真摯に受け止めている人だと思うぞい」

 リファは何も言えずに唇を噛みしめる。

 その瞼から涙がこぼれ落ちていた。

「どうした? 何も泣くことはないぞい?」

 リファは涙を拭く。

「あ、ううん……ごめんない」

 リファの脳裏にリーナの言葉が甦る。

 “戦乙女の狼犬”の悲願が叶う時、その時に自分は消えるような気がすると言っていた。そして、それを受け入れているように見える。

 男爵も、たとえ自分の命が尽き果てるとしても最後まで戦い続けるだろう。

 ログ副長も自分を生かしてくれた人たちの願いに応え、その願いを込めた剣に殉じて消えていくのだろう。

 そして目の前のエルマも飄々とした態度の裏で、自分の運命を決めていた。

 自分の周りの大好きな人たちが皆、生き急ごうとしているみたいだった。

 それが無性に寂しかったのだ。

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