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ユールヴィング領の攻防(1)

 旧フィルガス地方の上空――

 その空を一筋の閃光が横切る。

 “鎧”を装着したマークルフは黄金の槍を手にユールヴィング領へ向かって急ぎ飛んでいた。

『――お身体に支障はありませんか?』

 リーナが音声システムを通して声をかける。

 王都を出発してからすでに夜を通り越し、半日以上は経過していた。

 “鎧”を纏っての長時間飛行はそれだけで装着者の負担を増大させてしまう。

「大丈夫だ。それよりも周囲に異変はないか?」

 目的地が同じなら、どこかで異形と化したアレッソスと遭遇するかも知れない。

 マークルフはそれを願っていた。

『いえ、特に変わった形跡は――これは!?』

 システム同調を通してリーナの動揺がマークルフにも伝わる。

「どうした!?」

『向こうです!』

 モニター画面が新たな進路方向を示した。

 誘導に従い、空を飛ぶ強化装甲は軌道を曲げる。

 やがて眼下に村の姿を見つけた。

 しかし、すでに何かの襲撃に遭った後らしく、家屋や柵が破壊されていた。

 マークルフはその上空で止まると、視界カメラを望遠にし、眼下の様子を確かめる。

 村の外には難を逃れたらしい住人たちと逃げ出す家畜の姿があった。

 しかし、村の規模から考えれば明らかに数は少ない。村人たちは意気消沈し、泣きわめく者もいた。

 村の内部はことごとく破壊され、犠牲になった住人たちの姿もあった。

 その傷跡から鋭利な何かで切り刻まれたことが分かる悲惨な姿だった。

「……生存反応は?」

 マークルフは憤りを抑え込みながら口を開く。

『……ありません』

 リーナもか細い声で答えた。

 マークルフは歯噛みすると再び飛び去る。

 飛行速度をさらに上げ、最高速近くに引き上げていた。

『マークルフ様――』

 これ以上、速度を引き上げればさらに負担が増大する。場合によってはアレッソスに追いついても戦闘に支障が出る危険があった。

「何も言うな。これ以上、奴を野放しには出来ないんだ」

 急がなければならない。

 この先にあるのはユールヴィング領のみであり、先行している異形がそこを襲撃するのは時間の問題なのだ。



 ログはユールヴィング城を囲む城壁の回廊に立っていた。

 夕暮れに差し掛かり、周囲にはすでに篝火が用意されている。

 周辺の村には避難命令を出し、城下街の人間にも避難準備はさせていた。

 城壁の回廊には配下の兵たちが隈無く配備され、予想されるあらゆる方向からの襲撃に備えている。

「何か反応は?」

 ログは近くに立つアードに尋ねる。

「所長代理の観測通りでした。男爵の“鎧”がずっと反応を続けていて、こっちに向かっています。ですが、他の反応は特に感知できません」

「何がいつ来るのか、予想はできないか」

 ログは地平線の広がる領地を睨む。

「ええ……このまま男爵が戻って来るまで、何もなければ良いんですけどね」

「そうだな。引き続き調査を頼む。何かあればすぐに伝えて――」

 地平線から光が放たれたのにログは気づく。

 鏡が光を反射しているらしく、それは規則性をもってログの目に飛び込んでいた。

「どうしたんすか、副長?」

「敵襲の知らせだ」

 偵察の傭兵たちからの合図だった。

 何者かによる襲撃を発見した事を伝えるものだ。そして、その危険度は最高度を示していた。

 対処に軍隊規模の動員が必要となる場合にのみ使われるものだ。

 さらなる報告の途中で光が消える。

 何かが起こったようだが、ここからでは何も視認できなかった。

 相手は大規模な集団でも巨大な何かでもなく、隠密裏に動く強力な個体による襲撃を予想する。

「警報を鳴らせ! 住人を城内に避難させろ!」

 ログの発令はすぐに伝達され、城と城下街に次々に警鐘が鳴り響き始める。

「アード、お前もここから退避しろ。マリエルにこの事を伝え、急ぐように伝えてくれ」

「りょ、了解っす!」

 アードがその場から駆け去り、ログは襲撃者が迫っているであろう地平を睨む。

(閣下がじきに戻られる。それまで時間を――)



 城下に鳴り響く警報は風に乗り、近隣の森を進むマリエルと傭兵部隊にも届いていた。

 先頭を歩いていたサルディンが部隊の進行を止める。

 荷台の上で機械と格闘していたマリエルは顔を上げた。

「これは……どうやら予想は当たってしまったようね」

「ええ。どうやら、まずい事になりそうですぜ。どうします、所長さん?」

 マリエルとサルディンがそろって深刻な表情を浮かべる。二人とも警報が示す危険度が最高度である事に気づいていた。

「おお、やっと追いついた!」

 警鐘に男の声が重なる。

 それは前方から駆けて来る小太りの小男――ウンロクだった。

「城はどうなったの!? 何が来たの!?」

 やって来た部下にマリエルは間髪入れずに尋ねる。

「いやあ、すんません。副長に頼まれてこっちの手伝いに出てからの事なんで、どうなったかまでは――」

「そう……それでアードの方は?」

「副長を手伝ってますぜ。やはり姐さん代理の予想通り、男爵はまっすぐにこっちに向かって来てるようですぜ」

 マリエルは城の方を見るが、すぐに作業を再開する。

「男爵がもうじき来るなら、姉さんたちもそれに合わせて動いているはず。手伝って。ここからは一刻を争うわ」

「へい!」

 ウンロクも荷台に上がり、マリエルと並んで“門番”の修復作業に着手する。

「サルディン隊長、ここから先はそちらの判断を優先します」

 マリエルは目の前の装置を操作しながら声をかける。

「逃げたきゃ逃げろって事ですかい?」

「ええ。ここから先は何が起きるか分かりませんからね」

 そう言ってマリエルたちは作業に没頭するように背中を向けた。

「……そういう所は前所長にそっくりですよねえ」

 サルディンが頭をかくが、やがて肩をすくめた。

「仕方ねえ……できるところまでは付き合いますぜ。こっちも早々に臆病風に吹かれたなんて言われたら今後の商売に差し支えますんでね」



 城壁の上でログたちは周囲を警戒する。

 空は紅く染まり、避難のために住人たちが姿を消した城下町も紅く染まっていた。

 ログは腰に帯びた剣の柄に左手を重ねる。それはシグの魔剣だった。

 腰にシグの魔剣、背中には魔法剣を背負ったログは警戒を続ける。

「副長。向こうは夜になったら攻めてくるつもりでは――」

 脇に控えるウォーレンが口を開いた。彼や守りを固める兵士たちも、正体不明の脅威を前に表情も硬い。

「むしろ、その方が有り難いな。閣下がお戻りになるまでの時間を稼げる」

 その時、ログは何かの声を感じた。

 反射的に左手を見る。

「どうしました、副長?」

 ログは革手袋に包まれた左手を見ていたが、すぐに魔剣の柄を握り直して周囲を見渡す。

 そして兵士たちに向かって合図を送る。

「迎撃用意だ! 弩砲の発射準備!」

 副長の唐突な指示に兵士たちが浮き足立つが、副長の鬼気迫る姿にすぐに命令通りに動き出す。

 ログは街の中に身を隠しながら近づいて来る気配に気づいていた。

 いや、正確にはシグの魔剣が左手に刻まれた〈白き楯の騎士〉の紋章を通して、彼に悪意の存在をしきりに警告しているのだ。

 悪意を纏う気配は静かに、しかし恐るべき速さで迫って来ている。

 魔剣はそれを捉え、ログに伝えていた。

 ログは背中に下げた魔法剣を抜き、自らの姿が外から見えるように城壁の上に立つ。

「副長、何を?」

「もうじき“奴”が街の中から姿を見せる。わたしの前に出てくるはずだ。それを狙い撃て」

 ログは魔法剣を握り締めながら眼下を睨む。

 そして、それは現れた。

 家屋の壁を破って姿を見せたのは鋼のツタと丸い甲殻に包まれた人型の異形だった。

(あれは――)

 それはまさに人型の“機神”であった。

 かつてクレドガル王国で主君マークルフが戦ったというヒュールフォン=フィルディングの変身した姿に酷似していた。

 正体は不明だが“機神”の力を操る者の戦闘形態には間違いない。

 異形は驚くログたちの隙を突いて駆けると城壁の前で跳躍した。

 不意討ちのような俊敏な動きで城壁の回廊に飛び移ろうする。

 待ち受けていたログと跳躍する異形の視線が交錯した。

 顔を覆う水晶質の甲殻は何も映さない。だが、瞬時に伝わるどす黒い怨嗟がお互いに存在を認識したことを確信させる。

 着地しようとした異形の姿が弾かれるように吹っ飛んだ。

 回廊に並んで配備されていた大型弩砲から鋼の矢が一斉に放たれ、その一本が異形に命中したのだ。

 鋼の矢に貫かれた異形が地面に落下し、そのまま動かなくなる。

「やったか!?」

 兵たちが沸き立つが、倒れた異形の腕が動き出す。

「まだだ! 撃て!」

 ログの命令に追い打ちの矢が放たれ、動けない異形にさらに複数の矢が突き刺さる。

 鋼の矢が貫く度に異形の身体が翻弄され、やがて全身を串刺しにされる形で地面に倒れた。

 弓兵たちが慌てて次の矢の装填にかかり、残りの者は串刺しになった異形の姿を固唾を呑んで見守る。

 身動きしない異形の身体から無数の鋼のツタが放たれた。それは触手のように城壁の上にいる兵士たちを狙う。

「やばい!?」

「逃げろ!」

 数多の鋼のツタがのたうつように城壁をなぎ払う。

 狙いは弩砲を操る弓兵たちだ。

 逃げ遅れた者がツタで斬り裂かれ、残った仲間が慌てて負傷者を連れて退避する。

 異形本体も動き出した。

 串刺しになった身体を強引に起き上がらせ、傷口が広がるのも構わずに強引に矢を引き抜いていく。

 そして再び立ち上がった時には受けた矢の傷は消え失せていた。

『ゴアアアァアアッーーーーッ!!』

 異形が咆哮する。迎え撃つ兵の士気を挫こうとするおぞましき叫び声と共に、異形が再び跳躍した。

「何をしている! 撃てッ!!」

 ログの号令で控えていた別の弓兵たちが弩で狙い撃つ。

 跳躍する異形に迎撃の矢が刺さって跳躍の勢いを殺すが、宙に舞う異形から無数のツタが拡散するように襲いかかった。

 狙われた弓兵たちが悲鳴をあげながら逃げ惑う。

 その場に踏み留まったログは自分を狙うツタを手にした魔法剣で切り払った。

 ツタの一本が回廊に設置した大型弩砲に絡まった。

 異形はツタを掴んで城壁にぶら下がると、そのまま巻き戻して城壁を這い上がろうとする。

「ウォーレン! 弩砲を落とせ!」

「副長ッ!?」

 ログは躊躇うことなく城壁を越え、ツタにぶら下がる異形に向かって飛び降りる。

 異形にも予想外の行動だったのか、飛び降りて来たログへの反応が遅れた。

 ログは魔法剣を起動し、魔力を帯びた刃が異形の腹部を貫く。

『ガアァアッ!?』

「ここから先は行かせん!」

 異形が動くよりも先に魔法剣の出力を上げ、腹部に刺さった刃を強引に横へとなぎ払う。

 異形の胴体を半ば斬り裂いたログはそのまま地上に落下するが、受け身を取りきれずに地面に倒れる。

 同時にツタの絡んでいた弩砲をウォーレンたちが力を合わせて城壁から落とした。

 ツタを絡めたままの異形も落下する弩砲に巻き込まながら地上に墜落する。

「ご無事ですか!? 副長ッ!?」

 地面に投げ出されたまま動かないログに向かって城壁からウォーレンの声が飛ぶ。

 その声にログはふらつきながらも起き上がった。

 異形も弩砲を蹴り飛ばすと起き上がる。胴体が繋がり、腹部の傷も塞がろうとしていた。

 ログは臆することなく一気に間合いを詰める。

 腰からシグの魔剣を抜くと、その黄金の刀身を塞がる直前の異形の腹部に突き刺し、同時に魔法剣で異形の首を薙ぎ払った。

『ゴアア――ッ!?』

 異形の首が叫び声をあげて地面に落ちる。

 ログは手を止めず、異形の身体から魔剣を引き抜くと転がった異形の首に突き刺す。

 黄金の刀身が異形の顔に当たる甲殻を貫き、そのまま異形の頭部を地面に串刺しにした。

 ログはその場から離れると顔をしかめて膝をつく。

 落下で全身を強かに打ちつけていた。

 動くことはできるが痛みと戦いの緊張でその呼吸が荒くなる。

 異形の首がカタカタと動いた。

 胴体から切断され、貫かれても活動を停止しない再生能力はまさに“機神”を彷彿とさせた。

 しかし、貫かれた黄金の刀身も微かに輝いている。異形の首がそれに苦しんでいるようにも見えた。

「副長!」

 城壁からウォーレンの声がする。

「まだだ! 奴はまだ動きを止めていない! 気をつけろ!」

 ログは叫ぶ。

 シグの魔剣で異形の胴体を貫いた時に気づいたことが二つあった。

 一つはこの魔剣は異形に――いや魔力に依存する存在に対して切れ味を増すらしい。

 もう一つは首をはねた時に再生を阻害している手応えを刀身から感じた事だ。

 シグの魔剣には魔力による再生を妨害する能力があるのかも知れない。

 そう考えたログは頭部が再生命令を出していると仮定し、躊躇なく頭部を魔剣で貫いた。

 読みが当たったのか、胴体は倒れたまま動かず、頭部も魔剣に刺されたまま小刻みに動くだけだ。

 このまま無力化できればいいと願うが、そう易々と抑えられる相手とも思えなかった。

 ログは身構えながら荒れた息を整える。

 “狼犬”が戻るまで、自分たちが時間を稼がなければならないのだ。

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