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国王との対決(1)

アレッソス=バッソスの策略のため、出立を余儀なくされたマークルフたちは身を隠しながら“機神”の鍵を握るエレナ=フィルディングの保護に向かう。

旧フィルガス地方を渡り歩き、途中、天使や魔女たちとも交戦しながらも、ようやくエレナと合流したマークルフたちだったが、そこで大公バルネスからのクレドガル王都への緊急召喚命令を受ける。

ヤルライノ大使として王都に赴いていたアレッソス=バッソスが引き起こしたクレドガル王妃襲撃事件。

自らの用意した罠までも利用されたマークルフは裏に不審な動きを感じつつも、国家間の問題にまでなりかねない事態を収拾するため、急ぎ王都へと向かうのであった。

 クレドガル王国の国境――

 そこへ差し掛かったマークルフ率いる傭兵部隊の前に、行く手を阻むように騎士部隊が展開していた。

 国境に近づく傭兵部隊を哨戒するために派遣された部隊だろう。

「てめえら、止まれ」

 騎馬で先頭を進んでいたマークルフは後続の部下たちに命令すると自らは馬を下りた。

 後ろをついて来ていた馬車からリーナが降りて近づく。

「マークルフ様――」

「俺が話をする。下がってな」

 マークルフはリーナたちを手で制すると踵で地面を叩く。

 背後の地面から《グノムス》が肩まで姿を現す。背中の装甲の一部が開き、そこから黄金の柄が迫り出す。

 長らく《グノムス》に預けていた黄金の斧槍――《戦乙女の槍》を引き抜くと、マークルフはそれを肩に担ぎ、単身で前に歩き出す。

 騎士部隊の方からも指揮官らしい騎士と他数人が前に出てきた。

 マークルフと相手が距離を詰めると、やがて指揮官らしき騎士が他を手で制して、マークルフに倣うように単身で進み出る。

「やはり貴殿であったか。ユールヴィング卿――」

 指揮官が兜を脱いだ。そこから三、四十ぐらいの暑苦しいぐらいに濃い――もとい、威厳に満ちた男の顔が現れる。

 カーグ=ディエモス伯爵であった。

「まずは無事で何よりだ。安心したぞ」

「心配させてすまなかった、伯爵――」

 マークルフが言うと伯爵は豪快に笑った。

「その言葉は我が輩よりも無事を願っている領民たちに伝えてやることだ。しかし、今までどこでどうしておったのだ?」

「俺の胸には機械の心臓が埋まっている。領地を襲った天使たちもそれを狙って来たらしくてな。一度は退けたが、この胸に心臓がある限り、どこに隠れても再び奴らは狙って来る。だから領民に被害が出ないように姿を隠して、天使たちと戦っていたのさ」

「やはり、そうであったか。卿がただでやられるとは思ってはいなかったからな」

「伯爵が捜索に来ていたのは知っていたが、これは強化装甲を受け継ぐ者の戦いなんでな。巻き込みたくなかったので連絡をしなかった。そのことは謝罪する」

「いや、こちらへの気遣いは無用だ。卿の判断は領主として、英雄として当然の行動であろう。さすがは“狼犬”の名を継ぐ者だ、ハッハッハッ」

 ディエモス伯爵が無事を祝うようにマークルフの背中を派手に叩く。事実を元にかなり脚色した話だが、どうやら信じてくれたようだ。

「それよりも王都の一件はこちらも耳にしている。国王陛下とヤルライノ大使はどうなっている?」

 喜んでいた伯爵の表情が瞬く間に憤慨するように変わる。

「そのことか。はっきり言って、あのヤルライノの大使には憤りしか覚えん。王城であのような暴挙に出ただけでも断罪ものであるのに、陛下を挑発するような開き直った態度を繰り返しておる」

 伯爵が拳に怒りを込めて握り締める。

「ヤルライノの大使でなければ我が輩が奴の首を叩き落としているところだ。陛下や王妃様がおいたわしくてならん!」

 アレッソスの問題で王宮が紛糾している事は伯爵の態度から肌で感じられた。

「伯爵、これから登城して陛下に謁見したい。その事を城に伝えてくれないか?」

「無論だ。陛下も卿の無事を案じておった。顔を見れば安堵されるだろう。しかし後見人たる大公閣下の所には寄らないのか?」

「構わない。大公様も城に居ると聞いている。それよりも一刻も早くお目通りしたいんだ。そして、その時にヤルライノの大使も同席させて欲しい」

 マークルフの申し出に伯爵が顔をひそめる。

「奴をか? どういうつもりだ?」

「この件は俺が残した強化装甲も関わっている。その件で陛下や他の者たちにもどうしても伝えておきたい事があるんだ。頼む」

 伯爵は難しい顔を浮かべたが、やがて自ら胸を叩いた。

「分かった。他ならぬ卿の頼みだ、引き受けよう。我が輩は先に城に行き、陛下にご報告する。だが、気をつけてくれ。今の王宮の空気は険悪の一言だ」



 とある一室――

 高価な調度品や美術品が並ぶこの部屋は、やんごとなき立場にいる者の為の私室だ。

 そこに“彼女”はいた。

『――エレ』

 彼女だけに聞こえる呼びかけに、安楽椅子に座っていた“エレ”はうつむく。

「どうされました、あなた?」

『“狼犬”がもうすぐここに来る』

 その声に“エレ”は立ち上がると窓の外の景色を見る。

「王宮の件を聞きつけたようですね」

『ああ。自分の罠を利用されて、彼も隠れている訳にはいかなくなったようだ』

「彼はどうするつもりだと思います、あなた?」

『分からないな。探りを入れたいところだが、下手な接触は向こうにこちらの居場所を詮索させる危険もある。しばらくは様子を見よう』

「承知しました。念のためにあの子たちも呼び寄せておきましょう」

 “エレ”の隣に、闇の外套を纏う幻影の男が出現する。

 彼女にしか見えない幻影の男が、顔を覆うフードを後ろにずらした。

『ミューはもう大丈夫なのだな』

「ええ。『兄様のために頑張って失態の埋め合わせをしたい』って張り切ってますわ」

『今は彼らと戦うつもりはないが、無理をしないように伝えてくれ』

 男の視線が窓の向こうに向けられる。

 その視線の遙か先に“狼犬”たちの存在があると気づいた“エレ”が静かに微笑んだ。

「お会いにはならないのですか、妹様に?」

『機械を埋め込んだ“狼犬”と違って、彼女には直接、干渉する術がない』

 男が表情を変えることなく答えた。

『それに彼女は戦乙女に生まれ変わった。わたしも以前のわたしではない。すでに縁などこの世には残っていない。こちらから会いに行く理由はないだろう』

「でも、いずれ向こうからあなたに会いに来ると思いますわ」

『そうだな。その時、あの子はわたしを何と呼ぶのだろうな』



 クレドガル王城の控えの間――

 上階にある謁見の間に続く控えの場として用意された広間。その片隅に用意された休憩用の長椅子にマークルフは座っていた。

 肩に《戦乙女の槍》を立て掛けて座る彼の両隣には、リーナとリファが座っていた。

「へえ、やっぱり中央王国のお城って凄いね。ブランダルクのお城より広い」

 リファが物珍しそうに周囲を見渡す。

「もう何年も前になるのですね」

 リーナも懐かしそうに言った。

 数年前、伝説に残っていたエンシア王族の生き残りを保護したマークルフと当人だったリーナは、同じくエンシア王族の血を引くといわれるクレドガル国王と謁見するために揃ってここに来たのだ。

「前に話を聞いたよ。お姉ちゃん、すごく綺麗なドレス姿だったって。見たかったなあ」

「まあな。あれは――」

「ああ。あれは本当に美しいお姿だった。またお会いできて光栄でございますぞ」

 会話に割って入ったのは貴族の礼服をお洒落に着こなす壮年の男だった。

 リファがなれなれしく三人の前に立つ貴族を怪訝そうに見ながら耳打ちする。

「……男爵さん、あの人、だれ?」

「険悪な舞台でも社交辞令は大事ってことさ」

 マークルフは社交辞令の笑みを浮かべる。

「いやあ、お久しぶりですな、グランスローヴ伯爵――」

 グランスローヴはクレドガルの伯爵の一人だ。同じ伯爵であり武人であるディエモス伯爵とは正反対に身嗜みの整った紳士風の男で、社交界で最も重宝されている男である。

 要するに噂好きで有名だった。

「失踪していたと聞き、心配しておりましたぞ。いや、それにしてもかの噂だった偽姫――おっと失礼、リーナ姫にもまたお目にかかれるとは。それに可愛らしいお嬢さんまでお連れとはいやはや、英雄の後継者殿も隅に置けませんな」

(やれやれ、これからが正念場というのに面倒臭いのに当たっちまったな)

 親身になって話しかけてくるが、噂好きの悪い虫が詮索したくてたまらないのであろう。ディエモス伯爵とは別の方向で愉快だが面倒な相手でもあった。

「現在もユールヴィング卿の傍にいるということはですな。結局、偽姫かどうかあやふやなまま終わったが、本当のところは本当にやんごとなき――」

 グランスローヴが探りを入れるつもりか気安く話しかけるが、急にその口が止まった。

 グランスローヴの背後に気づいたマークルフは咄嗟にリーナとリファの肩に腕を回し、彼女たちの視界を手でふさぐ。

 同時にグランスローヴのズボンが一気にずり落ちた。

「ぬおぉほおおおおッ!?」

 グランスローヴがしゃがんで慌ててズボンを戻すが、周囲で働いていた侍女たちから悲鳴が起きていた。

 さらにしゃがんだグランスローヴの頭に鋼の手が置かれる。それは背後の床から伸びた《グノムス》の腕であった。

「……二年前のお話なので覚えておいでかは分かりませんが、私の下には常に鉄機兵が見張っておりましてね」

 マークルフは振り払おうとするリファの顔を手で覆いながら話しかける。

「現在も余計な事を喋らないように監視を続けておるのですよ。秘密を探っていると思ったものには容赦なき敵対行動を実行するのです。悪い事は言いません。何も聞かずにお下がりになった方が良い。さもなくば、ずらすのはズボンだけでは……すまないことになる」

 グランスローヴの髪が握られる。髪が少し浮いた気がするが、それは当人以外も配慮して隠している公然の秘密であった。

 マークルフの警告とも恫喝とも受け取れる言葉に、グランスローヴは無言でうなずく。その拍子に少し髪が浮いたのは見なかったことにした。

 鋼の手が離れて床の下に消えると、グランスローヴは慌ててその場から退散する。

 噂好きだが小心者であるため、しばらくはなりを潜めるであろう。

「……やれやれ。まあ、緊張はほぐれたか」

 マークルフはリーナたちから手を離すと、槍を掴んで立ち上がった。

「グーの字。てめえもだいぶ空気が読めるようになってきたじゃねえか」

 マークルフは床の下に潜伏しているだろう《グノムス》に向かって言った。

「なかなか絶妙な力加減だったな。うっかり握り潰さないかと思ったぜ」

「グーちゃんはプリムちゃんから貰った紅茶腕を掴むためにいつも練習してたんです」

 リーナが説明するとマークルフは笑みをこぼす。

「てめえも見かけによらず健気な苦労してるな」

 やがて謁見の間の方から近衛兵たちがやって来る。準備が整ったのだろう。

「そろそろ時間だな。エルマたちにも伝えてくれ。グーの字、てめえには留守番を任せたぜ」

「お気をつけて、マークルフ様――」

 リーナがマークルフの前に立つと、襟元などをいじって身だしなみを整える。

「気が利くな」

「せめて今回は謁見の間まで格好良く臨んでいただきませんとね」

「前回はかっこ悪かったの?」

 リファが尋ねるとリーナが微笑む。

「そうね。前は衛兵さんたちに手足を担がれて運ばれて来たらしいわ」

「へえ、男爵さんって結構、扱いが雑なんだね」

「うるせえ、連れて来いと頼んだのはリーナだったじゃねえか。笑うな」

 マークルフは愚痴るが、やがて真顔になると槍をリーナに預け、リファの方を見る。

「いいか、もし、何かあった時はリファだけでもグーの字に乗って脱出しろ。ここから先はクレドガル王国の問題だ。部外者が巻き込まれても良い事はないからな」

 その言葉にリファも、マークルフが正念場を迎えようとしているのを再確認したようだ。

「……頑張ってね、男爵さん」

「ああ。それじゃあ、舞台に行ってくるか」



 銅鑼が鳴り、謁見の間への扉が開かれた。

 マークルフは一人、絨毯の敷かれた道を進み、玉座の前に進んでいく。

 玉座には若き国王ナルダークがいた。

 いつもなら王妃が座っている席は空席になっていた。

 そして大公バルネスをはじめ、重臣たちが列席している。

 マークルフは謁見の間の左隅にいる男に目をやった。

 薄いアゴの無精ヒゲが目立つ優男風の貴族。その脚には強化装甲の脚部が装着されていた。席に座らせており、周囲には護衛と監視を兼ねた衛兵らが並んでいる。

 向こうもマークルフの姿を認めると怒りをにじませた表情を浮かべた。

(こいつがアレッソス=バッソスか。こっちの命を狙っておいて、よくあんなに逆恨みの目をできるもんだ)

 マークルフは内心で毒づきながらも、やがて国王の前に立つと恭しく跪く。

「陛下。マークルフ=ユールヴィング男爵、ここに参上いたしました」

「よく来てくれました。ディエモス卿より子細は伺っています。まずは無事でいてくれた事、安堵しています」

「ご心配をおかけしました。まずはその事を深くお詫びいたします」

 マークルフは大げさに見えるほどに頭を垂れる。

 これから大舞台となるであろう。そのためにもまずは舞台を温めなければならなかった。

「それでユールヴィング卿。今回の謁見は貴方の要望らしいが、どのような話があるのですか……あの者も同席させて」

 国王がアレッソスを一瞥する。その眼差しだけで相手に対する深い憤りを察することができた。

 マークルフは顔を上げる。

「はい、陛下」

 そして告げた言葉が謁見の間にいる全ての者を驚愕させた。

「今回は他でもない、アレッソス=バッソス卿を弁護するために、ここに馳せ参じた次第でございます」

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