表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/135

“罠”(1)

 ロータスの女衒街。その夜の通りは路を華やかに照らす外灯の明かりと、浮世の情を求める者たちの喧噪で包まれていた。

 その一つである古き娼館。そこが“鏡花の狩人”アマリアが手配したエレナ=フィルディングの隠れ場所である。

 その建物の中庭。喧噪が漏れ聞こえる夜の空気の中、マークルフは立っていた。

 周囲は建物に囲まれた閉鎖空間だが、外の空気と草花の生えた地面の感触を確かめられる、外に出られない娼婦のために造られた古い憩いの中庭だ。

「閣下、手配をしました。明日にでも出発できます」

 横からログが報告する。王都に向かうため、マークルフが準備を命じていたのだ。 

「ご苦労。しかし、本当に急な呼び出しだな。あれだけ身を隠して動いていたのに拍子抜けだぜ」

「それだけ早急な何かが起きたのでしょう」

「嫌な予感しかしねえけどな。これなら人目を避けてわざわざ温泉に忍び込む必要もなかったな、リーナ?」

 マークルフが振り向くと、後ろに控えていたリーナが俯いていた。

「そうですね……あんな恥を晒す必要もなかったですよね」

 まだ立ち直りきれてない彼女の姿にマークルフは肩をすくめたが、やがて地面を見下ろす。

「出発の前に話をつけておかないとな。そこにいるのだろう? 出て来い、グーの字!」

 マークルフが腕を組みながら命じる。やがて足許の地面が淡く光り、《グノムス》がその姿を現す。その肩には妖精娘プリムもいた。

「分かっているだろうな。魔女の件は話を聞いた」

 表情は分からないが神妙な態度で立つ鉄機兵をマークルフは見上げる。

「男しゃくさん! グーちゃんをゆるしてあげて!」

 プリムが地面に降り立つ。

「あのままにしてたら“まじょ”って人は死んでたの。グーちゃん、人を殺せる悪い子じゃないの。プリムももっとがんばってはたらきます! グーちゃんの失敗分ははたらいて返しますから! だから“けんたい”にしないで!」

 小さな妖精娘が懸命に懇願する。

「マークルフ様! 私からもお願いします」

 リーナも《グノムス》の前に立つとプリムの横で膝をついて地面に手を添える。

「あの魔女を捕まえた千載一遇の機会を逃したことは許されることではありません。グノムスのしたことは主人としての私に責任がございます。どのような責めも私が代わりにお受けします」

 泣き顔で懇願する妖精娘と手をついて頭を下げるリーナ。二人の姿をマークルフはじっと見つめていたが、やがてため息をつく。

「甘いな、リーナ。風呂でのぼせて恥じらうような乙女が、男に何でも言うことを聞くなんて軽はずみな約束するもんじゃねえ。例え自分が悪いとしてもだ……ま、そういうこと言っちまう俺も甘いか」

 リーナとプリムが顔を上げる。

「仕方ねえ。俺の部下なら簀巻きにして川に流してる所だが、こいつはリーナの弟分で協力してくれているだけだからな。今までに何度も助けられてるのを思えば強くは言えねえか」

「よかったね、グーちゃん! 許してもらえたよ!」

 プリムが《グノムス》の腕を伝ってあっという間に肩まで登ってはしゃぐ。

「ただし、一度きりだ! 次に同じような事をしてみろ。その時はどのような理由があろうと俺がぶっ壊す。その機械仕掛けの肝によーく銘じておけ。いいな!」

 マークルフは《グノムス》の顔に向かってビシッと指を突き付ける。

「はい! ちゃんとグーちゃんにいっておきます!」

 プリムが代わりに答えると、さっそく《グノムス》に何かを言い聞かせるように話し出す。

 その微笑ましい姿を、マークルフと立ち上がったリーナが並んで見守った。

「ありがとうございます、マークルフ様」

「その分は今まで以上に働いて返してもらうからな。それよりも、だ。グーの字はリーナの護衛となる前はどうしていたんだ? 妖精の爺ちゃんの話を信じるならその当時に魔女と関わりがあったはずだ」

 リーナが過去を思い起こすように《グノムス》を見つめる。

「グーちゃんは“大地”の力を研究・利用するための試験機として開発されました。魔力の不安定化によるエンシア文明の危機を回避するための研究だったのですが、《アルターロフ》開発に注力するためにその研究は凍結され、グーちゃんも本来は廃棄される予定だったのです」

「それが何故、リーナの所に来た?」

「私の兄、ヴェルギリウス兄様の口添えでした」

 マークルフは以前に聞いたリーナの身の上話を思い出す。

「確か、一番仲が良かった第四王子だったか」

 リーナは最後のエンシア王リカオーンの末娘であり、その上には兄たちがいた。リーナが遅くに生まれた娘であるため兄たちとは歳が離れていたが、その中でも一番歳が近かったのが第四王子ヴェルギリウスだった。他の兄たちとは疎遠であったが、ヴェルギリウスだけは幼い妹に寂しい思いをさせたくなかったのか、リーナと頻繁に会い、可愛がっていたという。

「ヴェルギリウス兄様はどこかでグーちゃんの存在を知り、私の護衛兼お守り役として徴用してくれたのです。“大地”の力で動くグーちゃんは魔力の不安定に左右されないから、いざという時の私の護衛役として役に立つ──それが表向きの理由ですが、本当は私に少しでも寂しい思いをさせないようにだったらしいです」

「優しい兄君だったんだな」

「ええ。とても真面目で優しい兄様でした」

 リーナが懐かしさと寂しさの入り交じった表情をした。

 その表情をマークルフは覗き見る。一瞬、表情を曇らせるが、やがてすぐに飄々とした表情に戻る。

「リーナがそこまで懐くということは、そのヴェルギリウス王子ってのは俺に似て男前だったようだな」

 マークルフの台詞を冗句と受けとったのか、リーナが微笑む。

「男前だったかは分かりませんが少し似ているかも知れませんね。マークルフ様と同じ黒めの髪で、体格は似ていましたが背はもう少し高かったでしょうか。でも瞳だけは私と同じ碧眼でした」

「碧眼……か」

 マークルフの目が鋭さを帯びる。

 その時、脇に控えていたログが不意に腕を振った。

 その手から放たれた短剣が裏庭の軒を支える柱に突き刺さる。

「出てこい」

 ログが外套の下で剣の柄に手を伸ばし、マークルフもリーナを後ろに庇う。

「ま、待ってくれ」

 柱のかげから慌てて一人の男が現れる。それはアマリアの店にいた番頭格の男だった。

「あんたか。どうしたんだ?」

 番頭は場違いな鉄機兵の姿に目を奪われていたが、やがてマークルフに答える。

「取り込み中すまない。いま、この近くでうろついていたネズミを一匹捕まえた。あんたに教えてやれと女将から頼まれたんだ。どうする? 血で汚す以外なら好きにしてくれて構わんそうだ」

「もう、刺客が嗅ぎつけたってのか」

「手がかりになるか知らないが、そいつはこんな物を持っていたぞ」

 番頭が懐から何かを取り出す。それは淡く輝く水晶球であった。

「光る水晶球だ。さっきよりも強くなっているな」

 訝しむ番頭の手にある水晶球を見たマークルフとリーナは揃って驚く。

「……番頭さんよ。すまないがそいつを連れて来てくれないか?」



「またせたな」

 マークルフたちがエレナの部屋に集まる中、番頭が縄で繋がれた何者かを引っ張りながら現れる。それは頭から袋に覆われた太めの男のようだった。

「こいつだ。俺は席を離れる。用件が終わったらまた呼んでくれ」

 番頭が強引に縄を引き、不審者を部屋に放り込んでいった。

 マークルフは床に倒れてくぐもったうめき声を上げる不審者の前に立ち、その袋を引っ張り上げる。

「て、てめえは!?」

 マークルフは予想もしていなかった男の登場に驚く。男もマークルフの姿に気づいて驚いていた。

「マークルフ=ユールヴィング!? やはりここに居たのだな!」

「……誰だっけ?」

 男が拍子抜けるがすぐに反論する。

「見忘れたか! 栄誉あるクレドガル王国親衛騎士が一人デバス=ヤールグだ!」

 マークルフは顔を見るのも面倒とばかりに視線を逸らし、露骨に面白くない表情をする。

「チッ、一応は覚えているさ。ヒュールフォンの腰巾着だった野郎だろ。ログ──尋問の用意をしろ」

「相手は一応、親衛騎士のようですが宜しいので?」

「構わん。こいつがここに来たこと自体が怪しさ満載だ。全て吐かせる。後の事は気にするな。ノコノコとここに現れるような危機意識の足りない騎士様なら、いつどこで失踪しようが別に不思議でもねえ」

 デバスはそれを聞くと、後ろでに縛られた両手の代わりに顔をブンブンと振る。

「ま、待て! いまはそちらの敵ではない! わたしはさるお方の密命で動いておるのだ!」

「ほう? 誰だ、そのさるお方というのは?」

「ユ、ユーレルン最長老様だ」

「それは本当ですか!?」

 奥の椅子に座って様子を見守っていたエレナが立ち上がる。

「あ、貴女様がエレナ様でございますか。さ、左様で。私は最長老様より内々の密命を受けて馳せ参じた次第でして」

「……まんざら嘘でもなさそうだぜ。最長老の人選には疑問を感じるがな」

 『内々の密命』を強調する姿を冷めた目で眺めながら、マークルフは懐から水晶を取り出す。

「それは何だ、“狼犬”?」

「こいつはかつてヒュールフォン=フィルディングが使っていた《グノムス》の監視装置の端末だ。そうだな?」

 ヒュールフォンはかつてある古代文明の装置を所持していた。それは古代エンシア崩壊時に地下深くに避難した王女リーナを遙か未来で迎える時、出現場所が分かるようにと遺されていた物だ。この水晶球を使えばその光の強弱で《グノムス》の位置を探る事ができるのだ。

「そ、そうだ。装置その物は破壊されたが、最長老様は端末を一つ隠し持っており、わたしにそれを貸し与えたのだ。この近辺に潜伏している可能性が高いから、これを利用してエレナ様と貴様──」

「ほう、この状況で上からの物言いとはさすがは親衛騎士様だな」

 マークルフが冷徹な目で見下ろすのを見て、デバスはわざとらしく咳をする。

「エ、エレナ様と“狼犬”の二人を捜すように命じられたのだ」

 最長老も当然、アレッソスの刺客たちの動向を監視しているだろう。その動きからマークルフたちの潜伏先を絞り、その水晶球で《グノムス》の位置を辿ってここまで探索させた。そう考えれば辻褄は合う。

「しかし、何でてめえなんだ? 使者なら手持ちの騎士連中がいるだろうによ」

「わたしは当初から最長老様に頼まれ、きさ──“狼犬”の活動を影から援助をするように頼まれていたのだ。本来ならもっと早くそっちに接触する手筈だったのだぞ」

「どういうことだ?」

 マークルフが訝しむ。

「あの王都の事件の後、わたしは最長老様に拾われて動いていたのだ。今回もわたしは最長老様の働きかけにより、国王陛下との連絡役を兼ねてディエモス伯爵の捜索部隊に加わっていた。当初の予定ではまず、フィルガス南部の地理に詳しいわたしが捜索部隊の先遣役としてユールヴィング領に赴く予定だった。そこで最長老様の意向を“狼犬”に伝える手筈だったのだが……途中で野盗どもに襲われ──」

 悲惨な過去を思い出したかのようにデバスが嘆く。

 マークルフは時間稼ぎのために捜索部隊の使者を簀巻きにするよう命じていた事を思い出す。事情を知るリーナも露骨に気まずい表情を浮かべていた。

「あの、マークルフ様……」

「顔に出すな。いいな、絶対に言うなよ」

 後ろから耳打ちするリーナをマークルフは下がらせると何もなかったかのようにふんぞり返る。

「ま、まあ、それはいい。それよりも何をしにここまで来たんだ?」

「そちらも大公閣下からの連絡があったかも知れんが、最長老様もエレナ様と“狼犬”を捜しているのだ。そのためにわたしに命じられたのだ」

 バルネス大公だけでなく、最長老側も対応を急いでいる。それだけでクレドガルで起きた事態が大きな事を物語っていた。

「知っていることを全て話せ。いったい何があった?」

 デバスが周囲を見回す。リファやエルマたちなど部外者の姿を気にしているようだが、エレナが前に立つ。

「構いません。ここに居る者は皆、信用できます。それよりもお祖父様から託されたことを教えてください」

 エレナが最長老の孫娘として訊ねると、デバスは答えた。

「畏まりました。実は……ヤルライノの大使アレッソス=バッソス伯爵があろうことかシスティア王妃様を襲ったのです」

 その言葉に居あわせた一同はそろって驚愕の表情を浮かべる。

「襲ったって……いったい、どういう事だ!?」

 マークルフが詰め寄るがデバスも渋い顔をしたままだ。

「わたしも詳細は知らぬ。だがこれは最長老様からの伝言だ。間違いはない──バッソス伯爵が乱心し、システィア王妃様を乱暴しようとした嫌疑で拘束されている」

「バカな……大使として赴いた国の王妃を、しかも身重の王妃を襲ったっていうのか!?」

「理解しがたい話だが状況的にそう考えるしかないらしい」

「何を考えていやがる……そんな事をすればあの温厚な国王陛下ですら、いや、あの陛下だからこそ黙ってはすまんぞ」

「ああ。今回ばかりは寵愛されている王妃様と待望だった我が子を危険にさらされ、ナルダーク陛下も激怒されている。このままではクレドガルとヤルライノの国際問題にも発展しかねない事態になっているらしい」

 デバスがエレナの顔を伺う。

「成り行きが不透明になった現在、最長老様はエレナ様の至急のご帰還を望まれております。そして“狼犬”よ。そちらが仕掛けた“罠”についても最長老様はお知りになりたがっている。今回の件、そちらも無関係ではない。いや、事態の収拾のためにぜひとも“狼犬”の登場を望んでおられるのだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ