そんなことってあるんですか
「あの、古文書の閲覧を申し込めるでしょうか」
「身分証の提示をお願いします」
リーリは素直にIDカードを渡した。
椅子から立ち上がり、お待ちくださいと一言告げると、受付はカウンターの奥へ向かった。
(機械人形でではない。人だ)
リーリは珍しい気がした。
図書館の受付は役割がハッキリしている。人が担う必要はない。
それに、機械人形ならば文句一つ言わず作業を担ってくれる。
(機械人形では対応できないぐらい、膨大な本が所蔵されているんだろうか)
情報処理に長けた機械人形でも分からないことに適切に応じるのは難しい。造られてからの年月が短い機械人形は基本的に人よりも何もかもにおいて圧倒的に経験が少ない。どれだけ機械人形に情報を詰め込ませても、見て、聞いて、感じて生きている人の経験や勘に追いつくことは難しい。
ギーリク大図書館には機械人形では応じるのが難しい難題が次々もちこまれるのだろうか。
一分経つと受付がIDカードを返却してくれた。
「リーリ様。申し訳ありません、閲覧の許可は致しかねます。当ギーリク大図書館では、古文書の閲覧はマナ教徒のみ許可されています。マナ教徒でないリーリ様に許可をお出しすることは規則で禁じられています」
「規則って・・・誰でも閲覧出来るってギーリク大図書館の電脳情報に書かれていたよ。おかしいじゃないですか」
「マナ教徒でございましたら、誰でも閲覧可能でございます。リーリ様のIDカードにはリーリ様がマナ教徒であるとの情報はありませんでした」
「そりゃ、マナ教徒ではないけれど・・・少し見るぐらいはダメなのですか」
「規則です」
そう告げると、受付はストンと椅子に座り黙りこくってしまった。
もうお話しすることはありません、といった態度だった。
「でも」
つい、声が大きくなってしまった。
周りの人々から咎める視線がこちらに向いた。
ユイは手持ち無沙汰になると、近くに設置された案内板を操作した。
側には人のために用意された図書館の紹介を担当する機械人形が設置されていた。
ユイはそれに関心を示さず案内板に手を翳し、ギーリク大図書館の情報を取り出した。取り出した情報には、所蔵されている本の在り処と、ギーリク大図書館の歴史とがまとめられていた。
頭の中に流れてきたのは広大な図書館のマップ。
星の数ほどの本があるようだった。
本が製造された国、土地、時代。
本に閉じられた物語の数々。
きっと、全ての本を読んだ人はいないはず。
誰の手にも触れられず、灰になる本もこの中にあるかもしれない。
案内板の情報から未知の知識がこの図書館に眠っていることが分かった。古文書について何か情報がないかと期待もした。
だからこそ、何も得られなかった事がっかりした。
がっかり、なんて自分に似つかわしくない言い方だなとユイは感じたけれど、どうしてそのような感情が仄かに沸いたのか分からなかった。
(リーリは申請にもう少し時間がかかりそうです)
これだけ大きな図書館なのだから、人気のある美術館のようにきっと人が沢山いて、ガヤガヤした雰囲気なんだろうとユイは想像していた。けれども、実際は謝肉祭がこれから行われるせいか、ポツリポツリと人影が見られる位だった。
リーリとキキイの住む街の図書館と比べれば、その大きさは何十倍どころか、何千倍もありそうだった。エントランスに入る前に見た東西に延びる石造りの壁も、その端が見えないくらい長かったのを思い出した。
館内には種類別に設けられた部屋があった。
難しい言葉で綴られた、歴史。機械。工学。医学。音楽。
子供に向けた、絵本。ファンタジー。
夢を追い求めた、冒険。魔法。
ユイはそのうちの一つの扉を開いてどんな本が置かれているのか知りたかった。だけれども、リーリが自分を探して、あちらこちら歩きまわるかもしれなかった。
(居なくなったらリーリは文句を言うかな)
ユイはそう考えるとエントランスに戻り近くの本棚から一冊の本を取り出した。
古文書はマナに関する事柄を記録したものだと言われている、とリーリは言っていた。
マナって何だろう?
リーリは詳しいことを教えてくれない。
もしかしたら、知らないのかもしれない。
マナとマナ教とは関係があるのだろうか?
目の前に広がる知識の宝の山を想像しても心にこみ上げてくるのは、届きそうで届かない、分かりそうで分からない、フワッとした理解だった。
ページを一枚捲ると、そこには著者の言葉が書かれており、その隣のページには目次が載せられていた。
第一章、第二章・・
これも知らない、あれも知らない。
こんな事聞いたことない、あんなこと耳にした事もない。
ユイは急かされるように次のページを捲った。
手に取った本は、星に関する事柄
ユイは、自分は何にも知らないことに気づき溜息を吐いた。
ユイはリーリが戻るまでの間、周りにある本をランダムに手を取り読み漁った。