リンゴと桃
「俺が初めてプーミと出会ったのはギーリク大図書館だ。受付で司書に対してあれやこれや文句を言うの見かけてな。文句を言うのは決まって外から来た古文書目当ての輩だ。この街の住人は古文書を一目見るだけでも難しいのは知っているからな」
「はぁ、笑えませんね」
同じ轍を踏んだリーリは苦笑いした。
「難癖を付けられている司書がかわいそうに見えたんだ。仕方なく諭したんだよ、無理だってな」
「私が悪者みたいじゃない」
プーミは不満そうにつぶやいた。
「古文書を一般に公開しないのは、マナ教とギーリク大図書館の方針なんだろう。無闇に部外者には見せることはないんだろう」
そう、ポポリーの言う通りなのだろう。
ギーリク大図書館の地下にあった、二重の仕掛けにより守られていた古文書専用の部屋。
機械と魔法という異質なものの組み合わせによるトラップ。プーミ曰く、人を害する事を目的としておらず単に鍵の一部として機能しているということだった。
「私の事はどうでもいいの。それよりユイちゃん。古文書が〈偽り〉だってこと詳しく教えてくれる?」
プーミは残りのカルネをぐいっと飲み干すと無理に話題を変えようとした。
ユイは一呼吸置くと頷いた。
リーリ自身、あの部屋でユイがつぶやいた〈偽り〉という言葉が気になっていた。
頭の中では古文書の記録を手に入れた時点でコーバリを去るつもりだった。けれども、古文書の閲覧拒否から始まり、ギーリク大図書館への侵入、プーミとの出会い、その結果、プーミに連れられてポポリーの家に来た。
「リーリ、復元装置を用意してくれますか?」
リーリはユイの言葉を聞くと、鞄から小型の装置を取り出し机の上に置いた。
ユイは椅子に座り直すと復元装置に手をかざした。
ユイの指先から少しずつ、古文書の燻み色が見えてくる。仄かなオレンジ色に包まれて、本の形が少しずつ浮かび上がってきた。同じ分厚さの普通の本であれば、ユイは一瞬で形作ることが出来る。いつもより時間がかかるのは古文書に書かれている情報がそれだけ豊富であるからかもしれない。
一口、二口。残りのカルネを飲み干すくらいの時間がかかった。
リーリ達の前に古文書のホログラムが出来上がった。
「いい性能だな」
「ユイのために用意したものです」
「ユイちゃんは本当に機械人形なのね」
リーリは(自称)魔法使いであるプーミが普通の機械装置に驚くことが奇妙なように思えた。どう考えても、復元装置を扱えるユイよりも魔法を使用するプーミの方が珍妙だ。
プーミには当たり前のことが不思議に見えて奇跡のような出来事が日常であるのかもしれない。
(単に、機械音痴なのかもしれないけれど)
「プーミ、目次を開いて下さい」
プーミはユイに言われると、恐る恐るホログラムの古文書に触れた。
古文書は千ページ以上ある古代文字で埋め尽くされた古の本だ。リーリは何時の時代に書かれたものなのか知らない。捲るページに現れる文字を見ても、何一つ理解できなかった。
「プーミさん。怖がらなくて大丈夫です。それはユイの記憶から起こした投影映像にすぎません。普通の本と変わりありませんよ」
「本当?」
プーミは表紙をめくり、インデックスが並ぶページまで進めた。そのページが古文書の目次のようだった。リーリには意味不明な文字が羅列られているだけにしか見えなかった。
「ユイは古文書を読みこなせるほどの知識を身につけていません。でも、少しですが分かることもあります」
ユイはそう言うと、目次のページの所々に当てられた奇妙な形をした文字を指差した。
「ユイは、この構成文字は数字だと思んです。よく見ると、目次のページだけでなく他のページにも同じ文字が見られますし、一定のパターンで消えては現れています。きっと、ページ番号を意味しているのではないでしょうか」
ユイの指摘する文字を注意深く見ると、崩れた数字に見えなくもなかった。
「目次のページには十二の構成文字が使われていました。そして、全く同じ構成文字が後に現れていたんです。ページ番号のようにページの隅に小さくあるのではなくて、ページの初めに大きく使われていたページが十二ありました。ユイはこの文字が古文書を構成する章の数を指しているのではないかと思ったんです」
リーリには、幾千の膨大な古代文字で埋め尽くされている古文書の何処に、ユイが指摘する構成文字が書かれているのか見当もつかなかった。プーミは何か思うところがあるのか、パラパラとページを捲っていた。
「古文書はとても分厚い本です。ですが・・・これはユイが写本を読み取っているときに気づいたことなんですが・・・あの部屋に置かれていた古文書の写本は六章で終わっていました。六つの構成文字しか見つけることができませんでした。もしかすると、古文書は完結していなのではないですか?」
リーリは混乱した。
全く予期しないユイの言葉だった。
「ユイ、だから古文書は偽物ということかい?」
「それはないわ」
プーミはユイが返答をする前に言葉を挟んだ。そして、あの部屋で見せたようにホログラムに対して手を翳して見せた。しかし、プーミの手にも古文書にも何の変化も起こらなかった。
「私の魔法は記憶に対して反応するの。でもね、記憶がないものに対しては反応しないのよ。だから、偽物という線は考えにくいわ」
「ユイもプーミの言うように、あの部屋に保管されていた古文書や古文書の写本が偽物だったとは思いません。実はですね、もう一つだけ気づいた事があるのです」
そう言うと、ユイは自分でページをパラパラ捲った。そして、ユイの言うところの第六章の終わり部分を示した。
「偶然ではないと思うのですが、この六章の最後の部分だけ微妙に異なる古代文字が使われているんです。文字の形はほとんど同じなので、きっと、癖みたいなものだと思うのですが・・・ユイの勘違いでないとすると、古文書の一章から五章までを書いた人とは別の人がこの六章にだけ関わっていたのではないでしょうか?」
リーリはユイが指差した箇所をじっくりと見た。
プーミは顎に手を当て考えていて、ポポリーは何のことか分からんと完全に部外者顔だった。
「ユイの言いたいことは、古文書は偽物とかではなくて途中までしか書かれていない本ではないかということです。そう考えればつじつまが合うと思うのです」
根拠のない推測だ。けれども、ユイの目の確かさを分かっているリーリは無闇に否定することも出来なかった。
ユイの推理が当たっているならば更なる疑問が浮かぶ。残りの部分が書かれた古文書は何処にあるのだろう?
「ユイちゃんの指摘が正しければ、残りの部分が書かれた古文書が存在してないといけないわね。ユイちゃんはどう思うの?」
「それは・・・」
ユイが続きを言いかけた瞬間、突然、目の前のホログラムが消えた。
「ユイ?」
「ちょっと疲れてしまいました。長く同期しすぎたみたいです」
疲れた表情を見せたユイは復元装置から手を外し深呼吸した。ユイであっても、古文書の膨大な情報を処理するのは大変なようだった。
古文書は間違いなく本物だ。その直感にリーリは興奮した。
「ほら、カルネのおかわりだ」
「ポポリー。ありがとうございます」
ユイはペコリと頭を下げるとゴクリとカルネを飲んだ。
「ポポリーは驚かないのですね」
ポポリーはユイの言葉にキョトンとした顔を見せた。
「ユイが機械人形だってことか?まぁ、俺は機械人形と一緒にいることに慣れちまっているからな。力持ちの機械人形達と一緒に仕事をしていてな。あいつらは優秀な仲間さ。だから、ユイが機械人形であっても、ユイとリーリとの仲が良くても何も思わんさ」
「そういう事ではなく、ユイが人と同じようであることにです」
ポポリーは怪訝な顔でユイを見た。
「ポポリー。ユイちゃんが聞きたいことは、初めて接したとき、ユイちゃんを機械人形としてではなく人として認識しなかったのか、ということよ」
「機械人形が人と同じだとダメなのか?」
そんなこと考えもしなかった。そんな言葉が聴こえてきそうなぐらい、ポポリーの口調はあっけらかんとしていた。
リーリ自身、ユイ以外の多くの機械人形と出会って来た。それらの機械人形はユイほど人らしい振舞いを自然に身につけていた訳ではないけれども、多くは普通に笑いあえる相手だった。
機械は機械、人は人。
そんなこと、機械技師であるリーリは良く分かっていた。
プログラムされた感情しか持ち得ない人形。それを承知の上で言葉を交わし合える。リーリにとって人と機械人形との関係はそういうものであった。
だからこそ、ポポリーの感じ方がすっと胸の奥に落ちて来た。
「ダメとかそう言う事じゃないわよ。リンゴと思って食べて桃だったら、美味しいというよりビックリするじゃない。ユイが機械人形だって分かった瞬間、そういった驚きはなかったの?」
「俺はリンゴも桃も好きだ。それに、プーミこそへんてこりんな魔法使いじゃねぇか」
プーミはポポリーの落ち着き払った態度に対し、腹を立てたというより悔しさを見せた。プーミは馬鹿正直に驚いた自分よりも、ポポリーの素朴な言葉の方が急所を突いているように感じたのかもしれなかった。
プーミはやるせない気持ちを紛らわそうとカルネをグイッと飲もうとした。だけれども、中身は空のようだった。
リーリとユイはそんなプーミをクスクス笑った。
「それよりお前たち、古文書どうするんだ?」
古文書の記録が手に入ったのだからコーバリに滞在する必要はもうない。しかし、今浮かび上がった新しい問題をおざなりにするわけにはいかない。
でも、どうすればいいのだろう?
「直接、詳しい人に聞いてみたらどうだ」
ポポリーは黙り込むリーリ達を見るとそう言った。そして、可愛いウサギの木彫りが飾られた本棚から一枚の紙を抜き出しリーリに渡した。
謝肉祭のパンフレットだった。
「今日、市長の演説が予定されている。市長はギーリク大図書館の創始者の子孫だ」
ポポリーはリーリの前にパンフレットを滑らせた。
確かに、正午から市長による挨拶が予定されていた。




