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故に  作者: シャムロック
4/4

故に朗らか

今日もまた笑う。


何が面白いのか、と聞かれれば、よく分からないと答えるだろう。


話してくれた内容が面白かったのか。


相手が楽しそうだったからなのか。


それとも、ただ笑っていただけなのか。


……。


まあ、いいか。


今日も仕事だ。


*


「おはようございまーす!」


「おう、神崎! 今日も元気だな!」


「ははは! そうですかねぇ!」


いつもの鉄工所。


鋼材を運ぶ音に、機械の動作音。


少し離れたところから、グラインダーの音が聞こえる。


今日も賑やかな職場だ。


……。


いや、賑やかというのも違うか。


まあ、騒がしいことには変わりない。


働き始めて、もう五年。


仕事もそれなりに覚えた。


後輩に教えることもあるし、ある程度は一人で仕事を任せてもらえる。


別に、仕事が嫌いなわけじゃない。


「おーい、神崎!」


「はーい!」


先輩が図面を持ってきた。


「これ、今日から頼むわ」


「はーい! どれどれ」


角パイプに鋼板。


穴あけ加工に、溶接。


最後に仕上げか。


……ふむ。


部品の数は多いが、難しいものではない。


ただ、ちょっと手間がかかりそうだ。


「どうだ?」


「んー、そうですねぇ」


図面をもう一度見る。


「なかなか楽しそうですねぇ!」


「ははは! お前は本当に仕事が好きだなぁ」


「そうですかねぇ!」


「仕事増えて喜ぶ奴も珍しいぞ」


「ははは!」


先輩も笑う。


俺も笑う。


さて、まずは材料の確認だ。


*


「神崎さーん!」


「はーい!」


後輩が図面を片手に駆け寄ってくる。


「これ、こっちの寸法で合ってます?」


「んー? ちょっと見せてねぇ」


図面を覗き込む。


……。


ああ、なるほど。


「ここは内寸だから、こっちだね」


「あ、そっか! ありがとうございます!」


「はーい!」


後輩は小走りで戻っていった。


……。


走ると危ないぞ。


そう声をかけようとしたが、もう見えなくなっていた。


まあ、次に言おう。


……覚えてたら。


作業台に戻る。


図面を広げ、必要な材料を書き出していく。


先に切断を済ませて、穴を開けて。


その後、仮組みしてから溶接だな。


……。


ん?


ここの基準寸法、どっちだ?


もう一度図面を見る。


ああ、こっちか。


危ない危ない。


最初の考えで進めていたら、ちょっと面倒なことになっていたな。


確認しておいてよかった。


*


昼休み。


弁当を広げる。


今日は唐揚げだった。


昨日の夕飯の残りだ。


少し硬くなっている。


まあ、食える。


「神崎、隣いい?」


「あ、どうぞどうぞ!」


同僚が椅子を引いた。


「聞いてくれよ。昨日うちの息子がさ」


「はいはい」


「宿題終わったって言うから確認したら、名前しか書いてねぇんだよ」


「ははは! 終わってないじゃないですか!」


「だろ!? 本人は『名前は書いた』って言うんだよ!」


「いやぁ、間違ってはないですけどねぇ!」


「お前までそういうこと言うなよ!」


二人で笑う。


いやぁ、面白い。


名前を書いたから宿題が終わった、か。


なかなか面白い理屈だなぁ。


「で、何て言ったんです?」


「全部終わらせろって」


「まあ、そうなりますよねぇ」


「そしたら『全部ってどこまで?』だとよ」


「ははは!」


駄目だ。


腹が痛い。


「お前も笑ってないで、何かいい方法考えてくれよ」


「いやぁ、僕に聞かれても!」


「だよなぁ!」


また笑う。


気づけば昼休みも終わりかけていた。


「じゃ、午後も頑張るかぁ」


「ですねぇ!」


弁当箱を片付ける。


いやぁ。


面白かった。


*


「おい! 誰がここに材料置けって言った!」


午後の作業を始めて、しばらく経った頃だった。


統括の怒鳴り声が聞こえてきた。


……。


おや。


何かあったんだろうか。


「すみません! 通路の邪魔だったので!」


「勝手に動かすなって言ってんだろ!」


どうやら、午前中に声をかけてきた後輩が怒られているらしい。


……。


あらら。


何かやっちゃったのかなぁ。


「神崎、何笑ってんだ?」


隣で作業していた同僚が声をかけてきた。


……。


え?


笑ってた?


……ああ。


笑ってるな。


俺。


「いやぁ、何でもないですよ!」


「何でもないって、今結構怒鳴ってただろ」


「ははは! そうですねぇ!」


「お前、何で笑ってんだよ」


……。


俺だって分かんねぇよ。


「さあ? 何ででしょうねぇ」


「何だそりゃ」


同僚が笑った。


俺も笑った。


……。


何なんだろうねぇ。


*


しばらくして。


「神崎さん、ちょっといいですか」


さっきの後輩だった。


「はいはい、どうしたの?」


「いや、さっき怒られちゃって……」


「ああ、聞こえてたよぉ」


「俺、そんなに悪いことしたんですかね」


「んー?」


話を聞く。


どうやら、通路を塞いでいた材料を、別の場所へ移動させたらしい。


後輩としては、通行の邪魔になるからという判断だったようだ。


しかし、統括は移動したことを知らなかった。


「ああ、なるほどねぇ」


「やっぱり俺が悪かったんですかね」


「いや、悪くはないさ」


「え?」


「通路に置いておくのも危ないからねぇ。ただ、統括は移動させたことを知らなかったんでしょう?」


「あ、はい」


「じゃあ、なくなったように見えちゃうよねぇ」


「ああ……」


「次から動かす前に一言伝えておくといいかもねぇ」


「……そうですね」


「まあ、仕事自体は間違ってないんだから、そんなに気にしなくてもいいと思うよぉ」


「はい、ありがとうございます」


「どういたしましてぇ!」


後輩は少し表情を緩めた。


「神崎さんって、ああいうの平気なんですか?」


「んー?」


「いや、怒鳴られても、いつも笑ってるじゃないですか」


「そうですかねぇ?」


「俺、どうも苦手で」


「ははは! まあ、得意な人もそうそういないと思うけどねぇ」


「それはそうですけど」


後輩も笑った。


「じゃ、作業戻ります」


「はーい!」


後輩が戻っていく。


……。


怒鳴られても笑っている、か。


そういえば。


いつからだったかなぁ。


*


子どもの頃。


何かを作ろうとした。


何を作ろうとしたのかは、もう覚えていない。


ただ、やってみたかった。


それだけだった。


「なんでそんなことしたの!」


「やってみたかったから」


そう答えた。


笑っていたと思う。


「何がおかしい!」


……。


何がおかしかったんだろう。


分からない。


言い返せば、余計に怒られた。


黙っていれば、何か言えと言われた。


泣いたところで、何かが変わった覚えもない。


……。


じゃあ、どうすればよかったんだろうねぇ。


いつの間にか、笑っていた。


怒られても。


褒められても。


誰かに話しかけられても。


笑っていれば、何となく話が進む。


相手も笑ってくれる。


そうすれば、少しだけ場が和らぐ。


別に、怒られなくなるわけじゃなかった。


笑っていることを怒られた日だってあった。


……。


それでも、笑っていた。


多分、一番生きやすかったんだろう。


……。


まあ、今さら考えても仕方ないか。


そうやって生きてきた。


それだけだ。


……。


そう。


それだけ。


笑え。


笑えば、楽しいと思うから。


故に朗らか。


*


「神崎さん?」


「ん?」


「大丈夫ですか?」


「ああ、はいはい! 大丈夫ですよぉ!」


同僚がこちらを見ていた。


「いや、何かぼーっとしてたから」


「ははは! ちょっと考え事してました!」


「そうか。こっち手伝おうか?」


「いやいや、そっちもまだ仕事あるでしょう?」


「まあ、あるけど」


「こっちは大丈夫ですよぉ。ありがとうございます!」


「そうか? じゃ、何かあったら言ってくれよ」


「はーい!」


さて。


仕事だ。


……。


あれ。


どこまでやったんだっけ。


図面を見る。


切断は終わっている。


穴あけがまだだったな。


……。


よし。


まずは寸法の確認だ。


*


「神崎さーん!」


「はーい!」


また後輩がやってきた。


「これ、確認してもらっていいですか?」


「はいはい、どれどれ」


加工した部品を見せてもらう。


穴の位置。


寸法。


加工面。


……。


ふむ。


「うん、大丈夫そうだねぇ!」


「よかったぁ」


「ははは! お疲れさま!」


「ありがとうございます!」


後輩が部品を持って戻ろうとする。


……。


ああ、そうだ。


「そういえば、休憩取った?」


「え?」


「いや、ずっと作業してたでしょう?」


「あ、まだです」


「じゃあ、ちょっと休んでおいでよ」


「いや、でもまだ作業が……」


「まあまあ、少しぐらいなら大丈夫だよぉ」


「……いいんですか?」


「ははは! いいよいいよ!」


「ありがとうございます!」


「はいはい、どういたしましてぇ!」


後輩が休憩室へ向かっていった。


さて。


こっちも進めないとなぁ。


……。


おや。


思ったより時間が経ってるな。


まあ、何とかなるか。


*


夕方。


「神崎ー! そろそろ片付けるぞ!」


「はーい!」


時計を見る。


……。


おっと。


もうこんな時間か。


まだ終わっていない部品がある。


どうしたもんかな。


図面を確認する。


……。


んー。


これとこれ。


ああ、こっちは明日でもいいのか。


ただ、穴あけだけは先に済ませたいなぁ。


……。


よし。


「すみませーん!」


先輩を呼ぶ。


「おう、どうした?」


「こっち、明日の午前中までに仕上げたいんですけど、穴あけだけお願いできます?」


「ああ、いいぞ」


「ありがとうございます!」


「おう、任せとけ」


よし。


これで何とかなりそうだ。


……。


それにしても。


今日はちょっと時間がかかったなぁ。


まあ、そんな日もあるか。


工具を戻す。


材料を整理する。


明日の作業を確認する。


……。


あれ。


この図面、どこに置いたっけ。


……。


ああ。


ここにあった。


危ない危ない。


片付けないとねぇ。


*


「お疲れさまでしたー!」


「おう、お疲れ!」


「また明日な!」


「はーい!」


更衣室で作業着を脱ぐ。


椅子に座る。


……。


ああ。


疲れたなぁ。


今日はちょっと残業もしたしねぇ。


靴を履き替える。


鞄を持つ。


外へ出ると、もう日が落ちかけていた。


「いやぁ、一日終わったなぁ」


何となく呟く。


さて。


帰ったら何をしよう。


……。


ああ、そうだ。


昨日の続きをやらないとな。


*


「ただいまー」


誰もいない部屋に声をかける。


鞄を置く。


上着を掛ける。


冷蔵庫を開ける。


……。


何もない。


いや、何もないことはない。


卵と納豆がある。


……。


ああ。


そういえば、昨日もこれだったな。


買い物してくればよかった。


まあ、いいか。


食えるものはある。


夕飯を済ませ、風呂に入る。


髪を乾かす。


時計を見る。


……。


九時前か。


よし。


パソコンを起動する。


*


画面いっぱいに街が広がった。


昨日まで作っていた街だ。


川沿いに住宅地があって、その向こうには工業地帯。


駅を二つ置いて、道路を通して。


……。


あれ。


また渋滞してる。


「……何でだ?」


画面を拡大する。


道路の先に、長い車の列ができていた。


……。


ああ。


ここか。


この交差点、交通量が多いのに右折車線がない。


……。


いや、そもそも工業地帯への道が一本しかないのが悪いんじゃないか?


「……ふむ」


考える。


橋を一本増やすか。


いや、道路だけ増やしてもなぁ。


バス路線も引き直したい。


……。


よし。


まずはこっちの道路だ。


マウスを動かす。


道路を引き直して、交差点を調整する。


車が流れ始める。


……。


お。


いいじゃないか。


しばらく眺める。


……。


おお。


流れる流れる。


「はは、よしよし!」


思わず笑う。


……。


あれ。


今度は電力が足りない。


「……えぇ」


何でだよ。


さっきまで足りてただろ。


……。


ああ、住宅が増えたのか。


なるほどねぇ。


発電所を増やすか。


いや、こっちの土地は工業地帯に使いたいんだよなぁ。


……。


うーん。


どうするかな。


考えて、置いて、消して、また考える。


道路を一本引けば、今度は住宅が足りない。


住宅を増やせば、学校が足りない。


学校を置いたら、また渋滞する。


「いやぁ、困ったねぇ!」


笑いながら道路を引き直す。


……。


ああ。


そうか。


こっちを一方通行にすればいいんじゃないか?


試してみる。


車の流れが変わる。


……。


おお!


「ははは! いいねぇ!」


さて。


次は何を作ろうか。


*


気づけば、時計は十一時を回っていた。


……。


あれ。


もうこんな時間か。


まずいな。


明日も仕事なのに。


保存する。


画面に街の全景が映る。


川を挟んで、二つの地区が明かりを灯していた。


……。


悪くないなぁ。


まだまだ作りたいものはあるけどねぇ。


次は鉄道を延ばしたい。


それから、川向こうに公園も作りたい。


……。


まあ、続きは明日か。


パソコンを落とす。


部屋が静かになった。


……。


あー。


眠い。


布団に入る。


明日は何から始めようかな。


……。


仕事の話じゃない。


街の方だ。


橋を架けるのが先か。


鉄道を延ばすのが先か。


……。


どっちでもいいか。


いや。


橋かな。


……。


うん。


橋にしよう。


そう決めて、目を閉じた。


*


翌朝。


目覚まし時計が鳴る。


……。


うるさい。


止める。


……。


あと五分。


……。


いや、起きよう。


布団から出る。


顔を洗う。


朝飯を食べる。


歯を磨く。


着替える。


鏡を見る。


……。


寝癖。


ひどいな、これ。


水で直す。


……よし。


鏡の中に、俺がいる。


神崎一平。


三十を少し過ぎた、どこにでもいる男だ。


鉄工所で働いて五年。


勤怠はまあまあ。


仕事はそれなり。


人当たりも、悪くはないと思う。


……。


ああ。


そういえば昨日。


何か考えてたんだっけ。


……。


何だったかなぁ。


まあ、いいか。


時計を見る。


……。


あ。


まずい。


もう出ないと。


「……行くか」


*


「おはようございまーす!」


「おう、神崎! 今日も元気だな!」


「ははは! そうですかねぇ!」


いつものように返事をする。


いつものように笑う。


「神崎、昨日の図面どうだった?」


「あ、はい! 大丈夫そうですよぉ!」


「じゃあ、今日も頼むわ!」


「はーい!」


図面を受け取る。


昨日の続きだ。


まずは材料の確認から。


……。


ああ。


そういえば。


昨日頼んだ穴あけ加工は終わっているだろうか。


先に確認しておこう。


「神崎ー! ちょっと手伝ってくれ!」


「はーい!」


笑って返事をする。


……。


そうだ。


今日は帰ったら、橋を架けよう。

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