故に朗らか
今日もまた笑う。
何が面白いのか、と聞かれれば、よく分からないと答えるだろう。
話してくれた内容が面白かったのか。
相手が楽しそうだったからなのか。
それとも、ただ笑っていただけなのか。
……。
まあ、いいか。
今日も仕事だ。
*
「おはようございまーす!」
「おう、神崎! 今日も元気だな!」
「ははは! そうですかねぇ!」
いつもの鉄工所。
鋼材を運ぶ音に、機械の動作音。
少し離れたところから、グラインダーの音が聞こえる。
今日も賑やかな職場だ。
……。
いや、賑やかというのも違うか。
まあ、騒がしいことには変わりない。
働き始めて、もう五年。
仕事もそれなりに覚えた。
後輩に教えることもあるし、ある程度は一人で仕事を任せてもらえる。
別に、仕事が嫌いなわけじゃない。
「おーい、神崎!」
「はーい!」
先輩が図面を持ってきた。
「これ、今日から頼むわ」
「はーい! どれどれ」
角パイプに鋼板。
穴あけ加工に、溶接。
最後に仕上げか。
……ふむ。
部品の数は多いが、難しいものではない。
ただ、ちょっと手間がかかりそうだ。
「どうだ?」
「んー、そうですねぇ」
図面をもう一度見る。
「なかなか楽しそうですねぇ!」
「ははは! お前は本当に仕事が好きだなぁ」
「そうですかねぇ!」
「仕事増えて喜ぶ奴も珍しいぞ」
「ははは!」
先輩も笑う。
俺も笑う。
さて、まずは材料の確認だ。
*
「神崎さーん!」
「はーい!」
後輩が図面を片手に駆け寄ってくる。
「これ、こっちの寸法で合ってます?」
「んー? ちょっと見せてねぇ」
図面を覗き込む。
……。
ああ、なるほど。
「ここは内寸だから、こっちだね」
「あ、そっか! ありがとうございます!」
「はーい!」
後輩は小走りで戻っていった。
……。
走ると危ないぞ。
そう声をかけようとしたが、もう見えなくなっていた。
まあ、次に言おう。
……覚えてたら。
作業台に戻る。
図面を広げ、必要な材料を書き出していく。
先に切断を済ませて、穴を開けて。
その後、仮組みしてから溶接だな。
……。
ん?
ここの基準寸法、どっちだ?
もう一度図面を見る。
ああ、こっちか。
危ない危ない。
最初の考えで進めていたら、ちょっと面倒なことになっていたな。
確認しておいてよかった。
*
昼休み。
弁当を広げる。
今日は唐揚げだった。
昨日の夕飯の残りだ。
少し硬くなっている。
まあ、食える。
「神崎、隣いい?」
「あ、どうぞどうぞ!」
同僚が椅子を引いた。
「聞いてくれよ。昨日うちの息子がさ」
「はいはい」
「宿題終わったって言うから確認したら、名前しか書いてねぇんだよ」
「ははは! 終わってないじゃないですか!」
「だろ!? 本人は『名前は書いた』って言うんだよ!」
「いやぁ、間違ってはないですけどねぇ!」
「お前までそういうこと言うなよ!」
二人で笑う。
いやぁ、面白い。
名前を書いたから宿題が終わった、か。
なかなか面白い理屈だなぁ。
「で、何て言ったんです?」
「全部終わらせろって」
「まあ、そうなりますよねぇ」
「そしたら『全部ってどこまで?』だとよ」
「ははは!」
駄目だ。
腹が痛い。
「お前も笑ってないで、何かいい方法考えてくれよ」
「いやぁ、僕に聞かれても!」
「だよなぁ!」
また笑う。
気づけば昼休みも終わりかけていた。
「じゃ、午後も頑張るかぁ」
「ですねぇ!」
弁当箱を片付ける。
いやぁ。
面白かった。
*
「おい! 誰がここに材料置けって言った!」
午後の作業を始めて、しばらく経った頃だった。
統括の怒鳴り声が聞こえてきた。
……。
おや。
何かあったんだろうか。
「すみません! 通路の邪魔だったので!」
「勝手に動かすなって言ってんだろ!」
どうやら、午前中に声をかけてきた後輩が怒られているらしい。
……。
あらら。
何かやっちゃったのかなぁ。
「神崎、何笑ってんだ?」
隣で作業していた同僚が声をかけてきた。
……。
え?
笑ってた?
……ああ。
笑ってるな。
俺。
「いやぁ、何でもないですよ!」
「何でもないって、今結構怒鳴ってただろ」
「ははは! そうですねぇ!」
「お前、何で笑ってんだよ」
……。
俺だって分かんねぇよ。
「さあ? 何ででしょうねぇ」
「何だそりゃ」
同僚が笑った。
俺も笑った。
……。
何なんだろうねぇ。
*
しばらくして。
「神崎さん、ちょっといいですか」
さっきの後輩だった。
「はいはい、どうしたの?」
「いや、さっき怒られちゃって……」
「ああ、聞こえてたよぉ」
「俺、そんなに悪いことしたんですかね」
「んー?」
話を聞く。
どうやら、通路を塞いでいた材料を、別の場所へ移動させたらしい。
後輩としては、通行の邪魔になるからという判断だったようだ。
しかし、統括は移動したことを知らなかった。
「ああ、なるほどねぇ」
「やっぱり俺が悪かったんですかね」
「いや、悪くはないさ」
「え?」
「通路に置いておくのも危ないからねぇ。ただ、統括は移動させたことを知らなかったんでしょう?」
「あ、はい」
「じゃあ、なくなったように見えちゃうよねぇ」
「ああ……」
「次から動かす前に一言伝えておくといいかもねぇ」
「……そうですね」
「まあ、仕事自体は間違ってないんだから、そんなに気にしなくてもいいと思うよぉ」
「はい、ありがとうございます」
「どういたしましてぇ!」
後輩は少し表情を緩めた。
「神崎さんって、ああいうの平気なんですか?」
「んー?」
「いや、怒鳴られても、いつも笑ってるじゃないですか」
「そうですかねぇ?」
「俺、どうも苦手で」
「ははは! まあ、得意な人もそうそういないと思うけどねぇ」
「それはそうですけど」
後輩も笑った。
「じゃ、作業戻ります」
「はーい!」
後輩が戻っていく。
……。
怒鳴られても笑っている、か。
そういえば。
いつからだったかなぁ。
*
子どもの頃。
何かを作ろうとした。
何を作ろうとしたのかは、もう覚えていない。
ただ、やってみたかった。
それだけだった。
「なんでそんなことしたの!」
「やってみたかったから」
そう答えた。
笑っていたと思う。
「何がおかしい!」
……。
何がおかしかったんだろう。
分からない。
言い返せば、余計に怒られた。
黙っていれば、何か言えと言われた。
泣いたところで、何かが変わった覚えもない。
……。
じゃあ、どうすればよかったんだろうねぇ。
いつの間にか、笑っていた。
怒られても。
褒められても。
誰かに話しかけられても。
笑っていれば、何となく話が進む。
相手も笑ってくれる。
そうすれば、少しだけ場が和らぐ。
別に、怒られなくなるわけじゃなかった。
笑っていることを怒られた日だってあった。
……。
それでも、笑っていた。
多分、一番生きやすかったんだろう。
……。
まあ、今さら考えても仕方ないか。
そうやって生きてきた。
それだけだ。
……。
そう。
それだけ。
笑え。
笑えば、楽しいと思うから。
故に朗らか。
*
「神崎さん?」
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「ああ、はいはい! 大丈夫ですよぉ!」
同僚がこちらを見ていた。
「いや、何かぼーっとしてたから」
「ははは! ちょっと考え事してました!」
「そうか。こっち手伝おうか?」
「いやいや、そっちもまだ仕事あるでしょう?」
「まあ、あるけど」
「こっちは大丈夫ですよぉ。ありがとうございます!」
「そうか? じゃ、何かあったら言ってくれよ」
「はーい!」
さて。
仕事だ。
……。
あれ。
どこまでやったんだっけ。
図面を見る。
切断は終わっている。
穴あけがまだだったな。
……。
よし。
まずは寸法の確認だ。
*
「神崎さーん!」
「はーい!」
また後輩がやってきた。
「これ、確認してもらっていいですか?」
「はいはい、どれどれ」
加工した部品を見せてもらう。
穴の位置。
寸法。
加工面。
……。
ふむ。
「うん、大丈夫そうだねぇ!」
「よかったぁ」
「ははは! お疲れさま!」
「ありがとうございます!」
後輩が部品を持って戻ろうとする。
……。
ああ、そうだ。
「そういえば、休憩取った?」
「え?」
「いや、ずっと作業してたでしょう?」
「あ、まだです」
「じゃあ、ちょっと休んでおいでよ」
「いや、でもまだ作業が……」
「まあまあ、少しぐらいなら大丈夫だよぉ」
「……いいんですか?」
「ははは! いいよいいよ!」
「ありがとうございます!」
「はいはい、どういたしましてぇ!」
後輩が休憩室へ向かっていった。
さて。
こっちも進めないとなぁ。
……。
おや。
思ったより時間が経ってるな。
まあ、何とかなるか。
*
夕方。
「神崎ー! そろそろ片付けるぞ!」
「はーい!」
時計を見る。
……。
おっと。
もうこんな時間か。
まだ終わっていない部品がある。
どうしたもんかな。
図面を確認する。
……。
んー。
これとこれ。
ああ、こっちは明日でもいいのか。
ただ、穴あけだけは先に済ませたいなぁ。
……。
よし。
「すみませーん!」
先輩を呼ぶ。
「おう、どうした?」
「こっち、明日の午前中までに仕上げたいんですけど、穴あけだけお願いできます?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとうございます!」
「おう、任せとけ」
よし。
これで何とかなりそうだ。
……。
それにしても。
今日はちょっと時間がかかったなぁ。
まあ、そんな日もあるか。
工具を戻す。
材料を整理する。
明日の作業を確認する。
……。
あれ。
この図面、どこに置いたっけ。
……。
ああ。
ここにあった。
危ない危ない。
片付けないとねぇ。
*
「お疲れさまでしたー!」
「おう、お疲れ!」
「また明日な!」
「はーい!」
更衣室で作業着を脱ぐ。
椅子に座る。
……。
ああ。
疲れたなぁ。
今日はちょっと残業もしたしねぇ。
靴を履き替える。
鞄を持つ。
外へ出ると、もう日が落ちかけていた。
「いやぁ、一日終わったなぁ」
何となく呟く。
さて。
帰ったら何をしよう。
……。
ああ、そうだ。
昨日の続きをやらないとな。
*
「ただいまー」
誰もいない部屋に声をかける。
鞄を置く。
上着を掛ける。
冷蔵庫を開ける。
……。
何もない。
いや、何もないことはない。
卵と納豆がある。
……。
ああ。
そういえば、昨日もこれだったな。
買い物してくればよかった。
まあ、いいか。
食えるものはある。
夕飯を済ませ、風呂に入る。
髪を乾かす。
時計を見る。
……。
九時前か。
よし。
パソコンを起動する。
*
画面いっぱいに街が広がった。
昨日まで作っていた街だ。
川沿いに住宅地があって、その向こうには工業地帯。
駅を二つ置いて、道路を通して。
……。
あれ。
また渋滞してる。
「……何でだ?」
画面を拡大する。
道路の先に、長い車の列ができていた。
……。
ああ。
ここか。
この交差点、交通量が多いのに右折車線がない。
……。
いや、そもそも工業地帯への道が一本しかないのが悪いんじゃないか?
「……ふむ」
考える。
橋を一本増やすか。
いや、道路だけ増やしてもなぁ。
バス路線も引き直したい。
……。
よし。
まずはこっちの道路だ。
マウスを動かす。
道路を引き直して、交差点を調整する。
車が流れ始める。
……。
お。
いいじゃないか。
しばらく眺める。
……。
おお。
流れる流れる。
「はは、よしよし!」
思わず笑う。
……。
あれ。
今度は電力が足りない。
「……えぇ」
何でだよ。
さっきまで足りてただろ。
……。
ああ、住宅が増えたのか。
なるほどねぇ。
発電所を増やすか。
いや、こっちの土地は工業地帯に使いたいんだよなぁ。
……。
うーん。
どうするかな。
考えて、置いて、消して、また考える。
道路を一本引けば、今度は住宅が足りない。
住宅を増やせば、学校が足りない。
学校を置いたら、また渋滞する。
「いやぁ、困ったねぇ!」
笑いながら道路を引き直す。
……。
ああ。
そうか。
こっちを一方通行にすればいいんじゃないか?
試してみる。
車の流れが変わる。
……。
おお!
「ははは! いいねぇ!」
さて。
次は何を作ろうか。
*
気づけば、時計は十一時を回っていた。
……。
あれ。
もうこんな時間か。
まずいな。
明日も仕事なのに。
保存する。
画面に街の全景が映る。
川を挟んで、二つの地区が明かりを灯していた。
……。
悪くないなぁ。
まだまだ作りたいものはあるけどねぇ。
次は鉄道を延ばしたい。
それから、川向こうに公園も作りたい。
……。
まあ、続きは明日か。
パソコンを落とす。
部屋が静かになった。
……。
あー。
眠い。
布団に入る。
明日は何から始めようかな。
……。
仕事の話じゃない。
街の方だ。
橋を架けるのが先か。
鉄道を延ばすのが先か。
……。
どっちでもいいか。
いや。
橋かな。
……。
うん。
橋にしよう。
そう決めて、目を閉じた。
*
翌朝。
目覚まし時計が鳴る。
……。
うるさい。
止める。
……。
あと五分。
……。
いや、起きよう。
布団から出る。
顔を洗う。
朝飯を食べる。
歯を磨く。
着替える。
鏡を見る。
……。
寝癖。
ひどいな、これ。
水で直す。
……よし。
鏡の中に、俺がいる。
神崎一平。
三十を少し過ぎた、どこにでもいる男だ。
鉄工所で働いて五年。
勤怠はまあまあ。
仕事はそれなり。
人当たりも、悪くはないと思う。
……。
ああ。
そういえば昨日。
何か考えてたんだっけ。
……。
何だったかなぁ。
まあ、いいか。
時計を見る。
……。
あ。
まずい。
もう出ないと。
「……行くか」
*
「おはようございまーす!」
「おう、神崎! 今日も元気だな!」
「ははは! そうですかねぇ!」
いつものように返事をする。
いつものように笑う。
「神崎、昨日の図面どうだった?」
「あ、はい! 大丈夫そうですよぉ!」
「じゃあ、今日も頼むわ!」
「はーい!」
図面を受け取る。
昨日の続きだ。
まずは材料の確認から。
……。
ああ。
そういえば。
昨日頼んだ穴あけ加工は終わっているだろうか。
先に確認しておこう。
「神崎ー! ちょっと手伝ってくれ!」
「はーい!」
笑って返事をする。
……。
そうだ。
今日は帰ったら、橋を架けよう。




