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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
壊される馬車あれば乗せる馬車もあり、行きつく先は怪しげな漁村なり

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壊される馬車あれば乗せる馬車もあり、行きつく先は怪しげな漁村なり その2

 道の先にある村、テヤダト村まで、ミア達一行は行商のネルソンの馬車に乗せてもらうことになった。

 仕入れ前ということで、荷台はちょうど空いていた。

 そのおかげで多くの荷物を積むこともできた。

 しばらく馬車を走らせたところで、スティフィがミアに、

「テヤダト村だっけ? どんなところ?」

 左手を庇いながら尋ねる。

 今まで乗ってきた馬車は、魔術学院が所有する特注の馬車で特別製で揺れも少なかった。

 それでも痛みがあったのに、辺境の行商人が使うような馬車では、揺れが激しく左手の痛みが激しいのだろう。

 スティフィはそれを少しでも隠そうとしてはいるが、痛みが強く隠しきれていない。

「海鮮がおいしい村だった記憶です!」

 少し考えた後、ミアは記憶に残ったことを口にする。

 海辺の村ということで、獲れたてのおいしい海鮮を食べることができた。

 ミアにとっては、その記憶が残る村だ。

 食べ物の話が出たことで、スティフィもふと思いつくことがある。

「あっそう。そういえば、この辺りではもうサァーナとか、パンも見かけないのね」

 ミアの返答に飽きれながら、食べ物の話が出たのでスティフィはサァーナという麺類を、ここしばらく食べていなかったことを思い出した。

 馬車に保存食と積んでいた物以外では、オルタマリアの町ですら見かけなかった。

 サァーナとは小麦粉を塩と油で練った麺類で、植物性油か動物性油を使うかで微妙に用途とその呼び名も変わってくる食べ物のことだ。

 ついでにパンは神与権利で守られていて、通常は無断で作ることができない。

 ミアもパンを作る権利を持っているのだが、それはとても限定的なもので、シュトゥルムルン魔術学院の食堂のみで生産可能というものだ。

 それでもミアにそれなりの権利料が毎月振り込まれている。

「あれはリズウィッドの郷土料理ですので、この辺りというか、リズウィッドから出たら見かけないものですよ。パンは言わずもがなですね」

 スティフィの言葉に、フーベルト教授が反応する。

 そもそもリズウィッド領より東の地では、小麦よりも芋などのほうが盛んに栽培されていて、そもそもあまり流通していない。

 貴重というほどでもないが、主食にするほど量が流通しているわけでもない。

 麺類にしろパンにしろ、まず原料がそんなに出回っていないのだ。

「私も魔術学院で初めて食べました」

 麺類自体あまり食べたことがなかったミアからすると、麺類が主食というのも驚きだ。

 ふわふわのパンはさらに驚きだったが、一個当たりの値段を知るとそう簡単に食べれるものでもない。

「ミアは故郷では芋が主食だったんだっけ?」

「はい、泣き芋です!」

 ミアがスティフィの問いに答えると、スティフィは微妙な表情を浮かべる。

「ああ、あのべとべとした芋ね」

 芋の味自体悪くはないが、べとべとというか、妙にヌルヌルしていて、スティフィからすると口に入れていいものかどうかも怪しい。

 そもそも泣き芋という名前が怪しさを増やしている。

 葉から涙のように水をたらすから、泣き芋と呼ばれているようだが、泣き、という言葉はどうにも縁起が良くないように思えてしまう。

 ただサリー教授の話では、里芋の別名らしいので、ちゃんとした食材だそうだ。

 痩せた土地でも育ち、あまり日光も必要としない、非常に優秀な作物でもある。

「あとは狩りで得た肉が主食というわけではないですが、食べることは多かったですね。というのも、リッケルト村では作物はあんまり育たないみたいなんですよ」

 ミアの話しぶりからするに、里芋が主食というよりは、狩猟生活で肉が主食のようにも聞こえる。

 ロロカカ神を勝手に山の神と考えていたようだし、獲物は豊かだったのかもしれない。

 ただ、スティフィが気になったのは、

「みたいなんですよ、ってなに? あんたは詳しく知らないの?」

 どこか他人事のようなミアの口ぶりだ。

 もしかしたらミアは巫女だから、あまりそういったことを知らなかったのかもしれない、スティフィはそう思ったのだが、

「いや、違うんですよ。リッケルト村を出るまで、それが常識だったんですよ。他の地域では作物がグングン育っているのを見て私も驚きですよ」

 スティフィの考えていたこととは別の返事が返ってきた。

 小さな村の中だけで育ったミアだ。

 それが、リッケルト村のことがすべて基準になる。

 確かに比べるものがなければ、そうなのかもしれない。

「リッケルト村の辺りは痩せている土地らしくて、あまり育つ作物とかないんですよ。ミミノの実くらいですかね? あとは芋類とか。野生の木の実とかはよくなっているのですが」

 ミアは少し困ったような顔をして答えた。

 畑を作ろうにもあまり育たないのであれば、そうなってしまうのかもしれない。

 作物が育たない理由はいくつか考えられる。

 そもそもの土地が痩せている。

 大地の守護者たる古老樹がいない。大地の神がいない。自然を手助けする精霊もすくない。

 それ以外にも呪いを受けた土地の可能性もある。

 スティフィの想像だが、きっとリッケルト村は呪い以外すべてな気がしている。

 ただロロカカ神のことを考えれば、呪いの可能性も捨てきれないが。

 そんなことをミアに言えるわけもなく、話を少しだけずらす。

「ミミノの実って、あの小さい橙の果実?」

 貧者の果実といわれる柑橘系の果実だ。

 その名の由来になっているのは、痩せた土地であればあるほど、甘い実をつけると言われているからだ。

 甘い実といっても、ミミノの実にしては甘いだけで、他の柑橘系の果実と比べるとかなり酸っぱい部類だ。

 それでも食べれないことはない。

 それに、収穫後も冷暗所に置いておくだけで熟成し、酸っぱさが抜け徐々にだが甘くなっていく。

 腐敗にも強く半年近くは腐らないので、行商との取引にお金の代わりによく使われたりもしている。

 まさに貧者のための果実ともいえる。

「はい、それです! 採れたてはとても甘酸っぱいですが、熟成することで甘味が強くなるんですよ!」

 ミアにとって、オヤツと言えばミミノの実だ。

 それ以外の甘味は高級品といっていいし、リッケルト村では砂糖自体が貴重な物だった。

「うちとどっちが痩せていますかね?」

 話を聞いていたジュリーが自分の故郷の荒れ地といい勝負なのでは、と思い話に入ってくる。

「貴方のところは…… 主神がそもそも…… 荒地の神で、それが理由ですので…… あと暗黒大陸の呪いの影響もありますので…… 比べるだけ……」

 それをサリー教授が比べるまでもないとばかりに釘を差す。

 ジュリーの故郷は呪われた地である暗黒大陸との境目にある荒地の領地だ。

 その影響を強く受けていて、草木がそもそも育たない。

 そこを管理している神も荒地の神であり、暗黒大陸の影響がなくとも、その地が豊かになることは恐らくない。

 そんな土地だ。

「リッケルト村は実のなる木とかが育たないだけで、緑豊かな場所ではあるんですよ」

 ミアはジュリーの故郷の話を聞いているので、そこまでは貧しくないと少し困ったような顔をする。

 確かに実をつけるような作物は育ちにくいが、自然がないわけではない。

 むしろ、自然しかないような場所だ。

 草木すら育たない荒地のような場所ではないのだ。

 畑のように、同じ作物を植え続けるようなことをしなければ、植物はそれなりに育つ地なのだ。

 リッケルト村周辺は、大地の守護者である古老樹が生まれれば、豊かな土地にはなる可能性はかなり高い。

 荒地の神が管理している荒地にしかなりえない土地とは違う。

「あ、はい、うちの方が痩せた土地のようですね……」

 ジュリーもそれが分かり、落ち込みながらもそれを認める。

 運河も通っていて流通は悪くないのに、育つ作物も住み着く動物もいないような本当に貧しい土地では比べようもない。

「あんたの故郷も本当に難儀ね」

 落ち込むジュリーを見て、スティフィも哀れに思うほどだ。


「海が見えて来たわね」

 しばらく馬車に乗っていると昼過ぎには森を抜け、海風を感じられるようになる。

 更に進むと、遠くに広大な海原も見えてくる。

 その景色を見てスティフィはぽつりとつぶやいた。

 それにミアも頷いて、

「海の匂いです」

 海の匂いを嗅いで、ミアは嬉しそうに笑う。

 食料は失いはしたが、お金がないわけではない。魔術学院の教授が二人もいるのだ。

 村に着けば、きっとおいしい海鮮をたらふく食べれるのだと期待している。

 昨日の夜は茶菓子だけだったし、今朝も焚火で焙った干し芋一枚だけで、ミアとしては物足りない。

「潮風が気持ちいいですね」

 ジュリーがそう言って海を見る。

 ジュリーの故郷にも海に面している場所は少ないがあることにはある。

 あるのだが、そのすべてが断崖絶壁であり、海の幸の恩恵にあずかれる場所は極端に少ない。

 そもそも呪われた大地の影響なのか、海に住む生物さえ少ないのであまり意味もない。

「んあ、なんで俺は馬車の上で寝てるんだ? 馬車が治ったのか?」

 潮風に吹かれエリックが目を覚ます。

 寝ぼけていて、馬車に乗せられたことも気が付いてないようだ。

 一応は、エリック自身の足で寝ぼけながらではあるが立ち、歩き、馬車に乗ったのだが覚えていないようだ。

「ネルソンさんが、ああ、行商さんに乗せてもらえたんですよ。覚えてませんか?」

 ミアがそう聞くと、エリックは寝ぼけたまま不思議そうな顔をする。

「ん? あー、なんかそんな話だった気がするな。寝ぼけててよく覚えてないぞ」

 エリックは深く考えるのをやめて、とりあえず納得した。

 馬車に乗れているのであれば、それでいいと。

 そんなやり取りを御者台からネルソンは聞いていた。

 辺境で育ったミアが魔術学院に行って馴染めるかどうか不安だったが、しっかりと馴染めているようで安心している。

 ネルソンが視線を戻すと、遠くに村が見えてくる。

「ほら、テヤダト村も見えてきました。海神を祀る漁村で、立ち寄れば穀物や果実を売り、魚の干物なんかをよく仕入れますな。立ち寄るのは…… 久しぶりになりますな」

 ネルソンからするとテヤダト村はあまり良い村ではない。

 行商としても、この辺りは漁村が多いので、あまり旨味もない。

 何よりテヤダト村は色々と問題を抱えている村だ。

 それでも、ここよりも東方面に行くなら通らなければならない村でもある。

 山脈のある北側を通る道もあるが、ネルソンは今回、そちらから来たので、行商的には美味しくない。

 たまに訪れるから行商人は重宝されるのだ。

 頻繁に訪れたら、それはただのよそ者でしかない。

「村の中心に、海神様の像があるんですよ」

 ミアがそう言ってテヤダト村のことを説明する。

 ネルソンからすると、その海神が問題なのだが、立ち寄るだけで何か害があるわけでもない。

「まあ、漁村っていうならそうでしょうね。そもそも海神の加護でもなければ、海で漁なんてできないだろうし」

 スティフィはそう言って、何でもいいから早くついてくれないかと、左手を抑える。

 そして、痛みを紛らわすために、遠くに見えて来ている村を見つめる。

 海は人間の領域ではない。

 精霊のものだ。

 しかも海に住む精霊は陸に住む精霊と違い、人間に友好的ではない。

 海の精霊は人が海に入ることを許さない。

 海に入るには海神の許しが必須となってくる。

 必然的に海辺の村は海神を信仰するようになる。それがどんな神でもだ。

「あれ?」

 ミアが違和感に気づき、左手を見る。

 左手につけられた黄金の腕輪。その装飾の宝石が、普段は青か紫色をしている宝石が、赤い光を発している。

「どうしたって…… 赤く光ってるわね。その腕輪…… あの村でもなんかあるってわけ?」

 スティフィもそのことにすぐ気が付く。

 その腕輪の能力の詳細は分かっていないが、リズウィッドの主神である、秘匿の神がミアに直接授けた神器だ。

 恐らくはミアの身に何かが起ころうとするときにその力を発揮するはずだ。

 ジュリーなんかはそれが運命を変える力を持っていると、本気で信じ込んでいる。

 自分が死なずに済んだのは、この腕輪の力かもしれないと。

「そうと決まったわけじゃないですが…… やっぱりそういうことなんでしょうか?」

 ミアは胡散臭そうにその腕輪を見る。

 これが秘匿の神からではなくロロカカ神より授けられたものであれば、ミアもそんな顔はしない。

 だが、ミアが信じる神は、神として本当の意味で認めているのはロロカカ神だけなのだ。

 他の神様からもらった神器とはいえ、それと同時に今まで左肩にいたロロカカ神の御使い、アイちゃん様が代わりにいなくなったので、ミアとしてはどうしてもその黄金の腕輪が胡散臭く思えてしまう。

「気が抜けないようですね」

 フーベルト教授はそう言って表情を引き締める。

 ジュリー程、その神器を盲信してはいないが、何かあるのだろうとは分かっている。

 少なくとも面倒事が起こるのは予想がつく。

「どういうことですじゃ?」

 ネルソンが心配そうに聞く。

 ただの腕輪が独りでに光るわけもない。

 神器とは知らないが、何かしらの魔道具だとは魔術師ではないネルソンでも想像がつく。

「ネルソンさんは、村に着いたらすぐに離れたほうがいいかもしれません」

 そんなネルソンに向かいミアはそのことを告げる。

 ネルソンはこの辺り一帯の行商人だ。

 貴重な人材であり、それが各村の生命線でもある。

 ミアの故郷であるリッケルト村でもそうだ。

 ミアとしても危険な目に遭わせたくはない。

「神の導きには試練はつきものですからね」

 ミアを補足するようにフーベルト教授はそう言った。

 ロロカカ神に呼ばれて、リッケルト村まで旅をしていることは、もう話してある。

 ならば、それだけで十分だし、やはりネルソンを巻き込むのは得策ではない。

「いや、まあ、あの村は…… ふむ、オラも少し滞在させてもらいますかな」

 ただ、ネルソンもネルソンのほうで、色々と思うことはある。

 元々問題のある村だ。

 確かに何があってもおかしくはない。

「どうしてです?」

 フーベルト教授が聞き返すと、

「この辺りの行商はオラの一族だけです。そして行商は村の命綱でもありますんで、オラと一緒であれば、危ういことはしてこないでしょう」

 ネルソンはそう言って笑った。

 それに、わざわざ行商の神が夢見で伝えてきたのだ。

 ミア達を拾うだけということもないのだろう。

 ネルソンからしても、これは神の試練なのかもしれない。

「いいんですか? ネルソンさん」

 ミアは心強いというように笑顔になる。

「いやぁ、オラも夢見で神様に言われなきゃ即帰っていたかもしれんけどな」

 ネルソンもネルソンで、少しとぼけたような表情でそう言った。

「はは、そういえばそうでしたね」

 それを聞いたフーベルト教授も納得する。

 これも恐らくは神々のお導きなのだろうと。




 アビゲイルは機嫌が良かった。

 滞っていたことがすんなりと解決し、想像よりも早く淀みと外道の力の混合物の汚染をどうにか出来そうだったからだ。

 なんなら、それらの素材を利用した新しい呪術の開発ですら、手がける時間もありそうだ。

 なのでアビゲイルはとても機嫌がいい。

「アランちゃんのおかげで大進歩ですよぉ! 滞っていたことがやっと進み始めましたよぉ」

 張り付いた笑顔でアビゲイルは、椅子の上に膝を抱えて座りながらそう言った。

 それに対して、アランは長椅子の上に横になっている。

 目元には蒸した手拭いを乗せて、何とも言えない唸り声をあげていた。

 アビゲイルの研究に付き合いすぎて、目を酷使しすぎているのだ。

「そ、それは良かったです……」

 ただ、それもこの町の平和のためだ。

 多少の無理ならアランも喜んで引き受ける。

 のだが、アランの知らないうちにアビゲイルの私的な研究にまで酷使されていたのをアランは気づきようもない。

「大丈夫ですか?」

 と、そんなアランをマーカスは心配そうに声を掛ける。

「は、はい……」

「大事な目ですので、しっかり休んでくださいねぇ」

 酷使させたはずのアビゲイルが、まるで他人事のように言ってくる。

 アランも既にアビゲイルという魔術師を理解し始めている。

 ここで反論しても無駄だし、意味がないどころか状況が悪化することしかない。

 それにこの町の安全にもつながる話だ。

 アビゲイルに今は協力するしかないのだ。

「そうさせてもらいます。少し淀みの瘴気に当てられましたからね」

 ただ目を酷使するだけではない。

 淀んだ地脈と外道種の力の判別をしているのだ。

 どちらも人にとっては毒であり、長時間さらされているだけでも危険なものだ。

「徹夜で作業させられていたからじゃないですかね?」

 マーカスはそれをわかっていながら、少しだけ茶化す。

 元より皮肉屋なところがあるせいかもしれない。

 何よりマーカスも寝ていない。

 一晩中、アビゲイルの研究を観察していたからだ。

 手伝いたくてもマーカスの持つ知識では、単純作業程度しか手伝えることはない。

 だから、観察していたのだ。

 そのおかげでマーカスはアビゲイルが私用で呪術の研究を進めていることもわかっている。

 ただ、その呪術は対外道用の呪術のようだったので、特に口に出すこともない。

 恐らく再びあのシキノオウと自分達は再び戦うことになるのだ。

 淀んだ村をどうにかするだけではない。

 その奥に潜む外道の王を倒さなければならない。

 その助けに少しでもなるというのであれば、マーカスも何か言うことはない。

「淀みと外道種の影響もあると思いますよぉ」

 そのすべてをわかっていながら、アビゲイルはそう言って笑う。

「アビゲイルは元気ですね。俺は少し休ませてもらいますよ」

 同じ室内にいたので、マーカスも瘴気ともいえるものの影響を受けている。

 しかも、ただの瘴気ではない。

 淀みと外道種の力が混合されたものだ。

 同室にいただけでも、かなり体調に影響が出てきている。

 それに加え、徹夜しているのだ。

 常人であれば休みたくはなる。

 はずなのだが、一番瘴気を浴びているはずのアビゲイルが一番元気そうだ。

「マーちゃんは、元々見ていただけじゃないですかぁ」

 アビゲイルは少し不満そうに言った。

 これから面白い実験があるのに、とでも言いたそうな表情をしている。

「淀みと外道種由来の汚染の見分け方に興味があったんですけどね」

 マーカスは素直にそのことを告げる。

 似たような性質を持つ力でありつつも、全く異なる力だ。

 その見分け方に興味はある。

「見ていて分かりましたぁ?」

「いいえ、まったくです」

 アビゲイルに聞かれ、マーカスは降参とばかりに両手を上げてそう言った。

 マーカスにはアビゲイルが何をしているのか、ほとんど理解できていない。

 やっていることが高度なのもあるが、アビゲイルがあまりにも直感的な作業をしているからだ。

 そこには確かな理論などはなく、直感とひらめきだけが連鎖的に続くような作業で見ていて飽きないのだが、理解することは難しい。

「でしょうねぇ、私も区別がつきませんがぁ、検査の結果は今のところ、判別に誤差なしですよぉ。本当にすごいですねぇ。アランちゃん感覚は」

 アビゲイルも正直驚いている。

 アランの識別能力はどこか異常だ。

 これなら確かに闇に潜んでいるグレッサーやヤミホウシを見つけ出せるのも納得だ。

 人間だけの才能というわけではないのだろう。

 神に何かしらの才能をもらったに違いない。そうでなければアランの識別精度は異常な程だ。

「アランさんの目の下にすごい隈ができてましたよ。酷使しすぎじゃなんですかね?」

 そんなすごい才能に反動がないわけがない。

 才能を酷使すればするほど、アランはなんかしらの負荷を追っているはずだ。

 今まではその負荷が表面に出るようなことはなかったが、アビゲイルの無茶振りによりとうとう現れて来たのだろう。

「ふむぅ、目の治療用包帯でも作って上げるべきですかねぇ? もう少し酷使したいですのでぇ」

 アビゲイルはそう言って、張り付いた笑顔を歪ませる。

 治療用の包帯などと言ってはいいるが、ただの包帯に薬草を挟んだだけのものを想定しているだけだ。

 魔術的なものですらない。

「酷使している自覚はあるんですか」

 マーカスはそう言って、アビゲイルから距離を取った。

 だが、アビゲイルがそんなことを気にするわけもない。

「本人の才能ではなく神様由来の力なんでしょうかねぇ? さすがに人間の域を超えた識別眼ですよぉ」

 アビゲイルは識別眼と言ってはいるが、それが視界によるものではないことには気が付いている。

 蛇は熱を感知する器官を持っているというが、それと似たようなものだろう。

 感覚的に、もしくは本能的に、それが分かるのだ。

 ただ、視界から得られる情報が多いため、アランは識別するものを凝視する傾向があるだけだ。

「アビゲイルの義眼のように?」

 マーカスはそこまでわかっていない。

 なので、そんな質問をアビゲイルにする。

「ですですぅ。アランちゃんのは義眼ではないですがぁ、まあ、似たようなものかもしれないですねぇ」

 アビゲイルはいつもと変わらない張り付いた笑顔で、それを肯定しつつ、その笑顔の下でマーカスを意味もなくあざ笑う。

 マーカスもアビゲイルから何か違和感を感じ取り、アランへと話しかける。

「アランさんは何の神を信仰しているんですか?」

「狩りの神ですよ。流離う狩人の神のような神ではなく、普通の狩りの神です」

 何とも言えないアランの回答にマーカスはどう返すか考えていると、そこにアビゲイルが割り込んでくる。

「そういえば、この町のご出身なんですよねぇ?」

「そうです。でも、この町というか、この辺りには元々決まった神はいないんですよ。子供の頃よく狩りに行っていたので自然と、その狩りの神を信仰してました」

 その恩恵があったかどうかはわからない。

 ただ狩りの腕前は他の者よりも良かった。

 それがこの町でアランが騎士隊の隊長になれた理由の一つだ。

「神様の名を聞いても?」

 少し考えたあと、アビゲイルは張り付いた笑みをやめ、真剣な表情でそれを聞いた。

 辺境の地だ。

 あまり知られていない名の神があげられるかもしれないし、流離う狩人の神のようにその名を言うことも禁じられている神の名があげられるかもしれない。

「ケヌティス神です」

 ただ、アランがあげた神の名は、南側の地域では一般的で有名な神の名だ。

 悪い神でも良き神でもない。

 一般的な狩りの神だ。

 家が狩人兼農家だったマーカスもとりあえず信仰しておいて損はないから信仰しておこう、という感じで家の神棚の中にその神の木彫りの像が置かれているくらいの、そんな神だ。

「ふむ。南側でよく聞く狩猟神ですねぇ。特殊な才能を授けたという話も聞きませんねぇ」

 アビゲイルはその名に少しだけ落胆する。

 広く知られた神である。

 それだけに事例が多いはずだ。なのに、その神が特別な才能を授けたなどという話は聞いたことがない。

 恐らくアランの才能はケヌティス神が授けたものではない。

「やっぱり神から授かった才能なんですか? 子供の頃か勘は良かったと自分でも思いますが」

 アビゲイルとマーカスの話を聞いて、アランも自分の才能が本当に特別なものだと理解する。

「恐らくは、ですねぇ。アランちゃんの一族自体で崇めている神様はいないんですよね?」

 アビゲイルもこの辺りを管理している神がいないことは知っている。

 一応の確認という奴だ。

「ええ、父も母も別々の神を信仰してますね」

 なので、こういった地域では、特定の神を信仰するのではなく、自分にとって一番ご利益がありそうな神を勝手に崇めていたりする。

「まあ、そんなもんですよね。うちでは一応信仰している神様がいましたが、俺は冥府の神の信徒になってしまいましたしね」

 父と母にはまだそのことを話していない。

 そもそも、雪山の王に囚われ行方不明になった後、里帰りもしていない。

 少なくともデミアス教の大神官であるオーケンと関わり合いを持っている間は、里帰りもしない方がいいとマーカスは考えている。

 いや、むしろ、冥府の神の信徒となってしまった今、もう里帰りなどできないと、そう考えている。

 死後の世界の神との縁などないに越したことはない。

「神話体系というか、主神がいないような地域では意外とそんなもんですよねぇ。まあ、今はその才能が使えるのであればそれでいいですよぉ」

 恐らくは何らかの神から、何らかの恩恵をアランは受けている。

 アビゲイルはそう考えた。

 ただ、本人に心当たりがない以上調べようがない。

 有用な能力には違いないから、今はそれを使い倒すだけでいい。

「フーベルト教授なら何か知っているかもしれないですね」

 マーカスがなんとなくそう言った。

 神族に対しては、広く、そして、浅くもない知識を持つ教授だ。

 何かしら知っていてもおかしくはない。

「ああ、サリー教授の旦那の……」

 と、アランがそう言った。

 それはそれで間違いないのだが、

「あの人も一応教授なんですけどねぇ、まあ、その認識で間違いはないんですけどもぉ……」

 少し不憫に思えないわけではないが、アビゲイルはそんなことを言って鼻で笑った。





 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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