とあるTCG傍観者のプロローグ
その日、何事もなく学校の授業を終えることになった小笠亮一は、下校中に踏んでしまった石でバランスを崩しかけたとたんに脳裏に響いた謎の声にびっくりして、そのまま転倒。
脳震盪を起こし、下校するどころかそのまま校内に連行される事態に見舞われた。正確には連行、というのは少々表現の仕方として問題があるだろうが。
亮一が目を覚ますと、そこは堅いコンクリートの上だった。
周囲を見渡せば、校門を過ぎたあたりの広場。ロータリーともいえようか。
「ぅ……ぁ、たまいてぇ……」
「あ、目を覚ました。よかった……大丈夫、リョウ!?」
「多分、見た感じ脳震盪だと思うんだけど、歩けそう?」
耳に入り込んでくる、自身を気遣う声が、二人分。
うち片方は、幼馴染の女子生徒である、緒方玲子だとすぐにわかった。
もう一人も女子生徒の声。彼女の声は聞きなれていないか、聞き覚えの無い声だ。
それでも、こうして声をかけくれるあたり、彼女の親切さがうかがい知れる。
とりあえずは、介抱してくれた二人にお礼を言わねばならないだろう。
「あ、あぁ……ありがとう、ございます……っと、多分、大丈夫、だと思います」
「そう……? 無理そうだったら言ってね。保健室に行って、担架、持ってきてあげるから」
「はい。すみません……」
そのまま、彼はどうして転んでしまったのか聞かれるも、最初は何が起こったのかわからなかった。
しかし、記憶をたどるうちに、何が起こったのか理解し、かぁっと顔を赤くした。
聞いてきたのが女子生徒二人だったこともあって、恥ずかしいところを見られたかもしれない、と思ったからである。
見慣れぬ女子生徒の方は、リボンタイの色からして、おそらくは三年生だろう。
ただ、初対面のはずの、それも男子生徒。
助ける義理はないはずだが、それでも助けてくれる当たり、彼女は普段から周囲に優しさを振りまいている人気者なんだろうな、と亮一は思った。
「しかし、なんで急にあんな派手な転び方をしたんかね?」
「多分、石かナニカに躓いちゃったんだと……あ、これかな……?」
「これ……? なにかしらこれ、おもちゃ……? なんにしても、こんな場所に放り投げておくなんて、誰だか知らないけどマナーがなってないわね。他の先生たちに言っておかないと」
「あはは……しかし、本当に精巧にできたおもちゃですね……」
「そうね……こんな高そうなおもちゃ、一体誰が落としたのかしら」
「さぁ…………っ!?」
そこまで話して、亮一は気づいた。
こんな高そうなおもちゃだ。おそらく、自分が踏んで壊してしまったことがばれたら、きっと持ち主はさぞ怒ることだろうな、ということに。
亮一の顔が急にひきつったのを見て、彼が何を思ったのかを悟ったのか悟らなかったのか。
女子生徒は、とりあえず、これは後で落とし物として事務所に持って行かないとかな、と拾い上げて、亮一に手を伸ばした。
「…………?」
「立てそうかな? まだ無理そうだったら、もう少しここで休んでいてもいいけど……それとも、やっぱり歩くの無理そう?」
「いや、大丈夫です……。よいしょ、と」
「それなら、良かった。……それじゃ、行きましょうか」
「そうですね……あ、先輩は、そのおもちゃをお願いします。リョウは、私が責任もって保健室に連れて行きますから」
「そう……? ふふ、こういう時こそ保健委員の出番かなぁ、って思ってたけど、それなら、仲がよさそうな君に任せちゃおっかな」
「はい! さ、行くわよ?」
「あ、あぁ……」
玲子と先輩女子生徒に付き添われ、亮一は保健室に向かう。
この学校の保健室は、職員室の隣にあるのだ。ゆえに、万が一職員会議などで校医が保健室にいなくても、すぐに呼びに行くことができる。
先輩女子生徒は、そのまま職員室に行くそうなので、亮一たちとはそこでお別れとなった。
「あぁ、そうだ。最後になんだけど、これから先の学校生活で何か困ることがあったら、なんでも相談して。これでも三年生だから」
「あ~、はい。それなら、もし困ったときには、頼らせてもらいます」
「えぇ。私は三年一組の柳瀬涼花よ。よろしく」
「一年三組の緒方玲子です。本日はリョウがお世話になりました」
「同じく一年三組の小笠亮一です。今日はありがとうございました」
「いいのよ、困ったときはお互い様だから。……それじゃ、今日はこれで。お大事にね」
職員室に向かう先輩女子生徒を見送り、保健室に入室すると、机の上で何か作業をしていた校医に玲子が簡潔に用件を説明。
校医の先生はどれどれ、と亮一の後頭部を触診し、出血がないことだけは確認した。
ただ、患部が頭であることを考慮し、なにかあとで異変があればすぐに病院に行くように、と念を押されて、とりあえずの帰宅を許された。
保健室を出ると、そこにはすでに職員室での要件を終えたらしい女子生徒が、亮一たちを待っていた。
どうやら、玲子とともに介抱した手前、顛末くらいは聞いて帰ろうと思ったらしい。
律儀な人だな、と思いながら、校医の診断内容を伝えると、女子生徒もとりあえずは安心だね、と亮一に微笑んだ。
廊下は、もう閑散としていた。
部活動に参加する生徒は、すでに各々の活動場所に移動しているであろう時間だし、帰宅部もすぐに帰る生徒はもう学校には残っていないだろう。残りはTCGや、ひそかに持ち込んだ携帯ゲーム機などで遊んでから帰る生徒か、先生の手伝いや生徒会活動などで残っている生徒くらいだろうか。
一年生は現在、仮入部期間。
興味のある部活動などを巡り、入部したいと思う部活があれば入部をするという仕組みとなっているが、亮一は部活動には所属する予定などないので、おそらくこのまま帰宅部となるだろう。
まだ新鮮さの抜けない廊下を歩き、下駄箱で靴に履き替えると、そのまま校門へ。
そして、門をくぐろうとして――ふと、振り返る。
(そういえば――)
視線の先にあるのは、確かさっきすっころんで頭を打った場所だったはず。
あの時、脳裏に響いた謎の声は、何だったのか。
(確か――こんなこと、言ってたよな……)
あのおもちゃを踏み壊してしまったとき。
頭の中に響いた声。
不思議と亮一は、その内容を一語一句、忘れることなく覚えていた。
その内容を、口で確かめながら頭の中でそれを反芻していた時のことであった。
「確か――経験値を取得しました、だっけ? それから、レベルが上がりました、それにともないステータス情報を取得しました――だったか……って、なんだこりゃ」
「ん? どうかした? というか、何ぶつぶつ呟いてるの?」
「あぁ、いや。なんでもない」
彼の運命を、大きく揺さぶることになった、それが現れたのは――




