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第77話 抜き打ち視察?

 1日をしめくくる授業は数学だった。


「今日は前の授業のおさらいからするぞ。xとyの――」


 午後のぽかぽか陽気の中を流れてくる先生の言葉はまさに呪文で、私たちを夢の世界に連れていこうとしているようにしか思えない。実際、周りを見るとうとうとしている人がほとんどだ。


「――これを連立方程式というんだ。これ、テストに出るから注意しておけよー」

「……」


 私も、難しげな説明はぜんぜん頭に入ってこない。でも、その理由は眠さのせいじゃない。別にある。

 私の頭をいっぱいにしてるのは、昨日のベルの言葉だった――




「ボスが視察にやってくる!?」


 ベルが白状したそれは、私や他のみんなを一気にざわつかせた。


「ボスって、あのボス?」


 前に、ゆがんだ空間の向こうにいた、黒いシルエットの?


「せや。このあいだ話したとき、オレらの活動を直接見たいって言わはったんや」

「それでベル殿は焦っておったのじゃな……」


 うなだれるベルに、ハカセがううむとうなった。


「ボスが今の状況を見たら、次はどんなおしおきをされるか……」


 ブルブルとふるえる。次は、って言ってるあたり、おしおき自体は経験済みってことか。


「でも、そこまで心配することなの?」


 そりゃあ真っ黒なシルエットはお化けみたいで怖い。でも同じ組織の仲間だ。それに、


「報告は定期的にしてるんでしょ? なら、私たちの状況は知ってるはずでしょ?」


 私たちの状況――ホワイトリリーに一度は勝ったこと……それだけじゃなくて、ぜんぜん勝てていないことも知ってるはずだ。


「それはまあ、そうなんやけど……」


 が、目の前の黒猫はどこか歯切れが悪い。

 もしかして……


「まさかベル、調子いい返事ばっかりしてないでしょうね……?」

「ぎっくぅ!」

「ベ~ル~?」

「そ、そそそそんなことはあらへんで?」

「…………ほんと?」

「ぐぅ……しゃ、しゃあないやろ! この間の勝利報告したあとやで!? 『順調か?』なんて訊かれてノーって言えるわけないやんか!」


 それは……うん、わからなくもない。私もテスト結果がよくなかったときはお母さんに正直に言えなかったりするし。


「せやから、ボスがやってくるまでになんとしてでもええ結果を、ホワイトリリーをぎゃふんといわせないとアカンのや……」

「だからって、作戦もなしに怪人を連発したって意味ないでしょ」

「せやかて、オレに思いつくんはそれくらいなんや」


 ベルは「万策ばんさく尽きた」と言わんばかりにお手上げポーズをとる。

 もしかすると、私の力を一部解放したのも、これが原因なのかも。


「それで、ボスはいつ来るって?」


 とはいえ、このままなにもせずにボスがやってくるのを待っているわけにもいかない。ベルが怖がってるおしおきだって、私にも飛び火してこないとは限らないのだ。

 だから、ボスが来る日に備えて策を練る、それが最善なんだけど、


「わからへんのや」

「わからない?」

「具体的な日時は言ってくれへんかってん。普段のオレらを見たいからって」

「……」


 それ、絶対ベルの報告がウソかもって怪しんでるやつじゃん。


「たっ、頼む!」


 ごちん! と、ベルは座っていた机にぶつけるように頭を下げて、


「なんとかしてくれ! このままやとキツーいおしおきが待ってるんや!」

「なんとかって言われても」

「組織の未来がかかってるんやで!? 仲間みんなで助け合わんとアカンやろ?」


 もー、都合のいいときだけ仲間だとか言うんだから。



 けどいい方法、かあ……。

 なにかあるかな。

 お願いされてすぐ思いつくくらいなら苦労はしない。


「――ちゃん」


 一番いいのはホワイトリリーに勝つことだよね。でもそれは一番ハードルが高いことでもあるんだよね。


「ちー……――ちゃん」


 うーん、てなるとあとは……。


「ちーちゃん?」

「うわっ」


 至近距離で声がして私は思わず声を上げる。


「の、乃亜のあさん?」

「ふふ、ちーちゃんてばビックリしすぎー」

「あはは、ちょっとぼーっとしてて……」

「最近あったかくて気持ちいいもんねー」


 私に向けられるスマイル。うう、いまだに緊張する。


「乃亜ー? 行くよー」

「いま行くー」


 と、教室の入り口から乃亜さんを呼ぶ声。たしか、カラオケにも来ていた陽キャの人だ。

 そしてよく見れば、彼女や乃亜さんの肩にはカバンが。いつの間にか授業もHRも終わって放課後になっていたみたいだ。


「早く行こー? 神宮寺じんぐうじくん見れないかもだし、急がないと」

「だいじょうぶだってー」


 乃亜さんは陽キャの人に笑いながら返事をして、再び私の方を向く。


「それじゃ、私先に帰るね」

「う、うん。また明日」

「じゃねー」


 手を振って離れていく――と思ったら、なにかを思い出したのか、くるりとターンして戻ってきた。


「?」


 忘れものかな、なんて思っていると、乃亜さんは一瞬だけイタズラっぽい笑みを浮かべて、


「さっきの授業、私ノートとってるから、必要だったら言ってね?」

「え?」

「じゃ、また明日ー。ばいばーい」


 言って、私が反応するよりも早く、今度こそ教室から出ていく。いつものにこやかな表情で。彼女が出ていってから数秒、そこでようやく、私は机に目を落とす。


「……あ」


 そこには、ボスの視察対策と同じくらいまっさらな状態の、真っ白なノートがあった。

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