おやすみ、また明日
夜の帳がもうすでに下り、街々の家の電気もほぼほぼ消えている時間になった。
ポラリスは酒による頭痛で頭を押さえ、タダカズは空を仰ぎボーっとしている。
クルックスは悪酔いしたことをごまかすように水を静かに飲んでいる。
「今日はもう遅いですし、お屋敷に泊っていかれては?お部屋でしたらすぐ用意できますので。」
アルデバランのありがたい言葉にクルックスは少し戸惑った。長いこと一人で暮らしてきた男にとって多数の人間の居る空間は正直慣れていないからだ。彼が答えるより先に返答したのはタダカズだった。
「ありがたい言葉ですけど、帰ってぬゃーちゃんのお世話があるので今日は失礼しますよ!」
「…ぬゃーちゃん?」
妙ちくりんな名前に不思議そうな顔をするアルデバランとポラリス、クルックスだけは「そういやそうか。」と納得した様子。
「うちで飼ってるウサギです!ええと、あ!これこれ!可愛いでしょう!?」
「これはこれは…なんと申しますか…な、中々いない可愛さがありますね。」
スマホの写真を見るとそこには鬼の形相でタダカズの手を齧るロップイヤーが写っていた。とうていウサギとは思えない形相にアルデバランは困った笑いが出る。ポラリスは…見えはしてないがアルデバランの反応で大体察したようである。
「そうでしょう!この歳で彼女いない歴年齢の俺には彼女しかいないんですよ!というわけで、おさらばさせていただきます。今日はごちそうさまでした!」
「はい、気を付けておかえりください。」
「じゃあね~タダカズさん!腕の傷、お大事にね~!」
「またお待ちしてます!」 「…さよなら。」 「真っすぐ帰るのよぉ~。」
屋敷の面々が挨拶をすると、クルックスも手を振って見送る。
「さて、クルックス様はどうされますか?」
「ううむ、お気持ちは嬉しいのですが俺も…」
「だめ。」
「え?」
丁重に断ろうとしたところポラリスにそれを断られてしまった。
「もっとお話したい、今度は辛い話じゃなくて楽しい話をね!」
「ポラリス様、お気持ちはわかりますが、あまりクルックス様を困らせてはいけませんよ、明日もあるのですから。」
「むぅぅ~。」
ポラリスが頬を膨らませ拗ねている。心を閉ざしていた頃とはまるで別人、だがそれこそが彼女本来の姿なのだろう。アルデバランはクスリと笑い、メイドたちもニコニコとその様を見ている。
「あまり人のいる空間で寝るって落ち着かないというか、一人の時間が長くて…。それにほら!また明日でも、すぐに会えますからね?」
クルックスの正直な気持ちをポラリスに伝える。
ポラリスの表情が少し曇る、すぐ会えるという言葉に思うところがあるようだ。
「『すぐ会える』か…私の両親はそう言って二度と帰ってこなかったわ。」
目を閉じ項垂れるポラリス、表面上は前向きに戻れたかのようだったが、そう簡単に割り切れないのであろう。そんな彼女をクルックスは微笑みながら撫でる。
「俺はいなくなりませんよ、自慢じゃないですが最強の嫌われ者ですからね、こういう人間はしぶとく生き残るものです。」
大きな手の感触に少々びっくりするが、曇った顔が少し晴れた。
すぐに持ち前の笑顔を取り戻し、項垂れた頭を上げた。
「そっか、わかった!でもそれはそれとして、今日は泊っていきなよ!メイドちゃんたちもクルさんの話聞きたいよねえ?この人チャンピオンなんだよ!」
「えと、はい!」 「…興味ある。」 「強い人は好きよぉ~。」
どうやら諦めていない様子の歌姫、メイドまで味方につけて何が何でもいてもらうつもりらしい。多勢に無勢、クルックスは観念したかのようにはぁとため息をつく。
「不敗の死神と言われた俺が、折れる日が来るとはねえ。わかりました、今日は泊まらせていただきます。アルデバラン殿、すみませんがよろしくお願いします。」
「いえいえとんでもない!むしろ大歓迎ですよ、ふふふ。」
自分が残っては邪魔ではないだろうか、そう思っていたのもあってクルックスは遠慮をしていたが、無用な心配だったようだ。アルデバランは快く受け入れてくれて、ポラリスとメイド4人は喜びのハイタッチをしている。
「よかったら浴場も使ってください。客人用の着替えや歯ブラシ等も用意済みですから。」
「お気遣い感謝いたします、アルデバラン殿。ちょうどシャワーを浴びたいと思っていたんです。」
「お風呂ぉ?なら私が案内したげる!こっちこっち~♪」
上機嫌でポラリスが手を引っ張るが、身長差がかなりあるので少々歩きづらい格好になる。さながらその姿は少女にリードを引っ張られる大型犬のように。
そうして歩き出す二人にメイドたちから声がかかった。
「着替えはのちほどもっていきますね!」
「…私はベッドの準備を。」
「なら私はぁ…お背中お流ししますぅ~。」
「「マイア(ちゃん)!!」」
どさくさに紛れてとんでもないことを言い出したマイアをエーレとケラが咎める。マイアは「冗談よぉ~。」と言い、エーレと共にベッドメイクを手伝うようだ。
「マイアはいっつもああなのよね、おっとりして見えて人をからかうのが大好きなんだから…。」
そのやり取りを背にして聞いていたポラリスも少々げんなりしているようだった。クルックスは苦笑いしながら頭をかいた。
「個性豊かな子たちですね。メイドってもっとお堅いのかと思ってましたが。」
「ケラは一番元気で頑張るいい子、エーレは口数少ないけど仕事のできるいい子、マイアはぼ~っとしてるようで要所要所で気の利くいい子。つまりみんないい子よ!」
「はは、そうですね。」
顔を見合わせ笑う二人、両者とも久しく忘れていた安らいだ時間を満喫していた。他愛もないやり取りを続けるうちに浴場が見えてきた。
そう、それはまさに浴場であった。
「わぁ…東の国の旅館で見た浴場そっくりだ、すごいな。こんな風呂場みたことない。」
感嘆の声を上げるクルックスにポラリスは「そうでしょ~。」と自慢げに言う。なんでもアルデバランやポラリスの両親の趣味なんだとか。
「ってことはあのメイドさん達の和風衣装も?」
「その通り、アル爺たちの趣味よ!」
「ははは…趣味ねえ。」
「ま、そんなことは良いじゃない!じゃ私は出るから存分に満喫してね~。」
ポラリスが引き戸に手をかけて出ていこうとするが途中でピタリと止まる。
そして振り返りニヤリと笑った。
「マイアじゃないけど、私も一緒に入っちゃおっかな~?」
「なっ!」
突然の申し出にさすがのクルックスも驚愕する。確かにこの広さなら2人でも余裕、というより8人くらいは入れそうなものだ。
「会ったばかりの男に肌を晒そうとしない!俺一人で入りますからね!」
「ふふっ冗談よ。まあ、あなたになら見られてもいいけど。」
最後の文言はクルックスには聞き取れなかったが今度こそポラリスは去ったようだ。クルックスは着慣れた服をすべて脱ぎ、浴場内へ入る。
「すごいいい匂いだなぁ、これって、檜風呂ってやつか?」
思わず浴槽に見とれてしまったクルックスだが、まずは体を洗うことにした。
普通のシャンプーやボディソープもあるが、なにやら真っ黒い石鹸のようなものもある。
「これは…炭石鹸か!タダカズがやたらに推してたな。物は試しってことで使ってみようかな。」
「なかなかにいい香りだ、心なしか体が浄化されるような…。」
髪や体を洗浄し、とうとう浴槽に入るクルックス、その目は期待に輝いていた。
「いざっ!」
足から腰、胸元まで噛みしめるようにゆっくり浸かっていく。
強面のクルックスの顔の険がとれて柔らかな表情になっていく。
「はぁぁぁ~、いい湯だこりゃ!それに俺が足伸ばしても余裕で入れる。うちのボロアパートの風呂は膝曲げなきゃ入れなかったもんなあ。」
クルックスはポラリス邸自慢の浴場を大いに堪能したのであった。
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「ずいぶんと上等な部屋じゃないか…俺のボロ屋より快適そうだ。」
「あら、チャンピオンなのにあまりいい所に住んでないの?」
「質素な生活でいいんですよ、贅沢には興味がないのでね。」
用意された部屋を絶賛しながら見回すクルックス、潤沢なファイトマネーを持つ彼だが派手な生活を好まず、必要最低限のみを使い生活をしている。倹約家というよりは単なる無趣味とはタダカズ談。
しいて言うなれば修行と言う名目でソロキャンプをする時くらいの出資らしい。
「ふうん、まあいいわ。さあさあ!寝るにはまだ早いでしょ?お話しましょ!」
「ふふ、はいはい。」
気付けば寝巻のポラリスのほかにメイドの3人が部屋の前に来ていた。
「久々のお客様のお話!楽しみですっ!」
「…わくわく。」
「聞かせてもらうわぁ。」
気楽にお話をするはずが少々ハードルが上がってしまったことに焦るクルックスだが、自分なんかの話を楽しみにしてくれている事の嬉しさの方が勝っていた。部屋にある大きなソファに向かい合うように座り、クルックスは口を開き始める。
「面白いかはわかりませんけど、まずはあのバカ…タダカズとの出会いから話しましょうかね。」
東の国の旅館に泊まったこと、森で修行と称し野生動物と闘ったこと、タダカズを襲っていたクマに飛び蹴りをお見舞いしたこと等、他愛もないことから常人じゃあり得ないとんでもエピソードまでなんでもござれな話に4人表情を目まぐるしく変えていく。その様がクルックスには面白く、話もすらすらと進んでいく。
「まぁ、楽しい話といえばこんなところですかね。基本仕事外の話ですけど。さ、今度はあなた方の話を聞かせていただけますか?」
「はいはーい!じゃあまずこのポーラちゃんからお話しします~!」
意気揚々と名乗り出たポラリスがわざとらしい咳ばらいをし、話し始める。
屋敷でのメイドたちの素顔、アルデバランの意外な一面等を赤裸々に話し始めた。先ほどとは違いメイド3人は慌てた様子でポラリスの話を遮ろうとしている。
ケラがアルデバランをパパと呼び間違えたこと、エーレが怒ってもないのに目力で押し売りを追い払ったこと、マイアが買い物中に可愛いからとオマケされまくって息絶え絶えで帰還したこと等をポラリスは面白そうに語ってくれた。
「よくも話しましたねポーラ様!私の恥ずかしい話をっ!」
「…私の目は怖くないもん。」
「あらあらぁ、あの日はだいぶしんどかったのに笑うなんてひどいわぁ。」
メイドたちがポラリスを囲み詰め寄る。
「な、なによぉ。別にいいじゃないの~、過去の笑い話なんだしい。」
「…過去のね、それなら私たちも。」
「反撃っ!反撃ですよっ!ね?マイアちゃん!」
「そうねぇ~、というわけでお覚悟ぉ~♪」
今度はメイド3人が話し始めた。反撃と言わんばかりにポラリスの恥ずかしいエピソードを。
ストレッチ中にシャツの胸元ボタンが吹き飛んでアルデバランの額に当たったこと、幼いころの公演中にしゃっくりが止まらなくなって会場が笑いであふれたこと、友人のシャウラという女の子に耳を塞がれて半狂乱になったこと等。
「だあああ!やああああめえええてええよおおおお!」
白くきれいな肌がみるみるうちに赤くなっていくポラリス。
クルックスは失笑を禁じえなかった、それに釣られメイドたちも笑っている。
気付けば話し始めて2時間は経っていた、日付も変わる手前まできていた。
「満足したっ!私達もそろそろ寝ますねっ!おやすみなさい!」
「…おやすみ。楽しかったです。」
「夜更かしはだめよぉ~って私達も言えないかぁ~。」
メイドたちが先に部屋を後にし就寝するようだ。
ポラリスもさすがに眠そうにしている、こんな時間帯まで起きている事なんてそうそうなかったのであろう。
「私も寝ようかな、クルさんもお疲れ様!こんな楽しい夜は久々だったわ。」
「それは何より、俺も面白かったですよ。…胸元ボタン。」
「言うなぁ!!」
「ははは!おやすみポーラ様、俺もいい感じに眠くなってきました。」
プリプリ怒りながら扉に手をかけるポラリス、だがすぐには開けずにその場にとどまっている。クルックスは不思議そうに見ていると彼女が振り返りこう言った。
「また明日!」
その顔は夜空に輝く北極星そのものだった。
クルックスも微笑み返して言った。
「ええ、また明日!」




