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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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絡み合う思惑

申し訳ありません。三日も開けてしまいました。

 秦から斉へ使者が来た。その内容は秦、斉両国の友好のため、秦から人質として涇陽君を出したいというものであった。


 斉の湣王びんおうはこれに喜んだが、この内容には続きがあり、人質を渡す相手としてある者たちが指定されたのである。


「ねぇ、なんで指定されたんだろうね」


 蘇厲それい蘇代そだいに聞いた。


「さあな」


 秦はわざわざ人質として出す時の引受人に二人を指定してきたのである。


「もしかしてさ。秦のことだから僕たちを処刑したくて、指定してきたんじゃ」


「流石にそれは無いだろう」


 国と国同士の約束を行う上でそのようなことをするわけがない。


「でも、楚王を捕らえたよ」


「まあ、確かにそうだが」


 だが、それは一国の王だ。自分たちは所詮は一弁士に過ぎない。


「それに憎まれるようなことは私たちは秦にはしていないはずだ」


 すると蘇厲は両手の指で数え始め、両手を蘇代に見せて言った。


「十個ぐらい思いついたけど、どれから聞く?」


「止しておくとしよう。悲しくなってくる」


 二人は暗い未来を予見しながら秦に向かった。


 彼等の予想外なことが起こった。想像していたような扱いを受けるどころか恐ろしいほどにもてなされたのである。


「最後の晩餐だとすれば、すごい嬉しいんだけど」


「理由はどうあれ、何かしらの裏があると見るべきだろう」


 二人が食事を取っているところに男が現れた。


「ごゆっくりされておりましょうか?」


 男を見た二人は驚く。


(秦の影の実力者である魏冄ぎぜんじゃないか)


(ということは、僕たちを指定してきたのは彼の差金ということだね)


「これはこれは魏冄様ですね」


「私たちにどのようなご要件で?」


 魏冄は二人の言葉に笑みを浮かべる。


「話しが早くて助かります」


 彼はそう言うと彼等に頼みたいことを話し始めた。


「私がお二人に頼みたいのは斉の宰相である方のことです」


孟嘗君もうしょうくんですか?」


「ええ」


 二人は横目で互いを見る。魏冄の頼みごとが想像できないためである。


「斉の宰相・孟嘗君を我が国の宰相になってもらいたいのです」


「一国の宰相を」


「自国の宰相に?」


 蘇代と蘇厲は驚く。この時代、他国の人間を宰相にすることは決して珍しいことではない。何より、秦ではよく行われており、今の宰相は趙人である。


「何も不思議なことはない。かつて張儀ちょうぎは秦の宰相でありながら魏の宰相にもなってみせた」


「それは張儀自らの謀略によるものであり、自ら動いた結果でしょう」


 ここで問題なのは、現在、斉で宰相を行っている孟嘗君を秦の宰相として招くという行為が難しいという話しなのである。


「斉王が孟嘗君を手放すとお思いですか」


「名声溢れる孟嘗君をです」


 名声のある者を他国に追い出すことで自国の、王としての評判が落ちることになる。そのことを自尊心が強い斉の湣王びんおうが許すだろうか。


「斉王は孟嘗君を嫌っているのは、周知の事実、しかしながら彼を害してしまおうというほどではありません」


「それをお二人にどうにかしてもらいたいとのことなのです」


 魏冄はそう言う。二人は悩む。張儀のような腰の軽い男ならば、問題がない。もしくは兼任という形ならば、かつては蘇秦そしんなどがいたが、今回のことは兼任というわけではない。


「何とかやってみせましょう」


 蘇代はそう言って、引き受けた。


「おお、感謝致しますぞ」


 魏冄は大変、喜び二人にまだ行っていないにも関わらず大量のお礼を渡してきた。











 その後、


「本当にできると思っているの?」


 蘇厲は蘇代に聞いた。


「さあな。だが、やるべきだと思っている」


「確かに大層なお礼ももてなしも受けたけど」


「そうではない」


 蘇代は首を振った。


「孟嘗君・田文でんぶんが斉の宰相で有り続ければ、燕にとって不都合であろう?」


「そうだね」


「それに秦のやろうとしていることを隠れ蓑にして、斉王と田文の間を裂く良い機会だと思わないか?」


 自国を復興させるため燕は斉を攻めようとしている意思を覆い隠している。そのため慎重に行ってきたが、


「なるほどね。いやあ~人が悪いね」


「お前に言われたくはない」


 二人は互いに笑みを浮かべる。


「それでどうするの?」


「ここには二人、口の上手い男がいる。そうだろう?」


「じゃあ、二人でそれぞれやってみようか?」


「ああ、私は斉王」


「じゃあこっちは孟嘗君だね」


 斉に戻ると二人はそれぞれの相手の元に向かった。


 孟嘗君の元に出向いた蘇厲は彼にこう言った。


「今回、秦から人質として公子が送られ、斉との関係をこれ以降も重視していきたいと秦は考えており、王も同じように考えて、こちらからも同じように誰か出したいと考えているようだよ」


「なるほど、秦との関係を強化していくという上では、道理だ」


 彼の言葉に孟嘗君は頷く。


「さて、誰を出すかだが」


「王は既に考えていて、君に行ってもらいたいそうだよ」


「私に?」


 孟嘗君は怪訝な表情を浮かべる。自分は宰相の地位にいるそれにも関わらず、秦に行くのはどういうことなのかと思ったのである。


「確かに本来ならば、公子を出せば良いけど、今回のこれは秦と斉のこれからの関係のための交換なのさ。君が秦に行き斉と秦の関係を天下に示せば、今、大きな勢力になりつつある趙への牽制にもなるよ」


 孟嘗君としては以前、中山に力を貸したため、中山を攻めている趙への警戒心は強い。


「そうか……それが王の意思ならば従うだけだ」


「恐らく明日にも命令が下されるだろうね」


「ああ、いつでも動けるよう準備しておく」


 翌日、孟嘗君は湣王から秦に向かうよう命じられ、これを受け入れた。


「斉王もあっさり許したね。どう交渉したのさ?」


 蘇厲は蘇代に聞いた。


「何も特別なことはしていないさ。秦が孟嘗君を宰相として迎えたいということを正直に話したに過ぎない」


「へえ、それでよく許したもんだ。孟嘗君が宰相になればますます、秦は強くなるかもしれないのに」


「そして、王にはこうもお伝えした」


 蘇代はにやりと笑った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「なるほどね」


 二人は笑う。


「いやあ~本当に人が悪い」


「お前に言われたくはないさ。お前も仕込んでいるのだろう?」


 蘇厲は頷く。


「孟嘗君の元に行った時にね。いやあ食客をどんな人も受け入れてくれるから助かるよ」


 こうして、様々な者たちの思惑が孟嘗君の意思に関係なく絡み合う中、孟嘗君は秦に向かった。







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